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第六章 カラマス編
第六十二話 まっすぐに手を伸ばせ
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――しばらくすると、ゾンビのいない少し広い空き地へと着いた。
「ここなら大丈夫そうだな……っと」
デイモスは担いでいた俺をゆっくりと降ろす。
「……あぁ、助かったよ。ありがとう……」
俺は振り絞った声で礼を言い、その後その場に座り込みガックリと顔を俯かせた。
……頭の中を色々なことが駆け巡る。
ダリルを強く引き止めていれば【神の祝福】によってマスターを助けられていたかもしれない、もう少し早く到着していれば、この騒ぎに気付いた時真っ先にあの酒場に向かっていれば、俺が回復の魔法を使えていれば、俺に人を救うだけの力があれば――。
様々な後悔が脳裏に浮かんでは消え、また浮かんでは消え……。頭の中をそれらがグルグルと渦巻く。
思えば、この世界に来てから人の死を、それも目の前で見たのは初めてのことだ。もちろん、こういった状況を覚悟していなかった訳では無い。
ただ、『救えたかもしれない』という可能性が、俺の心に罪悪感として現れた。それによって想像していたよりも心は深く抉られ、精神的なダメージは思いのほか大きかった。
その様子を見たヴェルデが、静かに語りかけてきた。
「……太郎……マスターは私たちに会った時にはもう既に手遅れの状態で何も出来なかったけど、今からでもマスターのために出来ることがあるんじゃないかな」
「……あぁ、分かってるよ。最期の頼みを叶えなきゃ、この騒動の原因を止めなきゃ……」
俯いたまま、力なく答えた。
……分かってはいる、分かってはいるのだ。ただ、頭では分かっていても身体がそれにしっかりとついてこない。
そのことに気付いたのか、デイモスは俺の肩をポンと叩いた。
「口を開けば『死にたくねぇ』っつー奴とは思えないほど、よくやってると思うぜ?普通の奴でもわざわざ危険を冒してまで、いるかも分からん人間をあの酒場まで探しに行ったりしねぇしな。……だからよ、あまり自分を責めるなよ、お前はやるだけのことはやったんだ」
俺を気遣ってくれたデイモスの励ましの言葉……。
本来であれば非常に勇気づけられる言葉であったが、その言葉を聞いた俺の心には
『――俺はそんな言葉をかけてもらう資格はない』
そんな罪悪感に似た、暗く澱んだ感情がさらに現れた。と、同時に俺の口からも、ほぼ無意識にそれらの感情の一欠片が漏れ出る。
「やめてくれ……俺は目の前の命ひとつ救えない、本当に無力な人間だ。今回のことで痛感したよ、力を持たない俺が、持ってる者と同じように行動すれば、俺を含めた全てを危険に晒す。それに……たとえ救える可能性があったとしても、俺にはただ見てることしかできない」
気が付くと、俺はそんなことを口走っていた。
この2人には弱気な本心をさらけ出してもいいというところまで心を許したのか、あるいは、ただ2人の優しさに甘えているだけなのか。……おそらくは、その両方なのだろう。
それを認識した途端に、甘ったれた自分自身が情けなくなった。
俺は俯いたまま、力なく首を横に振る。
「……ごめん、今のは忘れ――ッ!!」
『――忘れてくれ』そう言いかけた瞬間、俺の左頬に痛みと衝撃が走り、視界が大きくブレた。何が起こったのか分からぬまま、俺の身体は真横に数メートルほど吹っ飛ばされる。
地面に這いつくばりながら、俺は未だ揺れ続ける視界を突然衝撃が襲ってきた方向へと向けた。
そこには、拳を握ったデイモスがいた。
「……この先ずっと横でメソメソされてちゃ鬱陶しくてしょうがねぇからなぁ。……どうだ?今ので少しは頭も冷えたんじゃねぇか?」
右手の拳を強く握り締めながら、俺を見てニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
俺は無意識に殴られた頬を擦る。
しかし、派手に吹っ飛んだにしては痛みはそれほど感じない。おそらくはデイモスが手加減したからだろう。
「今の時代……ちょっとした暴力シーンでもPT○から苦情が来る時代だよ?それに……肉体言語で語り合わなきゃいけないほど……俺の脳みそは腐ってないか――ッ!!」
