神が去った世界で

ジョニー

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第3章 宮廷

第27話 お忍び3

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 シオン達は足早に最上階の訓練場から2Fに降りて来た。

 小部屋の並ぶ通路を進み2Fの中央部、やや広めの魔導具置き場で『変化』は唐突に起こった。
 黒い瘴気が突然、足下に湧き始める。

『チッ。間に合わなかったか』
 まさか、こんなに早く仕掛けてくるとは。
「!・・・セシリー!!」
 シオンが叫ぶとエリスがシャルロットに抱きつき、セシリーは短杖を2人に向ける。
『蒼の月と罪の天秤に依り力の叢を断て・・・ソーサルシールド』
 短杖から淡く青白い光が漏れ出し、シャルロットとエリスを包み込む。
「エリス様、そのシールドは殿下を起点に発生させています。殿下から離れない様に!」
「分かりました。」
 エリスがセシリーに返し、シャルロットは2人のやり取りを聞いて自分を抱き締めるエリスの腕をギュッと握った。
 その様子を見てセシリーは頷くとシオンに視線を戻した。

 彼は妖刀残月を引き抜き漂ってくる強烈な殺気に身構え虚空を睨んでいる。
『これが・・・例の邪教徒の仕業なら・・・』
 セシリーはシオンに短杖を向ける。
『蒼の月と罪の天秤に依り力の叢を断て・・・ソーサルシールド』
 シオンの周囲を青白い光が包んだ。
「セシリー、感謝する!自分にも掛けるんだ。」
 セシリーは嬉しそうに頷くと再度、魔法の詠唱に入る。

『・・・本当に忌々しい・・・』
 地の底を這うような恨みの言葉が空間に漂う。と、セシリーの横の瘴気が盛り上がり蛇の形となった。
「!」
 息を呑むセシリーに瘴気の蛇が容赦なく襲い掛かる。と同時に空間が切断された、と見紛うような鋭い斬撃がセシリーの眼前を横切り、瘴気の蛇が消え失せた。
「大丈夫か、セシリー。」
「は・・・はい。」
 シオンの本気の斬撃を目の当たりにしてセシリーは驚嘆しながら頷いた。
「早く自分にも障壁魔法を掛けるんだ。」
「え・・・ええ。」
 セシリーが自分にも魔法を掛けたのを確認すると、シオンはセシリーをシャルロット達の方向へ誘導しシオン自身もその近くに立った。

 そして何も無い空間に向かって声を掛ける。
「・・・バゼル、いい加減に姿を見せたらどうだ?」
「え!?」
 3人が驚いてシオンを見る。

「え・・・。ほ、本当にバゼル先生なの!?さっき聞こえてきた声は全然違ったわよ!?」
「どうやって声を変えたかは解らんし知る必要も無い。だが、間違いなくバゼルだ。あの狭量な男には相応しい卑劣な攻め方だ。」
 セシリーの疑問を利用してシオンは攻め手を軽く挑発する。これで反応してくれれば儲けものだ。が、流石に引っ掛かる筈も無いか・・・。
『平民の冒険者風情が言ってくれるな。』
 暗闇からバゼルの痩せた姿が現れた。

「・・・」
 こんな単調な挑発に易々と引っ掛かってくれた事にシオンは軽い衝撃を受けた。
「ふふふ。」
 思わずシオンは声に出して嗤う。
「・・・何が可笑しい。」
「邪教徒とやらは揃いも揃って間抜け揃いか。・・・安全な場所から抜け出して本当にノコノコと姿を見せるとはな。」
「平民風情如きに貴族たるこの私が遅れを取る筈も無いからな。正々堂々と勝負してやろうと思ったのさ。それに先程の『卑劣』という言葉も撤回させてやらねばならんしな。」
「正々堂々・・・ね。」
「光栄に思え、この高貴なる手に依って死を賜る事をな。」

