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作戦決行
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「先生」
久保田が振り向くと、そこに梨夢が立っていた。
「有原、具合はどうだ?大丈夫か?」
「はい。俺お腹弱くて、ちょっと冷えちゃったみたいです」
梨夢がにっこりと微笑み、小首を傾げる。
「そうか。もう大丈夫ならよかったな」
「はい。お腹痛いなんて、ちょっと恥ずかしいですけど」
そう言って、梨夢が恥ずかしそうにはにかみながら上目遣いで久保田を見つめた。
久保田の頬が、だらしなく緩む。
「いや、体質ならしょうがないよ」
「俺、先生にちょっとお願いがあるんですけど」
「お願い?」
「はい。俺、プールの更衣室に財布忘れてきちゃったみたいで・・・取りに行ったんですけど、更衣室に鍵がかかってて」
「ああ、なるほど。ちょっと待ってろ、鍵を取ってくる」
「はい」
久保田が職員室に入っていくと、梨夢はくるりと振り返り、廊下の曲がり角に隠れていた俺と慎に向かって小さくピースをした。
こっちは気が気じゃない。
「廉ちゃん、これほんとにうまくいく?」
「さあな・・・あとは周がうまくやれば・・・」
周は、先にプールの方へ行っているはずだった。
プールの更衣室につき、久保田が扉に鍵を差して開ける。
中はアルミ製の棚が所狭し置かれていて、窓はなく壁際には水泳部員用のロッカーが並んでいた。
「どこに置いたっけ・・・・」
梨夢が奥の方へ進む。
久保田は扉の所でその様子を見ていた。
「おかしいな・・・・」
「どうした?」
「いえ、この辺の棚に置いたと思ったんですけど、見当たらなくて・・・・」
「誰かが気付いて持って行ったんじゃないか?」
「でも、そしたら俺に言いますよね?誰もそんなこと言ってなかったし・・・」
「・・・俺も一緒に探すよ」
久保田が、梨夢のいる方へ歩いていく。
「ありがとうございます。確かこの辺だと・・・・あ」
久保田が梨夢の近くに行くと、梨夢が何かに気づいたように身をかがめる。
「ありました。棚の下に落ちてたみたいです」
そう言って、梨夢が財布を手に立ち上がる。
久保田は梨夢のすぐそばに立っていた。
その距離、20㎝ほど。
「ありがとうございます、先生」
梨夢がにっこりと笑う。
「いや、見つかってよかったな」
そう言う久保田を、梨夢がじっと見つめた。
「・・・・先生」
「ん?」
「・・・・俺、知ってるんです」
「何をだ?」
「先生・・・今日、プールにいた俺のこと、スマホで撮影してたでしょ?」
久保田が、ぎくりと肩を震わせた。
「な、何言ってるんだ?そんなこと・・・」
「あとね、いつも準備運動の時俺のそば通って、さりげなく俺の腰とか触っていくでしょ?」
「そ、そんなことは・・・!」
「気づいてるよ、俺。先生・・・・・俺のこと、好き?」
「―――!!お、俺は・・・・」
久保田の息遣いが荒くなる。
梨夢は少し笑みを浮かべながら、久保田を見つめ続けていた。
「ねえ、先生。俺のこと、好き?」
「あ、有原!俺は・・・!」
久保田が、梨夢の肩を両手で掴んだ瞬間―――
『カシャッ』
いつの間にか、扉の所に立っていた周が梨夢と久保田にスマホを向けていた。
「な・・・・なんでお前が!」
久保田が慌てて梨夢から手を放す。
「周、ちゃんと撮れた?」
梨夢の言葉に久保田がぎょっとする。
「ばっちり。先生、これ他の先生に見せたらどうなるかな?」
周がにやりと笑う。
「ふ、ふざけるな!教師を脅迫するつもりか!?今のは、有原の方から―――」
「え~、俺のせいにするの?俺のこと盗撮してたのに」
「何を―――!」
久保田が梨夢の方へ向いた瞬間、梨夢がスマホを久保田の方へ向けた。
「―――おい!?」
「はい、顔認証成功」
梨夢が手に持っていたのは久保田のスマホだ。
久保田が周の方へ向いている間に、梨夢が久保田のポケットから抜き取ったのだ。
「おい、返せ!」
久保田が梨夢の手からスマホを取り返そうとしたが―――
「はーい、ストップ」
そう言って久保田と梨夢の間に割って入ったのは慎だった。
「梨夢、あったか?」
俺は梨夢の手元をのぞき込む。
「ん。これだよ、廉くん」
