上 下
1 / 21
プロローグ:天界

また不遇職ですね。

しおりを挟む
「どうも、梅先生。」

「あら。」

その魂と天使は、もう顔なじみだった。
ちなみに梅先生というのは天使の本名ではない、梅の髪飾りに魂が付けた呼び名だ。
ついでに言うと、先生などという肩書で呼ばれているが、腕章には大きく”見習い”と書かれている。

「どうでした、転生先は?」

「バッチリ役目を果たしてきましたよ。
 生きたままオーガに食われてきました。」

朗らかに笑う魂に、さすがの天使も苦笑する。

「いつも不遇職ばかりですね。」

「そうは言っても、誰かがしないといけない役ですからね。
 今回のは、幼馴染が目の前でオーガに食われたのを切っ掛けに勇者が目覚めるんですから。
 それに、そのオーガも勇者に斬られたから、お互い様ですわ。」

魂の生前の行いを書類でざっと確認すると、決済判をバンと押す。

「はい、転生許可!」

「ありがとうございます。
 それじゃ早速ですが、何かいい転生先はありますか?」

生を終えた魂が導かれてくる天界の審問部、その片隅。
天使数人で構成される一般法廷と違い、見習いの腕章持ちの天使が一人。
勇者や国王と違い、生まれて数年でオーガに食われた村人など審査するべき項目も無い。
そういった魂は書類上の処理だけで完結してしまう。
そして魂の多くは、再び様々な世界へと転生し物語を紡ぎ出す。

「梅先生、貴族令嬢が出ているじゃないですか。
 久しぶりにコレ行ってみましょうか。」

分厚いファイルを見ていた魂から示されたページを覗き込む。

「貴族令嬢といっても、悪役令嬢の取り巻き役ですよ。
 おまけにヒロインと恋仲になる王子に断罪されて没落という込み。
 また不遇職ですね。」

「ゴブリンに惨殺されたりオーガに食われるのも飽きましたよ。
 ま、悪役もいなきゃ物語は成り立たないですし。」

こういう転生は、なかなか枠が埋まらない。
なので普通は「この前は勇者だったから」と、厚遇職の経験者が渋々なるものだ。
場合によっては「ここで不遇職をやっておくと、次の厚遇職の選抜時に有利だよ」と泣き落としリクルートしたりもする。
この魂のように進んで不遇職を買って出てくれるのは、天使としてもありがたい。

「ところで梅先生。
 審問部の混乱は収まったんですか?」

「ん~、そろそろ通常体制に移行できるかなぁ。
 天使は多くても、審査や転生の許可は特別の資格が必要だからね。
 私も簡易審査しか出来ないから、お姉さま方のお手伝いは出来ないし。」

天使の脳裏にピーク時の修羅場が浮かぶ。
世界が吹き飛んだせいで、そこで生きていた魂60億が殺到して転生システムが破綻。
生前に悪逆非道を行った魂などは分別無しに数万単位で地獄へ送り込み、抗議に来た獄卒をそのまま雑務処理に徴発。
最終的に、至高神様の詫び状と支援要請文書を持って数柱の神が閻魔大王様の元へ走ったと聞いている。

「もう審判待ちの魂も1億を切ったし、獄卒の人たちも地獄へ帰ったしね。
 …はい、書類完成!
 これで問題なければ、いつものように同意欄へ署名してね。」

天使が差し出した書類を一読すると、下部にサインを行う。
その下に天使がサインして、最後に決済判を押す。

「じゃあ、行ってきます。」

「頑張ってね。」

スゥッと消える魂に笑顔で手を振り見送ると、手元のほうじ茶をすする。

(…それにしても、このエラー文って何なんだろ。
 まぁ普通に転生できているから問題ないよね。)

見たこともない文なので意味が分からないが、審問部のお姉さまは未だ繁忙の極みにある。
とりあえず後回しにすると、天使は次の魂を呼び寄せた。




世の常なのだが、こういう後回しは、だいたい存在自体を忘れてしまうものだ。
しおりを挟む

処理中です...