神が去った世界で

ジョニー

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第5章 巫女孤影

第58話 テオッサの黄昏

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 セシリーが騎士達に招集令を出した後、一刻も経たぬうちに近隣に住む住人100余名が集められた。理由も良く解らずに集められた村人達は、見知らぬ冒険者の様な風体をした一行と見慣れぬ騎士達、そして村長達の姿を見てザワつきだした。
 その前にセシリーが立つ。ざわめいていた村人達は、トルマリンの髪色をした見知らぬ美少女の登場に声を失って見惚れた。

 セシリーは良く通る澄んだ声を上げる。
「テオッサの村の皆さん、夜遅くの招集を先ずはお詫び致します。」
 そう言って彼女は頭を下げた。
「私は、セルディナ公国の一領主、ブリヤン=フォン=アインズロード伯爵が娘でセシリー=フォン=アインズロードと申します。」
「伯爵・・・」
「セルディナだってよ。」
 村人の響めきが収まるのを待ってセシリーは再び話し出した。
「今日、皆さんに集まって貰ったのは、貴方方の長である村長と村の役員の方々の行いを知って頂くためです。」
 セシリーの言葉を聞いて大人しく立っていた村長達が声を上げる。
「な・・・ふざけるな!よそ者がそんな勝手なことをして許されると思うのか!」
「みんな、耳を貸すな!こいつらはテオッサの村を乗っ取りに来た極悪人だ!放っといたら好き放題されるぞ!」

 口々に喚く男達をセシリーは憮然とした表情で眺めやった。
 貴族として統治者側の視線を求められる事も多いセシリーは、出来れば村長達には潔く自身の罪を認め罰を受け入れる覚悟を持って欲しかった。それが人の上に立つ者の最低限の矜持であるべきだと思っていたから。しかし最早それは期待出来ない。

 セシリーは村人達に向き直った。
「私達が村長の言うようにこの村を乗っ取りに来たのかどうか。其れはこれから話す事を聴いてから皆さんが判断して下さい。」
 美しい少女の放つ威厳に打たれたのか、村人達は静かにセシリーの言葉を待った。

「私達がこの村を訪れたのは友人をセルディナに連れ戻す為です。その友人は彼女です。」
 そう言ってセシリーはルーシーを呼んだ。
 白銀の髪と紅の瞳を持つ少女に、村人達はハッとなる。
「ルーシー=ベル・・・竜の忌み子・・・皆さんにはその呼び名が通りは良いでしょう。彼女には大いなる聖女としての力が宿っています。」
「聖女?・・・俺達は忌まわしい魔女の力だと聞いていたぞ。」
 1人の村人がそう言うとセシリーは首を振った。
「いいえ、聖女です。神様に祝された聖女なんです。・・・では、何故ソレが忌まわしき存在とされたのか。其れをお話しましょう。」
 村人達は固唾を飲む。
「遙か昔、様々な時代に生を受けた聖女の力はソレは素晴らしいモノで、常にその時々の権力者達にその力を欲されました。だから彼らは聖女の誕生を知ると、その力を我が物として己の野望を果たさんが為に周りを巻き込んで争ったのです。そして、どの時代でも一番の被害者になったのは民達でした。多くの命が争いに巻き込まれて失われたと聞いています。そんな風にして生まれた悲劇を人々は風化させぬように、竜の忌み子と言う呼び名を聖女達に付けて語り継いだのです。」
「・・・。」
「ですが、考えて見て下さい。それは果たして彼女達の責任でしょうか?・・・いいえ、決してそうでは無い。己が野望に目を眩ませて争いを引き起こした愚かな権力者達にこそ非が有る筈です。そうでは無いでしょうか?」
 セシリーは村人達に問いかける。
「・・・。」
 村人達の表情に戸惑いが広がる。

 狭い世界に生きてきた彼らには探究心が欠如していた。言われたことをそのまま信じる事が当たり前だった彼らにとって、セシリーの問い掛けは心に探究の発露を促し始めた。だからこその戸惑いであった。

「何故なら、彼女達はその力を望んで生まれてきた訳では無いのですから。生まれた時に勝手に持たされていた力なのですから。それを魔女と呼び忌み嫌うのは余りにも無情な扱いとは言えないでしょうか?」
「・・・」
 セシリーは考え始める彼らを見て言葉を繋ぐ。
「そして聖女の誕生に決まりは有りません。いつ、何処でどの女性に現れても不思議では無い力です。ひょっとしたらルーシーでは無く、皆さんの娘にその力が持たされたかも知れないのです。」
「!」
 村人達は初めて衝撃を受けた表情を見せた。

