72 / 81
第六章 カラマス編
第六十八話 とんでもない注文の多い勇者
しおりを挟む「勘弁してくれよ……」
そんな俺のか細く呟いた声は、緊張感が張り詰めた周囲の空気に飲まれて消えた。
今、俺達の目の前に立ちはだかるアッタマルドの身体は、さっきまでの老人の姿が想像できないほどの変貌を遂げていた。
身長は倍以上に巨大化し、もはや見上げなければその顔を見ることすら出来ない。
だが、それだけでなく、身体中の筋肉が普通では考えられないほど膨張し、その一つひとつが不自然な形に隆起している。
本当に、辛うじて人間の原型を留めてるだけの怪物と成り果てた。
そんな俺たちなど眼中にないであろうアッタマルドは、何かの感覚を確かめるように自分の拳を見つめ、その掌を握っては開く動作を繰り返した。
「信じられねェ力だ、これが生物として存在しうる限界まで細胞を成長させた姿……ワイは今、世界唯一の完全な生物となった」
アッタマルドがそう言った瞬間、俺程度なんて一瞬で消し炭にしてしまいそうな、えげつない威力の魔法が絶え間なく降り注ぐ。
「これ以上、長引かせるのはヤバそうだからね。さっさと終わらせちゃおう」
ダリルの不意打ちによる魔法の集中砲火により、アッタマルドの姿は見えなくなった。
攻撃の手を緩めることなく、ダリルは真顔で魔法を繰り出し続ける。
その威力はさっきまでの魔法の比ではない。
一撃一撃に先程までより明確に殺意が込められた、まさに殺意の塊のような凶悪な魔法をぶつけている。
そのあまりの威力に、俺たちはその場から吹き飛ばされないように堪えるのが精一杯だった。
やがてその攻撃も止まり、周囲には不気味な静けさと濃い土煙が立ち込めている。
アッタマルドの姿は土煙に包まれ確認することはできないが、流石にこの攻撃を耐え切れるはずはない。
今のを食らって生きてたら、それこそ生物の領域を逸脱したただの化け物だ。
安堵した俺は絶体絶命の危機から救ってくれたダリルにお礼を言うため近づこうとするが、その腕をヴェルデに掴まれた。
「うぇっ!?」
間抜けな声を漏らして、ヴェルデの方を振り返る。
もう勝負は決まったじゃないか、なんで止めるんだ?
そんな疑問の言葉が口から出そうになったが、彼女の緊迫した表情を見て思わず息を呑んだ。
「待って……何かおかしい」
「何かって何が——」
すでにこの時点で嫌な予感はしていたが、それでも聞かずにはいられなかった。
だが、その問いかけの途中でヴェルデが見つめるその先を見てしまった。
……なるほどなぁ。
人間、本当に絶望的な状況になると一周回って変に冷静になってしまう。
この世界に来てから知った、知りたくもなかった人間の防衛本能。
彼女の言わんとしていることがわかった。
ヴェルデの視線の先には、立ち込めた砂煙の中を苦笑を浮かべながら見つめるダリルの姿。
「——こりゃ参ったね、私の魔法がまるで効いてないじゃんか」
ため息まじりのその言葉が俺の耳に届くと同時、砂煙は一瞬で吹き飛ばされる。
——そして、その中から何事もなかったかのように仁王立ちするアッタマルドが現れた。
「……いやァ、効いてないこたァねェぜ?今のはなかなか危なかった」
目を細めたアッタマルドは不敵に口角を歪め、顎をさする。
「ふっ……そんな奴の顔には見えないけどね」
ダリルはそう言って呆れたような苦笑を浮かべた。
――向かい合ったダリル、アッタマルドの二人はいかにも強者同士の熱いやりとりをしているが、それを見つめることしかできない俺たちへっぽこ三人組はもはや冷静を装うことすらできない。
「ねぇ太郎ッ!私たちも協力しないとみんなここで負けちゃうよ!」
動揺したヴェルデが俺の肩を痛いくらい強く掴んで、グワングワンと激しく動かす。
その度に若干放心状態となってしまっている俺の頭は、グニャグニャとまるで首のすわっていない赤子のように振り回される。
そして、いまだに死んだフリをし続けているあの腐れゾンビは、チラッチラッと視線で「おい!早く何とかしてくれ!俺を放置するな!」と切実に訴えてくる。
強敵を前に放心状態の奴、パニック起こしてる奴、死んだフリしてる奴と、字面だけ見ると到底世界を救おうとしている勇者たちとは思えない。
そんな俺たち三人などもはや視界にすら入っていないであろうアッタマルドが、徐に口を開いた。
「それじゃあ、こっちも一発お返ししねェとな……」
そう言うとアッタマルドは右の拳を握り、腰を深く落とした。
次の瞬間、凄まじい速さでダリルに接近したアッタマルドはまるで大木のような腕による殴打を繰り出す。
だが、ダリルもこの攻撃に瞬時に対応し、目の前に十を超える魔法陣のバリアを展開して攻撃を迎え撃った。
「――薄いねェ」
普通の人間には1枚でも突破することが困難であろう魔法陣のバリアを、アッタマルドは拳の一撃によって軽々と粉砕した。
「――ッ!」
そして、ダリルは何とか踏ん張るが攻撃の勢いを完全に止めることができず、両足で地面をえぐりながら俺たちの近くまで吹き飛ばされる。
「今のスピードについてくるとはなァ」
「あんたに褒められたって嬉しかないね」
お互いが敵意を剥き出しにしながらバチバチに睨み合っている。
……かろうじて拮抗しているようにも見えるが、一つひとつの能力は明らかにアッタマルドが上だ。
それは、いくら戦闘に疎い俺でも傍から見ていてはっきりと分かった。
正直、このままダリルとアッタマルドが1対1で戦い続けても、ダリルが勝つ確率はかなり低いだろう。
そうすれば、この町の人々も助けることができなくなってしまう。
そして、当然俺たちも死ぬ。もう、間違いなく。特に俺なんかは真っ先に死ぬ。
……まあそれも、このまま1対1で戦い続ければだが。
俺はなけなしの悪知恵を振り絞り、必死こいて考えた中で1番可能性がありそうな、いつもの博打要素モリモリ作戦を、とりあえずヴェルデに耳打ちで伝える。
すると、ヴェルデは一言も発さずに楳図かずおの『ギャーッ』みたいな顔を俺に向けてきた。
おいその顔やめろ。何を言いたいかは分かるが表情で語ろうとするな。
その表情で固まったヴェルデに「じゃ、よろしく!」とあえてその表情をスルーし、俺はダリルの隣に立って彼女に話しかけた。
「……ダリル、ちょっと確認しておきたいことがあるんだけど」
「こんな時に随分余裕なこったねぇ。……それで?確認したいことって?」
俺は祈るような気持ちでダリルに質問を投げかけた。
「この町全体に浄化の魔法……じゃなくて、神の祝福をかけることってできる?それと……爺さんを倒せるようなとっておきの技とかあったりしませんかね?」
「とんでもない注文を簡単にしてくれるねぇ……それも何個も。……まあ、あの化け物から時間を稼いでくれるってんなら、あいつを倒すのと浄化をいっぺんにする方法はないわけじゃない。でも、町の人間の体内にあった物質はアイツに吸収されたんでしょ?んな事してもそこら辺で倒れてる奴らを助けることはできないよ」