フラフラと立ち上がろうとしたが、俺はデイモスに胸ぐらを掴まれグッと引き寄せられる。
そして、額同士がくっつくほどの距離でデイモスの怒りの込められた眼に睨まれ、ゾクリと背筋が凍るような恐怖を感じ身体が固まった。
「……てめぇがなんでも出来るような完璧超人じゃねぇことなんざ、端から分かりきったことじゃねぇか。俺たちはそれを知った上で、今、ここにいるんだ。……お前が言う『無能な人間』に救われた奴が少なくともここに1人いるってこと、忘れんじゃねぇぞ」
デイモスは真剣な目で真っ直ぐに俺を見つめる。
俺も思わず逸らしそうになるのを堪えて、デイモスの目を見つめ返す。
デイモスは続ける。
「お前は普通の奴に比べたら持ってねぇのもたくさんあんのかもしれねぇ。……けどよ、それとは別の、お前しか持ってねぇ大切なもんがあんだろうが。ないものねだりをしてる暇があんなら、今あるものをどう使って、壁をどう乗り越えるか……いや、どうやって壁をぶっ壊せるのかを考えろ。お前はこんなところで折れちまうようなタマじゃねぇだろ?」
そう言ったデイモスの腕からふっと力が抜け、俺はその場にドサリと膝から崩れ落ちる。
「救えなかった人のことを思うのも大切だけど、そのことを引きずってても前に進めないよ」
ヴェルデは俺の肩に手を置いてそう言った。
……精神的な面でデイモスは勿論、ヴェルデの方が俺よりずっと大人なんだよな。
そんなことを考えながら俺は、思考が少し昔に遡る。
――思えば、俺は中学や高校くらいから頭の中や行動は何も変わっちゃいない。俺の精神年齢はあの頃のまま、止まっちゃってるんだと思う。
それに関しては、元の世界でサラリーマンとして働いてる時もよく言われたよ。
『社会人とは思えない』『行動、思考が幼稚』ってね。
当然ながら、そんな状態じゃ人間いつかは限界が来るってもんで。案の定……というべきか、俺は全てが嫌になった。
仕事はもちろん、当時の俺はもしかしたら生きることにすら絶望していたのかもしれない。
そうして、本当に色々と限界を迎えた俺は、この世界からどうやって逃げ出そうか、そんなことを考えながら仕事が終わり、家へ向かっていて――気が付くと、この世界にいたんだ。
『勇者として魔王を倒せ』
訳の分からんこの世界に来た初っ端に、突きつけられたこの言葉。
暇つぶし程度に見てた異世界うんぬんの物語やゲーム、アニメの知識を持っていた俺からすれば、まさに『夢のような状況』だと思った。
だが、疑う気持ちがなかったわけではない。
本当にこれでいいのだろうか、俺に勇者など無理に決まってる、それならここで真面目に働き口を探した方がよほど賢いんじゃないか――。
俺だって、仮にも社会に出て働いてきた人間だ。
1回ポッキリ、魔王に負ければ終わりのイカれた大博打なんかより、細々とでも安定した生活を送れるほうがいいに決まってるなんてことは分かってた。
だけど、こんなチャンスは1度逃したら二度と手に入らないだろうということだけは確信していた。
実を言うと俺は小さい頃、ヒーローとか英雄、『勇者』と呼ばれるような存在に憧れを抱いていたんだ。
弱きを助け、悪をくじく。
俺がかつてゲームやテレビなどで見た勇者という存在は、きまって皆この信念を掲げて、人々や世界を救っていた。
……俺ははるか昔の色褪せた記憶に、再び鮮やかな色が戻っていくのを確かに感じた。
だったら、この一度きりのチャンスを掴んでやろう!
そんな淡い希望を胸に、俺は勇者になることを選んだんだ。
……だが、現実は違う。
この世界の住人には標準装備の特別な力を、俺は何一つ持たずに放り込まれた。人を救うどころか自分の命すら自分で守れない。
「俺は……お前たちみたいに強くない……。この手じゃ誰も救えねぇんだよ……」
俺は自分の震える手のひらを見つめながら、喉の奥から消えるような声を絞りだした。
何の力も持たない俺が手を伸ばしても、その届く範囲はひどく狭い。
……それこそ、目の前にいる人にすら届かないほどに。
いくら必死に伸ばしても伸ばしても、どうしても救いきれない生命は出ると思う。それはきっとこれから先も同じことだろう。
――だが、ここで俺が手を伸ばすことを諦めたら?
