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3-1 浮上する黄昏れ

第106話 探偵ミミズクと平凡助手 8

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「ええ、ヤマトさんのおっしゃった通りです。ラウスさんの協力の下、私がさも予言したかのように見せる為にあの納屋で何度も検証を重ねました」

「あぁ……やはりあなたは凄い。私のこれまでの研究成果、さらに熟考を重ね導き出した仕掛けをこうもあっさりと──いえ、愚行と言った方が正しいですね……」
 天を仰ぎ、どこか清々とした様子のグリフがそう呟く。

「──みんなすまんかったっ!!」
 突然ラウスが村人達に向かい深々と頭を下げた。

「お父さん……?」

「訳分からんと思うから説明の前に先に言うとく。グリフ君と俺の目的は単純な事なんや」

「どうかこのグリフ君を、ハーベイの一員として迎え入れたって欲しいんや!」
 ラウスが再び頭を下げつつ、一際熱の籠る口調でそう話す。

『……は?』 『この村に迎える……?』 『──な、なんやのその理由!』
 端的に語られた拍子抜けするような目的に、この場に居る全員が安堵とも困惑ともつかない何とも複雑な想いに駆られる。

「皆さん申し訳ございませんでした! 下される沙汰は、どうか──どうかこの私一人だけでご容赦ください!」
 ラウスに続きグリフも頭を下げる。

「ま、まぁ二人共落ち着いて。ヤマトさんの言うように、なんやあんたには事情があるみたいやし、まずはそれを教えてえな」 
 頭を下げ懇願する二人に対し、飴をくれた女性が優しく語り掛ける。

「はい、すみません……」


「……私は、センスバーチより首都方面へと上った山間部にある、"マシオス"という名の小さな村の出身なのですが、私の故郷は少々特殊な村でして」

「火の用意や照明等、皆様が日々の生活で使用される割合で言えば、魔法よりも魔導具の使用頻度が高いと思います」

『まぁせやな』 『台所のあれとか、この広場にも建ってるこれとかな?』

「私の故郷マシオスは、代々生まれつきその身に宿す魔力の量が多い者達が集まり興った村で、生活する上での使用頻度で言えば、魔導具よりも魔法の方が高い──いえ、むしろ村には魔導具がほとんどありません」

『そりゃまた不便な』 『いやでも、みんなが魔法使えんねやったら、魔導具無しでも不便はないんちゃうか?』

「はい。村の人々は皆、生活する上で必要となる何かしらの魔法を行使出来ます。ですが、そんな魔法が盛んな村に一人だけ、暗い夜道を自ら照らすことの出来ない男がおりました……」

「……生まれつき魔力が極端に少なかった」
 マリンがどこか申し訳なさげに小さく呟く。

「ええ、村で唯一、私だけが幼き頃から保有する魔力量の少なさ故、何一つ魔法を扱う事が出来ませんでした」

「しかし村の人々はそんな私を蔑むことも、邪険にするような事も無く、それどころか大変親身に寄り添ってくれました」

「幼いながらにも、私の心の内には悔しさや恥じ入る気持ち、村の人々への申し訳なさを感じ、何とか役に立てないかと、もがいておりました」

『それは……辛いわなぁ』 『俺達で言うたら、船に乗られへんようなもんやろ? そりゃ……』

(魔法が使えない口惜しさか……分かるな……)
 俺の場合は戦闘面での口惜しさであり『魔法を使いこなしもっと強力な魔物を』といった想いも薄いので、共感を抱くには至らないまでも、理解はできる。
 村人達が口にしているように、グリフの話を聞けば、例え魔法とは縁遠い者達でも、置かれていた状況──魔法が行使出来ない事がどれ程辛い事かは想像に難くない。

「ですがそんな私に、ある転機が訪れました。ある晴れた日の事、村の外れの木陰に、一匹の蛇を発見したんです」

「その蛇は今まさに仕留めた小さな野鳥に噛み付き、その全身を飲み込もうとしている最中でした」

「ホー……(テキ)」
 "鳥"という単語に反応したリーフルが小さく不快感を口にしている。

「その光景を見た私は、ふと疑問に思いました。あの鳥はまだ息があるのに、何故抵抗し逃げ出そうとしないのだろうか、と」

「噛みつかれ、牙こそ刺さりはしていますが、野鳥には抗う素振りが見られない。さらによく目を凝らすと、その野鳥はまるで体が痺れあがっているかのように見受けられました」

「魔物でも無い唯の野生の蛇が魔法を行使するなんて話は聞いた事が無いし、人間のように魔導具を使いこなす事もない」

「蛇の毒──後に判明する事ですが、"自然の力"に興味を抱くようになったのはその光景がきっかけでした」

「それからというもの、村周辺を縄張りとしていたその蛇を、私は夢中になって毎日毎日観察しました。時折エサをやったり、毎日顔を会わせ触れ合っていたおかげか、その蛇は私に懐くようになり、終いには"タタラ"と名付け、一緒に暮らすようになりました」

