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2-5 冒険者流遠足会
第89話 新天地
しおりを挟む早朝ニコ村を出発しはや数刻。
荷台が軋む心地よい音と振動を感じる。
澄み渡る青い空の奥の方、遥か上空からは"トンビ"のものと思しき情緒あふれる鳴き声が聞こえ、丁度良い気温も相まり、まさか仕事で移動しているとは思えない程のんびりしている。
これも偏にベテラン御者であるガリウスと相棒のバルの成せる業で、車のように衝撃を吸収する減衰装置などついていない、ただの荷台とはとても思えない穏やかな乗り心地だ。
一方同じベテランであるビビットはというと、昨夜の奮闘がさすがに堪えたのか、大盾を枕に寝入っている。
村では気丈に振舞っていたが、やはりあの魔法は体に相当な負担を強いるのだろう。
「ホホーホ(ナカマ)」──バサッ
リーフルが翼を広げて見せている。
恐らく昨夜見た、肥大した大盾の事を指している。
「そうだなぁ。凄かったね、ビビットさんの魔法」
「そうっすね~。虫に襲われたのは運が悪かったっすけど、"ベテラン"の戦いを間近で勉強できてよかったっす」
「ラーデルさんにしてもそうだけど、一体どれだけの研鑽を積んだのやら……俺達も精進しないとね」
「ヤマトさんにはあの魔導具があるっすよね? だからヤマトさんも同じっすよ!」
「あ~……あれね。ハハ……」
ロングの言う魔導具とは、以前ディープクロウからマリンを救うべく発揮した"神力の斬撃"の事だ。
自分でも苦しい説明だと思うが『秘蔵の魔導具の力なんだ』と、結局皆にはそう説明したのだった。
本当の所が言えない自分を情けなく思う反面、今はこのままでいいという想いもある。
なのできっといつか、今尚引きずる転移者であるという壁を、自らの成長と共に乗り越えられると信じて、"ヤマト"を頑張って行けばいい。
「まぁ、あんまり当てにしないでね。所詮一回だけの使い切りの道具なんだし」
「そんなものより"地力"をつけた方が安全だよ」
「なるほどっす。訓練あるのみっすね!」
「ホ! (イク!)」
「おぉ~。リーフルちゃんもやる気っすね!」
「はは。そうだロング、予定どうしようか。先に鍛冶屋にして、その後挨拶に行こうか」
「そうっすねぇ…………いや! 昨日約束したばかりでした。センスバーチで雑用してた頃の自分とは違うっす!」
「そうだロング! 一緒に胸張って行こう!」
センスバーチでの予定やサウドへ帰ってからの事など、弾む会話のおかげで、俺達の馬車は穏やかなまま時を感じさせず残りの道程を消化していった。
◇
「そろそろだ。冒険者証の準備をしておいてくれ」
御者台のガリウスが注意を促す。
「そうかい、お疲れさん。順調順調!」
「いよいよっすね」
「分かりました」
荷台から上半身を乗り出し、馬車の行く先を見据える。
「おぉ~! あれが……」
「ホ~!」
"センスバーチ"。
俺が日々営みを送るこのアンション王国の中央に位置し、国内全域への物流の心臓部となる街。
日々絶えず様々な品物がこの街を介し流れていて、アンション国民であれば知らぬものは居ないとされる一大都市だ。
遠目から伺える街の規模自体はサウドと同程度に見えるが、一つ大きな違いがある。
驚くことに、"壁"が無いのだ。
俺が唯一知る街サウドを例にあげると、街全体を取り囲むように、円形の防壁がそびえたっているのだが、なんとセンスバーチにはそれが見当たらない。
壁が無い理由を推察するに、防壁を築く意味とは、当然魔物達から街を守る為だ。
だがそうなると、必然的に出入り出来る位置が限られることになる。
国内の多方面から人や物が流入する上で、入り口や出口を目指し回り道をしなければならないとなると、非常に効率が悪い。
さらに考えられる事は、この場所を物流の拠点と定めた理由だ。