不意に脳内にそんな言葉が浮かび上がる。
これから先、もしかしたら俺たちが救うことになるはずだった命はどうなる?今も続く魔王軍の攻撃はどうなる?
拡大し続ける被害を尻目に、俺はそれらを知らんふりできるのか……?
俺は葛藤をこらえるように唇をかみしめ、顔を俯かせた。
そうして俯く俺の視界に、突然ふたつの手のひらが伸びてきた。
驚いた俺は目を丸くして、ハッと顔を上げる。
それは、デイモスとヴェルデが差し出した手のひらだった。
「――1人で手を伸ばしても届く範囲には限界がある……それは私もデイモスも、太郎だって同じだよ?だけど、私たちが手を組んで真っ直ぐに伸ばしたその先に、限界なんてないんじゃないの?」
ヴェルデはポカンとしたマヌケ顔になっている俺に、ニッコリと優しげな笑みを向けた。
「世界を救うだの、人を救うだの、そんなバカでけぇ大荷物、一人で抱え込めるわけねぇだろうが。……貸せ。その面白そうな荷物、俺にももうちょっと持たせろや」
デイモスも俺に手のひらを差し出したまま、いつもの不敵な笑みを浮かべた。
――そうだ、そうだった。俺にはこんな頼りになる仲間がいるんじゃないか。
なぜ俺は、これほどの重荷全てを自分一人で抱え込もうとしていたんだ。
なぜ俺は、自分一人だけが手を伸ばしてやっと届くようなごくごく限られた狭い範囲を、まるで世界の全てのように考えていたんだ。
俺には信頼している仲間がいる。
この事実だけで十分じゃないか――。
俺はふぅと小さく息を吐き、口元にいつも通りの凶悪な笑顔を浮かべる。
これで迷いはなくなった。
俺は2人の手を借りて、座り込んでいた地面から無言でゆっくりと、だがしっかりとした姿勢で立ち上がる。
「――さぁ、俺たちでこの街を、この街の人々を根こそぎ救ってやろうぜ」
「ここなら大丈夫そうだな……っと」
デイモスは担いでいた俺をゆっくりと降ろす。
「……あぁ、助かったよ。ありがとう……」
俺は振り絞った声で礼を言い、その後その場に座り込みガックリと顔を俯かせた。
……頭の中を色々なことが駆け巡る。
ダリルを強く引き止めていれば【神の祝福】によってマスターを助けられていたかもしれない、もう少し早く到着していれば、この騒ぎに気付いた時真っ先にあの酒場に向かっていれば、俺が回復の魔法を使えていれば、俺に人を救うだけの力があれば――。
様々な後悔が脳裏に浮かんでは消え、また浮かんでは消え……。頭の中をそれらがグルグルと渦巻く。
思えば、この世界に来てから人の死を、それも目の前で見たのは初めてのことだ。もちろん、こういった状況を覚悟していなかった訳では無い。
ただ、『救えたかもしれない』という可能性が、俺の心に罪悪感として現れた。それによって想像していたよりも心は深く抉られ、精神的なダメージは思いのほか大きかった。
その様子を見たヴェルデが、静かに語りかけてきた。
「……太郎……マスターは私たちに会った時にはもう既に手遅れの状態で何も出来なかったけど、今からでもマスターのために出来ることがあるんじゃないかな」
「……あぁ、分かってるよ。最期の頼みを叶えなきゃ、この騒動の原因を止めなきゃ……」
俯いたまま、力なく答えた。
……分かってはいる、分かってはいるのだ。ただ、頭では分かっていても身体がそれにしっかりとついてこない。
そのことに気付いたのか、デイモスは俺の肩をポンと叩いた。
「口を開けば『死にたくねぇ』っつー奴とは思えないほど、よくやってると思うぜ?普通の奴でもわざわざ危険を冒してまで、いるかも分からん人間をあの酒場まで探しに行ったりしねぇしな。……だからよ、あまり自分を責めるなよ、お前はやるだけのことはやったんだ」
俺を気遣ってくれたデイモスの励ましの言葉……。
本来であれば非常に勇気づけられる言葉であったが、その言葉を聞いた俺の心には
『――俺はそんな言葉をかけてもらう資格はない』
そんな罪悪感に似た、暗く澱んだ感情がさらに現れた。と、同時に俺の口からも、ほぼ無意識にそれらの感情の一欠片が漏れ出る。