「……一心同体。私達は本当に通じ合っていた。そう、まさにあなたたち。ヤマトさんと、肩に寄り添うフクロウさんのように……」
 そう言ってか細く語るグリフは悲痛な面持ちで、首元のタタラを愛おしそうにそっと優しく撫でている。

「何が……あったんですか」 
 重なる想いに拳に力が入り、問いかけずにはいられなくなってしまった。

「あれは私が十六の時、タタラと暮らし始めて十年程経った頃に起こった事でした……」
 彼はその身に起きてしまった、返り得ない過去の安らぎについて語りだす。


 グリフは相棒のタタラ、そして良き理解者である母親の下、何とか村の人々の役に立とうと自分のその鋭いを頼りに、自然の力──科学的研究に没頭していたそうだ。
 ある時はてこの原理を利用した装置を作り上げ非力な者達の役に立ち、またある時は天秤に似た道具を思いつき、外界との取引の際の正確性を引き上げたりと、それは大層村の人々から感謝されたそうだ。

 魔法が使えないというハンデを背負いながらも、持ち前のひたむきさと鋭い気付きを活かし、順調な生活を送っていたグリフだったが、成人を過ぎた十六歳のある日、悲劇は起こった。

 研究に没頭している自室の机の上に広がる割れた瓶と流れ出た研究用の蛇毒、そしてその上を何かがはいずったような跡。
 不幸にもその時期、脱皮の時期を迎え表皮が柔らかい状態であったタタラが、何処かで擦り傷を負っていたらしく、その傷を露にした状態で蛇毒──机の上をいつも通り移動してしまった……。

 万が一誤飲するような事があっても、胃の消化液のおかげで被害は無いが、血中に直接混入したとあれば、それは致命的な作用となる。
 自らの不注意と不幸な偶然が重なり、グリフは大切な相棒であるタタラを失ってしまったのだ。


「……どうしてもタタラを失った悲しみを飲み込む事が出来ず、この先もずっと共にいようと、この子を剥製とし、連れ歩く事を選びました」

『それは気の毒やったなぁ』 『そうか……事情も知らんと、掴みかかろうとしてもうてすまんかった……』 『そんなに長い事飼うてたなんやったら、そら寂しいわなぁ……』 

「グリフさん……」 「ホーホ……? (ヤマト?)」
 思わずリーフルを抱き寄せてしまう。

 十年、十年だ。
 十年もの長い歳月を共に暮らした言わば家族──兄弟のような存在。
 今この場に、これ程にもグリフの悲しみに共感し、まるで自らに起きた事のように感じている人間は俺を置いて他無いだろう。
 リーフルと共に生き、リーフルの為に生きる俺にとって、グリフの語る境遇には、まるでこの身に鋭利な刃物を突き立てられいるかのような、冷淡で深々とした怖気を覚える。

「私が剥製となったタタラを連れ歩くようになった事で、村の人々は私にを求めました『何故タタラは死んでしまったのか?』と」

「……今思えば、正直にありのままを話す必要は無かったように思います。ですがタタラを失い、悲しみに暮れていた当時の私の心は瓦解寸前で、誰でもいい、誰かにこの悲しみを分かち合って欲しかった……」

「事情を知った村の人々は、その日を境に私の事を奇異な目で見るようになり、次第に関りを持とうとしなくなりました」

「フッ……ですが、そんな話を聞いたとなれば変心も当然です。村の人々からすれば、グリフは魔法を扱えず、毒を操る蛇をも殺めてしまうような危険な液体を取り扱い、説明されても理解し難い"自然の力"などというものに傾倒している不気味な存在なのですから……」
 グリフは諦めの表情を浮かべ、まるで癒しを求めているかのように、眼下に広がる美しい大海へと視線を流す。

 先程村人達も同情を口にし、慰めの言葉をかけてはいたが、経験の無い者にとっては何処か的を射ない、一時的な同情が浮かび上がるだけだ。
 だが人間とはそういうものだと思うし、そうでなければ、ただでさえ苦難ばかりの人の生において、他人の感情まで取り込めてしまってはまともに生きてゆく事は出来ないだろう。

 同じかけがえのない相棒を持つ俺でさえ、真にグリフの悲しみを理解する事は難しい。 
 あくまで語られたグリフの境遇に自分を重ね、自分の事に置き換えて感じている悲しみであって、グリフ本人を理解している訳では無いのだ。
 グリフ自身が語ったように、村の人々に責は無く、多少の疑念が浮かび上がるのも仕方の無い変遷だったように思える。
 

「以来私は『もっと良い発見を。もっと生活が豊かになるような仕組みを!』と、タタラを失った悲しみから逃げるように、村の人々の目から隠れるように、自室に籠り増々研究に没頭するようになりました」

「そんな生活が二年程続いたある日、とうとうこの身に"神罰"が下ったのです」
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