上 下
23 / 28
1章.大学授業編

16.本当の勝利

しおりを挟む
「なんだ?」
「いいえ、なんでもない」

 扉を閉めて、演習室の中央で待つ王子に首を振って答える。

「バーナビーが何か言っていたな。お前の好みか?」

 それは、下着のことかな? 答える義務はないから、リディアは聞き流す。

 彼には授業終了時間が過ぎているので、延長の了承を取る。次の授業でしてもいいけれど、彼は観衆の目がないほうが、いい気がした。

 二人きりになり、静まった演習室で彼が口を開く。

「お前が、ここで話を収めてくれたことに感謝する」

(そういえば、お家騒動が盛んだものね)

 殺伐とした家に育てば喧嘩っ早くもなるし、女教師に負けたなんて、王位争奪戦で攻撃されちゃう材料になるのかも。

「ハーイェク。勝負はね、最後に勝てばいいの」

 一度の勝負で負けたからといって、それで人生終わりではない。ただ、王位争奪戦の場合は、一度の負けが最終の勝敗に繋がるかもしれないけれど。

「それは、最後に王になればいいということか?」

 彼はリディアが考えていることと同様の事を考えていたらしい。

「それが最終目的ならばね。でも、王になってからのほうが大変でしょ。それに魔法師も同じよ、なるのが目的じゃなくて、なってから何を成すかが大事」
「じゃあ、いつになれば勝敗がわかるんだ」
「――最期、死に際かな。いい人生だった、って」

 くっと彼は笑う。皮肉げだが、中々いい表情をしている。
 顔はいいのだから、格好も自然体でいたほうがいいのに、と思うが、余計なお世話だろう。

「んなとこまで待てるかよ。お前は、それまで待てるのか」
「――日々、幸せだなとか、そう思える時間がある人生が勝ち組かも――」

 「ジジイかよって」若干引いた目で見ないでほしい。
 私は、平穏が欲しいのです。それを永遠に求めています。

「ジジイって言わない、ババアも許さないけど。それに、お前でもありません、先生です」

 マーレンの計測値は、O : 150mp/s, F:200mp/s, V : 150mp/sだ。E:30mp/s, T:30mp/s、A : 25mp/sと、かなり極端だ。

 金属性と火属性、風属性値が高い。反対に、水属性や土属性、木属性が極端に低い。

「確かに、風と金を組み合わせた攻撃は正解かもね。自分の特性をよくわかってる」

 マーレンは聞いているのかよくわからないけれど、リディアが渡した紙片の自分の魔力値を見つめた後、俯いたままポツリと呟いた。

「お前に、俺の名を呼ぶ名誉を与える。代わりに――お前の名前を呼ばせろ」

 リディアは魔石盤を持ったまま彼を見つめて、それから机上に静かにそれを置いた。

 こうやって佇む彼はひどく孤独に見える。

 王子であれば、もっと取り巻きがいてもいいはずなのにとかそういう問題じゃなくて。
 地位だけじゃなくて、彼の能力と、つけられたあだ名と、自分のイメージ作りと――どうあるべきか、彼は持て余しているのではないだろうか。

「――遠慮します」
「は?」

「それって、『ご学友』に与える名誉でしょ? 私は友人じゃないもの」

 彼の真意はもう少し深いものかもしれない。けれど、そこまでの気持ちが達する前に先手を打つとかではなくて、彼にはまずしなければいけないことがある。

「じゃあなんだ、もっと特別扱いしてほしいのか!?」
「私は『先生』よ!」

 彼の額に指を突きつける。こうやって力関係に訴える方法は嫌いだけど。

「あなたが、そう認めたくないとしてもね。私のほうがまだ、魔力、戦闘能力、魔法師としての能力は上なんだから、従いなさい」

 彼の眼差しは拒絶されて、一瞬傷ついたような動揺を見せたが、リディアの話が終わりじゃないと気づいて、真摯なものに変わる。
 何か言われるとくらいついてくる、負けず嫌い以上の獰猛な本性を見せる。

「私はあなたを導くの。だからあなたは自分の能力を開花させなさい。そして、ここでしなくちゃいけないことは、友人を作ること。将来、あなたが信頼して頼れる仲間を作っておくこと。ここで安易に教師と曖昧に仲良くなっちゃうことじゃなくてね」

 安易に、と言われて睨みつけてくる眼差しに、リディアは余裕の笑みを見せる。

「あんた、ずりいよ。そういうふうに――笑うって」

 横を向いてフイっと顔をそらす彼に、覗き込みたい衝動を押さえる。からかいたくなるけど、あまり突っ込まないほうがいいだろう。


 魔石盤をずずいと押し付ける。


「じゃあね、話は終わり。早くやって。マッハでやって。じゃないと私のお昼ご飯を食べる時間がなくなるから」

 学生は、今日は半日で授業が終了だけど、リディアは午後から会議があるのだ。

しおりを挟む

処理中です...