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scene3:告白

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あれから少しの間、加賀の様子がおかしかった。どうしても少しぼんやりとしている時間が多く感じられた。今でもそうだ。

「…・・がさん?加賀さん!!」
「あっ?!…あぁ…どうした?成瀬…」
「どうしたじゃないですよ?さっきからずっと携帯ブーブー言ってます!!」

そうして慌てて出るものの、時すでに遅く、栖谷からの着信は切れてしまった。その直後に雅の携帯にかかってくる。

「もしもし?ちょっと待ってください?」
『はぁ…』
「はい、加賀さん。栖谷さんから…」
「もしもし、加賀です。すみません。」
『いつまでもそんな調子では困るんだが…?』
「はい…すみません。何かありましたでしょうか?」
『何もなければ電話はしない。今日、20時頃、空いているか?』
「えぇ…特にこれと言って用事はありませんが…」
『だったらそのまま用事は入れるな。20時に、ブルー・バードに来い。』
「え…?あの…」

しかし、加賀の返事を聞かずに栖谷はプツリと電話を切った。唖然としながらも、加賀は雅に携帯を返す。

「栖谷さん、なんだって?」
「20時にブルーバードに来いって…」
「なぁんだ。食事の御誘いなだけか。…の割に、私の所には来ないんだけど…どういう事???」
「聞いてみるか?」

そうして雅はそのまま栖谷にラインを入れる。するとすぐに返事は返ってきた。

『雅も来るなら来たらいい。その代り、邪魔はするなよ?』
『邪魔って…お邪魔なら行きませんよ?』
『言葉が足りなかったな、僕と加賀の邪魔ではない。加賀には場を設けるだけだから』

そう言ってやり取りは途絶えた。しかし、加賀は栖谷に誘われていると思っている。それで行くと決めているのなら、このまま黙っていた方がいいのだろう…そう雅も考えていた。そうして19時少し前…2人は栖谷に指定されたバーに向かった。個室もある少し変わったバーだった。

「いらっしゃいませ。」
「えっと、待ち合わせなんですが…」
「お連れ様のお名前は…」
「栖谷で…」
「かしこまりました。……はい、こちらへ…」

そうして個室に通された加賀と雅。そして戸をノックするとキィッと開いた。そこには栖谷ももちろん来ていた。もう1人、人の気配もする。加賀は入るとぴたりと足が止まった。

「…なぜ…ここに……」
「来たか?じゃぁ後は任せた。成瀬、出るぞ?」
「栖谷さん!これは…」
「僕は2人で話す場を設けただけだ。そのまま帰るも、心の闇を払うも、好きにしたらいい。彼女はもう民間人だからね。」

そう言い残して、雅を連れてその個室を後にした栖谷。そのまま2人を残して栖谷は店を後にした。車に乗り込み雅を助手席に乗せる。

「…それで?」
「え?」
「君は僕に聞きたい事があるんじゃないか?」
「聞きたい事…?」
「あぁ。無いというなら僕の思い過ごしなんだが?」
「……」
「ハァ…なんだ?話してみろ?」

何かあるはずなのだ。しかし、雅自身も良く解らない。聞きたい事、訪ねたい事はあるはずなのに、うまく言葉が紡げないでいた。たどたどしくも少しずつ言葉を探していく。

「協力者って……何?」
「知らない訳無いだろう?」
「知ってる…だけど、そんなに簡単に裏切ったり出来ないはず…それなのに…なんで今回みたいに裏切ったり、離れたりって…そんな事が起きるの?」
「答えは簡単だ。『対、人』だから。」
「……」
「人であるが故に心だってある。そうすればすれ違いや感情が生まれたり、思うところだってあるはずだ。そうしたらどうなる?ズレが生じたまま良い仕事なんてできると思うか?」
「それは出来ないですけど…」
「裏切り、という言葉は本当に無常だな。そして使い方を誤れば人を殺しかねない程の絶大な力が生み出される。」
「栖谷さん…」
「ん?」
「栖谷さんは…加賀さんの協力者の事、どこまで知っているんですか?」
「僕だってすべてを知っている訳じゃないさ。話をして、彼女の心を知ろうとした。それに対して彼女が答えてくれた。それだけだよ。」
「……」
「成瀬?」
「でも…その心を知って、栖谷さんは加賀さんの協力者が裏切っていないと解ったんですよね。」
「あぁ…」
「じゃぁ何で加賀さんがあの方に連絡を取ろうとしても取れ無かったんですか?」
「……クス。じゃぁ、例えば…君が僕への心、想いが大きくなりすぎて仕事にならないとなったとしたら…?成瀬ならどうする?」
「それは今の話と関係無いんじゃ…」

「…仕事に影響しない様にしたいですけど…もし影響でるとなったら…距離を置こうとして…」
「そうだろうね。だから、彼女もまた、加賀と距離を置こうとしたんだろう?」
「……ちょっと待ってください?」
「なんだ?まだ腑に落ちないか?」
「そうじゃなくて…!!!加賀さんの事好きになってたって事ですか?」
「そうらしいな。」
「じゃぁ余計になんで加賀さんの事裏切ったりしたんだろう…」
「裏切ったんじゃないとしたら?」
「え?」
「彼女もまた、ただ調べが甘かっただけだろう。とはいえ、その甘さが故に今回の様に誤報として、情報が間違った伝わり方をした。だから、マル秘は現れなかった。」
「……それじゃぁ…」
「調べの甘さだけが生み出された事何だろうね。だけど彼女は、これ以上加賀に迷惑をかけられないと思ったらしい。だから、距離を置き、自身から身を引き、協力者としての立ち位置を棒に振ったんだろう。」
「……人間だから間違いだってあるのに。」
「だけど結果論として、彼女は加賀からの別れを決断し、誤報を情報伝達のけじめを自身で決めた。確かに今後の住処は金や報酬が今よりもいいのかもしれない。難しい問題だな。」
「…そうですね…」

