創世戦争記

歩く姿は社畜

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創世戦争編 〜箱庭の主〜

平和って何だ

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 アレンは最後の一口を飲み込むと、溜息を吐くように、呟くように言った。
「…人に食べろ食べろと言いながら、あんたら全然食べてないじゃないか」
 水晶盤の向こうで、ヌールハーンと苏月が溜息を吐く。その顔色は水晶盤越しに分かるくらい悪く、さっきから何かを食べている気配が無い。
 ムーバレヘムを落としてから、アレン達の日課は前線を退いた苏月とヌールハーンと夕食を摂る事が追加された。
 ちゃんと食べてるか、保護者のように二人はそう言うが、アレン達は重傷者である二人が食事しているのを見ていない。
「どの口が言ってんだろうね。ちゃんと食べてるかって」
 御馳走様、大和で付いた癖は未だ抜けておらず、アリシアが居た頃を思い出す。彼女は本当に死んでしまった。しかし彼女の為にも、アレンはちゃんと食事する事を心掛けている。食事こそが生命の根本だからだ。
『…痛いんだ』
 ヌールハーンは脂汗を浮かべながら言った。その頭には包帯が巻かれている。
『貴様は鶴蔦の御祓棒で滅茶苦茶に叩かれていたからな…頭が痛いのも仕方無いだろう』
『そこじゃない。傷が疼く』
 苏月はアレン達の方を向くと、白い顔で無理矢理笑った。
『…この通り、冗談を言う元気はある』
「嘘けおっさん」
 美凛はもぐもぐとパンを頬張りながら同感するように言った。
「…私達の事は良いから、その怪我ちゃんと治してよね。父上達、食べないと治らないですよ」
 しかし、苏月は首を振った。
『…はぁ、どうにも食欲が沸かん。ヌールハーン、まだ口を付けてないから食べてくれ。残したらあの魔人の小娘に殺されそうだ』
『我も食欲が無い。胡蝶フーディエが子供達を連れて来ただろう。その小さい子らに食べさせれば良いのでは?』
『…孫に苦い薬膳なんて食べさせたいと思うか?私は兎も角、あの子達は健康体だ。食べれる内に美味いものを食べておけば良い』
 そのまま二人は黙り込んでしまった。
「…お袋達、薬飲んでんの?」
『あの糞不味いやつか』
 思い出しただけで吐き気がするのか、苏月が口元を押さえ、ヌールハーンは水をガブガブと飲み始めた。
 アレンはアイユーブを睨む。
「…食事中にあのゲテモノの話をするんじゃない」
 下世話な話ではないが、例の解熱鎮痛剤は恐ろし過ぎる味故に、食事中にその話を出す事は最低最悪の禁忌、マナー違反として暗黙の了解がされている。
(しかし味のお陰で怪我人が減ったのは事実だ)
 とはいえこれ以上はマナー違反だ。もしアレンが無能ではなく有能な〈裁判神官〉なら、言い出しっぺのアイユーブの首をねじ切っていた。
「ゴホン…話を変えようか」
「そうね、マナー違反よ」
 フレデリカがそう言って話を促すが、誰も何も言わない。
「…誰か、何か言ったら?例えばほら、布団が吹っ飛んだーとかさ」
 アレンは空になった皿を見ると、呟いた。
「…どうやって勝つか」
「えっ、食事中に?」
 フレデリカがそう言うと、皆がフレデリカに同意するように頷いた。
「だよな…でも、何話すんだ?」
「何って…確かに何話すんだろう」
 フレデリカがそう言うと、美凛が答えた。
「はいはい!じゃあ、平和になったら!」
 しかし、それに誰も答えない。
「…あれ?皆?」
 アレンは悩んだ。平和になったら?平和を目指して戦ってきた癖に、自分は本当の平和を知らない。大体何処かで爆発音が響いているのが自分の日常だった(主にコーネリアスとオグリオン、仲介役のアラナンのせい)。何者にも邪魔されない暮らしをアレンは望むが、全体が平和になるにはどうすれば良いのだろう。
「平和って、そもそも何だ?」
 魔導に関して随一の知恵を持つヌールハーンも、明晰な頭脳を持つ苏月も、それを知らない。
『…考えた事も無かった』
『確かに。我も苏月も、常に戦争をしていたからな』