「やめてくれ……俺は目の前の命ひとつ救えない、本当に無力な人間だ。今回のことで痛感したよ、力を持たない俺が、持ってる者と同じように行動すれば、俺を含めた全てを危険に晒す。それに……たとえ救える可能性があったとしても、俺にはただ見てることしかできない」
気が付くと、俺はそんなことを口走っていた。
この2人には弱気な本心をさらけ出してもいいというところまで心を許したのか、あるいは、ただ2人の優しさに甘えているだけなのか。……おそらくは、その両方なのだろう。
それを認識した途端に、甘ったれた自分自身が情けなくなった。
俺は俯いたまま、力なく首を横に振る。
「……ごめん、今のは忘れ――ッ!!」
『――忘れてくれ』そう言いかけた瞬間、俺の左頬に痛みと衝撃が走り、視界が大きくブレた。何が起こったのか分からぬまま、俺の身体は真横に数メートルほど吹っ飛ばされる。
地面に這いつくばりながら、俺は未だ揺れ続ける視界を突然衝撃が襲ってきた方向へと向けた。
そこには、拳を握ったデイモスがいた。
「……この先ずっと横でメソメソされてちゃ鬱陶しくてしょうがねぇからなぁ。……どうだ?今ので少しは頭も冷えたんじゃねぇか?」
右手の拳を強く握り締めながら、俺を見てニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
俺は無意識に殴られた頬を擦る。
しかし、派手に吹っ飛んだにしては痛みはそれほど感じない。おそらくはデイモスが手加減したからだろう。
「今の時代……ちょっとした暴力シーンでもPT○から苦情が来る時代だよ?それに……肉体言語で語り合わなきゃいけないほど……俺の脳みそは腐ってないか――ッ!!」
フラフラと立ち上がろうとしたが、俺はデイモスに胸ぐらを掴まれグッと引き寄せられる。
そして、額同士がくっつくほどの距離でデイモスの怒りの込められた眼に睨まれ、ゾクリと背筋が凍るような恐怖を感じ身体が固まった。
「……てめぇがなんでも出来るような完璧超人じゃねぇことなんざ、端から分かりきったことじゃねぇか。俺たちはそれを知った上で、今、ここにいるんだ。……お前が言う『無能な人間』に救われた奴が少なくともここに1人いるってこと、忘れんじゃねぇぞ」
デイモスは真剣な目で真っ直ぐに俺を見つめる。
俺も思わず逸らしそうになるのを堪えて、デイモスの目を見つめ返す。
デイモスは続ける。
「お前は普通の奴に比べたら持ってねぇのもたくさんあんのかもしれねぇ。……けどよ、それとは別の、お前しか持ってねぇ大切なもんがあんだろうが。ないものねだりをしてる暇があんなら、今あるものをどう使って、壁をどう乗り越えるか……いや、どうやって壁をぶっ壊せるのかを考えろ。お前はこんなところで折れちまうようなタマじゃねぇだろ?」
そう言ったデイモスの腕からふっと力が抜け、俺はその場にドサリと膝から崩れ落ちる。
「救えなかった人のことを思うのも大切だけど、そのことを引きずってても前に進めないよ」
ヴェルデは俺の肩に手を置いてそう言った。
……精神的な面でデイモスは勿論、ヴェルデの方が俺よりずっと大人なんだよな。
そんなことを考えながら俺は、思考が少し昔に遡る。
――思えば、俺は中学や高校くらいから頭の中や行動は何も変わっちゃいない。俺の精神年齢はあの頃のまま、止まっちゃってるんだと思う。
それに関しては、元の世界でサラリーマンとして働いてる時もよく言われたよ。
『社会人とは思えない』『行動、思考が幼稚』ってね。
当然ながら、そんな状態じゃ人間いつかは限界が来るってもんで。案の定……というべきか、俺は全てが嫌になった。
仕事はもちろん、当時の俺はもしかしたら生きることにすら絶望していたのかもしれない。
そうして、本当に色々と限界を迎えた俺は、この世界からどうやって逃げ出そうか、そんなことを考えながら仕事が終わり、家へ向かっていて――気が付くと、この世界にいたんだ。