魔物の数が少ない、もしくは存在していても比較的弱い者ばかりが生息しているからこそ、ここを拠点とする事にしたのだと思われる。
なので恐らく防壁が無い理由としては、魔物よりも、人や物の流動性を重視しているからなのだろう。
街の周辺は森や林等は見当たらず、起伏の無い広い平原になっており、見晴らしがとても良い、美しい風景を表している。
街の中へと目を向けると、恐らく庁舎だと思われる大きな建物が街の中央に鎮座し、その中央に向かって整備された道が街の外から続いている様子が見える。
イメージされる街の形としては、フランス、パリにある凱旋門を中心とした周辺地理が近いだろうか。
街に近付くにつれ集う馬車の数も増え、賑わいの様相が濃くなってきた。
心なしか道行く人々の纏う服に使用されている色の数も多く見える。
流通拠点という事なので、サウドでは見かけない、様々な流行の発信地でもあるのかも知れない。
馬車が街の入り口に立つ衛兵と思われる男性に近付いてゆく。
「通行許可証、目録、冒険者証の提示をお願いします」
衛兵の男性が近寄り、確認の為俺達の乗る荷台を覗き見る。
「サウド支部所属、ガリウス。定期便だ」
ガリウスが書類と皆の身分証を提示する。
「む? 目録によると……何故物資が何も無いのでしょう? 乗合馬車にしか見えませんが」
「同じくサウド支部所属、冒険者ヤマトのユニーク魔法によるものだ」
「はい。こういう事です」
荷台の中で目録にある魔物の素材等を取り出して見せる。
「ホーホ! (ヤマト!)」──バサッ
リーフルが誇らしげに右翼を広げて見せている。
「ほぉ~!! それはまた便利な力をお持ちで! 委細承知いたしました。 どうぞお通りください」
衛兵が目を丸くして感嘆の声を上げる。
「礼を言う──ハッ」
ガリウスがバルに指示を出す。
「あの人、凄く驚いてましたね、くふふ」
「そりゃそうさ。こんな便利な魔法、唯一無二だろうしねぇ。少なくともあたしは他に見た事がないよ」
「鋭い目つきをしてましたから、少し焦りましたね」
俺達の馬車はいよいよ街に入り、冒険者ギルドセンスバーチ支部を目指し、歩を進める。
荷台から眺める街の様子で、まず新鮮なのは行き交う人々だろうか。
サウドに比べ、武器を携帯していない、所謂一般市民の比率が随分と多いように見受けられる。
さらに獣人族の数も比較的多いように思えるが、エルフ族の姿は今の所確認できない。
「ロング、実家はタヌキ族の村だよね? 他にも居るの?」
「イタチさん達も居るっすね。見た目は自分達と変わりないっすけど、小柄なのが特徴っす」
「へぇ~。あ、あの人とかそうなのかな?」
それらしい通りすがりの人物を指し尋ねる。
「んと……」
ロングが確認している。
「そうっす! あの人はイタチ族の人っす!」
「成人……だよね。結構小さいね」
恐らく成人だと思われるが、背丈が小学校高学年生程。
ロングの言う通り丸い耳や細身の体格等あまり違いは無く、強いて言うならば尻尾が細長い事が特徴だろうか。
「小柄なのも可愛いけど……あたしはタヌキの方がいいな」
ビビットがロングに聞こえない程度の声量でボソりと呟く。
(素直に言えたら進展もしそうなんだけどなぁ)
奥手なビビットを応援したい気持ちはあるのだが、如何せん純真なロングはあまり裏を読む癖が無いので、援護しようにも常々言葉選びが難しい。
「バル、ご苦労様。着いたぞ」
「ありがとうございました」
荷台から降りる。
今回の仕事の目的地であるセンスバーチ支部へと無事到着した。
ギルドへの納品や弓の購入、ロングの実家への挨拶等、この街ではすべき事が多い。
そういえばリーフル用の肩当ても見繕いたいところだ。
見知らぬ土地、都会的な雰囲気に少々緊張しているが、高揚感も同時に存在している。
一体どんな"旅行"になるのか、リーフルと行く景色が今から楽しみだ。
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