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もう一つの、王都の日常

王都の歴史

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「それで。
 そもそも、閣下は何でそこまで行動できるのですか?
 いくら相手がそれほどの悪人だとしても、貴族家当主を斬るなんて。
 そもそもステッキに刃物を隠して王城に持ち込んだ時点で重罪ですよね。」

いくらプター伯爵らが罪を犯したからといって、それを一方的に断罪するのはおかしい。
それは貴族法廷の仕事だし、一方的に断罪できたのでは秩序は崩壊してしまう。
そして、いかなる理由があろうとも、王城内で貴族を斬ったフィールが大手を振って歩いていられることも。
スーに語った内容が全て嘘ならともかくとして。
ただプター伯爵らが王城内で死んだのは事実で、フィールの話はその状況と一切の矛盾が無い。

「コイツは歴史の話なのだが…ま、ここまで語ったのだから今更か。
 男爵。
 今から言うことは口外しない方がいい。
 聞くか?」

覚悟が無いのなら聞くな、と言外で。
そして、ここまで聞かされて何を今更というスーの表情を見て、ウイスキーを一口。

「この国には公爵が六家あるのは常識だが…それは正確じゃない。
 そもそも公爵家とは、建国王を補佐した六人の円卓騎士が起源なのは知っているな?」

「え…えぇ。」

王立学院の歴史でも学ぶが、この程度の内容は貴族なら誰でも知っている。
幼少期に虐げられたスーですら入学前には知っていた。

「それはいい。
 だが、その建国王の正室であるが、公爵に叙せられていないのはおかしいだろう?」

「え?
 初代王妃様はルファ公爵家の出身では…」

だからこそ六大公爵の中でも筆頭格と言われているのだが。

「養女だよ。
 出自は、王国が建国の際に討ち滅ぼした公国、それも大公最側近の将軍家だよ。」

「あの、そんなこと聞いたこと…」

「信じるか否かは求めんがね。
 ただ建国王が亡くなった後に内政を取り仕切った国母が敵国出身では、あまりにも問題だろう?
 王国を疎ましく思う連中が、王妃を担いでクーデターを起こすのは想像に難くないわな。」

それは当然だろう。
しかも王国の建国間もない頃といえば、公国側の人間も多くいたはずだ。
王国に反旗を翻す者の旗印には十分すぎる。

「じゃあ、伯爵閣下は…」

「その通り。
 建国王妃の出身家末裔だよ。
 かつて王国軍と最後まで戦った将軍家のな。」

言葉を失う。
それは本当なら、閣下ではなく殿下と呼ばれるべき王族だ。
それどころか、もしかすると陛下と呼ばれた可能性さえある。

フィールが言っていることが正しければ、ラルド伯爵家は非常に扱いに困る存在だろう。
王国が滅ぼした公国の将軍家由来となれば、王家の始祖に弓引いた子孫と言える。
本来であれば爵位など取り上げ貴族界から追放すべきだろう。
しかし、初代王妃の出身家ならば貴族界でも丁重に扱われるべきだ。
おまけに公国の人間からすると、王国と争う際には十分に旗印になり得る。

「ラルド伯爵家は建国王妃の正統な後継として、秘密裡にではあるが王家に認められている。
 だから、俺たちは王家ではなく忠誠を誓っている。
 正当な理由なく王国の民を苦しめるのであれば王族でさえ斬るし、それが許されている。」

「えぇ!?」

「為政者なら、その程度の覚悟は必要だろう。
 絶対の権力を持つ人間が暴走すれば、行きつく先は例外なく地獄だ。
 だったらストッパーは必要だろう。」

フィールは手元のカタナに目を落とす。
その言葉に偽りは無いだろう。
そういえば授業でフィール教官が言っていた。
公開されていないものの、王権を停止させられる手段が規定されていると。
おそらくはそれがラルド伯爵家という、物理的に抹消させる力だろう。

「そういう意味では公爵なんて肩書は邪魔だし、領地なんぞに縛られると身動きが取れん。
 全てを断罪できるなど自惚うぬぼれてはいないが、気づいた分くらいはどうにかするさ。
 今回みたいに国法の通り裁判にかけると別の面倒ごとが持ち上がる場合なんかは特にな。」

「正義の味方、みたいですね。」

「そこまで自惚れちゃいないさ。
 俺が怪物に堕ちた際は、自分自身を斬らなきゃならん。」




「でしたら。
 その役目は私が果たしましょう。」

さすがのフィールも、グラスを持った手が止まる。

「…俺は一年の大半を海で過ごしているが。」

「何とかします。」

「少なくとも男爵よりは強いが。」

「それも何とかします。
 剣で勝てないのなら毒殺でも何でも。
 こんな大役を独りでずっと抱えているのも寂しいじゃないですか。」

こうして会ったのも何かの縁だし、誘拐犯から助けてもらった恩義もある。
なら、せめてその最後くらいは看取ろうと思う。
さすがにフィールの剣技に対抗するならパティの助力が必要になると思うけど。

「お前さん、いい女だな。
 あと20…いや、せめて15くらい年上なら口説くんだがな。」

「残念です。
 でも私が船の上で役に立つとも思えませんので。」

「そうか?
 船団を組むと、様々な仕事があるぞ。」

スーから注がれた酒を口にしながらチーズに手を伸ばす。
前に要望されていたフレッシュチーズ、それも王室御用達だ。
セシアの店でフィッツ男爵の名前を出したら、自家消費用に隠し持っていた分を出してくれた。
今度セシアにはお菓子でも御馳走しようと思う。

「言わば船団が俺の領地だ。
 一般的な財務は当然だし、貿易の財務から国際法上の諸々もろもろまであるからな。
 下手すると一般的な伯爵家より多忙じゃないかな。
 海賊を追いかけまわして海の中に放り込むのは楽しいぞ。」

「いいんですか、それ?」

「金品を略奪して誘拐して強姦して殺害して、それを何とも思わない連中だからな。
 王国法では海賊は例外なく死罪だぞ。
 それも船の中から海賊行為の証拠が出た時点で、実行犯なのか運搬なのかに関わらずだ。」

厳しいようだが無理もない。
陸地に出る山賊や盗賊に襲われる馬車と比べると、一度に運べる量が多い船は被害も大きい。
しかも様々な物資を国内外とやりとりする以上、海路が遮断されると王国は干上がってしまう。
そのため海賊行為は国家反逆罪と同等として、余程の事情が無い限り基本的には死罪だ。

「ま、好き勝手に追いかけまわした挙句に帝国の軍港に近づきすぎて拿捕されかけたこともあるがな。」

「大丈夫…じゃないですよね、それ。
 外交問題どころか戦争になっても不思議じゃないですよ。」

「最終的に、非公式ではあるが王太子殿下が帝国に頭を下げた。
 まぁ俺も王国にはそれくらいの貸しはあるさ。」

とてつもなく破天荒。
だが暇とは無縁の、生きていると日々実感できる生活。

「とりあえず、食いっぱぐれたら訪ねてこい。
 男爵一人くらいの面倒なら見てやる。」
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