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1.砂の星のひかり
1.溺れる、うまれる
しおりを挟む彼女の貝の髪飾りは、光を詳細に反射させていて、それは僕に懐かしい音楽の優しいコード進行を連想させた。
殺人的な寒風の吹く1月、学校へ続く道の脇にけもの道を見つけた。僕は好奇心の赴くままその道を辿って奥地へと踏み入った。
ずいぶんと長く歩いた。授業はもう4時限目にさしかかっただろうか。
僕は昔から、ものごとを台無しにしたいという欲動を抱えていた。過剰な断捨離、やりこんだゲームやSNSアカウントの削除、すべての連絡先の遮断、これらはすべて衝動的に、突発的に起こってしまう。そして今、卒業間近の僕は高校三年間の無遅刻無欠席を台無しにした。これは破壊衝動なのか破滅願望なのか、僕にはよくわからなかった。
歩きづらいけもの道をかき分けながらなお進むと、大きな谷にあたった。大きいとは言っても、山岳大国日本では、特別珍しいというものでもない。谷底まで10メートル、いや15メートルはあるだろうか、引き返そうかと思ったが、沢に沿って下った先に吊り橋を見つけた。立派な橋だが、年季を感じさせるカビ臭さを漂わせていた。せっかくここまで来たのだからせめて、眺めのいい尾根まで登ってみようと思い、橋を渡ることにした。立派な尾根がその前後の植物相を変え、赤や黄色の花が風に揺れる景色を想像して僕はわくわくした。
僕は溺れた。比喩ではなく。不幸なことに、老朽化した吊り橋ごと15メートルの高さから落下して、渓流に飲まれたのだ。体は急速に冷やされ、激しい流れにかき回されてどちらが上なのかもわからない。水が肺を満たす感触がリアルに感じられる。脳が警鐘を鳴らしているが、もう助からないことは僕にも理解できた。落下の衝撃で手足もまともに動かないからだ。色々な人の顔が網膜に投射されたと思うと、すさまじい速度で僕の後方へと駆け抜けていった。
「これが走馬灯?」と僕は言った。
「走馬灯?」と誰かが言った。
気がつくと僕はどこかに横たわっていて、視界は青空で満ちていた。
「随分、うなされていたね。誰でも死の間際の顔は恐怖で歪むものだが、君の顔はそれがあまりにも・・・ぬふっ、顕著なものだから。」
声の方を見るとそこには少女が一人、立っていた。ぬふっ、と笑う少女の髪には、貝の髪飾りが付いていた。
僕は体を起こして周りを見渡してみる。天井に穴の空いたドーム状の部屋だ。砂か木粉のような素材だけで作られているのか、部屋の印象としては色彩に欠けているように思えた。それに日差しが強く、暑い。(どうして天井が無いんだ?)。
僕は少女に声をかけた。
「あなたは誰ですか?それに、ここは?」
僕はまず自分の声に驚いた。僕の声じゃなかったからだ。
「僕の声じゃない!?」
それによく見れば、僕の体は僕の体ではなかった。少女に尋ねる。
「何が起きてるんです?僕は・・・僕は死んだのでしょうか?」
頭の中はパニックだ。
「ぬふっ、落ち着くんだな。一度に複数の質問をするな。」
少女はニヤニヤと笑いながら言った。
「体は思い通りに動くか?同期はうまくいったはずだが。」
「あそこまで歩いてみてくれ。鏡がある。」
言われた通りに歩く。色々なことが起こりすぎて頭がどうにかなりそうだが、だからこそまずは目の前のやれることをやっていくしかないように思えた。
「体は動くけど、少し違和感があります。」
僕は鏡の前まで歩いた。鏡には少女が2人うつっていた。
「・・・2人?」
もうひとりの少女は僕だった。
「ぬっふふふ、驚いたか?どうやら上手くいったようだ!」
彼女はそう言った、と思う。僕は驚きすぎて、彼女の言葉を上手く聞き取れなかった。
僕は呆然としながら、もう一度空を見てみることにした。
今まで見たどんな空よりも荘厳で、超然とした青空だった。
雲の足跡も、匂いも残っていなかった。
「新しい体はどうだ?ん?」
「ぬふっ」
ぬふっ、と彼女は笑っていた。
「私の名前はカルキシュネ。」
「カルキと呼んでくれればいい。」
「僕は、僕の名前はハル。」
光が僕たちを包んでいた。
彼女の貝の髪飾りは、光を詳細に反射させていて、それは僕に懐かしい音楽の優しいコード進行を連想させた。
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