 ――確かにその通りだ。
 彼らの表情にはありありとそんな感情が浮かんでいた。

「・・・ですが、実際にはルーシーが聖女に選ばれました。そして彼女と其の御両親がこの村でどんな扱いを受けてきたか、ソレは皆さんがご存知でしょう。」
「・・・」
「そしてルーシーの余りの境遇を嘆いた御両親はこの村を出るために、セルディナへの引っ越しの計画を立てられました。・・・ですが、引っ越しは野盗に襲撃される事で失敗に終わります。その際に御両親は命を落とされ、ルーシーはたった1人で生きていく事になります。」
 村人達は全員俯いている。誰も彼もがルーシーに対して後ろめたい思いが在ったから。
「・・・ルーシーは何度もこの村を出て行こうとしました。でも、その度に彼女は無理矢理に連れ戻されました。その騒動をここに居る何人かは見た事も在るかも知れません。」
 村人達の何人かが思い当たった様な表情を見せる。
「・・・ここで、不可解な疑問が生まれます。おかしいとは思いませんか?忌み子ならば村を出て行って貰った方が喜ばしい筈なのに何故、連れ戻すのでしょう。・・・何故だと思いますか?」
「何でなんだ?」
 1人が問うた。
「簡単な話です。村長や村の役人達に依ってルーシーは売られたのです。金貨500枚で。相手は邪教徒。邪教が崇める邪神への贄として売り頃の身体になるまで、ルーシーは村に閉じ込められたのです。」
「騙されるな!其奴らの言葉に耳を貸すな!」
 村長達は顔色を変えて叫び始める。
「お黙りなさい!!」
 セシリーが怒鳴り、涙に濡れた双眸で村長達を睨め付けた。
「・・・そしてルーシーは昨日の朝、邪教徒に売られて行きました。・・・彼女は殺されると判っていながらも抵抗せずに連れられて行ったのです。」
 村人達は当然その事を知っていた。何故なら彼らもその様子を見ていたのだから。
「・・・だから、私達はそんな彼女を、友人を救うためにこの地に来たのです。」

 セシリーは震えていた。言葉にして改めて認識する。ルーシーがどれ程の辛い思いをして生きてきたか。
 そんな様子を見てカンナがセシリーのローブを引っ張った。
「代わろう。」
 セシリーが頭を下げて一歩退いた。
 カンナはシオンを振り返り
「お前が話すか?」
 と尋ねる。

 シオンは一瞬躊躇ったが前に出た。
「済まんが交代させて貰う。俺の名はシオン。このカーネリア大陸の西に在るロランテスラ大陸の北方に在った国『サリマ=テルマ王国』の出身者だ。サリマ=テルマはミリオンキングダムと呼ばれる程の大国でその人口は100万を超える。そしてそのサリマ=テルマは今から5年前に邪教徒の手に因って内乱を引き起こされて滅亡した。」
 突然に前へ出て話し始めた少年の突拍子も無い話に村人達は唖然とする。
「滅亡?・・・100万人も居てみんな居なくなっちまったって事かい?」
 村人の1人が尋ねるとシオンは頷いた。
「そうだ。全滅した。セルディナ公国やカーネリア王国よりも遙かに強大だった大国が、邪教徒に依って壊滅させられた。調べれば直ぐに解る。内乱で滅んだと記録されている筈だ。」
「それは・・・今回の・・・村長が売ったって言う邪教徒と同じ奴なのかい?」
「そうだ、同じ邪教だった。途轍もなく危険な存在。・・・だから、俺達はルーシーを救うために此所に来た。」
「・・・」
 村人達の顔に焦りの色が浮かぶ。
「・・・そして、セルディナ公国はこの一件を非常に重く受け止めている。」
「セルディナが?」
「そうだ。当然だろう?聖女と呼ばれる様な希有な存在を邪教徒に村人達に相談することも無く独断で売り払い、遊び金を欲しがる様な輩が治める自治組織だぞ。もし、聖女の持つ偉大な力が邪神に捧げられて災厄が引き起こされたらどうする?そんな愚かな村が隣国に在ると判れば、そこが引き起こす災厄の炎がいつ自国に飛んでくるか判らんのだから放っては置けないだろう?」
「災厄が・・・。」
 村人達の呟きにシオンは頷いた。
「そうだ。そうなれば邪教徒の神殿に一番近いこの村が、真っ先に邪神の餌食になっただろうな。」
「・・・!」
 村人達の眼に嫌疑の色が浮かび、村長達はその視線の集中砲火を浴びる。

