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第114話 きっと明日 3
しおりを挟む「だから言ってんだろう! そんなだからあんたは──!」
「そっちこそ! 未だに鉄板がお供だなんて──!」
挨拶もままならぬうちに始まった巨頭達の不毛な戯れを前に、華奢な後輩には為す術があろうはずもなく。
以前にも一度目にした覚えがあるが、相変わらず二人の馬は合わないようだ。
「ヤマトさんヤマトさん」
「ん?」
「ビビットさんと対等に言い争ってるって事は、あの人ベテランさんなんすよね?」
「うん」
「そうっすか……だったらなんだか少し不憫っすね……」
二人を面食らった様子で眺めるロングがそう耳打ちする。
「え、なんで?」
「だってほら……ヨレヨレで。ベテランさんだからって、皆がお金持ちって訳じゃ無いんすね……」
自身の胸元を指差し、ロングなりの推察を呟いている。
「あ~……」
「いや、あれは服が買えない訳じゃ無くて、なんと言うか……」
ロングが指摘する、胸元が大きく開き体型を強調するかのように密着した大胆な装いのワンピースは、偏に彼女の癖の強さを表している物で、どう説明すればよいものかとうろたえてしまう。
「それにビビットさんがあんなにも喧々とするなんて。あの人何者なんすか?」
「あの人は"ヴェルース"。ベルって呼ぶ──呼ばされるよ」
「……ムム? ヤマトさん、なんか変っすよ。 あの人と何かあったんすか?」
さすがの付き合いの濃さと言ったところで、ロングは俺の端的な口調からつぶさに違和感を感じ取っているようだ。
「……正直あまり関わりたくない人なんだよね」
「えッ、ヤマトさんがそんな事言うなんて。一体どんな曲者なんすか……」
「──ああそれはそうと、そっちの坊や。可愛い顔してんじゃな~い」
言い争いの最中。興味の対象が突如として変わったのか、ロングの方に向き直り艶めく視線を向けている。
「それに……なんだかヤマトと同じニオイがするわねぇ」
そう言いながらロングの頭を撫でている。
「初めまして! 自分はヤマトさんの弟のロングって言います!」
漂う香水の匂いも、露骨な胸元も意に介さず、ロングはいつも通り元気に挨拶している。
「──おいベルッ‼」
ビビットがロングの視線を遮るように身を乗り出し、敵意を露にしている。
「あら? ビビット……ふ~ん、そうなんだぁ」
「……とうとうあんたをディープクロウの贄に森へ吊るす時が来ちまったようだねぇ……」
「ハァ~? そんなオンボロ、私の魔法であっさり消し飛ぶんだけど」
「フンッ! 上等だよ。だったら今から白黒付けるかい?」
ロングに要らぬちょっかいをかけられた事に激するビビットに対し、その圧倒的な自信を根拠にするベルも、負けじと角を突き合わせる。
「──ちょ、ちょっと! そこまでにしてください! これ以上はご法度ですよ!」
焦り二人の間に両手を割り入れ声を掛ける。
「えぇ~……まあでも、ヤマトがそう言うんならぁ」
わざとらしい猫なで声でそう言いながら、仲裁に伸びる俺の手をなぞり接近してくる。
「ちょ、は、離れてください」
「ふふふ。今日も良い反応ねぇヤマトったら」
「──命拾いしたわね、ビビット」
「次ちょっかい出したら容赦しないよッ」
互いに憎まれ口を叩き顔を背けている。
(ハァ……ライバルって。しかも色々と差があるみたいだし、仕方のないことなんだろうか……)
『怠姫ヴェルース』
魔法を専門とするベテラン冒険者で、二つ名が示す通り、その活躍を目にする事は稀な癖の強い女性だ。
明るい葡萄色をした長髪、左側に流れる前髪、挑発的な化粧と服装という、如何にも"妖艶な女性"を意識した容姿をしているが、表層を知る俺としては彼女に苦手意識を抱く要因の一つにしか認識できない。
だが生まれ持った圧倒的な魔法の才は本物らしく、サウド支部において最も火力の高い人物は、と尋ねられれば多くの者がヴェルースの名を挙げる程だ。
「まったく……憎まれ口さえ閉じてりゃ、お人形さんみたいなその整いも可愛げがあるんだけどねぇ」