「だろうな。それだけじゃ、きっと誰も助けられない。……分かった、それだけ聞ければ大丈夫。可能性がまだ残ってるって確認できただけで大収穫だ。ダリルはその魔法の準備をしててくれ」
「あんた……いや、あんた達、一体何するつもり?」
ダリルが困惑した様子で呟いた問いかけに、1度だけ深呼吸をした俺は、まっすぐにアッタマルドを見つめながら答える。
「――あのバケモンから時間を稼いで、この町の人達を助ける」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
チート魔力のせいで神レベルの連中に狙われましたが、守銭奴なので金稼ぎします
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
――自由を手に入れるために、なにがあっても金は稼ぎます――
金さえあれば人生はどうにでもなる――
そう信じている守銭奴、鏡谷知里(28)。
交通事故で死んだはずの彼が目を覚ますと、そこは剣と魔法の異世界。
しかもなぜか、規格外のチート魔力を手に入れていた。
だがその力は、本来存在してはいけないものだった。
知里の魔力は、封印されていた伝説の冒険者の魔力と重なったことで生まれた世界のバランスを崩す力。
その異常な魔力に目を付けたのは、この世界を裏から支配する存在――
「世界を束ねる管理者」
神にも等しい力を持つ彼らは、知里を危険視し始める。
巻き込まれたくない。
戦いたくもない。
知里が望むのはただ一つ。
金を稼いで楽して生きること。
しかし純粋すぎる仲間に振り回され、事件に巻き込まれ、気付けば世界の管理者と敵対する羽目に――。
守銭奴のチート魔力持ち冒険者 VS 世界を支配する管理者。
金のために生きる男が、望まぬまま世界の頂点と戦うことになる
巻き込まれ系異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜
シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。
起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。
その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。
絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。
役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?
あとりえむ
ファンタジー
【5話ごとのサクッと読める構成です!】全60話 完結しました。読者の皆様ありがとうございます!
世界を救ったのは、聖剣ではなく「洗剤」でした。
「君のやり方は古いんだよ」 不当な理由でS級クランを追放された、ベテラン清掃員・灰坂ソウジ(38歳)。 職を失った彼だったが、実は彼にはとんでもない秘密があった。 呪いのゴーグルのせいで、あらゆる怪物が「汚れ」にしか見えないのだ。
・神話級ドラゴン
⇒ 換気扇の頑固な油汚れ(洗剤で瞬殺)
・深淵の邪神
⇒ トイレの配管詰まり(スッポンで解決)
・次元の裂け目
⇒ 天井の雨漏りシミ(洗濯機で丸洗い)
「あー、ここ汚れてるな。チャチャッと落としておくか」
本人はただ業務として掃除をしているだけなのに、その姿は世界中で配信され、人類最強の英雄として崇められていく! 可愛い元ダンジョン・コアや、潔癖症の聖女も入社し、会社は今日も大忙し。 一方、彼を追放した元クランは、汚れ(モンスター)に埋もれて破滅寸前で……?
「地球が汚れてる? じゃあ、一回丸洗いしますか」 最強の清掃員が、モップ片手に世界をピカピカにする、痛快・勘違い無双ファンタジー!
【免責事項】
この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。
SSSレア・スライムに転生した魚屋さん ~戦うつもりはないけど、どんどん強くなる~
草笛あたる(乱暴)
ファンタジー
転生したらスライムの突然変異だった。
レアらしくて、成長が異常に早いよ。
せっかくだから、自分の特技を活かして、日本の魚屋技術を異世界に広めたいな。
出刃包丁がない世界だったので、スライムの体内で作ったら、名刀に仕上がっちゃった。
ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜
KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞
ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。
諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。
そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。
捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。
腕には、守るべきメイドの少女。
眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。
―――それは、ただの不運な落下のはずだった。
崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。
その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。
死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。
だが、その力の代償は、あまりにも大きい。
彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”――
つまり平和で自堕落な生活そのものだった。
これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、
守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、
いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。
―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる