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二度と過ちは犯さない
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「二度と過ちは犯さない」
■現在
三人の男が警察署で刑事に事情を聴かれていた。
三人の男にはそれぞれ手の指や足の指に欠損があった。
刑事は尋ねる。
「何があったか話してほしい」
三人の男は同じ言葉を言う
「何も問題はない。家に帰してほしい。」
■過去
クラブは週末ということもあり非常に賑わっていた
警察署にいた三人の男は古くからの馴染みでよくこのクラブに集まり楽しんでいた。三人の男はレイ、カール、トッドという名前で、大声で話しながら酒を飲んでいた。
三人の男には家族や恋人がいるが、週末には必ず男三人だけで楽しむ時間を作っていた。家族や恋人はそれに不満を持つ者もいたが、男達の性格や性分を理解していたので口うるさくは言わずにいた。
クラブはテーブルもカウンターも人で溢れており、真ん中にあるホールでは酒を飲みながら踊る若者達で賑わっている。
カウンターにはサラリーマン風のスーツを着た男が一人で飲んでおり、そろそろ会計を済ませクラブを出ようとしていた。
カウンターの男はごくごく普通の男であり、同じ毎日の繰り返しで仕事に励み、些細な幸せは週末のクラブで少しの酒と、楽しんでいる人達を観察して自分も楽しい気分になりながら家に帰って映画を見て寝る。このルーティーンで生きている。目立つことのない印象にも残らないような男である。
この「彼」は変な趣味も思想も無く、心身共に安定している普通の男だ。
テーブルで酒を飲み大声で楽しそうに話をしている三人の男とは対照的だった。
「彼」が会計を済ませ、クラブを出ようと立ち上がり移動した時に、トイレに行こうとしていた三人の男の一人レイと肩がぶつかった。
「彼」は「すまない」と言って進もうとしたが、「彼」の肩をレイがグッと力を入れて静止した。
「彼」は驚き、レイの方に振り返る。
レイは酒に酔っているが、いつもよりも飲み過ぎているということもなく、どちらかというと頭は冴えており冷静だった。
「彼」はレイを見ながら再度の謝罪と「わざとではない」「許してほしい」と相手に刺激を与えないように丁寧に言葉を続けた。
三人の男達は裕福な家庭環境ではなかった。
世間でいうスラムでギャング、チンピラ、荒くれ者が多い環境で育ち、貧しさから学校に行かずに犯罪や悪事に手を染めてきた。三人とも前科があり、特にレイは普段は冷静で頭が良いがカッとなりやすい性格であった。
この時、レイの頭はかなり冴えており、本来なら肩が少しぶつかったくらいのことで揉め事などは決してしない。
三人の男はアウトロー寄りではあったが、現在はまっとうな仕事に就き、大事な家族や恋人の為に日々を頑張っていた。
カッとなりやすい性格だったレイも大人になり社会を知り、カッとなることなど忘れてしまったかのようだった。
レイ自身も少し肩がぶつかっただけで相手の肩をつかんで止めてしまった自分に驚いていたが、頭が冴えていることが災いした。
レイは相手を良く観察した。
相手の上から下までをしっかりと舐めるように見まわし、身なりや言葉遣いで気の弱そうな奴だと判断した。
自分よりも遥かに格下であり反撃がこない相手だと判断したレイには「彼」がサンドバッグのように見えていた。
レイは「彼」に言った。
「俺を舐めているのか?」「肩を痛めた、どうしてくれる?」と圧を掛けた。
「彼」は度重なる謝罪と落ち着くように求めた。
ここで最悪な事態が起こる
レイ以外の二人が近づいてきて声を掛けてきたのだ。
レイ以外の二人カールとトッドである。
「どうした?」「揉め事か?」と厳つい顔をして近づいてくる。
こうしてカウンター付近で厳つい三人の男に圧を掛けられる1人の男の図が出来上がる。
「彼」は絶望した。只でさえ面倒な奴が一気に増えたのだ。
「彼」はカウンターの店員に助けを求めようとしたが、トラブルの匂いに慣れている店員は我関せずという態度であり「トラブルなら外で」とだけ言い残して遠くへ移動してしまった。
新たに増えた面倒な二人であるカールとトッドはトラブルメーカーの気質を持っていた。いつもならこの二人が率先してトラブルを起こしてレイが仲裁に入り、話が片付く時もあれば、レイもカッとなって収拾がつかなくなるパターンがほとんどだった。
カールとトッドはまっとうな仕事に就いてはいるが、トラブルを起こしやすく、
女性関係の揉め事や古い馴染みであるギャングやチンピラのような連中との付き合いも多かった。
カールとトッドは「彼」を見てレイと同じように、気が弱く反撃などできない奴だと瞬時に判断した。
三人の男は「彼」に外で話をしようと持ち掛けた。
三人の男は瞬時に言葉を交わすこともなく同じ考えに至っていた。
この気が弱そうな男から金品を示談として奪おうとしていた。
「彼」は必死に打開策を探していた。頭を回転させ、どうやったらこの状況を抜け出せるかを模索していた。
外に出て人気のない所なんかに行ったら何をされるか分かったものではない。
「彼」は軽いパニック状態になっていた。
目の前の三人の男はずっとこちらを威嚇しており暴言を吐いている。
「落ち着いてくれ」と言うと三倍の罵詈雑言が飛んでくるのだからたまったものではない。
「彼」にはこの時間が無限に感じられたが、レイと肩がぶつかってからまだ五分程も経っていない。
すると、痺れを切らしたカールとトッドが「彼」の腕を掴み外へ連れ出そうとする。
「彼」は必死に抵抗するがずるずると出口へ引っ張られてしまう。
このままではマズイと思い、「今すぐ手を放せ、警察を呼ぶぞ」と叫ぶ。
叫んだ瞬間、手加減をやめたのか、物凄い力で引っ張られクラブから外に引きずり出された。
「やめろ!!」と周りに聞こえるように叫ぶがクラブに出入りする者達は全く気にもしていない。
クラブでのトラブルは日常茶飯事なのだ。
もしかしたら迷惑客を追い出すセキュリティとでも思っているのかもしれない。
「勘弁してくれ」と心でつぶやく。
クラブのすぐ横にある人気のない駐車場の端に引っ張られ、三人の男に再度囲まれた。
防犯カメラなど無いだろうなと思うと絶望が更に増していき、本当に自分の足で立っているのか分からない程だった。
尋常でない背中の冷や汗がリアルを伝えてくる。
三人の男は引き続き悪態や罵詈雑言を吐いており、「彼」は反射的に謝罪と落ち着いてくれと懇願する。
どれだけの時間が経ったか分からないが、レイが口を開いた。
「おい、お前ら落ち着け、冷静になれ」とカールとトッドに対して言った。
ひどく芝居がかった物言いだった。
レイは続けて「俺の為にお前らが心配してくれるのは嬉しいが、少し落ち着け、これじゃ話もできないじゃないか」と諭すように言う。
カールとトッドはすんなり落ち着き払った態度に戻り、「彼」に甘い言葉を吐く。「すまない、こんなことをするつもりはなかった」「怖かったよな?」と言葉を続ける。
レイが言う「すまない、肩がぶつかって痛かったのは本当だ。だが、乱暴をする気はなかったし、こいつらも俺が何かされたのかと心配してくれただけだ。結果的におかしな事になってしまったが、仲直りしようじゃないか?」
「彼」は恐怖を覚えていた。
態度の急変ぶりもそうだが、こいつらが何を言いたいのか分からないからだ。
だが、このままでは埒が明かない。一刻も早く解決しようと努めることにした。
「彼」も三人の男に対して言葉を続ける。
震える声で「こちらこそ悪かった。決してわざとぶつかった訳ではなく、事故だった。肩が痛むなら救急車を呼ぼう。治療費は自分が出す。それか警察を呼んでも良い。事故だったと説明しよう。」と言い終わった後に後悔した。
救急車や警察というワードを出して相手が引いてくれないかという思いから話をしてしまったが、逆に相手を刺激してしまったかもしれないという思いが沸き上がった。
「しまった」という言葉が脳内で埋め尽くされる。
相手の反応を探る為、全神経を集中して相手の反応を待った。
三人の男は無反応で「彼」の言葉に刺激されたという反応は見られない。
今後の出方を考えているようでもある。
すぐにレイが口を開いた「いや、そこまで大事にしたくはない。あんただって明日からは仕事だろう?俺たちもそうだ。明日からまた大変な仕事を頑張ることになる。あんたも変に医者や警察なんかが関わるよりも・・・こっちから言いづらいが、時間を無駄にしたくないし、お互いにやり直すのに金で解決しないか?示談にしよう。こっちは肩の痛みと楽しい気分を害されたことに対して、あんたが迷惑料を払う。それでおしまい。どうだ?」と畳みかける。
「彼」は解決案がようやく出たことに少しの安堵を覚える。
だが、まだ油断してはいけない。とんでもない要求をしてくるかもしれないし、こいつらはおかしいという思いが全身を支配している。
「彼」も言う「分かった。それで解決するなら是非そうしよう。本当にすまなかった。君達の楽しい時間を壊すつもりは全くなかった。どうか許してほしい。
それで・・・示談金はどのくらいか教えてもらえるかな?」
レイは少し考え「この後に飲み直して、この嫌な事故のことを忘れたいし、後で肩の痛みがひどくなって病院に行く可能性も0じゃない。でも、自分たちが君にしたことを考えて・・・そうだな・・・これくらいか?」と示談額を伝えてくる。
「彼」は財布の中身だけでは足りないのでATMに行っても良いか尋ねる。
レイは「いや、それはあまりにも悪い。どうかな・・・そのネックレスと合わせて現金をもらえれば釣り合いそうだけど・・・」と提案してくる。
「彼」は「分かった」と言って財布の中身を全てとネックレスを相手に渡した。
レイが言う「OKだ。今夜のことはお互いに忘れよう。もうこれで終わり。何もなかった。これから楽しんで明日からまた仕事をして、家族や愛する人と日常を過ごす。OKかな?」
「彼」も答える「ああ。これで終わり。僕が悪かった。忘れよう。今日は何もなかった。明日からまた頑張ろう。」と言って囲まれた状況から離れる。
だが、カールとトッドが離れようとする「彼」の前に立ち塞がる。
「彼」はぎょっとして二人の男を見る。
レイも慌てた様子で二人の男に言う「おい。どうした。もう終わりだ。示談になった。これ以上のトラブルはごめんだ。」恐らく本音だろう。芝居がかっていない素が感じられる。
二人の男がいう「いや、まだだ。今解決したのはレイに対しての示談だ。俺たちへの示談はまだだ。そうだろう?」と悪党の雰囲気を隠しもせずに言う。
圧倒的に有利な位置で肉食動物が獲物を逃がさないという強い眼光を浴びせてくる。
レイが口を開く「馬鹿か。これ以上はない。もう財布の中身がないのも見ただろう?これ以上は駄目だ。もう終わりだ!!」と繰り返す
男二人が言う「まだあるじゃないか。そのスーツや靴、時計だってかなり高そうだぞ?俺達だって大事な親友が怪我させられて、楽しい週末を台無しにされた。俺達にも示談が必要だ。そうだろ?」とヘラヘラしながら「彼」へ問いかけてくる。
「彼」は発狂しそうになっていた。
頭の中でこの三人を何度殺したことか。
理不尽な要求に耐え、意味のない謝罪の言葉をロボットのように繰り返してきたのに、まだ足りないというのか?
