凜恋心

降谷みやび

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battle31…戻りくる日常

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その日もまた、野宿となる。白竜にはそのままジープのまま居て貰い、悟空、悟浄、八戒は降りて三蔵と雅だけ乗ったままいた。

「…ン…」
「起きたか」
「…さ…んぞ…」
「全く…」
「あの……私…」
「言いたいことがあるなら聞く」

そう言うと後部座席と助手席と言う距離のまま、また、振り向きもしないまま三蔵は雅の言葉を待った。

「私…勝手に三蔵からの手紙だなんて思い込んで…」
「…それがどんな物かは俺は知らん」
「…そうだよね…」

それから少しの沈黙が二人を包み込んだ。

「俺は…一度も雅を要らないと要った覚えな無い」
「……ん…」
「それでもお前がそう思ったんならそうなのかも知れん」
「…三蔵……」
「だけど言った筈だ。」
「…三蔵?」
「もう俺以外のところに行こうとするなって…」
「…ん」
「ハァ…」

そうひとつため息を吐くと、三蔵は助手席から降り、後部座席へと移ってくる。横に座ると腕を組んだまま、口許は相変わらずへの字になっていた。

「何であいつらのところに行った」
「三蔵からだって思い込んだ手紙が…大木に来いって…話があるって書いてあって…行ったの…」
「……」
「行き違いになるのも行けないからって待って…待って……そしたらメガネかけた男の人が伝言預かってきたって…三蔵って言って、金髪の男の人からだって…」
「……それで?」
「もう待たなくて良い、顔もみたくないって……待っても無駄だからって…」
「…だから行ったのか?」
「その時に長く待ったからって、のどかわいただろうって……飲み物貰って…」
「飲んだのか?」
「……コク…」
「バカかてめえは」
「…そしたら……なんかすごく…良く解らないんだけど…記憶がぐちゃぐちゃになって…そんなこと無い筈なのに…よくわからなくなって…」

思い出すだけでも小さく震える手をキュッと握りしめ、話を続けた。

「その時に目の前に紅、紅孩児さんがきて……三蔵一行とはぐれたのか…?って聞かれて…すごく優しく思えて…」
「八戒が行ったと言っていたが?」
「ん…でもあの時にはなんでか八戒と一緒に帰ったら…また一人になるように思えて……もう一人は嫌だって…」
「ハァァ…」

大きすぎるほどのため息を吐いた三蔵は、前髪をさらっと掻き上げて月を見上げた。

「いきさつは解った。」
「三蔵…」
「それで…、あの時、俺に助けを求めたろ」
「……すごく耳の中がいたくなって……聞きたくない言葉がずっと聞こえていたけど……三蔵の髪が…太陽に透けて見えて…光に見えた。」
「……光、か」

それでも俯いたままの雅。三蔵はカチっとたばこに火を付けた。

「ーーーフゥ…いい加減迷惑なんだよ…」
「…ッッ」
「なんでこんな面倒なヤツ、好きになっちまったのかって…こんな事になるから…守るヤツは要らないって思ってきたのに…」
「三蔵…」
「あいつらは…悟空や悟浄、八戒は俺が守らなくても十分やっていける。だから気は楽だった。でもお前は…雅は違うだろうが…」
「……ごめん…」
「守るヤツがいれば強くなるとか良く言うけど…明日死ぬかも知れねえ…俺達はそんな状況にいる。それなのに、守るものなんて、足手まといにもなるようなものだってずっと思ってた。それでも、雅が居ない事がすごく苦痛だった…」

三蔵が明らかに素の心をさらけ出している。灰をジープの外に捨てながらも三蔵はまたも吹かしながら話を続けた。

「この二日間で色々言われた。八戒や悟浄には後悔すると再三言われたし、悟空には意地はってカッコ悪いとまでな」
「…三蔵……」
「雅がいなくなって、八戒に『帰るのを拒まれた』と言われた時には相当ムカついた。直接言えば良いものを勝手に出ていって、紅孩児に身隠れし、挙げ句の果てに帰りたくないと言われる。それも抱いた翌日にだぞ…」

くはっと笑う三蔵の横顔をチラリとみた雅はドキリと胸が高鳴った。そう、あの三蔵がのだ。頬に伝わる一筋の涙を隠すようにたばこを吹かし、顔を上げるでもなく、ましてや雅の方をみるでも無く……