そのスマホを見ると、プールではしゃいでる渋木と梨夢が映っていた。
「これは、先週のやつだ」
そう言って梨夢がタップすると、また違う動画が出てきた。
プールから上がり、濡れた頭を振る梨夢が映っている。
「・・・・たくさんあるの?」
自然と俺の声は低くなる。
「うん。動画だけじゃないね。これは教室で着替えてる写真。これも、これも・・・もちろん全部隠し撮り」
梨夢が淡々と答える。
スマホには数えきれないほどの梨夢の画像や動画が保存されていた。
久保田の顔は真っ蒼だ。
周と慎、もちろん俺も久保田を睨みつけた。
「・・・・先生、こんなことしてただで済むと思ってますか?」
「た・・・・頼む、もう二度としないと約束するから、どうかこの件は内密に―――」
さっきまでの強気な姿勢はどこへやら、久保田はすっかり怖気づいていた。
「ふざけんなよ!梨夢くんに触るとか盗撮とか、許されるわけないだろ!?」
周がその声を荒げた。
「ほんの出来心だったんだ!か、かわいくて、つい―――」
「ついじゃないでしょ、この量は」
慎も呆れたように言いながら、久保田が逃げ出さないようにその服をしっかり掴んでいた。
「梨夢、どうする?」
俺は、さっきから久保田のスマホを何やらいじっている梨夢の方を見た。
「ん・・・・撮ったのがあれだけだったら削除しておしまいにしようかと思ってたけど・・・さすがにこれはアウト。これには俺のやつしかないけど、これから他の子が被害受けるかもしれない。から、校長先生に引き渡す」
梨夢の言葉に久保田がぎょっとする。
「あ、有原!頼む、それだけは!俺には妻も子供も―――」
「妻も子供もいるのに、こんなことする方が問題だろうが」
突然更衣室の入口の方で声がして、俺たちは全員そちらの方を向いた。
そこに立っていたのは、高校の制服を着て腕を組んで仁王立ちする護くんだった。
「護くん、早かったね」
もちろん連絡したのは俺。
父親が海外出張で不在の今、俺たちの保護者代わりとなるのは護くんだ。
「ホームルーム抜けてきた。梨夢、大丈夫か?」
護くんの言葉に梨夢がにっこりと笑う。
「うん。来てくれてありがと。―――あ、先生、この動画とか慌てて削除しても無駄だから。このスマホから俺のスマホに全部データ送ったよ。先生のスマホからってちゃんとわかるからね」
かわいらしく首を傾げ、ウィンクしてみせる梨夢。
久保田の顔色はもう蒼白どころではなく―――
「じゃ、行こうか、先生」
慎が久保田の腕を引っ張った。
「ど、どこへ―――」
「校長先生の所に決まってんじゃん。それとも直接警察に行く?」
慎の言葉に、久保田がぶんぶんと首を横に振る。
「なあ、頼む、俺には家庭が―――」
「だから、校長先生の所に行くんでしょ?」
梨夢が冷静に言いながら、冷たい視線を久保田に向けた。
「これから先生をどうするかは学校に任せるから。何か罰があるのか何もなかったことにするかは学校次第。本当なら警察に突き出すところなんだから感謝して」
いつもの梨夢からは想像できないほどその声は低く、怒りを抑えているのがわかった。
「先生の家庭がどうなるかなんて、知らない。家族に同情はするけど―――でも、それは俺らのせいじゃなくて先生の責任だから。大人なんだからちゃんと責任取って」
そう言って、梨夢は久保田のスマホを俺に渡した。
「廉くん、お願い。校長先生に見せたら、これ全部削除させてね」
そう言うと、梨夢は更衣室から出て行った。
「・・・・周、梨夢を頼む。廉くん、慎、校長室にこいつ連れて行こう」
護くんがそう言うと、周はすぐに梨夢の後を追って更衣室を出て行った。
その後、俺たちは梨夢の言う通り久保田を校長室へ連れて行き、スマホに保存されている動画などを見せた後、そのデータをすべてこちらでも保存していることを伝えた上で目の前で削除させ、校長に託してきたのだった。
俺らとしては警察に突き出してやりたかったけど、梨夢がそれで辛い思いをするのは避けたかった。
久保田が本当に反省して、今後改めるのならそれで納得するしかない。
それよりも、今は梨夢のことが心配だった。
更衣室から出て行った時の梨夢は、冷静に見えてとても動揺していたように思えた。
泣いたり取り乱したりしなかったことが余計に気にかかった。
梨夢は、とても繊細なんだ・・・・・
久保田が振り向くと、そこに梨夢が立っていた。