「彼」の心の中で変化が生まれていた。
今までにない感情や考え方がぐるぐると頭を回り、自分が自分じゃなくなるような感覚を覚えた。
単純な怒りだ。
日常生活では沸くことのない強烈な怒りの感情。
そしてもうひとつ。強烈な怒りを更に凌駕する感情があった。
それは「疑問」だ。
「何故?」という言葉が脳内を駆け巡る。
「何故、こいつらはこんなことをする?できる?」
「何故、自分を選んだ?」
「何故、そんなに高圧的に人を見る?」
「何故、自分がこちらの立場にならないと考える?」
「何故、何故、何故」と自問自答していた。
だが、すぐに自分の脳が答えを出す「人や世の中を舐めているから。自分が弱そうだと勝手に判断されて舐められているからだ。」
「こいつらは、こんなことをしてどうなるかなんて考えもしない。自分達が圧倒的な存在であり、他の人間のことなんてゴミにしか思っていない。」
すんなりと自分の中で答えが出る。そして腑に落ちる。
「まあ、そうだよな」と小さく口に出る。
「そうじゃないとこんなことできないよな・・・」と呟く。
三人の男は顔を見合わせながらブツブツ呟く「彼」を見ていた。
レイが言う「おい。もういいだろ!こいつがおかしくなっちまったじゃないか!」
カールとトッドが言う「分かった。だから時計だけでももらっていこう。それで終わりにする。ほら、その時計をよこせ!」と「彼」の腕をとり、時計を外そうとする。「彼」はその腕を乱暴に払う。目の焦点が合っていない。
その反応に我慢できなかったのかカールがドンと「彼」の身体を乱暴に押し、トッドがブチ切れて顔を殴打した。
レイが頭を抱えて「馬鹿が・・・」と呟く。
「彼」は意識が途切れて倒れた。
殴られた「彼」が気絶したと思い、3人の男は口論を始めた。
レイ「馬鹿野郎どもが!!!これで傷害と窃盗だ!!!どうするつもりだ!!」と
男二人に対して物凄い剣幕で詰め寄っている。忘れていたカッとなる性分が蘇ったかのように顔を真っ赤にして、今にも人を殺しそうなほど目を血走らせている。
「これで俺の人生はパーだ!!!何で殴った。もう終わった話を無理やり続けやがって、俺がお前らを殺してやろうか!!!」と顔と顔を突き合わせる。
二人の男は気まずそうに視線を合わせないようにしている。
そんなやりとりをしている内に「彼」は意識を取り戻しており、自分のカバンの中を探っていた。そして、目当ての物を手にして、目を覚ましていることを悟られないようにチャンスを待つ為、気絶している振りを続けた。
三人の男はずっと口論をしている。
「もう逃げよう。捕まったら終わりだ。」
「馬鹿か。このまま逃げても警察に通報されて終わりだ。」
「てめえらのせいで全てが台無しだ!!!」
こんな内容を繰り返している。
しばらくして落ち着きを取り戻したレイが提案する。
「車を取ってこい。こいつを車に乗せて、落ち着いて話す。名前や家は知っているから警察に言ったら分かっているなと脅す。それしかない。」
「分かった。」とカールが車を取りに行く。
残されたレイとトッドは周囲を落ち着きなくぐるぐると円を描いて歩いている。
トッドがレイに対して言う「こいつの名前や家を調べよう。カバンの中に何か入っている筈だ。」と「彼」に近づこうとする。
レイが慌てて止める。
「馬鹿が。脅し文句で言うだけだ。思い出せ。こいつは俺達の名前を知らない。俺達はこいつの前でお互いの名前を呼んでない。それにカバンの中をあさって指紋でもつけてみろ。俺達には前科がある。指紋のデータを照合されれば一発でこっちが警察に捕まる。余計なことはするな。」
レイはこれ以上のトラブルは本当に避けたかった。
絶対にもう刑務所には行きたくない。次はもうないのだ。この出来事も安易な気持ちでやってしまったことを後悔していた。事の発端を作ってしまったのは自分だ。
クソ。こいつらがあの男の名前や家を知れば、万が一あの男が警察に頼ったことを知ったこいつらは何の考えもなくあの男の家に行き、加減などしないで殺してしまうかもしれない。それだけは絶対に避ける。それだけは駄目だ。悪いのはこっちで向こうは間違いなく被害者だ。穏便に終わらせる。大丈夫だ、俺ならできる。
レイは自分を鼓舞した。
ふと、レイが「トイレに行ってくる。こいつを見張っていろ」とトッドに伝える。
このトラブルの前からレイはトイレに行きたかったのだ。ただ待っている状況に我慢できなくなりトイレに行きたくなった。
トッドが「逃げる気じゃないだろうな?」と釘を刺すが「俺だけ逃げてもしょうがないだろうが!!!頭を使えよ!!!」と怒鳴り、駐車場のトイレへ走っていく。
一人になったトッドも頭を抱えながら「クソ。どうすんだよ・・・」言いながら「彼」の周りをウロウロしだした。
その瞬間、バチッという音とともにトッドの意識は途切れた。
トイレを済ませたレイが戻ってくると信じられない光景があった。
先ほどいた場所に誰もいない。
頭の整理がつかないレイは周囲を見渡した。しかし、やはり誰もいない。
場所を間違えた?いや、そんなはずはない・・・
どうなっている・・・
背後からスタンガンを持った「彼」がレイに電撃を浴びせた。
車を取ってきたカールも混乱していた。さっきまでの場所に誰もいない。
以前、飲酒運転の取り締まりでクラブの駐車場に停まっていた車が一斉検挙されたことがあり、年の為にクラブから少し離れたところに車を停めていて時間が掛ったが、十分~十五分ほどだったはずだ。
「どうなっている・・・」
一瞬で様々な考えが浮かんだ。
誰かに見つかったか、見つかりそうになり移動した?
まさか警察に?俺だけ置いて逃げた?
頭の中がぐるぐると回っている。
バチッという音とともにカールの意識も途切れた。
三人の男が拘束されている。
それを眺める「彼」
「彼」のそばにはホームセンターで買ったのか袋が置かれている。
袋の中身には三人の男を拘束している結束バンド、ペンチやニッパなどが見える。
「彼」の独り言が聞こえる
「スタンガンの威力が強すぎたか?死んでないよな?うん、生きているな」
ガンガンと何かを叩く音が聞こえる。
三人の男はほぼ同時に意識を取り戻す。
三人とも身体に力が入らず、頭もボーっとしているようだ。
三人の男が「彼」の姿を認識し、自分たちが拘束されているという状況を理解した時の顔を見た「彼」の顔は三人の男を絶望へ突き落した。
「彼」は三人の男へ語り始める。
「まず、君達の名前と住所、勤務先などは調べさせてもらった。ついでに奥さん?恋人かな?の写真もしっかり記録させてもらった。スマホのロックはもっと厳重にした方がいい。職場の名刺もプライベート時には持ち歩かない方が良いかもね。特にこんなことをするのなら身分が分かる物を持っていたら駄目なんじゃないか?」
三人の男は「彼」の言葉を聞いた瞬間「彼」を凝視した。
「そうそう、警察に駆け込むのは止めないよ。というか止められないしね。君達を一生監視なんてできないし。そこまでしなくても君達は警察を頼ったりしないと信じているからね。」
「彼」は続ける
「僕みたいな奴がスタンガンを持っているなんて思わなかったかい?さすがに自衛の手段くらい用意しているよ。逆に言えばこのスタンガンだけが僕の唯一の防衛手段だ。ジムにも通ってはいるけど、君達のような荒くれ者に囲まれたら多少鍛えているだけでは何の意味もないからね。」
「彼」は三人の男の頭が落ち着くのを待っているのか、少し間隔をあけて話した。
「さて、質問。何故、自分を選んだのか?最初から狙っていたのか?」
三人の男は否定し「こんなつもりではなかった」「許してくれ」とそれぞれに許しを乞うた。
「彼」はふぅと息を吐き、袋の中からニッパを取り出した。
三人は一斉に黙り、その顔には恐怖が浮かぶ。
「彼」は言う
「一斉に喋らないでくれ。何を言っているのか分からないだろ?そんなことも分からないか?」
「彼」は三人の男に自己紹介をさせた。
「君達の名前と顔は一致した。これからはしっかり名前で呼ぶから、呼ばれた者が質問に答えてくれ」
三人の男は静かに頷いた。
「最初の質問に戻ろう。最初からターゲットにしていたのか?まだ仲間はいるのか?えーと、レイに聞こうかな?」
レイが答える「もう仲間はいない。いつもこの三人でつるんでいて、たまたま肩がぶつかり、示談金を取るつもりであんたを脅した。」と正直に話した。
「なるほど、では、教えてほしい。たまたま肩がぶつかった人に君達はいつも因縁をつけて今夜のようなことをしているのかい?」
三人の男は首をこれでもかと強く振って否定する。
「そうなのかい?随分と手慣れているようだったけど?まあいいや。次の質問。
僕をターゲットとして確定した理由は?因縁をつける前に随分と僕のことを見て分析しているようだったけど?どんなことを考えていた?レイ?」
「品が良さそうで、トラブルに慣れていないと思った。少し脅せば簡単に示談金を取れると思った・・・本当に悪かった。」
「そうか。つまり僕なら反撃もしてこないし、何をしても君達の思い通りになるような雑魚に見えたと?そういうことかな?レイ?」
レイはゆっくりと申し訳なさそうに頷いた。
「では、次の質問。後から来た二人。えーと、カールとトッド。たまたま肩がぶつかって僕はレイに散々謝ったし、君達を刺激しないように言葉を選んで話をしていた。それなのに後から来て、事情も知らない君達は休む間もなく暴言を吐き、どれだけ偉いのか知らないが、威圧的な態度を取ったね?それに関してはどういうことを考えていた?レイ同様に何もできない奴を痛めつけてやろうと思っていたのかい?カール?」
「いや、すまない。レイがあんたに難癖をつけていたから・・・いつもの癖で絡んでしまった・・・弱そうな奴だなと思ったから・・・」
「そうかい。ちょっと気になる発言があったけど、『いつもの癖でやってしまった』とたった今言ったけど、さっきレイは今夜のようなことはたまたまだと言っていたけど、早速矛盾しているね?レイが嘘をついたのかな?本当は今夜のようなことを繰り返していたのかな?カール?」
レイが呆れた顔をする
「いや・・・そうじゃなくて・・・何と言ったらいいか・・・俺達はずっと昔からの馴染みで、育ってきた環境が悪かった。だから、今夜のようなことじゃなくて、昔から悪いことをしてきたから・・・それを言いたかった。」
「ふーん。昔から悪いことをしてきたのか。じゃあ今でも悪事に手を染めている?まあ、今夜のことを考えれば君達が極悪人なのは間違いないか。さて、トッドも他の二人同様に、弱そうな奴だ。金目の物を楽勝で奪える。と思っていたと?トッド?」
「そうだ。本当に悪かった。こんなことになるなんて・・・自分の馬鹿さ加減を呪っているよ・・・許してくれ・・・」
「こんなことって・・・何だい?自分達が拘束されているこの状況を言っているのかい?君達は今、この状況になったから後悔しているのかい?何の抵抗もできないはずの男が反撃に出て、君達の方の状況が悪くなったから後悔するのかい?随分自分勝手だね?レイ?」
「いや、すまない・・・カールとトッドは本当に愚かで・・・君のことを考えられず、いまだに自分のことだけを考えている・・・だから馬鹿なことを言っている・・・」
「そうだね。考えて物事を判断することができないようだね。自分のことばかりを心配しているみたいだ。まあ、僕からしたらレイもそんなに変わらないけどね。」
レイの顔が絶望に歪む。
「ちょっと話をさせてくれないか?」とレイが言う
「どうぞ」と「彼」が答える。
「ありがとう。まず、君に改めて謝罪をしたい。本当にすまなかった。俺達は君を完全に弱い男で反撃などできないと判断して、君に最低なことをした。君の尊厳を踏みにじり、許されないことをした。許されないと分かってはいるが、謝罪をさせてほしい。心から謝る。すまなかった。」
拍手をする「彼」
「素晴らしいスピーチだったよ。レイ。君の言葉には嘘がなかった。君は本当に悔いているのが伝わったよ。」
「何より、君は許されないことが分かっている。しっかりそれが分かっているうえで謝罪をしている。素晴らしいよ。『それ』を理解している人間がどれだけいることか・・・」
「彼」はニッパとペンチを持ってレイに近づく
「レイ、君はどんな仕事をしている?」
レイが答える「データの入力、プログラマ・・・と言った方が良いかな?」
「そうか、なら、手の指は駄目だね?足の指を切り落とすことにするよ」
レイの目が見開かれる。
レイの顔から生気が失われる。
どんどん顔が白くなっているのが分かる。
「レイ。君は僕の心にしっかりと理解を示してくれた。そして、許されることはないと理解もしている。つまり、これから僕がすることを否定はできないはずだ。
そうだろ?君達は僕をサンドバッグのように扱った。僕がそれを同じようにするのを否定なんてできるはずがない。そうだろ?レイ?」
レイは完全に真っ白になった顔でゆっくりと諦めたかのように頷いた。
猿ぐつわを噛まされ、覚悟を決めたようなレイに「彼」はこれから行う残虐なこととは裏腹に慈愛に満ちた表情を浮かべた。
獣のうめき声が数分続いた。
しばらくして、ぐったりとしたレイを満足げに見つめながら「彼」は笑っていた。「彼」は切断面にアルコールをかけて消毒して包帯を巻いていく。
その光景を見ながらカールとトッドは絶望や怒り、諦めといった表情を浮かべていた。
「彼」は言う「カール、トッド。レイに酷いことをしている時に君達の表情を見ていたよ。君達の表情は絶望や怒り、諦めといった様々な表情をしていた。そうだね?その表情を見た時に僕がどう思ったか分かるかな?何故、彼らは怒りを感じているのか?それが気になった。その怒りは誰に対してのものかな?カール、トッド。答えてくれ。」
カールとトッドもかなり顔が生気を失くし、白くなっている。
しばらくの沈黙の後にカールが答えた「半々だ!!!古くからの馴染みの足の指が切られるのを見せられた!!!怒りもするだろ!!!」と荒い声を発した。
続けて「もう半分は自分に対してだ。あんたみたいな奴に手を出してしまった。あの時に戻れたらどんなにいいか・・・」少し涙ぐみながら答えた。
トッドも語り始めた「俺達の足の指も切るのか?頼む。やめてくれ。みんな家族や愛する人がいる。指が切られたのをなんて説明する?あんただってこんなことをしたのがバレたら、ただじゃすまないぞ!!!」
一気に話し終えるとしおらしくなり「なあ。頼むよ。カールには子供もいる。俺にも恋人がいる。近いうちに結婚するつもりだ。だから・・・やめてくれ。」
レイは本当に絶望した顔をした。この状況にではなく、カールとトッドの愚かさなのか二人の存在自体に絶望したのかと思えるほど、態度や表情に出ていた。
「彼」の表情には何の感情も浮かんでいなかった。
レイは「彼」の表情を見て直感的に思った。おそらく今の発言でカールとトッドのことを「彼」は人間として見ることをやめたのだと。とても同じ人間を見る目ではないことに気づいたのだ。
「彼」がカールとトッドに近づいていき呟いた「君達はレイと僕の会話を聞いていなかったのかい?彼は何と言っていた?彼の言葉に何の共感もしなかったのか?君達は僕の身体を突き飛ばし、顔を殴打した。僕は一瞬気を失ったよ。あの時に僕が死んでいてもおかしくなかったし、気を失っていると思っていたろうが、君達の会話も聞こえていたよ。車に乗せて『ここに』連れてくるつもりだっただろ?カーナビの登録地の一番上に『ここ』が登録されていたからね。『ここ』へはよく来ているようだね?何をするつもりだった?こんな人気のない所に連れてきて。僕の死体なんかもいくらでも隠せそうだね。そうなっても全くおかしくなかったね。今の話を聞いてどう思う?カール?トッド?」
レイはもうカールとトッドの返答を予想しているのか下を向いて動かない。
カールが口を開いた「あんたが言っていることも分かる。たしかに俺達はあんたを傷つけたし、酷いことをした。でも、実際にあんたは無事だ。俺達が気を失っている間に逃げることだってできた。俺達の車で好きなところで降りて、いつでも家に帰ることができたじゃないか。拘束された俺達を警察に通報することだってできた。なのに、こんなことをする必要がどこにある!!!俺達を今すぐ開放してくれ。家に帰してくれ。もうこんなことはやめてくれ!!!」
トッドも勢い余って話す「そうだ!!!あんたには心から同情するし、俺達のやったことが間違っていたことも認める。悪かった。許してくれ。もう家に帰りたい。明日から日常に戻りたい。あんたには二度と関わらないし、警察にも何も言わない。だから、頼む。もうやめて、家に帰してくれ。」トッドは泣いている
「彼」からは全く感情を感じない。
もう話すことなど何もないようだ。
カールとトッドはレイよりも悲惨だった。
足の指だけでなく、手の指も切られた。
結局、レイは足の指を1本
カールとトッドは手の指と足の指を1本ずつ失った。
一通りのことが終わると「彼」はレイの拘束だけを解いた。
カールとトッドの治療はレイが行った。
最低限の物を片付け終えた後、「彼」は車に乗り、どこかへ立ち去った。
「彼」は立ち去り際、レイにだけ聞こえるように言った。
「あれらと君は違う。君は二度と過ちを犯さないと信じているよ。」
2日後
三人の男は警察署にいた。
刑事達は三人の男に尋ねる。
「君達の手足の指の件について教えてくれ。誰にやられた?何があったのかを話してほしい。」
警察への通報は彼らがした訳ではなく、カールの妻が異変に気付き、カールが止めるのも構わず通報していた。
妻に通報されたカールはすぐに他の二人へ連絡した。
彼らはあの日に起こったことは忘れようという取り決めをしていた。
彼らの名前、住所、連絡先から勤務先まで「彼」は知っているのだ。
警察へ通報したことがバレたら次はどうなるかは考えなくても分かる。
彼らは手足の指が切られ、意識を失いそうな痛みに耐えながらも頭を回して、何か聞かれた時の口裏合わせを考えた。
まず、酒に酔ってクラブを出た。そこでマズイことだとは分かっていたが、車でいつものたまり場へ向かった。そこでもしこたま酒を飲み、賭けポーカーをやった。酔っぱらい過ぎて記憶も曖昧だが、度胸試しも兼ねて金ではなくお互いの指を賭けていた。気が付いたら朝で、自分達の手足の指を切っていた。警察へ通報するようなことじゃないし、家族へ何と説明したらいいものか分からず黙っていた。」こんな具合で口裏を合わせることにしていた。
レイは気が気では無かった。
自分はともかくカールとトッドの二人が上手く口裏を合わせられるかは絶望的だし、万が一ありのままを話したことで「彼」が警察から逃げてしまえばどんなことになるか分からない。
それに・・・
レイは「彼」に捕まってほしくはなかった。
少なくとも「彼」への怒りや憎しみはレイの中には無い。
事の発端は自分達のくだらない因縁から始まっているし、「彼」の言うことは正しかった。レイの中で自分の今までの考え方や生き方を見つめ直す良い転機となったというのが本音だ。
レイの口裏合わせの話を聞いた刑事は明らかに侮蔑と呆れの表情をしていた。
しばらくして、三人の男が一つ所に集められた。
おそらくそれぞれの聴取が終わったということだろう。
刑事が口を開いた。
「君達の話をそれぞれ聞いたが、三人とも同じ供述だった。正直、誰がこんな話を信じる?自分達で自分達の指を切った?馬鹿馬鹿しい。それに、君達の切断面を分析した結果から抵抗した跡があった。それだけじゃない。何かで拘束されていたような跡もある。なあ、何を恐れているのか分からないが、真実を話してくれ。この状況で事件性が無いなんて子供でも信じないぞ。」
刑事がもっともなことを言う。
こんな言い分を信じる人間がいるなんて思ってはいなかったが、
さすがに自分でも何てひどい内容だとレイは心の中で思った。
刑事が再度聞いてくる
「良いか。何かトラブルに巻き込まれていて、脅されているのか?ここは警察だ。何も恐れることはない。正直に真実を話してくれれば、我々は犯人をすぐにでも逮捕して君達の身柄の安全を約束できる。家族も含めてだ。口裏を合わせるのをやめて、協力してほしい。」
レイはどんな状況になっても彼のことを話す気はないが、カールとトッドは明らかに刑事の話に耳を傾け、動揺が見て取れる。
レイは思う。こいつらは本当に度し難い馬鹿だ。いつもは警察に対して悪口ばかり言って、警察に頼る奴はクズだとか自分で解決できない奴は男じゃないとか気の大きいことを言っておいて、いざとなったらこれか。
自分達が事の発端を作ったというのに・・・
そもそも正直にあの夜のことを話したら俺達三人だって逮捕されて刑務所行きは間違いない。彼は正当防衛が認められるだろうし、少なくとも裁判員からの同情も得られるだろうし、前科も無いだろう。
それに比べて俺達は前科があり、信用がないのだ。
誰が前科持ちの三人で一人の男を取り囲んで因縁をつけて金品を巻き上げる奴らを信用する?しかも彼を殴り倒してもいるのだ。どう考えてもこちらが悪い。
いや、そもそもの問題はそうではないとレイは思う。
自分達は人や社会を舐めすぎていた。
今回はたまたま彼に対して考えもなしに絡み、彼を弱い存在で反撃ができないサンドバッグだと決めつけた。これが彼ではなく自分達よりも体格が良くて悪そうな男だったら?ギャングやチンピラだったら?因縁なんか吹っ掛けなかったろうし、ぶつかった時にこちらが因縁をつけられて、自分達が彼の立場になっていたかもしれない。最悪、殺されていたかもしれない。
そう、簡単で当たり前なことを想像もできていなかったのだ。
刑事はカールとトッドの反応を見て、手ごたえを感じていた。
やはり事件性があるのだと。手足の指を切り落とす狂った犯人がいるのだと。
一気に刑事の目に力が入るのが分かった。
刑事はもう一押しだ。というように続けて言った。
「約束する。君達と家族の身の安全は警察が保証する。必ず犯人には報いを受けさせる。だから、協力してくれ。こんな狂ったことができる奴を野放しにはできない。」
レイは心の中で「ああ・・・」と諦めの声を呟いた。
カールとトッドは話してしまうだろう。
こいつらには目の前の刑事が天使にでも見えているかもしれない。いや、もしかしたら救いの神かも・・・
カールが震える唇を開いた。
「刑事さん。頼む・・・何もなかった・・・いや、俺達が馬鹿だった。それだけだ。指を自分で切った。狂っているのは俺達だ。賭けポーカーに飽き足らず自分達の指を切ったなんて・・・家族に何て説明したらいい?もう終わりだ。妻は俺を許さないだろう・・・理解ができないだろう・・・もう・・・終わりだ。」
トッドも青い顔をして言う
「俺も・・・同じだ・・・恋人に何て言えばいい?もう無理だ。どう言ったところで理解なんてされない。取り返しのつかないことをしてしまった・・・」
刑事の目から怒気が発せられる。
「君達・・・理解ができないのはこっちだ。このまま何も話さないなら君達を逮捕する。容疑は・・・そうだな・・・飲酒運転に暴力行為、たまり場としていたあそこも所有者がいるから不法侵入罪になるな。どうだ。馬鹿馬鹿しく思わないか?
誰が考えても君達を拉致監禁した奴がいて、君達に拷問まがいのことをした。
手足の指を切られて悔しくないのか?怒りが湧いてこないのか?」
早口でまくし立てる刑事。目が血走っている。
そんな刑事をよそに、レイは嬉しい気持ちだった。
カールが口を開いた時は全てを話してしまい、自分達の未来は閉ざされたと本気で思った。だが、カールもトッドも「彼」のことを話さなかった。あくまでも自分達が愚かな行為をしたのだと言った。レイはこの二人にもあの夜の「彼」と自分が言っていた言葉がようやく理解できたのだ。目を覚ましたのだ。悔い改めたのだと確信した。嬉しかった。自分だけでなく彼らも自分と同じ考えに至ってくれたことが、泣きたくなるほど嬉しかったのだ。ここからやり直せる。俺達はここからやり直せるのだ。今までの地位や人間関係は全て崩れてしまうだろう。それでも・・・
「彼」のおかげで自分達は気づくことができた。手足の指を失いはしたが、命はとられていない。いくらでもやり直せるチャンスがある。
罪に問われるだろう、刑務所にも行くだろう。それでも!同じ考えの三人でまたやり直せばいい。できる。やれる。もう二度と自分勝手に行動することはない。
俺達はまっとうな道をこれから進んでいける。俺達は二度と過ちは犯さない。
レイの心の中は希望で満ちていた。
刑事は血走らせた目で怒気のこもった声で言う。
「君達には前科がある。裁判員の印象も良くないだろう。確実に実刑判決が出る。分からないか?正直に真実を話して、君達がただの被害者であることを証言しろ。何を迷うことがある?」
それに、と刑事が続ける「現場近くのホームセンターでニッパやペンチ、アルコールなどを購入した男がいると確認できている。君達が脅されているのはこの男だろう?違うか?防犯カメラの映像が粗くて確認できないが君達とは違う男だ。どうだ?」と一枚の写真を見せてくる。
三人の男は同じ言葉を言う。
「知らない。会ったこともない。刑事さん。何も問題はない。家に帰してくれ。」
■1年半後
三人の男達はあのクラブにいた。
本来はこのクラブには二度と近づかない方がいいのだろうが、あえて彼らはこの場所を選んだ。
レイは一年前の夜をもう一度思い出していた。
忘れることはできないあの日。自分達がどれだけ愚かだったかを知れたあの日。
生まれ変わるきっかけとなったあの日。
この一年半でこれまで積み上げてきたものは全て崩れ去った。
もう自分達を待つ人はいない。
出所の際には誰も迎えてくれる人はいなかった。
そうなることは覚悟していた。
それだけのことをやってきたのだ。
いままで好き勝手に生きてきた報いを受けたのだ。
本当ならこの程度の報いで許されるものではなかったはずだ。
それぞれ出所の期間は違ったが、今はこうして同じ考えを持った三人が出会うことができた。それは何よりも強い絆だとレイは考えていた。
俺達ならやれる。ここから新しい人生が始まるのだ。
もう愚かな行為とは縁のない幸福な時を過ごすのだ。
酒も飲まずに予定通りクラブを出て、唯一残った財産ともいえる車に乗り込む。
また『ここ』に来られたか・・・
すでに封鎖されているのか、大分前の方から『あの場所』に向かう道の途中に規制線が張られていた。
おそらく所有者が張ったものだろう。
所有者にも悪いことをしてしまった。
車の中であの夜から今日までのことを語り合う。
やはり三人とも出所後には大変な思いをしていたことが分かった。
レイは泣きそうになった。これからのことを考えると目の前が暗くなり、言いようのない不安を感じる。
それでも、三人なら大丈夫だ。レイは自身を鼓舞した。
一瞬、レイは自分の耳を疑った。
明らかに理解できない言葉が耳に入ったのだ。
カールとトッドが自分に対して話しているが、何を言っているのかレイにはすぐに理解できなかった。
カールが言う
「レイ、聞いているのか?あの野郎を見つけ出して、ぶっ殺す。お前もそれをずっと考えていただろ?なあ、レイ?どうした?」
今度はトッドが話している。
レイはやはり何を言っているのかすぐに理解ができない。
「なあ?レイ?大丈夫か?刑務所で何かあったのか?ちくしょう!全部あの野郎のせいだ。俺達の手足の指を切りやがって。こんな指じゃまともな仕事も、まともな出会いもできないじゃないか!!!クソが!!!許さねえ!許せるわけがないよな?レイ!」
レイには二人の言葉が聞こえてはいた。聞こえてはいたが理解ができなかった。
こいつらは何を言っている?
俺の耳か脳みそがおかしくなっているのか?
全然話が理解できない。こいつらは人の言葉を話しているのか?
分からない。
こいつらは・・・
何を・・・
言っている?・・・
カールとトッドは変わらずレイに対して何かを話している。
レイはあの夜のことを思い出していた。
あの夜の「彼」の言葉を忘れてはいない。
「彼」は・・・
こう言っていた・・・
「あれらと君は違う。君は二度と過ちを犯さないと信じているよ。」
そうだ・・・
「彼」はそう言っていた・・・
「あれら」とはカールとトッドのことに間違いない。
「あれら」と自分は違う・・・
そうだ・・・
違う・・・
「彼」は自分にだけそう言った。
「彼」には「あれら」が人間には見えていなかった。
レイは我に帰った。
自分を見つめている二つの存在。
こちらに何かを言っているが、よく分からない。
まあ、分からなくて当然か。
レイはもう理解していた。彼らの言葉が自分に届くことはないと。
レイはもう一度頭の中で考えを巡らせた。
彼の言ったことは間違いなかった。こいつらは人間ではない。
こいつらには人間として当たり前に感じることのできる感性も考えるという頭もない。こいつらは今後も何一つ成長せず、自分勝手に生きていくだろう。
そして、いつかあの夜と同じことをして、今度こそ、その命を終えるだろう。
なんという愚かな生物だ。
醜く汚らわしい存在だ。
しかし・・・このままこいつらを生かしておけば、「彼」のようなまっとうに生きてきた人間に危害が及ぶ可能性がある。それは避けたいところだ。
こんな存在を許しておくことこそが間違いだろう。
そういえば、乗ってきた車に何か積んでいないかな?
スコップやバールのような物が望ましい。
こいつらは獣のようにタフだ。仕留めるのにはかなりの労力を必要とするだろう。
それでも構わない。それこそがあの夜「彼」と出会い。目を覚まさせてくれた「彼」への恩を少しでも返すことになるのなら・・・
レイは車から降りると、車のトランクを開けて中を物色する。
ニヤッと笑いが出た。
ちょうどいい、バールもあるし、シャベルもある。
それに・・・これは銃だ。
「あれら」は「彼」を見つけ出してこれらを使うつもりだったのか・・・
馬鹿どもが。
レイは「彼」の顔と言葉を思い出しながら呟く。
レイの表情はあの夜の「彼」と同じだった。
「大丈夫。君が言ったように、俺は・・・」
「俺は二度と過ちは犯さない」
■現在
三人の男が警察署で刑事に事情を聴かれていた。
三人の男にはそれぞれ手の指や足の指に欠損があった。
刑事は尋ねる。
「何があったか話してほしい」
三人の男は同じ言葉を言う
「何も問題はない。家に帰してほしい。」
■過去
クラブは週末ということもあり非常に賑わっていた
警察署にいた三人の男は古くからの馴染みでよくこのクラブに集まり楽しんでいた。三人の男はレイ、カール、トッドという名前で、大声で話しながら酒を飲んでいた。
三人の男には家族や恋人がいるが、週末には必ず男三人だけで楽しむ時間を作っていた。家族や恋人はそれに不満を持つ者もいたが、男達の性格や性分を理解していたので口うるさくは言わずにいた。
クラブはテーブルもカウンターも人で溢れており、真ん中にあるホールでは酒を飲みながら踊る若者達で賑わっている。
カウンターにはサラリーマン風のスーツを着た男が一人で飲んでおり、そろそろ会計を済ませクラブを出ようとしていた。
カウンターの男はごくごく普通の男であり、同じ毎日の繰り返しで仕事に励み、些細な幸せは週末のクラブで少しの酒と、楽しんでいる人達を観察して自分も楽しい気分になりながら家に帰って映画を見て寝る。このルーティーンで生きている。目立つことのない印象にも残らないような男である。
この「彼」は変な趣味も思想も無く、心身共に安定している普通の男だ。
テーブルで酒を飲み大声で楽しそうに話をしている三人の男とは対照的だった。
「彼」が会計を済ませ、クラブを出ようと立ち上がり移動した時に、トイレに行こうとしていた三人の男の一人レイと肩がぶつかった。
「彼」は「すまない」と言って進もうとしたが、「彼」の肩をレイがグッと力を入れて静止した。
「彼」は驚き、レイの方に振り返る。
レイは酒に酔っているが、いつもよりも飲み過ぎているということもなく、どちらかというと頭は冴えており冷静だった。
「彼」はレイを見ながら再度の謝罪と「わざとではない」「許してほしい」と相手に刺激を与えないように丁寧に言葉を続けた。
三人の男達は裕福な家庭環境ではなかった。
世間でいうスラムでギャング、チンピラ、荒くれ者が多い環境で育ち、貧しさから学校に行かずに犯罪や悪事に手を染めてきた。三人とも前科があり、特にレイは普段は冷静で頭が良いがカッとなりやすい性格であった。
この時、レイの頭はかなり冴えており、本来なら肩が少しぶつかったくらいのことで揉め事などは決してしない。
三人の男はアウトロー寄りではあったが、現在はまっとうな仕事に就き、大事な家族や恋人の為に日々を頑張っていた。
カッとなりやすい性格だったレイも大人になり社会を知り、カッとなることなど忘れてしまったかのようだった。
レイ自身も少し肩がぶつかっただけで相手の肩をつかんで止めてしまった自分に驚いていたが、頭が冴えていることが災いした。
レイは相手を良く観察した。
相手の上から下までをしっかりと舐めるように見まわし、身なりや言葉遣いで気の弱そうな奴だと判断した。
自分よりも遥かに格下であり反撃がこない相手だと判断したレイには「彼」がサンドバッグのように見えていた。
レイは「彼」に言った。
「俺を舐めているのか?」「肩を痛めた、どうしてくれる?」と圧を掛けた。
「彼」は度重なる謝罪と落ち着くように求めた。
ここで最悪な事態が起こる
レイ以外の二人が近づいてきて声を掛けてきたのだ。
レイ以外の二人カールとトッドである。
「どうした?」「揉め事か?」と厳つい顔をして近づいてくる。
こうしてカウンター付近で厳つい三人の男に圧を掛けられる1人の男の図が出来上がる。
「彼」は絶望した。只でさえ面倒な奴が一気に増えたのだ。
「彼」はカウンターの店員に助けを求めようとしたが、トラブルの匂いに慣れている店員は我関せずという態度であり「トラブルなら外で」とだけ言い残して遠くへ移動してしまった。
新たに増えた面倒な二人であるカールとトッドはトラブルメーカーの気質を持っていた。いつもならこの二人が率先してトラブルを起こしてレイが仲裁に入り、話が片付く時もあれば、レイもカッとなって収拾がつかなくなるパターンがほとんどだった。
カールとトッドはまっとうな仕事に就いてはいるが、トラブルを起こしやすく、
女性関係の揉め事や古い馴染みであるギャングやチンピラのような連中との付き合いも多かった。
カールとトッドは「彼」を見てレイと同じように、気が弱く反撃などできない奴だと瞬時に判断した。
三人の男は「彼」に外で話をしようと持ち掛けた。
三人の男は瞬時に言葉を交わすこともなく同じ考えに至っていた。
この気が弱そうな男から金品を示談として奪おうとしていた。
「彼」は必死に打開策を探していた。頭を回転させ、どうやったらこの状況を抜け出せるかを模索していた。
外に出て人気のない所なんかに行ったら何をされるか分かったものではない。
「彼」は軽いパニック状態になっていた。
目の前の三人の男はずっとこちらを威嚇しており暴言を吐いている。
「落ち着いてくれ」と言うと三倍の罵詈雑言が飛んでくるのだからたまったものではない。
「彼」にはこの時間が無限に感じられたが、レイと肩がぶつかってからまだ五分程も経っていない。
すると、痺れを切らしたカールとトッドが「彼」の腕を掴み外へ連れ出そうとする。
「彼」は必死に抵抗するがずるずると出口へ引っ張られてしまう。
このままではマズイと思い、「今すぐ手を放せ、警察を呼ぶぞ」と叫ぶ。
叫んだ瞬間、手加減をやめたのか、物凄い力で引っ張られクラブから外に引きずり出された。
「やめろ!!」と周りに聞こえるように叫ぶがクラブに出入りする者達は全く気にもしていない。
クラブでのトラブルは日常茶飯事なのだ。
もしかしたら迷惑客を追い出すセキュリティとでも思っているのかもしれない。
「勘弁してくれ」と心でつぶやく。
クラブのすぐ横にある人気のない駐車場の端に引っ張られ、三人の男に再度囲まれた。
防犯カメラなど無いだろうなと思うと絶望が更に増していき、本当に自分の足で立っているのか分からない程だった。
尋常でない背中の冷や汗がリアルを伝えてくる。
三人の男は引き続き悪態や罵詈雑言を吐いており、「彼」は反射的に謝罪と落ち着いてくれと懇願する。
どれだけの時間が経ったか分からないが、レイが口を開いた。
「おい、お前ら落ち着け、冷静になれ」とカールとトッドに対して言った。
ひどく芝居がかった物言いだった。
レイは続けて「俺の為にお前らが心配してくれるのは嬉しいが、少し落ち着け、これじゃ話もできないじゃないか」と諭すように言う。
カールとトッドはすんなり落ち着き払った態度に戻り、「彼」に甘い言葉を吐く。「すまない、こんなことをするつもりはなかった」「怖かったよな?」と言葉を続ける。
レイが言う「すまない、肩がぶつかって痛かったのは本当だ。だが、乱暴をする気はなかったし、こいつらも俺が何かされたのかと心配してくれただけだ。結果的におかしな事になってしまったが、仲直りしようじゃないか?」
「彼」は恐怖を覚えていた。
態度の急変ぶりもそうだが、こいつらが何を言いたいのか分からないからだ。
だが、このままでは埒が明かない。一刻も早く解決しようと努めることにした。
「彼」も三人の男に対して言葉を続ける。
震える声で「こちらこそ悪かった。決してわざとぶつかった訳ではなく、事故だった。肩が痛むなら救急車を呼ぼう。治療費は自分が出す。それか警察を呼んでも良い。事故だったと説明しよう。」と言い終わった後に後悔した。
救急車や警察というワードを出して相手が引いてくれないかという思いから話をしてしまったが、逆に相手を刺激してしまったかもしれないという思いが沸き上がった。
「しまった」という言葉が脳内で埋め尽くされる。
相手の反応を探る為、全神経を集中して相手の反応を待った。
三人の男は無反応で「彼」の言葉に刺激されたという反応は見られない。
今後の出方を考えているようでもある。
すぐにレイが口を開いた「いや、そこまで大事にしたくはない。あんただって明日からは仕事だろう?俺たちもそうだ。明日からまた大変な仕事を頑張ることになる。あんたも変に医者や警察なんかが関わるよりも・・・こっちから言いづらいが、時間を無駄にしたくないし、お互いにやり直すのに金で解決しないか?示談にしよう。こっちは肩の痛みと楽しい気分を害されたことに対して、あんたが迷惑料を払う。それでおしまい。どうだ?」と畳みかける。
「彼」は解決案がようやく出たことに少しの安堵を覚える。
だが、まだ油断してはいけない。とんでもない要求をしてくるかもしれないし、こいつらはおかしいという思いが全身を支配している。
「彼」も言う「分かった。それで解決するなら是非そうしよう。本当にすまなかった。君達の楽しい時間を壊すつもりは全くなかった。どうか許してほしい。
それで・・・示談金はどのくらいか教えてもらえるかな?」
レイは少し考え「この後に飲み直して、この嫌な事故のことを忘れたいし、後で肩の痛みがひどくなって病院に行く可能性も0じゃない。でも、自分たちが君にしたことを考えて・・・そうだな・・・これくらいか?」と示談額を伝えてくる。
「彼」は財布の中身だけでは足りないのでATMに行っても良いか尋ねる。
レイは「いや、それはあまりにも悪い。どうかな・・・そのネックレスと合わせて現金をもらえれば釣り合いそうだけど・・・」と提案してくる。
「彼」は「分かった」と言って財布の中身を全てとネックレスを相手に渡した。
レイが言う「OKだ。今夜のことはお互いに忘れよう。もうこれで終わり。何もなかった。これから楽しんで明日からまた仕事をして、家族や愛する人と日常を過ごす。OKかな?」
「彼」も答える「ああ。これで終わり。僕が悪かった。忘れよう。今日は何もなかった。明日からまた頑張ろう。」と言って囲まれた状況から離れる。
だが、カールとトッドが離れようとする「彼」の前に立ち塞がる。
「彼」はぎょっとして二人の男を見る。
レイも慌てた様子で二人の男に言う「おい。どうした。もう終わりだ。示談になった。これ以上のトラブルはごめんだ。」恐らく本音だろう。芝居がかっていない素が感じられる。
二人の男がいう「いや、まだだ。今解決したのはレイに対しての示談だ。俺たちへの示談はまだだ。そうだろう?」と悪党の雰囲気を隠しもせずに言う。
圧倒的に有利な位置で肉食動物が獲物を逃がさないという強い眼光を浴びせてくる。
レイが口を開く「馬鹿か。これ以上はない。もう財布の中身がないのも見ただろう?これ以上は駄目だ。もう終わりだ!!」と繰り返す
男二人が言う「まだあるじゃないか。そのスーツや靴、時計だってかなり高そうだぞ?俺達だって大事な親友が怪我させられて、楽しい週末を台無しにされた。俺達にも示談が必要だ。そうだろ?」とヘラヘラしながら「彼」へ問いかけてくる。
「彼」は発狂しそうになっていた。
頭の中でこの三人を何度殺したことか。
理不尽な要求に耐え、意味のない謝罪の言葉をロボットのように繰り返してきたのに、まだ足りないというのか?
「彼」の心の中で変化が生まれていた。
今までにない感情や考え方がぐるぐると頭を回り、自分が自分じゃなくなるような感覚を覚えた。
単純な怒りだ。
日常生活では沸くことのない強烈な怒りの感情。
そしてもうひとつ。強烈な怒りを更に凌駕する感情があった。
それは「疑問」だ。
「何故?」という言葉が脳内を駆け巡る。
「何故、こいつらはこんなことをする?できる?」
「何故、自分を選んだ?」
「何故、そんなに高圧的に人を見る?」
「何故、自分がこちらの立場にならないと考える?」
「何故、何故、何故」と自問自答していた。
だが、すぐに自分の脳が答えを出す「人や世の中を舐めているから。自分が弱そうだと勝手に判断されて舐められているからだ。」
「こいつらは、こんなことをしてどうなるかなんて考えもしない。自分達が圧倒的な存在であり、他の人間のことなんてゴミにしか思っていない。」
すんなりと自分の中で答えが出る。そして腑に落ちる。
「まあ、そうだよな」と小さく口に出る。
「そうじゃないとこんなことできないよな・・・」と呟く。
三人の男は顔を見合わせながらブツブツ呟く「彼」を見ていた。
レイが言う「おい。もういいだろ!こいつがおかしくなっちまったじゃないか!」
カールとトッドが言う「分かった。だから時計だけでももらっていこう。それで終わりにする。ほら、その時計をよこせ!」と「彼」の腕をとり、時計を外そうとする。「彼」はその腕を乱暴に払う。目の焦点が合っていない。
その反応に我慢できなかったのかカールがドンと「彼」の身体を乱暴に押し、トッドがブチ切れて顔を殴打した。
レイが頭を抱えて「馬鹿が・・・」と呟く。
「彼」は意識が途切れて倒れた。
殴られた「彼」が気絶したと思い、3人の男は口論を始めた。
レイ「馬鹿野郎どもが!!!これで傷害と窃盗だ!!!どうするつもりだ!!」と
男二人に対して物凄い剣幕で詰め寄っている。忘れていたカッとなる性分が蘇ったかのように顔を真っ赤にして、今にも人を殺しそうなほど目を血走らせている。
「これで俺の人生はパーだ!!!何で殴った。もう終わった話を無理やり続けやがって、俺がお前らを殺してやろうか!!!」と顔と顔を突き合わせる。
二人の男は気まずそうに視線を合わせないようにしている。
そんなやりとりをしている内に「彼」は意識を取り戻しており、自分のカバンの中を探っていた。そして、目当ての物を手にして、目を覚ましていることを悟られないようにチャンスを待つ為、気絶している振りを続けた。
三人の男はずっと口論をしている。
「もう逃げよう。捕まったら終わりだ。」
「馬鹿か。このまま逃げても警察に通報されて終わりだ。」
「てめえらのせいで全てが台無しだ!!!」
こんな内容を繰り返している。
しばらくして落ち着きを取り戻したレイが提案する。
「車を取ってこい。こいつを車に乗せて、落ち着いて話す。名前や家は知っているから警察に言ったら分かっているなと脅す。それしかない。」
「分かった。」とカールが車を取りに行く。
残されたレイとトッドは周囲を落ち着きなくぐるぐると円を描いて歩いている。
トッドがレイに対して言う「こいつの名前や家を調べよう。カバンの中に何か入っている筈だ。」と「彼」に近づこうとする。
レイが慌てて止める。
「馬鹿が。脅し文句で言うだけだ。思い出せ。こいつは俺達の名前を知らない。俺達はこいつの前でお互いの名前を呼んでない。それにカバンの中をあさって指紋でもつけてみろ。俺達には前科がある。指紋のデータを照合されれば一発でこっちが警察に捕まる。余計なことはするな。」
レイはこれ以上のトラブルは本当に避けたかった。
絶対にもう刑務所には行きたくない。次はもうないのだ。この出来事も安易な気持ちでやってしまったことを後悔していた。事の発端を作ってしまったのは自分だ。
クソ。こいつらがあの男の名前や家を知れば、万が一あの男が警察に頼ったことを知ったこいつらは何の考えもなくあの男の家に行き、加減などしないで殺してしまうかもしれない。それだけは絶対に避ける。それだけは駄目だ。悪いのはこっちで向こうは間違いなく被害者だ。穏便に終わらせる。大丈夫だ、俺ならできる。
レイは自分を鼓舞した。
ふと、レイが「トイレに行ってくる。こいつを見張っていろ」とトッドに伝える。
このトラブルの前からレイはトイレに行きたかったのだ。ただ待っている状況に我慢できなくなりトイレに行きたくなった。
トッドが「逃げる気じゃないだろうな?」と釘を刺すが「俺だけ逃げてもしょうがないだろうが!!!頭を使えよ!!!」と怒鳴り、駐車場のトイレへ走っていく。
一人になったトッドも頭を抱えながら「クソ。どうすんだよ・・・」言いながら「彼」の周りをウロウロしだした。
その瞬間、バチッという音とともにトッドの意識は途切れた。
トイレを済ませたレイが戻ってくると信じられない光景があった。
先ほどいた場所に誰もいない。
頭の整理がつかないレイは周囲を見渡した。しかし、やはり誰もいない。
場所を間違えた?いや、そんなはずはない・・・
どうなっている・・・
背後からスタンガンを持った「彼」がレイに電撃を浴びせた。
車を取ってきたカールも混乱していた。さっきまでの場所に誰もいない。
以前、飲酒運転の取り締まりでクラブの駐車場に停まっていた車が一斉検挙されたことがあり、年の為にクラブから少し離れたところに車を停めていて時間が掛ったが、十分~十五分ほどだったはずだ。
「どうなっている・・・」
一瞬で様々な考えが浮かんだ。
誰かに見つかったか、見つかりそうになり移動した?
まさか警察に?俺だけ置いて逃げた?
頭の中がぐるぐると回っている。
バチッという音とともにカールの意識も途切れた。
三人の男が拘束されている。
それを眺める「彼」
「彼」のそばにはホームセンターで買ったのか袋が置かれている。
袋の中身には三人の男を拘束している結束バンド、ペンチやニッパなどが見える。
「彼」の独り言が聞こえる
「スタンガンの威力が強すぎたか?死んでないよな?うん、生きているな」
ガンガンと何かを叩く音が聞こえる。
三人の男はほぼ同時に意識を取り戻す。
三人とも身体に力が入らず、頭もボーっとしているようだ。
三人の男が「彼」の姿を認識し、自分たちが拘束されているという状況を理解した時の顔を見た「彼」の顔は三人の男を絶望へ突き落した。
「彼」は三人の男へ語り始める。
「まず、君達の名前と住所、勤務先などは調べさせてもらった。ついでに奥さん?恋人かな?の写真もしっかり記録させてもらった。スマホのロックはもっと厳重にした方がいい。職場の名刺もプライベート時には持ち歩かない方が良いかもね。特にこんなことをするのなら身分が分かる物を持っていたら駄目なんじゃないか?」
三人の男は「彼」の言葉を聞いた瞬間「彼」を凝視した。
「そうそう、警察に駆け込むのは止めないよ。というか止められないしね。君達を一生監視なんてできないし。そこまでしなくても君達は警察を頼ったりしないと信じているからね。」
「彼」は続ける
「僕みたいな奴がスタンガンを持っているなんて思わなかったかい?さすがに自衛の手段くらい用意しているよ。逆に言えばこのスタンガンだけが僕の唯一の防衛手段だ。ジムにも通ってはいるけど、君達のような荒くれ者に囲まれたら多少鍛えているだけでは何の意味もないからね。」
「彼」は三人の男の頭が落ち着くのを待っているのか、少し間隔をあけて話した。
「さて、質問。何故、自分を選んだのか?最初から狙っていたのか?」
三人の男は否定し「こんなつもりではなかった」「許してくれ」とそれぞれに許しを乞うた。
「彼」はふぅと息を吐き、袋の中からニッパを取り出した。
三人は一斉に黙り、その顔には恐怖が浮かぶ。
「彼」は言う
「一斉に喋らないでくれ。何を言っているのか分からないだろ?そんなことも分からないか?」
「彼」は三人の男に自己紹介をさせた。
「君達の名前と顔は一致した。これからはしっかり名前で呼ぶから、呼ばれた者が質問に答えてくれ」
三人の男は静かに頷いた。
「最初の質問に戻ろう。最初からターゲットにしていたのか?まだ仲間はいるのか?えーと、レイに聞こうかな?」
レイが答える「もう仲間はいない。いつもこの三人でつるんでいて、たまたま肩がぶつかり、示談金を取るつもりであんたを脅した。」と正直に話した。
「なるほど、では、教えてほしい。たまたま肩がぶつかった人に君達はいつも因縁をつけて今夜のようなことをしているのかい?」
三人の男は首をこれでもかと強く振って否定する。
「そうなのかい?随分と手慣れているようだったけど?まあいいや。次の質問。
僕をターゲットとして確定した理由は?因縁をつける前に随分と僕のことを見て分析しているようだったけど?どんなことを考えていた?レイ?」
「品が良さそうで、トラブルに慣れていないと思った。少し脅せば簡単に示談金を取れると思った・・・本当に悪かった。」
「そうか。つまり僕なら反撃もしてこないし、何をしても君達の思い通りになるような雑魚に見えたと?そういうことかな?レイ?」
レイはゆっくりと申し訳なさそうに頷いた。
「では、次の質問。後から来た二人。えーと、カールとトッド。たまたま肩がぶつかって僕はレイに散々謝ったし、君達を刺激しないように言葉を選んで話をしていた。それなのに後から来て、事情も知らない君達は休む間もなく暴言を吐き、どれだけ偉いのか知らないが、威圧的な態度を取ったね?それに関してはどういうことを考えていた?レイ同様に何もできない奴を痛めつけてやろうと思っていたのかい?カール?」
「いや、すまない。レイがあんたに難癖をつけていたから・・・いつもの癖で絡んでしまった・・・弱そうな奴だなと思ったから・・・」
「そうかい。ちょっと気になる発言があったけど、『いつもの癖でやってしまった』とたった今言ったけど、さっきレイは今夜のようなことはたまたまだと言っていたけど、早速矛盾しているね?レイが嘘をついたのかな?本当は今夜のようなことを繰り返していたのかな?カール?」
レイが呆れた顔をする
「いや・・・そうじゃなくて・・・何と言ったらいいか・・・俺達はずっと昔からの馴染みで、育ってきた環境が悪かった。だから、今夜のようなことじゃなくて、昔から悪いことをしてきたから・・・それを言いたかった。」
「ふーん。昔から悪いことをしてきたのか。じゃあ今でも悪事に手を染めている?まあ、今夜のことを考えれば君達が極悪人なのは間違いないか。さて、トッドも他の二人同様に、弱そうな奴だ。金目の物を楽勝で奪える。と思っていたと?トッド?」
「そうだ。本当に悪かった。こんなことになるなんて・・・自分の馬鹿さ加減を呪っているよ・・・許してくれ・・・」
「こんなことって・・・何だい?自分達が拘束されているこの状況を言っているのかい?君達は今、この状況になったから後悔しているのかい?何の抵抗もできないはずの男が反撃に出て、君達の方の状況が悪くなったから後悔するのかい?随分自分勝手だね?レイ?」
「いや、すまない・・・カールとトッドは本当に愚かで・・・君のことを考えられず、いまだに自分のことだけを考えている・・・だから馬鹿なことを言っている・・・」
「そうだね。考えて物事を判断することができないようだね。自分のことばかりを心配しているみたいだ。まあ、僕からしたらレイもそんなに変わらないけどね。」
レイの顔が絶望に歪む。
「ちょっと話をさせてくれないか?」とレイが言う
「どうぞ」と「彼」が答える。
「ありがとう。まず、君に改めて謝罪をしたい。本当にすまなかった。俺達は君を完全に弱い男で反撃などできないと判断して、君に最低なことをした。君の尊厳を踏みにじり、許されないことをした。許されないと分かってはいるが、謝罪をさせてほしい。心から謝る。すまなかった。」
拍手をする「彼」
「素晴らしいスピーチだったよ。レイ。君の言葉には嘘がなかった。君は本当に悔いているのが伝わったよ。」
「何より、君は許されないことが分かっている。しっかりそれが分かっているうえで謝罪をしている。素晴らしいよ。『それ』を理解している人間がどれだけいることか・・・」
「彼」はニッパとペンチを持ってレイに近づく
「レイ、君はどんな仕事をしている?」
レイが答える「データの入力、プログラマ・・・と言った方が良いかな?」
「そうか、なら、手の指は駄目だね?足の指を切り落とすことにするよ」
レイの目が見開かれる。
レイの顔から生気が失われる。
どんどん顔が白くなっているのが分かる。
「レイ。君は僕の心にしっかりと理解を示してくれた。そして、許されることはないと理解もしている。つまり、これから僕がすることを否定はできないはずだ。
そうだろ?君達は僕をサンドバッグのように扱った。僕がそれを同じようにするのを否定なんてできるはずがない。そうだろ?レイ?」
レイは完全に真っ白になった顔でゆっくりと諦めたかのように頷いた。
猿ぐつわを噛まされ、覚悟を決めたようなレイに「彼」はこれから行う残虐なこととは裏腹に慈愛に満ちた表情を浮かべた。
獣のうめき声が数分続いた。
しばらくして、ぐったりとしたレイを満足げに見つめながら「彼」は笑っていた。「彼」は切断面にアルコールをかけて消毒して包帯を巻いていく。
その光景を見ながらカールとトッドは絶望や怒り、諦めといった表情を浮かべていた。
「彼」は言う「カール、トッド。レイに酷いことをしている時に君達の表情を見ていたよ。君達の表情は絶望や怒り、諦めといった様々な表情をしていた。そうだね?その表情を見た時に僕がどう思ったか分かるかな?何故、彼らは怒りを感じているのか?それが気になった。その怒りは誰に対してのものかな?カール、トッド。答えてくれ。」
カールとトッドもかなり顔が生気を失くし、白くなっている。
しばらくの沈黙の後にカールが答えた「半々だ!!!古くからの馴染みの足の指が切られるのを見せられた!!!怒りもするだろ!!!」と荒い声を発した。
続けて「もう半分は自分に対してだ。あんたみたいな奴に手を出してしまった。あの時に戻れたらどんなにいいか・・・」少し涙ぐみながら答えた。
トッドも語り始めた「俺達の足の指も切るのか?頼む。やめてくれ。みんな家族や愛する人がいる。指が切られたのをなんて説明する?あんただってこんなことをしたのがバレたら、ただじゃすまないぞ!!!」
一気に話し終えるとしおらしくなり「なあ。頼むよ。カールには子供もいる。俺にも恋人がいる。近いうちに結婚するつもりだ。だから・・・やめてくれ。」
レイは本当に絶望した顔をした。この状況にではなく、カールとトッドの愚かさなのか二人の存在自体に絶望したのかと思えるほど、態度や表情に出ていた。
「彼」の表情には何の感情も浮かんでいなかった。
レイは「彼」の表情を見て直感的に思った。おそらく今の発言でカールとトッドのことを「彼」は人間として見ることをやめたのだと。とても同じ人間を見る目ではないことに気づいたのだ。
「彼」がカールとトッドに近づいていき呟いた「君達はレイと僕の会話を聞いていなかったのかい?彼は何と言っていた?彼の言葉に何の共感もしなかったのか?君達は僕の身体を突き飛ばし、顔を殴打した。僕は一瞬気を失ったよ。あの時に僕が死んでいてもおかしくなかったし、気を失っていると思っていたろうが、君達の会話も聞こえていたよ。車に乗せて『ここに』連れてくるつもりだっただろ?カーナビの登録地の一番上に『ここ』が登録されていたからね。『ここ』へはよく来ているようだね?何をするつもりだった?こんな人気のない所に連れてきて。僕の死体なんかもいくらでも隠せそうだね。そうなっても全くおかしくなかったね。今の話を聞いてどう思う?カール?トッド?」
レイはもうカールとトッドの返答を予想しているのか下を向いて動かない。
カールが口を開いた「あんたが言っていることも分かる。たしかに俺達はあんたを傷つけたし、酷いことをした。でも、実際にあんたは無事だ。俺達が気を失っている間に逃げることだってできた。俺達の車で好きなところで降りて、いつでも家に帰ることができたじゃないか。拘束された俺達を警察に通報することだってできた。なのに、こんなことをする必要がどこにある!!!俺達を今すぐ開放してくれ。家に帰してくれ。もうこんなことはやめてくれ!!!」
トッドも勢い余って話す「そうだ!!!あんたには心から同情するし、俺達のやったことが間違っていたことも認める。悪かった。許してくれ。もう家に帰りたい。明日から日常に戻りたい。あんたには二度と関わらないし、警察にも何も言わない。だから、頼む。もうやめて、家に帰してくれ。」トッドは泣いている
「彼」からは全く感情を感じない。
もう話すことなど何もないようだ。
カールとトッドはレイよりも悲惨だった。
足の指だけでなく、手の指も切られた。
結局、レイは足の指を1本
カールとトッドは手の指と足の指を1本ずつ失った。
一通りのことが終わると「彼」はレイの拘束だけを解いた。
カールとトッドの治療はレイが行った。
最低限の物を片付け終えた後、「彼」は車に乗り、どこかへ立ち去った。
「彼」は立ち去り際、レイにだけ聞こえるように言った。
「あれらと君は違う。君は二度と過ちを犯さないと信じているよ。」
2日後
三人の男は警察署にいた。
刑事達は三人の男に尋ねる。
「君達の手足の指の件について教えてくれ。誰にやられた?何があったのかを話してほしい。」
警察への通報は彼らがした訳ではなく、カールの妻が異変に気付き、カールが止めるのも構わず通報していた。
妻に通報されたカールはすぐに他の二人へ連絡した。
彼らはあの日に起こったことは忘れようという取り決めをしていた。
彼らの名前、住所、連絡先から勤務先まで「彼」は知っているのだ。
警察へ通報したことがバレたら次はどうなるかは考えなくても分かる。
彼らは手足の指が切られ、意識を失いそうな痛みに耐えながらも頭を回して、何か聞かれた時の口裏合わせを考えた。
まず、酒に酔ってクラブを出た。そこでマズイことだとは分かっていたが、車でいつものたまり場へ向かった。そこでもしこたま酒を飲み、賭けポーカーをやった。酔っぱらい過ぎて記憶も曖昧だが、度胸試しも兼ねて金ではなくお互いの指を賭けていた。気が付いたら朝で、自分達の手足の指を切っていた。警察へ通報するようなことじゃないし、家族へ何と説明したらいいものか分からず黙っていた。」こんな具合で口裏を合わせることにしていた。
レイは気が気では無かった。
自分はともかくカールとトッドの二人が上手く口裏を合わせられるかは絶望的だし、万が一ありのままを話したことで「彼」が警察から逃げてしまえばどんなことになるか分からない。
それに・・・
レイは「彼」に捕まってほしくはなかった。
少なくとも「彼」への怒りや憎しみはレイの中には無い。
事の発端は自分達のくだらない因縁から始まっているし、「彼」の言うことは正しかった。レイの中で自分の今までの考え方や生き方を見つめ直す良い転機となったというのが本音だ。
レイの口裏合わせの話を聞いた刑事は明らかに侮蔑と呆れの表情をしていた。
しばらくして、三人の男が一つ所に集められた。
おそらくそれぞれの聴取が終わったということだろう。
刑事が口を開いた。
「君達の話をそれぞれ聞いたが、三人とも同じ供述だった。正直、誰がこんな話を信じる?自分達で自分達の指を切った?馬鹿馬鹿しい。それに、君達の切断面を分析した結果から抵抗した跡があった。それだけじゃない。何かで拘束されていたような跡もある。なあ、何を恐れているのか分からないが、真実を話してくれ。この状況で事件性が無いなんて子供でも信じないぞ。」
刑事がもっともなことを言う。
こんな言い分を信じる人間がいるなんて思ってはいなかったが、
さすがに自分でも何てひどい内容だとレイは心の中で思った。
刑事が再度聞いてくる
「良いか。何かトラブルに巻き込まれていて、脅されているのか?ここは警察だ。何も恐れることはない。正直に真実を話してくれれば、我々は犯人をすぐにでも逮捕して君達の身柄の安全を約束できる。家族も含めてだ。口裏を合わせるのをやめて、協力してほしい。」