「三蔵……」
「情けねえよな…まさか悟空に言われるなんて…」

そう言いながらも流れる涙をぬぐうことはしなかった。

「なんで平気なフリするんだ、寂しい、奪われて悔しいって言ってもカッコ悪くねぇ、嘘吐くなって……」

そこまで聞いた雅はたまらなくなって三蔵の右腕に巻き付いた。

「嘘でも吐いてなきゃ、平気なフリでもしていなきゃ自分自身が保てねぇなんて…糞ダッセェだろうが…」
「……さんぞ…ぉ…」
「雅は一人にするなって言ったけどな…俺だって一人が平気な訳じゃねぇ…ただ、前を向いていないと、行けないんだ」
「解ってる……」
「どうせなにか言われたんだろうが…それに、あのクソガキの事もあるんだろうがな…」

そう言うとたばこを砂地に放り投げる。

「クソガキって…」
「紅孩児の所の、だ。誰が経文と比較してお前が大事じゃねぇみたいになるんだ。」
「三蔵?」
と雅は比べる対象になんざならねえよ。」
「解ってるよ…」
「解ってねえよ。解ってんならあんな寂しそうな顔しねえだろうが。」
「…ッ」
「これは俺の師から受け継いだものだ。ただでさえ一つ失っている。それでも今回ほどなにも出来なくなるなんて事は無かったんだよ」

そういう三蔵。雅自身、三蔵に巻き付く腕に少しずつ力もこもってくる。

「ただ、取られて悔しい、それだけだった。いつかは奪い返してやる、そう思っている。でも、なんて生ぬるい事、今回ばかりは言ってられなかった。」
「……三蔵…」
「解ってるのか…雅…」

そういうとそっと腕に絡み付く雅の体を離し、抱き締めた。

「……頼むから…たった一つで良い…俺にも願うことが許されるなら…二度と俺から離れるな…何があっても、雅が帰る場所はにある…」
「…三蔵……」
「フッ…さっきから俺の名前ばかりしか呼んでねぇな…」
「……だって……」

そっと体を離すと漸く見た顔に、傷が付いている事に気付いた雅。

「三蔵……これ…」
「フッ…さっき雅に付けられた」
「……そんなッッ…ごめんなさい…」
「気にするな」

そう言われながらもそっと雅は三蔵の頬に手をかざす。

「…良かった…」
「何がだ…」
「まだ…三蔵の傍にいられる…」
「なに言ってやがる…」
「回復の力……まだ使えるから…」
「バカか、貴様は…」
「だって……力…あってでしょ?」
「……本当に脳みそは悟空並みだな…」
「それって……!!」

そっと頬に手を重ねる三蔵。視線は相変わらず細いものの、そのアメジストアイは優しい光を帯びていた。

「雅を手元に置く理由なんざ力じゃねぇよ。少なくとも俺は、な?」
「でも…力が無いと私いる意味無い…」
「言っておくが、八戒の方がよっぽど回復にしても結界にしても安定あるし、実践向きだろうが。」
「……ッッ」
必要としている。それだけじゃ物足りないのか…?」
「三蔵…それって…」
「力なんざ、もし仮に無くなっても良い。お前が…雅が傍にいてくれる、それだけで十分な理由だろうが…」
「……それじゃ、力になれない…」
「雅に力なんて求めてねえから安心しろ」
「ひどい…言い方…」
「お前が笑ってくれるなら…近くに居てくれるなら俺も少しは人間らしくなれる。俺が存在する意味がある。誰かのために生きるなんて真っ平だと思っていた人生だけどな、雅がいるなら少しは雅のためにって言うのも悪くはないだろうって思う自分がいる…それだけで十分だろ」

言うだけ言って再度両腕を回して抱き締めた三蔵。耳元で最後に、と話し出した。

「それでも嫌だと言うなら今すぐこの腕振り払って紅孩児の元にでもどこにでも行け…」
「……ばか…ばか三蔵……」

そう言うと雅もまた三蔵の背中に腕を回して巻き付いた。

「まだ、私の帰る場所……ここで良いの?」
「…何度も言わせるな」
「…三蔵の事…好きでいて良い?」
「愚問はやめろ」
「皆…許してくれるかな…」
「それは解らん。俺はあいつらじゃねえからな…」
「……三蔵…」
「なんだ」
「迷惑かけて…ごめんね…」
「そう思うならもう少し考えて行動しろ…」
「……解った…」

