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吸血鬼たちの宴

夕食会1

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「では。
 改めて、スーが我の新たな従者となったことを歓迎し、乾杯。」

「乾杯。」

「…美味しいですね、このワイン。」

「まだアルコールに慣れておらぬじゃろうから、弱いものにした。
 共和国産じゃ。」

「華やかさを演出するために、料理も共和国南部をベースに王国風アレンジを加えました。」

「これ全部キャティさんが?」

「これ一人おれば飲み物と食べ物には困らぬよ。
 ちなみに食材はパティの担当じゃ。」

「少し歩いた森の中に畑がある。
 鶏を放し飼いにしているから卵も新鮮。
 あとは市場とか牧場からの仕入れ。」

「それにしても、改めて見ると不思議ですよね。
 主人と従者が一緒に食事するなんて。」

「不満か?」

「いえ、そういうわけでは。
 私自身はメイドと残り物を食べて育ちましたから。
 でも普通の貴族は違和感あると思います。」

「スーが初めて来た時は客人として対応したから、まぁそれなりに格式も要したがの。
 普段は皆でテーブルを囲んだ方が楽しかろう。
 料理を適時提供する王国スタイルならサーブする人間が必要じゃがの。」

「お嬢様は最初に料理を並べる共和国スタイルを好まれます。
 複数の皿が相乗効果で見た目の華やかさを演出しますから。
 もちろん飲み物は私たちがお注ぎしますが。」

「料理を楽しみながらだと会話も弾むからの。
 それに、一つのことに対し様々な意見を聞くのは有益じゃ。
 そうだの…例えばスーよ。
 ”王宮の人間を皆殺しにせよ”と命じられれば、いかがする?」

「えぇ!?
 そりゃ、止めますよ!」

「じゃろうな。
 キャティ?」

「まず、お嬢様がそれを望まれる理由をお伺い致します。
 場合により、皆殺しするよりも効率の良い方法を提案できるかもしれません。
 またデメリットとの比較も重要でしょう。」

「うむ。
 パティは…まぁ何となく分かるが。」

「お嬢様が命じるのですから、猟犬はただそうするだけです。
 考えるのはキャティに任せます。」

「もう…お嬢様の猟犬なら知性も必要でしょう。
 まぁそれがあなたの長所なのかもしれないけれど。」

「と、この様に三者三葉じゃ。
 スーは貴族じゃ、その違和感を大切にするが良いよ。
 さて、目出度くスーも吸血鬼の従者となったわけじゃが、どうじゃ?」

「どうと言われても…正直あまり実感ないです。」

「先日、などという芸当をやらかしておいてか?」

「元々のイメージとかけ離れている、というか…」

「美女の血を求めて夜の街を襲い、手下を引き連れ人間を滅ぼす勢いで進軍すると?
 それは一体どこの魔王じゃ。
 出来んこともないが、それで我にメリットは無いの。」

「出来るのですか…」

「その気になれば食事用のフォークで人も殺せるであろ。
 物語では咬まれた人間はグールとかいう手下になるそうじゃが、まぁ『魅了』を使えば出来なくもない。
 が、出来るのと行うのは別じゃ。
 それで、そんなスーは吸血鬼らしい自覚は無いか。」

「血を飲みたくて仕方ないとかいう感情はありませんけど。」

「水分や栄養と違い、どちらかというと嗜好に近いかの。
 パティがそなたの血を気に入っているが、言い換えると、飲まねば死ぬわけでもない。
 あと既に知っているじゃろうが、血を吸えば相手の記憶も吸うことになる。
 その生きざまが血の味を決めると考えてよかろう。」

「スーの両親はだった。」

「私の血って、そんなに美味しい?」

「別にピュアバージンだから美味しいわけではありません。
 極論、生まれたばかりの赤子なんて無味無臭です。
 どういう人生を送り、どういう記憶を持ち、どういう信念を抱くかで味が決まります。
 ワインの熟成と似た部分があるかもしれません。」

「そなたの吸った男、そう、ボガドであったか。
 吸ったからこそ正体を知ったのであろう。
 催眠や暗示で尋問拷問は回避できたとしても、血は隠すこと叶わぬ。
 それを知る者こそが、じゃ。」

「審問官や取り調べ部署の人間が軒並み失業しそうですね。」

「王宮に仕えて、犯罪者の血を飲み続ける暮らしに憧れるのであれば、の。
 …主は、あやつに惚れておったのか?」

「どうでしょう…
 おそらく、私の、一つの未来の姿に合う形をしたピースだったのかもしれません。
 だから、彼みたいな人に憧れはあったかもしれませんが…」

「言い換えれば、あやつボガドで無くてもよかった…か。」

「恋人…いえ、兄のような存在を願っていたのかもしれません。
 私の家族は、そう…最悪に近かったので。」
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