『勇者として魔王を倒せ』
訳の分からんこの世界に来た初っ端に、突きつけられたこの言葉。
暇つぶし程度に見てた異世界うんぬんの物語やゲーム、アニメの知識を持っていた俺からすれば、まさに『夢のような状況』だと思った。
だが、疑う気持ちがなかったわけではない。
本当にこれでいいのだろうか、俺に勇者など無理に決まってる、それならここで真面目に働き口を探した方がよほど賢いんじゃないか――。
俺だって、仮にも社会に出て働いてきた人間だ。
1回ポッキリ、魔王に負ければ終わりのイカれた大博打なんかより、細々とでも安定した生活を送れるほうがいいに決まってるなんてことは分かってた。
だけど、こんなチャンスは1度逃したら二度と手に入らないだろうということだけは確信していた。
実を言うと俺は小さい頃、ヒーローとか英雄、『勇者』と呼ばれるような存在に憧れを抱いていたんだ。
弱きを助け、悪をくじく。
俺がかつてゲームやテレビなどで見た勇者という存在は、きまって皆この信念を掲げて、人々や世界を救っていた。
……俺ははるか昔の色褪せた記憶に、再び鮮やかな色が戻っていくのを確かに感じた。
だったら、この一度きりのチャンスを掴んでやろう!
そんな淡い希望を胸に、俺は勇者になることを選んだんだ。
……だが、現実は違う。
この世界の住人には標準装備の特別な力を、俺は何一つ持たずに放り込まれた。人を救うどころか自分の命すら自分で守れない。
「俺は……お前たちみたいに強くない……。この手じゃ誰も救えねぇんだよ……」
俺は自分の震える手のひらを見つめながら、喉の奥から消えるような声を絞りだした。
何の力も持たない俺が手を伸ばしても、その届く範囲はひどく狭い。
……それこそ、目の前にいる人にすら届かないほどに。
いくら必死に伸ばしても伸ばしても、どうしても救いきれない生命は出ると思う。それはきっとこれから先も同じことだろう。
――だが、ここで俺が手を伸ばすことを諦めたら?
不意に脳内にそんな言葉が浮かび上がる。
これから先、もしかしたら俺たちが救うことになるはずだった命はどうなる?今も続く魔王軍の攻撃はどうなる?
拡大し続ける被害を尻目に、俺はそれらを知らんふりできるのか……?
俺は葛藤をこらえるように唇をかみしめ、顔を俯かせた。
そうして俯く俺の視界に、突然ふたつの手のひらが伸びてきた。
驚いた俺は目を丸くして、ハッと顔を上げる。
それは、デイモスとヴェルデが差し出した手のひらだった。
「――1人で手を伸ばしても届く範囲には限界がある……それは私もデイモスも、太郎だって同じだよ?だけど、私たちが手を組んで真っ直ぐに伸ばしたその先に、限界なんてないんじゃないの?」
ヴェルデはポカンとしたマヌケ顔になっている俺に、ニッコリと優しげな笑みを向けた。
「世界を救うだの、人を救うだの、そんなバカでけぇ大荷物、一人で抱え込めるわけねぇだろうが。……貸せ。その面白そうな荷物、俺にももうちょっと持たせろや」
デイモスも俺に手のひらを差し出したまま、いつもの不敵な笑みを浮かべた。
――そうだ、そうだった。俺にはこんな頼りになる仲間がいるんじゃないか。
なぜ俺は、これほどの重荷全てを自分一人で抱え込もうとしていたんだ。
なぜ俺は、自分一人だけが手を伸ばしてやっと届くようなごくごく限られた狭い範囲を、まるで世界の全てのように考えていたんだ。
俺には信頼している仲間がいる。
この事実だけで十分じゃないか――。
俺はふぅと小さく息を吐き、口元にいつも通りの凶悪な笑顔を浮かべる。
これで迷いはなくなった。
俺は2人の手を借りて、座り込んでいた地面から無言でゆっくりと、だがしっかりとした姿勢で立ち上がる。
「――さぁ、俺たちでこの街を、この街の人々を根こそぎ救ってやろうぜ」
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