そういってそのまま互いに凭れ合いながらもジープの上で眠りについた。

翌朝……

「なぁ、八戒…」
「……言わないでください…悟浄」
「いや、言わせてくんね?…マジ貴重すぎるんだけど…」
「写真とか撮れたら良いんですけどねぇ…」
「飯ぃぃぃ」
「あ、悟空?静かにしてください?」
「え?あ……雅まだ寝てる?」
「えぇ、三蔵と一緒に…」

そう呟きながらも三人で朝食にしていた。

「なぁ、あのまま起きないってことはねぇよな」
「起きなかったら俺と悟浄どこに乗るの?」
「俺は助手席だろ?」
「なんだよ!じゃぁ俺はどこ乗ったら良いんだよ!」
「隙間にでも乗ってろ、猿」
「むっかぁ!」
「まぁまぁ、そんなに騒いだら三蔵達起きちゃいますよ?」

そう八戒に宥められている最中に雅は起きた。

「あ……おはよう…」
「おぅ!雅、おはよう!」
「おっはよー!雅!」
「良く眠れましたか?」

三人とも、普通すぎるほどに雅に挨拶をしていた。

「……あの…」
「なぁ、雅?」
「な…に……?」
「そんなとこに居ねぇでこっちきて飯食おうよ!」

そういいながらも悟空はジープの横に近付いた。その騒ぎで三蔵も目を覚ます。

「ハァァ…うるせえ」
「起き抜けにそれですか?三蔵。おはようございます」
「あぁ。おい悟空、もう少し静かに出来ねえのか」
「…あ!三蔵!おっはよー!!」

明るすぎる面々をみて、雅はジープを降りると頭を下げた。

「あの…皆に話があって…」
「…なに?」
「……私…その、迷惑かけてごめんなさい」
「迷惑なんかじゃねぇんだけどさ…」
「そうそう」
「……ただ」

そう言い出したのは八戒だった。

「帰りたくない、は少し傷付きました。」
「…ごめんなさい…」
「あなたの居場所がここから無くなった訳じゃないんです。」
「と言うか、ここにはいくらでもあるってな!」
「…三蔵だけじゃない。僕も悟空も悟浄も…皆あなたの事を心配して、あなたの帰る場所でありたいと思っているんです。」
「……」
「なぁ雅?」
「…はい…」
「俺さ、なんで紅孩児の所に一時的にでも行ったのかはわかんねぇけどさ、雅がいなくなってすっげぇ嫌だった。腹も減らねぇし、なんかすっげぇジープも狭くて…息苦しくなった。」
「…悟空」
「三蔵と違って、我慢したくないから…俺は俺の意思で雅を、雅と一緒にいたい。この五人の中で誰も欠けちゃ行けないんだよ…本当にそう思った」
「……ま、今回は猿の言うこと正論ばっかだけど…」
「悟浄…」
「雅?俺、マジでぶん殴りたいんだよね、今。」
「悟浄?」

そう言うと悟浄は真面目な顔をして雅に近付いてくる。誰もそれを止めようとはしなかった。

「雅、覚悟は良いか?」
「……ッッ」

グッと歯を食い縛るとパンッと両頬を、悟浄の手で一気に包み込まれた。

「ご…浄?」
「痛てぇだろ…」
「……ッ」
「言っておくけどな…こんなもんじゃねぇんだからな」
「…悟浄……ぉ…ヒック…」
「俺らはさ、守るもんなんて自分自身の事一つで良いと思ってんだよ。でも、いつからかそれが変わって。雅も守んなきゃって思ってるわけ。」
「ヒック……エック……」
「だからさ…勝手にもうどこかに行ったりとか、勘弁してな。三蔵もめちゃくちゃ荒れるし」

クスクスと笑う悟浄の首に背伸びして巻き付く雅。耳元で「ごめん…」と連呼していた。

「あ!悟浄だけずりぃ!!」

そう言うと雅の背中から悟空は巻き付く。その姿をみて八戒は苦笑いをしていた。

「あーらら、雅モテモテですね、三蔵?」
「…フン」
「あれ?怒らないんですか?」
「……たまには良いだろう」

そう呟きながらも口許は緩んでいる。そんな三蔵をみて八戒は嬉しそうに笑っていた。

「僕がやらなくても、やっぱり雅が治しましたね」
「…何の事だ」
「素直じゃないんですから」

そうぶっきらぼうに答える三蔵相手でも、八戒は笑ってみている。

「さぁさ、奇襲が来る前に皆で朝御飯、食べちゃいましょう?」
「賛成!!!!」

そうして賑やかな朝食が一行に戻ってきた。
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