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アイヲ、キミニ。

卒業式当日…厳かに始まり、何事もなく終わるはずだった…

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卒業式本番の当日…緊張した面持ちの中3人はいつもと同じように学園に向かっていく。今日でこの門をくぐるのも最後となる…

『天王学園卒業式』と書かれた立て看板の前でやはり何人も写真を撮っていた。桜も望と一緒に撮ってもらっている。結子は少し遅れてきたものの、一緒に写真を撮っていた。講堂に向かい全校生徒・教師、保護者も幾人か来ており、全員が集まった所で式典も始まっていく。何も変わった様子などなく滞りなく開始の挨拶から順に進んでいった。

通常通りに学園長のあいさつやら、卒業証書授与式やら、在校生の送辞に卒業生の答辞。あおけば尊しの唱歌…本当にありきたりの式だった。それでもやはり感慨深いものがあり、中には涙が止まらず声にならないままの生徒もいた。卒業生が退場し、一足先にそれぞれの教室に戻って行く。とはいえ、講堂周辺に集まっている生徒も少なくなかった。先生に促されながらもそれぞれの教室に向かっていくのだった。

その途中でやはり望もボタンを取られていた。しかし、ブレザーボタンは3つのみ。その内予めに2つを取っていた望は袖もボタンまでも取られていた。1番上のボタンを結子に手渡す。それを微笑ましそうに見ていた桜の元に真ん中のボタンがやってきた。

「え…でも…」
「もっとけ。クスクス…」
「ありがとう…」
「とかいっても美堂さんの代わりにはならないけど、大学行った先での悪避け位にはなるだろ。」
「そんな事ないよ、大事にする。」

そうして各教室内で一旦受けとり、戻していた卒業証書の再度受け渡しを行った。一通り終わり、後は自由に過ごそうかという時間になった。卒業アルバムを見て、笑い合い、裏の寄せ書きの所に皆で思い思いに書いても居た。もちろん桜も、結子も、望も変わりなく同じだった。

そんな時だった……

ガガ…ブ…ポンポン…

教室内のスピーカー、いや、学園内の至るスピーカーに対して一斉に放送室からの放送が流れだす。皆びっくりしていた。こんな、何か始まるなど、何一つ予定などされていなかったのだから驚きを隠せないのも仕方のない事だったのだ…

『…ンン…』

その小さく響いた咳払いは皆、誰もが聞き覚えのある声だった…その声を聴いた途端に、卒業式の式中は一切泣かなかった桜の目にもうっすらと涙が見えた。

「うそ…だってそんな…」
「桜?どうしたの?」
「だって…陵……」
「え…っ?」

桜の近くに居た結子は桜の顔を覗き込んだ。その泣きそうな顔と桜の発した名前に結子もまた驚いた。

『卒業生のみなさん、卒業おめでとうございます。そして3年3組の皆、2年の時には途中で投げ出して申し訳なかった。美堂陵透です。』

そう、そのマイクを通してスピーカーから聞こえ、学園内に響くのは他の誰でもない、陵透の声だった。2年から3年にはクラス替えがないため3組の生徒は皆陵透の生徒たちだったのだ。教室内はもちろん、校内全体がざわめきと発狂で埋め尽くされていた。学年が違えど、今の2年生の中にも陵透の事を慕っている生徒は少なくなかったからだ。慌てて、血相を変えながらも手の空いている教師は放送室に向かうものの、その行く先を止めていたのは凛音だった。