栖谷から聞かされた新事実に雅はいつの間にか俯き、淋しさを心に宿していた。


一方その頃の加賀。

テーブルに向かい合わせに座ったまま協力者であった女性と目を合わせられないでいた。そんな沈黙を破ったのは女性の方だった。

「相変わらずね…加賀さん…」
「そ…そうか?」
「怒ってるでしょ…本当にごめんなさい」
「もういい…俺も間違いはある。その度に栖谷さんに怒られてはフォローしてもらっている。」
「…クス……きっかけは確かにあの誤報だったけど…本当は私前々からあなたの協力者である事を退こうって思ってたの…」
「どうして…?」
「……それはいえない…」
「聞いたんだ。今より好条件の所に行くと。その引き抜きがあって、だから俺の協力者を辞めようと思っていたのか?」
「そうじゃない…全てタイミングが重なっただけ…私が思っている時にこんな条件の異動先が決まるなんて思ってもいなかった。」
「じゃぁどうして…ッッ!!!」

そう問いただす加賀の眼をじっと見て、女性はにっこりと柔らかい表情を見せた。

「ごめんなさい…」
「そんな事聞いていない!!」
「好きに…!・・・・好きになってしまったの…」
「…えっ?」

突然すぎる告白に加賀は言葉を失った。そんな固まった加賀を見て、ふっと1つ息を吐くともう1度ゆっくりと話はじめた。

「加賀さんの事、好きになってしまった。これ以上続けていたら公私共に私は仕事が出来なくなる。いつからなのか解らない。気付いたら協力者という立場であなたの事を見れなくなった私が居るの。だから、私の完全な我儘…『守るから』と言ってくれた加賀さんの言葉を仕事のパートナーとしてではなく、女性として欲しくなった。だけど今の加賀さんにそれは邪魔だから…それに浮ついた心を持って協力者が務まらない事位私にだって解ってるわ?だから…本当にごめんなさい…」

言うだけ言うとそっと立ち上がり、加賀に頭を下げた。そんな相手の前に立つと加賀はそっと女性の肩に手を置いた。

「…済まない…君の気持ちに気付かず…」
「謝らないでいいんです。叶わぬ恋だって事は初めから解っていた事。」
「……ッッ」
「勝算なんて初めから0だった。だから、淋しくないんです。」
「……」
「でも、やっと謝る事が出来た…あの時…誤報流してしまった事だけが気がかりだったから。それに…」
「…それに?」
「加賀さんに想いを伝えれた…クス、困らせてごめんなさい…」
「そんな事…」
「大丈夫。これから先、加賀さんに迷惑はかけないから。約束する…だから1つお願い、約束して?」
「なんだ?」
「…どこかで会っても、偶然落ち合ったとしても、私の事は気付かないふりをして?他のの通りすがりの人と同じように…空気の様に接して…?」
「……」
「お願い…」
「…それが望みなら…」
「ありがとう…」

下から見上げて女性はふわりと笑った。零れそうな涙をぐいっと拭い、そっと加賀から離れた。扉に向かい歩き出した時、ふと立ち止まりくるりと加賀の方に向き直った。

「忘れてた。…」
「…??」

そういうとトコトコと近寄り、ネクタイをグイッと引っ張ると少しだけ唇が触れるキスを交わす…

「最後の我儘…許してね?」

そう言い残して女性は部屋を後にした。本心を知って、動転しつつも、急いで女性の後を追いかけた。


俺だって言わなくてはいけない事がある…

答えなくてはいけない事が…

それに……


!!!!」

名前を呼び、手を掴んだ加賀。突然追いかけてきた加賀に対して今度は女性の方が驚いていた。

「加賀さん?」
「俺の方こそ、言わなくては…謝らなくてはいけない事がある…」
「なんですか?」
「裏切られたと思った…でもそうじゃなくて…話を聞く前に君の事を疑った…申し訳ない…」
「…加賀さん?」
「本当にすまない…」
「いいんです。そう思われても仕方が無かったんです。でも…」
「ん?」
橋崎はしざきって…初めて名前呼んでくれましたね…ありがとうございます」
「……そんな事…」
「それじゃぁ…そろそろ行きます…」

そういい力の抜けた加賀の手をするりと解き橋崎はブルーバードを後にしたのだった。その背中を見つめて手のひらをくっと握りしめた加賀は、ボーイに声を掛けられて慌てて謝り、会計をと伝えると、栖谷が支払いを済ませている事を聞かされて加賀も又店を後にした。車に乗り込むと、加賀は栖谷に電話を掛ける。

『もしもし、僕だ』
「あ、加賀です。栖谷さん…支払いの件、すみません。」
『何、問題ない。ツケておくから心配するな。』
「あ…はい!!!」
『冗談だ、ところで話はついたのか?』
「はい。本当に貴重な時間…ありがとうございます。」
『僕に言うセリフじゃないだろう。明日は休みだ。ゆっくりと心身共に休ませてやるんだな。』
「はい…ありがとうございます」

そうして短い会話も終わり通話は切れた。車にエンジンをかけ、加賀は家路に帰って行った。

「…さて、加賀も一件落着と言った所だな。」
「本当…良かった…でいいんだよね?」
「おそらくな。」
「じゃぁ…まだ終電あるし…お疲れ様です…」
「まて。」
「ふぇ?」
「このまま僕が君を帰すと思っているのか?」
「……栖谷さん?」
「最近加賀の心配ばかりで僕の事を疎かにし過ぎだろう、今日は帰さないから」

そう言うと栖谷は半ば強引にエンジンをかけて車をロックし、発進させた。


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