「……ところでベル。珍しいですね。朝からギルドへ顔を出すなんて」
「ん~……ちょっとお使いでね~」
「ヤマトこそ。ここで何してんのよぉ」
「仕事の打ち合わせです。もう終わったので俺達はそろそろ引き上げるところです」
苦手意識が主導権を握る自身の口が、普段では有り得ない早さで虚言を吐いている。
「そうそう。あたしらはあんたと違って忙しいのさ。あんたもたまには街の役に立つようなクエストでもこなして社会貢献しな」
「はぁー? せこせこ稼ぐどっかのクマ女と違って、私の優美で繊細な魔法は高いのよ」
「……おい。誰がクマだって?」
「え~? ねぇヤマト、ロングちゃん。私そんな事言ってないわよね?」
「世にも珍しい『後生大事に大盾を抱くブラックベア』が、絶世の美人に襲い掛かろうとしてる──なんて」
とぼけた態度で俺達にそう投げかけている。
(め、面倒くさい……)
「そうっすね、言ってないっす! でもビビットさんの事を『クマ』とは言ってたっす!」
「でもそれは間違いっすよ。確かにビビットさんは超頼もしいっすけど、可愛らしい女の人でもあるっすから!」
未だ彼女の人となりを知らず、先輩という事で誠意を以て応えるロングが、元気よく正確に返答している。
「──っ‼」
突然の不意打ちにビビットが全身を硬直させている。
「あら。ロングちゃんはヤマトと違って随分素直な子なのねぇ」
「……はぁ~ぁ。ねぇヤマトぉ~。あなたもたまには甘い言葉の一つでも言いなさいよぉ」
そう言いながら甲斐無さに満ちた表情で頬杖をつき、リーフルの頭をつついている。
「ホッ……(テキ)」
リーフルは首を百八十度回し顔を背け、俺と同じ心境を呟いている。
「報酬次第では考えない事も無いですが。ベル、そろそろいいですか? 失礼しま──」
早々に切り上げようと立ち上がる。
「──ちょっと待ってよヤマトぉ。私だけのけ者なんて寂しいじゃな~い!」
「それに~、いつものお願いもしたいしぃ」
(なんだそれが本命か……)
(ハァ…………でも美味しいしな……)
「……分かりました、引き受けます。でもすみません、こちらの仕事を優先した後で構いませんか?」
「いいけどぉ。もう予備が無くなっちゃったから、早くしてよね」
「一時しのぎでも買えばいいじゃないですか。この仕事、すぐには終わりませんよ」
「え~嫌よ。この私の色気を引き立てるには、特注の一流品しか似合わないんだから」
「む? 一体何の話っすか?」
「あは、ロングちゃん気になっちゃうんだ。でも仕方ないわよねぇ」
「こ~んな絶世の美人魔法使いをヤマトが独り占めしてるなんてぇ、羨ましく想うのも当然ね」
「うぅ……言ってることが全然理解できないっす……」
「私とヤマトは~、下着の色も把握する仲って事よ」
怪しげな雰囲気を醸し出しながら俺の腕に指を這わせる。
「──ベル。ロングをからかうのは辞めてください」
腕を引き距離を取りながら能面を向ける。
「なによぉ、可愛くな~い……」
「──ねぇ、その仕事って討伐依頼? なら私がパパっと殲滅してあげよっか? そしたらヤマト、こっちに来てくれるじゃない」
「いえ。今のところ戦力は不要なので、遠慮しておきます」
「──あでもヤマトさん。ベルさんにも聞いてみた方がいいんじゃないっすか?」
「えっ」
「『例え砂粒程の可能性でもかき集めよう』そう自分達、決心しましたし」
「う~ん……」
確かにロングの提案は最もな話で、決して最後まで諦めないという想いを表した約束の言葉ではあるのだが、ベルは典型的な自堕落なのだ。
定期的に打診される家事の指名依頼の過去からもそれは明らかで、さらに言えば二つ名にもある通り猫のような気まぐれな性格をしており、例え今回の事を情に訴えかけるよう熱心に説明し、協力を得られる事になったとしても『飽きたから帰る』などと突然やる気を喪失し、最後までアテに出来る人材であるのか信用できない。
同期や後輩といった関係であれば、そんな変則もある程度諫められる事だろう。