 村長達は今度こそ泡を食って叫んだ。
「待て、騙されるな!大体、邪教徒などと何処にそんな証拠が在るんだ。彼らはマルゾ教団と言う宗教団体で、疚しい存在等では無い!」
「ソレこそ何処に疚しくないと言う証拠が在るんだ?」
「何!?」
「ちゃんと彼らの教義を訊いたのか?自身でその正体を確認したのか?」
「だ・・・黙れ!そんなモノ、一々確認しなくとも目を見れば判る!」
 シオンは笑った。
「だったら、その目は腐っているな。・・・この村からグゼ大森林へ下りて行き1日ほど歩いた場所に奴らの神殿が在る。行って見てくると良い。誰が見ても一目で邪教の神殿だと分かる代物だぞ。」
 村長達の口が戦慄く。
「出鱈目だ!」
「だから見てこいと言っている。」
「煩い!!」
 もはや、興奮し過ぎて話にならない。

 シオンは呆れて村人達を振り返った。
「・・・現に俺達が到着した時、ルーシーは邪神に捧げられる直前だった。・・・お前達、命拾いをした事を自覚した方がいい。もしルーシーが邪教徒達とたった1人で戦い抜いて時間稼ぎをしてくれていなかったら、今頃この村はお前達の血と復活した邪神の呪いで満たされていた処だった。」
「・・・」
 村人達の顔が蒼白になる。

「それ程の危機を隣国が迎えていたのだと知れば、大国が動くのは当然だよな。何しろ、その邪神から受ける被害は人数が多い分だけ大きくなるのだから。・・・だからセルディナはこの件を重く受け止めているんだ。」
 シオンは再度、村長に顔を向けた。
「それともう1つ。」
 村長は忌々しそうな表情を隠そうともしない。シオンの声が低くなる。
「・・・ルーシーの両親を野盗に偽装させた村人を使って殺害させた事が何より許せん。」
「・・・!」
 何故ソレを知っていると言いたげな表情が村長と役員達に張り付いた。
「邪教徒共がお前達を嗤っていたよ。そんなに金貨500枚が欲しかったのかと。俺達もソレを知って唖然としたさ。大事な村人を殺してまで、そんな金が欲しかったのかと。」
「や・・・やってない!」
「邪教徒共が言っていたぞ?」
「奴らの出鱈目だ!」
 シオンは笑った。
「彼らは『マルゾ教団と言う宗教団体で、疚しい存在等では無い』のでは無かったのか?そもそも何故そんな出鱈目をわざわざ言う必要がある。」
「煩い!!」

 今や村人達の眼には激しい怒りの炎が渦巻いていた。1人の青年が手を上げる。
「あの、村長達が悪いのは理解しました。それで俺達はコレからどうしたら良いのでしょうか?」

 遂にこの質問を引き出した。
 シオンはセシリーを見ると後ろに退いた。

 再び、セシリーが前に出る。
「セルディナ公国からの要求は2つです。1つ目は『愚鈍且つ稚拙な判断しか出来ない村長と役員達の早急な退陣』。2つ目は『その退陣した者達への対処の全容を、新しい指導者陣が公王陛下に報告しに来る事』。これらを受け入れられない場合は武力による制圧も辞さない、との事です。」
 最後の言葉にだけ村人達は緊張を見せたが、若干拍子抜けした様だった。
「其れだけですか?」
「其れだけです。」
「何か、もっと監視とか在るかと思っていました。」
 セシリーは首を振る。
「この村は敢くまで自治組織です。他国のセルディナにそれ以上を要求する事は出来ません。繁栄するも滅んで行くも全て貴方達次第でセルディナには関係の無い事。其れが自治組織と言うモノです。滅びたくなければ、或いは滅ぼされたく無ければ、皆さん全員で真剣に考える事をお勧めします。」
「・・・!」

 村人達は理解し戦慄した。
 セルディナは別に温厚な態度を示した訳では無いのだ。『滅ぶなら勝手に滅べ。但しセルディナに害が出るようなら容赦はしないぞ。』と突き放したのだ。極めて冷淡な態度を取られてしまったと言う事だ。
 村の青年が青冷めた表情で頷いた。
「解りました。要求通りに致します。明日、出来るだけ多くの人達と会議を開きます。」
「おいっ、何を勝手な事を言っている!」
 村長が青年に叫ぶと、青年は・・・村人達は憎々しげな視線を村長達に向ける。
「黙れ、このクズ共が!」

 罵り合う村長達と村人達を、ルーシーは悲しげな瞳で見つめていた。そのお尻をカンナがポンポンと叩く。
「・・・全てが優しく解決出来るわけじゃないさ。自分達の醜い部分をまざまざと見せつけられたんだ。コイツらにはコレから良心の呵責と言う精神的苦痛が待ち受けるだろう。・・・其れを乗り越えて繁栄するも、他人を責めて啀み合い自滅するもコイツら次第。・・・いずれにせよ、この村を出るお前さんが気にする事では無いさ。」
「・・・はい。」

 ルーシーはやがて決別の想いを込めて頷いた。


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