「お前は…成瀬!?」
「久しぶりです、センセ!」
「そこを退け!!」
「少しだけ待っててやってよ。」
「お前はもうこの学園の生徒じゃないんだ!!」
「そうだぞ!」
「解ってますって。だけどOBでしょ?俺ら!」
「うるさい!事情も知らん成瀬が高校時代の良美ってだけで美堂先生をこのまま放送室で好きにさせては困るのだ!」
「いいから退け!!」
「そうやってまた今回も規則で固めるんすか?今日の卒業式、最後の日位さ?自由にさせてやってよ。」
「まさか…成瀬も共犯者だったのか?」
「ひっでぇなぁ、犯罪者みたいな…」
「そんな事は言っていない!いいから退け!」
「そうだ、退くんだ!!」
「嫌だね。過去には退いても、今回ばかりは退かないよ?陵透の為にも、それにの為にも。」
「姫…だと?!どういう事だ!!」

そう言いながらも凛音はドアの前から動かなかった。その間にも陵透はマイクに向かっていた。

『去年の1月、丁度冬休み明けだったね、僕の事で学園内を騒がせてしまってすみませんでした。僕にもそれなりに事情というものがあって…とはいってもさすがに教師とホストの掛け持ちは問題あったと思う。どんな事情があったとしても、副業禁止の教師がまさかのホストなんて。でも僕は後悔をしていない。許されるなら、今年の卒業式を君たちと一緒に向かえたかったからね。運が悪かったんだなぁとつくづく思う。だけど、君達が今日という日を無事に誰一人かける事なく迎えた以上、僕は今、ここで伝えなくてはいけない事があるんだ。』

そう言い終えると陵透はフッと息を吐いた。

『まず始めに3年2組の皆に謝らなくてはいけない。互いを守る為なんて言えば言葉は綺麗だが、隠していた事がもう一つある。それは僕には大切な女性が居たという事。それを隠していたという事。そしてその相手が……君たちの仲間の中にいるという事。……僕は1年前にここの教員を辞任になっている。そして、今日、僕が愛する人も無事進路も決まって卒業したから……桜、聞いてる?長い事、待たせてごめん。…僕は君を愛しています。まだ君が僕の事、変わらず想っていてくれるなら、僕と結婚してください』

その言葉を聞いた途端にクラス中、学年中…いや、学園内が震えたった。涙をこぼしながらも何と言っていいか解らない桜。望や結子、クラスの皆からも拍手が起こる。もう誰も怒るもの、反論する者はいなかった。そして、陵透の考えていたサプライズというのはこの公開プロポーズだったのだ。

カチっとマイクのスイッチも切り、放送室の扉を開けた陵透。一旦校内放送も静まる。予想通りの反応と言わんばかりにそこには教師がわらわらと集まっていた。凛音だけでは抑えきれそうにもなくなっている中、取り囲まれた陵透と凛音。耳が壊れそうなほどにあちらから、こちらからと野次のような声がキンキンと響いてくる。そこに学園長がやってきた。

「美堂先生、あなたという人は…」
「すみません、学園長。しかし、今は『先生』じゃありませんのでその敬称は省いてくれませんか?」
「……そちらに居るのは…ハァ、あなたですか。成瀬君…」
「げ…まだ居たんだ…学園長かしら…」
「何か言いましたか?」
「いえ…お久し振りです。」
「全くです。本当に毎度毎度と…この学園の節目に何かしら起こしてくれますね…」
「そうはいっても…今日を逃したらもう戻れないでしょ?センセ。」
「ハァ…確かに…後悔をしない様に日々邁進しなさいと常に言っている事ですが…」
「でしょ?」
というものがあります」
「学園長…」

そう言いながら陵透はスッと1歩前に出て頭を下げた。

「話なら後でいくらでも聞きます。説教だろうと…でも今だけ…ほんの少し待っていてくれませんか?」
「どうするというのですか?」
「僕は今この学園の教師ではない…そして彼女も…も今日でこの学園の生徒ではなくなる。まぁ形的に、ではありますけどね?だとしたら教師と生徒が問題でも、男と女なら問題ない訳ですよね?」
「……」
「さっきの返事、聞きに行ってきたいので…」