「貴族至上主義者か。」
 シオンは吐き捨てる様に呟いた。

 一部の貴族の中で蔓延する過激な考え方の1つだ。――選ばれし王侯貴族のみが全ての富と権利を独占するべきであり、平民など畜生に等しくその存在は人に非ず。
 この考えを持つ者は貴族の中に少なからず居る。その最たる派閥がアインズロード伯爵家と対立するアデル=フォン=セロ公爵を中心とする貴族主義派である。 

「下らん、どうでもいい。」
 シオンは鼻で笑い飛ばすと改めて剣を構え直した。
「こんな所でこんなお粗末な攻撃を仕掛けてきたのは、別に理由が在るからだろう?」
 そう言ってシオンはシャルロットを見る。
 バゼルは嗤った。
「ほう、冒険者の分際で頭は悪く無さそうだな。その通りだ。まさかアカデミーにシャルロット殿下がお見えになるなど思いも寄らなかったからな。この千載一遇の機会は当に正しく貴族でありながらも不等な扱いを受け続けて来た私への、神からの賜物に違いない。」
 バゼルは舌舐めずりをしながらシャルロットを見る。
「!」
 美姫はその視線を受けて怯えたように身を竦ませエリスの腕を強く握った。その手にエリスは自分の手を乗せて優しく微笑む。そして視線を厳しいものに変えるとバゼルを見据えた。
「殿下に手は出させません。私の命に代えてもです。」
「おやおや、フレイナル伯爵家が御令嬢のエリス殿。無力な女の分際でそんな事が出来ますかな?」
「・・・」
「ふふふ、私には出来ますよ。この大いなる混沌の力を持ってすればシャルロットを殺し貴様達3人を地獄に引き摺り込む事も出来る。」
 醜悪な笑みがバゼルの貌に満面に浮かぶ。が、エリスは怯む事無く静かに一言、言い放つ。
「させません。」

「!」
 バゼルの表情が醜く歪んだ。
「小娘が・・・どいつもこいつも一々気に食わん。この私が殺すと言ったら殺すのだ。然すれば私はセロ公爵閣下にも認められ、またオディス教に於いてもその地位は確約される。・・・さあ、私の輝かしい未来の為の糧となるが良い!」
「・・・させんよ。」
 シオンは唐突に動いた。

 スルスルと音も無く動きバゼルに接近する。
「!」
 バゼルが慌てて術を発動させる。蛇が2体シオンに襲いかかる。が、シオンは残月でアッサリと切り払う。
「ヒッ!」
 眼前に迫ったシオンの殺気をまともに受けてバゼルは狼狽えた。

 シオンは残月を鞘に納めると渾身の力を込めた右拳を振り上げバゼルの左頬に捻り込んだ。
「グシャ」と何かが拉げる嫌な音が響きバゼルの身体が軽々と吹っ飛ぶ。一帯に揺蕩っていた瘴気が消えていく。

 地面に昏倒したバゼルの襟首を無造作に掴むとシオンはズルズルと引き摺りながら固まる3人の下に戻った。
「お待たせ致しました。では参りましょう。」
「え・・・ええ・・・」
 何事も無かったかの様に一礼するシオンに3人は頷くばかりであった。


 ズルズルと引き摺られるバゼルを見ながら3人はシオンの後を付いていく。魔術棟を出た所でシャルロットとエリスが口を開いた。
「私、シオンがこの人を斬ると思いました。」
「私もそう思いました。お顔が凄く怒ってらしたので・・・。」
 シオンは足を止めずに言った。
「私も開戦当初はそのつもりで居ました。が、この男が間抜けにもセロ公爵の名前を口走ったので急遽、捕獲に切り替えました。アインズロード伯爵閣下の役に立つのでは無いかと。」
「お父様の為だったの。」
 セシリーが言うと
「それも有るが、宮廷内のゴタゴタを早く片付けられれば俺もゆっくり出来るからね。」
 とシオンは笑った。
 セシリーも呆れたように笑う。
「全く貴方という人は、格好良すぎるわ。」