だがその相手が、"強大で恐ろしい力を保有するベテラン冒険者"とあってはそれも難しい。
どんな些細な希望でも欲する状況ではあるが、介入されかき回された挙句に、貴重な時間を無駄にするような可能性があるのなら、やり直しの効かない今回に関しては慎重にならざるを得ない。
(現状では『探し物』が主な課題だ……)
(う~ん……ゲームみたいにボスを倒せばアイテムがドロップする、なんて単純な作業なら欲しい戦力ではあるけど……)
(──いや待てよ。何も極端な結論を出す事もないんだ)
とにかく情報が欲しい。それについては悩み踏みとどまる理由など無い。
明確に整理すると、ベルに懸念される事柄は一つだけ『信頼出来るのか』その一点が不安を煽る要素になっているのだ。
ならばこちらの事情を共有した上で、はなからアテになどせず、実質的には居ないものと認識しておけば、例え彼女に起因する何らかの損害が発生したとしても、それは最小限に留められるのではないだろうか。
「ヤマトさん……?」
「……うん」
「──ベル。今俺達は、ある女性を救うべく動いています。これを見てください」
異次元空間から花弁を取り出す。
「人助けねぇ……何かの花びらみたいだけど」
「ええ。俺が独自に入手した、奇跡を起こす──はずの手掛かりなんですが、何かご存知でしょうか?」
「ほぉ、それが例のやつかい。見たとこ、何の変哲もないありふれたものにしか見えないねぇ」
ビビットが顔を近付けじっくりと検めてくれているが、どうやら何の覚えも無いようだ。
「こんな欠片の一つだけじゃ何も……──あら? そういえばこの花どこかで……」
ベルが花弁を摘まみ上げ考え込んでいる。
「──ホ、ホントですか⁉ すみません! どんな情報でも構いませんので、教えてください!」
「う~ん……そう言われても……」
「無駄だよヤマト。子猫に三日と記憶を辿れなんて、酷な話さ」
ビビットがあきれ顔でトゲを呟いている。
「──あッ! ふっふ~ん。思い出したわ!」
「エッ! やった! ついに情報が!」
「教えてください、ベル!」
「構わないんだけどぉ、一つ条件があるわ」
「──な、何ですか! 何でもおっしゃってください。可能な限り対応してみせます!」
「なら私の夢を叶えて頂戴。ヤマト」
「えっ……」
「夢……っすか? ベルさんの夢って、どんな夢なんすか?」
「ふふふ。坊やにはまだちょ~っと早いかなぁ」
あしらうような素振りでロングにウインクしている。
「ハァ……この馬鹿。まだそんなこと言ってんのかい……」
「む?」
(くッ……ここぞとばかりに……)
(──ああそうだよ、有効だ。それ程俺達は必死なんだ……!)
「うふふ……どうかしら? ヤマト」
「あなたとなら私は──」
そう言いながら余裕溢れる態度で俺の腕に手を這わせる。
「──分かりました」
「今晩伺います。それでいいですね」
這い上がる手を掴み握り返す。
「──きゃッ!!」
ベルが悲鳴を上げ手を振りほどいた。
「ぷふっ。自分から誘っておいてそのざまかい。だからあんたはいつまで経っても子猫のままなのさ」
「う、うるさいわね!!──なによヤマトも! あなた今日はホント可愛くないッ!」
「ハハ……でもそれ程必死だって事ですよ。すみません」
「うぅぅ……分かったわよ。案内してあげるわ」
「ホントっすか⁉ ありがとうございます‼」
「まあ丁度私のお使いも済ませられそうだし。あなた達、協力しなさい」
「ベル、ありがとうございます。雑用でも何でも、喜んで働きますよ」
「そんな事言ってあんた、見当違いだったら承知しないからね」
「ふん。私の頭はお堅いクマさんと違って、瑞々しくて柔らかいんだから」
「なに……? 大体あんたは昔から──!」
「そっちこそ! 私が目を付けてた──!」
(あぁ……また始まった……)
「ヤマトさんヤマトさん」
「ん?」
「自分達、もっと強くならなきゃダメっすね……」
「そうだなぁ……」
「ホ……(イク)」
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