そう言うと学園長の横をするりと抜け、陵透は迷う事なく桜の待つ3年2組の教室へと向かっていった。
その頃の教室内では桜が取り囲まれていた。担任は青ざめているのが良く解る。隣のクラスからもたくさん教室横の廊下に集まって来ていた。渦中の桜はどうしていいのか解らないまま、結子と望が傍についていた。

「あれから放送全く聞こえないけど!どうしちゃったの?」
「美堂先生いるんだよね!!」
「また会いたい!来るかな!!!」

そんな時だ、放送が切れて10分程経過した時だろうか。一気に廊下が慌ただしくなってきた。直にガラリと教室の戸を開けるものが居た。そう、陵透だった。

「美堂さん!!」
「キャー―――!!」
「本物!!」

そう、やはり人気は高い。1年前のあの噂が立った頃から、もう生徒の中でホストだろうと教師だろうと関係ない!そう言いきった望の声に賛同する者ばかりだった。その為に嘆願書や署名も下がすべて却下されてきたのだった。先生は悪いかも知れないけど自分たちには必要な先生だと…訴えを起こしても取り合って貰えないまま、挨拶も出来ないままに別れてしまった大好きな担任が今、この一番の晴れ舞台の時に来てくれた。そんな嬉しさと同時にさっきのサプライズもあって教室内は湧き上がっていた。
なかなか近付けないでいた桜も、クラスメイトに背中を押されながら、陵透の前に進んでいく。照れくさそうに面と向かい、頬を掻きながらも久し振りに会った桜の顔を陵透はじっと見ていた。

「桜…」
「もぉ……遅いよ…」
「ごめんな。待たせて…」
「…フルル…」
「さっき言ったの。本当だよ?僕はまだ桜の事愛してる。桜は?」
「……ここで…いうの?」
「もちろん…」

ニッと笑う陵透、ちゃかし、はやし立てるクラスメイト達。小さな声でつぶやくものの微かに陵透の耳に届かなかった。その為陵透は生徒に向かって口唇に人差し指を立てた。その仕草1つを仕向けたと同時に一気に騒がしかった教室が静まり返る。

「私も…先生が好き…」
?」
「……ッッ」
「桜?言って?」
「…陵…透が…好き…!」

その桜のひと言を聴いた途端に再度教室は湧き上がった。中には普段からおちゃらけていた男子生徒が我先にと思わずはやし立てる。

「キース!キース!!」

それに合わせ、手拍子と声が同調する。その言葉にそっと陵透は桜の額にキスを落とした。何度も上がりなおすボルテージ、それでも鳴り止まない手拍子と拍手、それを知ってか知らずか、桜は自分の胸に付けていた花を取ると陵透に差し出した。

「陵透…ありがとう」
「何言って…ごめんな?」
「ううん…大丈夫…」
「そんなにイチャつくのやめてほしいんですけどーー!!!」
「そうですーー!!!」

そう言われながらも教室内は温かな空気になっていた。陵透を加えて写真を撮るものもいる。一緒になって取ろうとしている者、また、隠し撮りの様に陵透を撮影する者、たくさんいた。そんな中、陵透は望の傍にやってきた。

「久しぶりだな」
「全くですよ。美堂さん」
「塚原…本当にありがとう。桜の事」
「何言ってんすか。俺は変わらず一緒に居ただけ、小さい時からの距離で一緒に傍にいただけですよ。結子と一緒に。」
「そっか…」
「その代わり…」
「ん?」
「これ以上桜の事、泣かすなよ?」
「もちろんだ…」

ニッと笑いながらも陵透は望と話を終えた。そんな光景を呼びに来た教師達も見ていたのか、諦めてしまっていた。学園長は頭を抱えながらもため息を吐いて『生徒会約款の見直しをしましょうか』と呟いている。

両親も、友人も、皆が笑い、泣いていた卒業式が思いがけない形で幕を締めくくったのは天王学園も始まって以来の事だった。こうして波乱万丈でもあった卒業式は幕を閉じた…・・

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