 シオンが気絶したままのバゼルをアカデミーの外で護衛に引き渡し終えるとシャルロットは怒り顔でシオンに詰め寄った。
「もう、シオンたら。私、護衛が付いているなんて知りませんでしたよ!」
「あ・・・」
 護衛の存在は秘密だった事を完全に忘れていたシオンは、しくじったと表情を引き攣らせた。
 エリスがシャルロットの後ろで笑いを堪えている。
「・・・申し訳在りません。アインズロード伯爵閣下にご報告したところ護衛を付けて下さるとの事でしたので・・・。」
「アインズロード様もご存知なの!?・・・まあ、いいわ。」
 シャルロットは溜息を吐く。
 そして気を取り直した様に美姫はシオンに微笑んだ。
「今日は本当に有り難う御座いました。怖い場面も有りましたけどとても楽しかったです。」
「恐縮です。」
「セシリーさんも、案内兼護衛を務めて下さってお礼を申し上げますわ。」
「とんでも御座いません。」
 セシリーはカーテシーで応える。
 最後にシャルロットはエリスの手を無言で掴みギュッと握って微笑み、エリスはシャルロットに優しく微笑み返す。恐らく2人の間ではこれで充分なのだろう。

 馬車を待って王城に着いたのは、もう五の鐘も鳴り終わった後だった。
 シャルロットが私室に戻るのを確認するとシオンはセシリーを連れてブリヤンの執務室に足を向けた。
「付き合って貰って済まないな、セシリー。」
「何を言ってるの。ここまで付き合ったんだから最後まで付き合わせなさい。」
「ははは、了解。」

「あれ?シオン・・・とセシリー?」
 不意に女性の声が掛かり2人は振り返った。
「あ、ルーシー。」
 セシリーが少女の名前を呼ぶ。
「ルーシー、今帰りかい?」
「え・・・うん。」
 シオンの問い掛けにルーシーは戸惑いながら頷く。
「・・・あ。」
 セシリーはハッとなってルーシーに駆け寄り口を耳に寄せて囁いた。
「誤解よ、ルーシー。そう言う事じゃ無いから。今、シオンは王女殿下の護衛をしていてね、今日は私もそれにたまたま同行しただけだよ。」
「わ・・・私は別に、誤解なんて・・・。そう、そうなの。」
 ルーシーの表情に僅かな安堵を見て取るとセシリーはホッとしてルーシーを誘った。
「今から丁度、お父様のところに報告に行くのよ。ルーシーも行きましょう?」

 伯爵の執務室に入ると、ブリヤンは立ち上がって3人をソファへ招いた。
 シオンとセシリーの報告を聞き終えるとブリヤンはシオンを見た。
「シオン君、良く機転を利かせてくれた。君が捕らえてくれたバゼル子爵は貴族主義派を責め崩す重要な切っ掛けになる。」
「お役に立てたなら良かったです。」
 シオンは微笑む。
「世界では自治都市と呼ばれる新しいスタイルの都市が現れ始めた今の時代に於いて、もはや貴族主義などと言うものは合わない考え方です。少なくとも今は1度、廃れてしまうが良いと私も思います。」
「うむ、セルディナも陛下の号令の下、少しずつ今の現状を変化させていく必要がある。で、無ければ確実にこの国は世界に遅れを取る事になるだろう。」
 ブリヤンは頷くとシオンを見た。
「・・・しかし、やはり君は只の冒険者とは思えないな。」
 その言葉にセシリーがシオンを見る。
 シオンが肩を竦めて見せるとセシリーはブリヤンに告げた。
「お父様、その事なんですけど、やっぱりシオンは何処かの元貴族様だそうです。」
「やはりそうか。」
「え!?」
 ブリヤンは当然の様にセシリーの言葉に頷いて見せたが、ルーシーには寝耳に水だった。驚いてシオンを見上げるルーシーに黒髪の少年は決まり悪そうに微笑んだ。
「実はそうなんだ。」
『話してしまうか。』
 シオンはそう思った。

 そして順番に3人の眼を見る。
「この際なのでお話致します。ただ、ここに居る3人の中だけに留めて頂きたいのですが・・・。」
 3人は真剣に頷いた。

 シオンはゆっくりと口を開いた。



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