レイはどんな状況になっても彼のことを話す気はないが、カールとトッドは明らかに刑事の話に耳を傾け、動揺が見て取れる。
レイは思う。こいつらは本当に度し難い馬鹿だ。いつもは警察に対して悪口ばかり言って、警察に頼る奴はクズだとか自分で解決できない奴は男じゃないとか気の大きいことを言っておいて、いざとなったらこれか。
自分達が事の発端を作ったというのに・・・
そもそも正直にあの夜のことを話したら俺達三人だって逮捕されて刑務所行きは間違いない。彼は正当防衛が認められるだろうし、少なくとも裁判員からの同情も得られるだろうし、前科も無いだろう。
それに比べて俺達は前科があり、信用がないのだ。
誰が前科持ちの三人で一人の男を取り囲んで因縁をつけて金品を巻き上げる奴らを信用する?しかも彼を殴り倒してもいるのだ。どう考えてもこちらが悪い。
いや、そもそもの問題はそうではないとレイは思う。
自分達は人や社会を舐めすぎていた。
今回はたまたま彼に対して考えもなしに絡み、彼を弱い存在で反撃ができないサンドバッグだと決めつけた。これが彼ではなく自分達よりも体格が良くて悪そうな男だったら?ギャングやチンピラだったら?因縁なんか吹っ掛けなかったろうし、ぶつかった時にこちらが因縁をつけられて、自分達が彼の立場になっていたかもしれない。最悪、殺されていたかもしれない。
そう、簡単で当たり前なことを想像もできていなかったのだ。
刑事はカールとトッドの反応を見て、手ごたえを感じていた。
やはり事件性があるのだと。手足の指を切り落とす狂った犯人がいるのだと。
一気に刑事の目に力が入るのが分かった。
刑事はもう一押しだ。というように続けて言った。
「約束する。君達と家族の身の安全は警察が保証する。必ず犯人には報いを受けさせる。だから、協力してくれ。こんな狂ったことができる奴を野放しにはできない。」
レイは心の中で「ああ・・・」と諦めの声を呟いた。
カールとトッドは話してしまうだろう。
こいつらには目の前の刑事が天使にでも見えているかもしれない。いや、もしかしたら救いの神かも・・・
カールが震える唇を開いた。
「刑事さん。頼む・・・何もなかった・・・いや、俺達が馬鹿だった。それだけだ。指を自分で切った。狂っているのは俺達だ。賭けポーカーに飽き足らず自分達の指を切ったなんて・・・家族に何て説明したらいい?もう終わりだ。妻は俺を許さないだろう・・・理解ができないだろう・・・もう・・・終わりだ。」
トッドも青い顔をして言う
「俺も・・・同じだ・・・恋人に何て言えばいい?もう無理だ。どう言ったところで理解なんてされない。取り返しのつかないことをしてしまった・・・」
刑事の目から怒気が発せられる。
「君達・・・理解ができないのはこっちだ。このまま何も話さないなら君達を逮捕する。容疑は・・・そうだな・・・飲酒運転に暴力行為、たまり場としていたあそこも所有者がいるから不法侵入罪になるな。どうだ。馬鹿馬鹿しく思わないか?
誰が考えても君達を拉致監禁した奴がいて、君達に拷問まがいのことをした。
手足の指を切られて悔しくないのか?怒りが湧いてこないのか?」
早口でまくし立てる刑事。目が血走っている。
そんな刑事をよそに、レイは嬉しい気持ちだった。
カールが口を開いた時は全てを話してしまい、自分達の未来は閉ざされたと本気で思った。だが、カールもトッドも「彼」のことを話さなかった。あくまでも自分達が愚かな行為をしたのだと言った。レイはこの二人にもあの夜の「彼」と自分が言っていた言葉がようやく理解できたのだ。目を覚ましたのだ。悔い改めたのだと確信した。嬉しかった。自分だけでなく彼らも自分と同じ考えに至ってくれたことが、泣きたくなるほど嬉しかったのだ。ここからやり直せる。俺達はここからやり直せるのだ。今までの地位や人間関係は全て崩れてしまうだろう。それでも・・・
「彼」のおかげで自分達は気づくことができた。手足の指を失いはしたが、命はとられていない。いくらでもやり直せるチャンスがある。
罪に問われるだろう、刑務所にも行くだろう。それでも!同じ考えの三人でまたやり直せばいい。できる。やれる。もう二度と自分勝手に行動することはない。
俺達はまっとうな道をこれから進んでいける。俺達は二度と過ちは犯さない。
レイの心の中は希望で満ちていた。
刑事は血走らせた目で怒気のこもった声で言う。
「君達には前科がある。裁判員の印象も良くないだろう。確実に実刑判決が出る。分からないか?正直に真実を話して、君達がただの被害者であることを証言しろ。何を迷うことがある?」
それに、と刑事が続ける「現場近くのホームセンターでニッパやペンチ、アルコールなどを購入した男がいると確認できている。君達が脅されているのはこの男だろう?違うか?防犯カメラの映像が粗くて確認できないが君達とは違う男だ。どうだ?」と一枚の写真を見せてくる。
三人の男は同じ言葉を言う。
「知らない。会ったこともない。刑事さん。何も問題はない。家に帰してくれ。」
■1年半後
三人の男達はあのクラブにいた。
本来はこのクラブには二度と近づかない方がいいのだろうが、あえて彼らはこの場所を選んだ。
レイは一年前の夜をもう一度思い出していた。
忘れることはできないあの日。自分達がどれだけ愚かだったかを知れたあの日。
生まれ変わるきっかけとなったあの日。
この一年半でこれまで積み上げてきたものは全て崩れ去った。
もう自分達を待つ人はいない。
出所の際には誰も迎えてくれる人はいなかった。
そうなることは覚悟していた。
それだけのことをやってきたのだ。
いままで好き勝手に生きてきた報いを受けたのだ。
本当ならこの程度の報いで許されるものではなかったはずだ。
それぞれ出所の期間は違ったが、今はこうして同じ考えを持った三人が出会うことができた。それは何よりも強い絆だとレイは考えていた。
俺達ならやれる。ここから新しい人生が始まるのだ。
もう愚かな行為とは縁のない幸福な時を過ごすのだ。
酒も飲まずに予定通りクラブを出て、唯一残った財産ともいえる車に乗り込む。
また『ここ』に来られたか・・・
すでに封鎖されているのか、大分前の方から『あの場所』に向かう道の途中に規制線が張られていた。
おそらく所有者が張ったものだろう。
所有者にも悪いことをしてしまった。
車の中であの夜から今日までのことを語り合う。
やはり三人とも出所後には大変な思いをしていたことが分かった。
レイは泣きそうになった。これからのことを考えると目の前が暗くなり、言いようのない不安を感じる。
それでも、三人なら大丈夫だ。レイは自身を鼓舞した。
一瞬、レイは自分の耳を疑った。
明らかに理解できない言葉が耳に入ったのだ。
カールとトッドが自分に対して話しているが、何を言っているのかレイにはすぐに理解できなかった。
カールが言う
「レイ、聞いているのか?あの野郎を見つけ出して、ぶっ殺す。お前もそれをずっと考えていただろ?なあ、レイ?どうした?」
今度はトッドが話している。
レイはやはり何を言っているのかすぐに理解ができない。
「なあ?レイ?大丈夫か?刑務所で何かあったのか?ちくしょう!全部あの野郎のせいだ。俺達の手足の指を切りやがって。こんな指じゃまともな仕事も、まともな出会いもできないじゃないか!!!クソが!!!許さねえ!許せるわけがないよな?レイ!」
レイには二人の言葉が聞こえてはいた。聞こえてはいたが理解ができなかった。
こいつらは何を言っている?
俺の耳か脳みそがおかしくなっているのか?
全然話が理解できない。こいつらは人の言葉を話しているのか?
分からない。
こいつらは・・・
何を・・・
言っている?・・・
カールとトッドは変わらずレイに対して何かを話している。
レイはあの夜のことを思い出していた。
あの夜の「彼」の言葉を忘れてはいない。
「彼」は・・・
こう言っていた・・・
「あれらと君は違う。君は二度と過ちを犯さないと信じているよ。」
そうだ・・・
「彼」はそう言っていた・・・
「あれら」とはカールとトッドのことに間違いない。
「あれら」と自分は違う・・・
そうだ・・・
違う・・・
「彼」は自分にだけそう言った。
「彼」には「あれら」が人間には見えていなかった。
レイは我に帰った。
自分を見つめている二つの存在。
こちらに何かを言っているが、よく分からない。
まあ、分からなくて当然か。
レイはもう理解していた。彼らの言葉が自分に届くことはないと。
レイはもう一度頭の中で考えを巡らせた。
彼の言ったことは間違いなかった。こいつらは人間ではない。
こいつらには人間として当たり前に感じることのできる感性も考えるという頭もない。こいつらは今後も何一つ成長せず、自分勝手に生きていくだろう。
そして、いつかあの夜と同じことをして、今度こそ、その命を終えるだろう。
なんという愚かな生物だ。
醜く汚らわしい存在だ。
しかし・・・このままこいつらを生かしておけば、「彼」のようなまっとうに生きてきた人間に危害が及ぶ可能性がある。それは避けたいところだ。
こんな存在を許しておくことこそが間違いだろう。
そういえば、乗ってきた車に何か積んでいないかな?
スコップやバールのような物が望ましい。
こいつらは獣のようにタフだ。仕留めるのにはかなりの労力を必要とするだろう。
それでも構わない。それこそがあの夜「彼」と出会い。目を覚まさせてくれた「彼」への恩を少しでも返すことになるのなら・・・
レイは車から降りると、車のトランクを開けて中を物色する。
ニヤッと笑いが出た。
ちょうどいい、バールもあるし、シャベルもある。
それに・・・これは銃だ。
「あれら」は「彼」を見つけ出してこれらを使うつもりだったのか・・・
馬鹿どもが。
レイは「彼」の顔と言葉を思い出しながら呟く。
レイの表情はあの夜の「彼」と同じだった。
「大丈夫。君が言ったように、俺は・・・」
「俺は二度と過ちは犯さない」
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