『平和だったら士官学校なんて無いしな』
 誰にも想像出来ない。それはフレデリカも同じだった。
『勝ってから考える…じゃ遅いのか』
『苏月、お前は内戦後に使えるもの全て使って改革と復興を行っただろう。あんな感じか?』
『…んっ?それって、一旦全て壊してから復興させるのか?』
 顔色の悪い二人が何やら物騒な話をし始める。
「もう、父上とサっちゃんママ!私が言いたいのはそういう事じゃないの!やりたい事!義務じゃなくて、他人の意思とかじゃなくて!」
 画面の向こうで二人は顔を見合わせた。
『やりたい事…?考えた事も無い』
 苏月は指を振った。その包帯に覆われた指の動きに合わせて、細い鎖が動く。
『平和になったら…と言ってもが何か分かっていないのだが、こういった力はどうなるのだろう』
 アレンは問うた。
「その鎖とか雷とかって、どうやって出してる?魔法なのか?」
『ある種の魔法だ。感情、人格に大きな影響を与えるものが魔法として現れる…というのがヌールハーンの研究論だったな』
 ヌールハーンは頷いた。
『我の結界も、我が城壁を見て育ったというのがあって強固なものとなっている。ヴリトラの力を扱えるのもそういう事だ。苏月は?』
『私は雷を見るとワクワクするタイプの人間でな。好き嫌いでも影響は大きく出る。例えば、私は鎖が死ぬ程嫌いだ。牢屋に居る気分になる。…ああ、そういえば宮殿も牢屋みたいなものだな』
 平和になったら、というお題からかなり脱線してきているが、誰も気付かなかった。否、気付いていたが敢えて言わなかった。所詮は戦乱の時代に生まれた者達。想像出来ない事より、現実的な事を話すという事を好むのだ。
『アイユーブは他人を這いつくばらせるのが好きだったな。けどそれは自重で潰すのとは違うだろう』
「えーと、勝てれば何でも良くね?」
『美凛は火遊びが好きだったな。アーサーと火遊びをして何度城の壁が焦げたか…うぅ、頭が痛い』
「父上ー、お薬」
 気持ちが悪い、アレンはそう思った。何で知らない癖に、欲しい欲しいと強請れるのだろう。それは彼らだけじゃない。自分もそうだ。
「…アレン、頭痛い?」
 フレデリカが心配そうに問うた。
「…大丈夫。軽いから」
 しかし、気にすればする程頭痛は激しくなる。だからアレンは話を逸らす事にした。
「李恩の覚醒は…あれ上手く行ったのか?」
 フレデリカは首を振る。
「いいえ。美凛が李恩の器なのは間違い無いわ。でも、二人の意思が揃ってない。李恩は敵を破壊する事の具体的な目的を持っている。けど美凛にはそれが無いからかも。戦いが当たり前の世代だからね。曖昧になるのも仕方が無いわ」
「戦いが当たり前…」
 パンを盗むのが当たり前だったアレンは、次第に目的が生存ではなく一枚のパンに変化していった。今思えばそう感じるが、当時はそんな事を気にする余裕など無かった。
「アレン、薬飲もう?考え過ぎたら駄目だよ」
「…ああ。そう、だな」
 フレデリカの言葉に頷く。考え過ぎたら、この頭痛は余計に悪化する。
『…ところで平和になったら力はどうなる?消えるのか?消えたら消えたで、新しく身を守る術…ん?それって平和じゃない?あ、あれ…?頭が…』
『やめておけ苏月、今お前の脳味噌でそれを考えたらキリが無い』
 画面から苏月の姿が消える。想定出来ない未来を考えて、脳が限界を迎えたらしい。
『…オトゥタール、この馬鹿が引っくり返った!』
『ええ!?ちょっと、また高度過ぎる頭脳戦でもしてた?病み上がりっていうか、まだ怪我人なんだから大人しくしてなよ!』
 ヌールハーンがオトゥタールを呼んでいる。それを見たフレデリカはアレンの方を向いた。言わんとしている事は分かる。
「…暫く、これについて考えるのをやめるよ」
「あのゲテモノの世話になりたくないなら、賢明な判断よ」
 ゆっくりで良い。戦いは終わりに近づいているのだから、自ずと結果は出る。
 アレンはフレデリカから無味無臭の鎮痛剤を受け取ると、無言で服用した。
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