みどうめぐるはふたりいる

ムサキ

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第九話「水守ハジメは殴らない」

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ーー第九話「水守ハジメは殴らない」

「それでも再生するのが木属性発現者だ」水守は御堂に言い聞かせるように言う。「殺すためには魔力の核を破壊する必要がある。疲弊させるためには、それは必要ないけどな」
(つまり水守さんは疲弊させることを狙うのだろう)

 女たちの身体は再生していく。その分の魔力を消費して。
「いったいわねぇ」桜木の声。「まったく、暴力的なんだから」心臓を貫かれても、生きている。それが木属性の発言者である。生命エネルギーを司る発現者である。他の女たちも不服そうな顔を水守に向けている。

「完全に再生してから破壊する方が効率はいい。延々と破壊する方が反撃されるリスクは低くなる。トレードオフだ」
「ぼくは後者の方が良いと思いますがね」御堂は言う。
「俺は前者を選ぶ」水守は答える。「俺は弱った人間を殴るような趣味はない。女を殴る趣味も、な」
「それはぼくにだってありませんよ。ただ、仕事とプライベートは別なんじゃありませんか?」

「いいや、これは信念だ」水守は女たちの身体が完全に再生したのを見て、右足で大地を強く踏む。その力は地面を伝わり、女らの足元から水の柱となって現れる。それを桜木のみが躱した。彼女は、水守に向かって走ってくる。

「格好いいわね」桜木は言い、5メートル離れたところで、腕を交差させた。水守の脇の地面が隆起し、桜の木の幹が水守の行動を制限した。「でも、これは破れないわ」その幹の表面は、江良の歌によって朽ちていくのだが、その下からすぐに新たな組織が生まれ、再生していく。

「魔力の消費が激しそうだな」水守は言う。その言葉に桜木は笑う。
「ふふ、そう思うでしょう? でも、大間違い。私自身の魔力はこれっぽちも使ってないのよ」

(よくしゃべる女だな)水守は思う。(そして、予想の確度は向上した)水守は右手の指をはじいて鳴らした。その瞬間から次第に、砂粒のサラサラいう音と、摩擦のザラザラいう音が大きくなった。
「木の根はもう張れないぞ」水守もう一度指を鳴らす。「そして、俺も自由だ」水守を縛り付けていた木の幹が火の気なしに爆散していった。

「な」桜木は水守立ち止まる。
「だが、そこは俺の射程圏内だ」水守の右の方から、水の拳が飛んでいく。それは、桜木の左肩を捉え、彼女の身体を地面に叩きつけた。「疲弊させるしかぁない」水守の一瞥と共に、水の拳は無数に現れ、彼女の両肩だけを丁寧に殴りつけていく。

 気が付くと、周囲の木々は枯れ、窪んだ地面に女だけが残っていた。
「降参しろ。そうすれば、命まではとらない」
 水守の言葉に桜木は、ぽかんとした表情を見せた。砂が流れた。風が吹いた。桜木は、大きな口を開けて高らかに笑った。
「何を言っているの? 命を取られる以上の苦しみが待っているのでしょう?」
「そんなことはない、俺たちにもやり直すチャンスが与えられる」

「いいえ、そんな綺麗ごとを言えるのは、綺麗な世界で生きてきた人間だけよ」桜木は続ける。「あなた、発現者になったからって、自分が地のどん底を歩いてきたと思っているんでしょう? でもそれは大間違いよ。発現者になったことが唯一の救いだって言う人間はいくらでもいる。私がその一人」

「魔法は救いなんかじゃない」

「いいえ、魔法は救いよ。この力が私に自由を与えてくれた。私に自信を与えてくれた。私に自我を与えてくれた。私は何をすべきなのか、その道を、過程を、権利を与えてくれた」桜木は仰向けで水守を睨みつける。「だから、迎合しない。私は最後まで戦う」その瞳の奥に濃緑の色が見えた時、彼女の身体は大地に吸い込まれていった。
「江良!」水守は血相を変えて叫ぶ。彼は桜木の意図に気づいていた。だが、江良もそれ相応の場数を踏んでいる。だから、近づいてくる木属性の魔力には気づいていた。彼女は特大の歌声を地面に向かって放った。それは怒りを孕んでいた。

「無駄よ」その声はすべての方向からやってきた。枯れていた木々は、一斉に緑を吹き返し、水守らの宙を覆い隠した。その木の一つが、その枝々が江良の身体に絡みつき、そして縛り付けた。

「江良!」水守は目を見開き、その次の瞬間には、脚運びを決めていた。ただ、桜木は彼と彼女の一直線上に、森の壁をつくった。それらすべてを破壊して江良の下へ向かうのは荒唐無稽な話であったが、水守はそうした。ボギッとか、ドガッとかのくぐもった破壊音が聞こえはするが、悲しくも音源は進んでいない。

「は、は、は!」桜木の声。「木の根は地中、何百メートルも張ったわ。あなたが私を押し倒してくれたから、私は難なく根を伸ばすことが出来た。この木は私。この森は私なの」その声は水守に届いていない。江良は木に取り込まれた。聞こえているのは御堂だけだった。「もう、女は取り込んだ。彼ももうすぐ取り込める。今度は指一本動かすことは出来ないわ」

「それは、一大事だね」御堂は言う。
「あら、あなたは? 可愛い顔しているから、一目見れば、気が付いたと思うけど……あなたは、いつからそこにいたの?」

「はじめからいましたよ」御堂は言う。
「嘘おっしゃい!」桜木は叫ぶ。そして、咳払いをする。「いいえ、取り乱してしまったわ。いいえ、取り乱す必要のないことなのに。気づかないということは、取るに足らないということ。取るに足らないということは、道端のゴミ以下ということ」

「よくしゃべる女だよ」御堂は言う。そして、右手で今野の頭を掴み、彼の身体を持ち上げる。「ゴミと侮ってはいけない。もしかしたら、そのゴミに躓いて頭を地面に強く打ち付けてしまうかもしれない」御堂は目をゆっくり(見る者にはゆっくりと感じられた)閉じた。

「水守さんは、砂を流動的にした。それは水属性の魔法」御堂はつぶやく。「水守さんの応用力には驚かされるが、大地の操作は『運動』よりも『存在』の方が得意だろう。たとえ、君が何十何百何千何万メートルも深く根を張ろうとも、土がなければ意味がないだろう。ここにぼくは、地下一万メートルの建物を建てる」大地が揺れた。今野の両腕が上がった。彼の目の前に黄色の青写真が現れ、彼はそれに向かって手を動かす。

「何を、何をしている!」桜木は叫ぶ。「足が、足元の地面がなくなった! 空隙がどんどんと上へと昇ってくる!」
「言ったじゃないですか、建物をつくるって」御堂は桜の木を指さして言う。「ただし、あなたを立たせる地面はないですけどね」

「やめろ!」(でも)「横に根を伸ばさないと、落ちてしまう!」
「は、は、は! あなたの高らかな笑いもここまでですかね」ブロックが組み合わさる音が次第に近づいてくる。ガコン、ガコンと。そして最後に、地下一階が出来上がる。そのころには、地表面にある緑はほんのわずかであった。「随分と小さくなりましたね」御堂は見下ろして言う。その木はもはや木とは言えず、くるぶしの高さしかない、芽であった。

「頼む! 助けてくれ」

「うん? 声が小さくて聞こえないなぁ」御堂は静かに笑った。
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