「有原、具合はどうだ?大丈夫か?」
「はい。俺お腹弱くて、ちょっと冷えちゃったみたいです」
梨夢がにっこりと微笑み、小首を傾げる。
「そうか。もう大丈夫ならよかったな」
「はい。お腹痛いなんて、ちょっと恥ずかしいですけど」
そう言って、梨夢が恥ずかしそうにはにかみながら上目遣いで久保田を見つめた。
久保田の頬が、だらしなく緩む。
「いや、体質ならしょうがないよ」
「俺、先生にちょっとお願いがあるんですけど」
「お願い?」
「はい。俺、プールの更衣室に財布忘れてきちゃったみたいで・・・取りに行ったんですけど、更衣室に鍵がかかってて」
「ああ、なるほど。ちょっと待ってろ、鍵を取ってくる」
「はい」
久保田が職員室に入っていくと、梨夢はくるりと振り返り、廊下の曲がり角に隠れていた俺と慎に向かって小さくピースをした。
こっちは気が気じゃない。
「廉ちゃん、これほんとにうまくいく?」
「さあな・・・あとは周がうまくやれば・・・」
周は、先にプールの方へ行っているはずだった。
プールの更衣室につき、久保田が扉に鍵を差して開ける。
中はアルミ製の棚が所狭し置かれていて、窓はなく壁際には水泳部員用のロッカーが並んでいた。
「どこに置いたっけ・・・・」
梨夢が奥の方へ進む。
久保田は扉の所でその様子を見ていた。
「おかしいな・・・・」
「どうした?」
「いえ、この辺の棚に置いたと思ったんですけど、見当たらなくて・・・・」
「誰かが気付いて持って行ったんじゃないか?」
「でも、そしたら俺に言いますよね?誰もそんなこと言ってなかったし・・・」
「・・・俺も一緒に探すよ」
久保田が、梨夢のいる方へ歩いていく。
「ありがとうございます。確かこの辺だと・・・・あ」
久保田が梨夢の近くに行くと、梨夢が何かに気づいたように身をかがめる。
「ありました。棚の下に落ちてたみたいです」
そう言って、梨夢が財布を手に立ち上がる。
久保田は梨夢のすぐそばに立っていた。
その距離、20㎝ほど。
「ありがとうございます、先生」
梨夢がにっこりと笑う。
「いや、見つかってよかったな」
そう言う久保田を、梨夢がじっと見つめた。
「・・・・先生」
「ん?」
「・・・・俺、知ってるんです」
「何をだ?」
「先生・・・今日、プールにいた俺のこと、スマホで撮影してたでしょ?」
久保田が、ぎくりと肩を震わせた。
「な、何言ってるんだ?そんなこと・・・」
「あとね、いつも準備運動の時俺のそば通って、さりげなく俺の腰とか触っていくでしょ?」
「そ、そんなことは・・・!」
「気づいてるよ、俺。先生・・・・・俺のこと、好き?」
「―――!!お、俺は・・・・」
久保田の息遣いが荒くなる。
梨夢は少し笑みを浮かべながら、久保田を見つめ続けていた。
「ねえ、先生。俺のこと、好き?」
「あ、有原!俺は・・・!」
久保田が、梨夢の肩を両手で掴んだ瞬間―――
『カシャッ』
いつの間にか、扉の所に立っていた周が梨夢と久保田にスマホを向けていた。
「な・・・・なんでお前が!」
久保田が慌てて梨夢から手を放す。
「周、ちゃんと撮れた?」
梨夢の言葉に久保田がぎょっとする。
「ばっちり。先生、これ他の先生に見せたらどうなるかな?」
周がにやりと笑う。
「ふ、ふざけるな!教師を脅迫するつもりか!?今のは、有原の方から―――」
「え~、俺のせいにするの?俺のこと盗撮してたのに」
「何を―――!」
久保田が梨夢の方へ向いた瞬間、梨夢がスマホを久保田の方へ向けた。
「―――おい!?」
「はい、顔認証成功」
梨夢が手に持っていたのは久保田のスマホだ。
久保田が周の方へ向いている間に、梨夢が久保田のポケットから抜き取ったのだ。
「おい、返せ!」
久保田が梨夢の手からスマホを取り返そうとしたが―――
「はーい、ストップ」
そう言って久保田と梨夢の間に割って入ったのは慎だった。
「梨夢、あったか?」
俺は梨夢の手元をのぞき込む。
「ん。これだよ、廉くん」
そのスマホを見ると、プールではしゃいでる渋木と梨夢が映っていた。
「これは、先週のやつだ」
そう言って梨夢がタップすると、また違う動画が出てきた。
プールから上がり、濡れた頭を振る梨夢が映っている。
「・・・・たくさんあるの?」
自然と俺の声は低くなる。
「うん。動画だけじゃないね。これは教室で着替えてる写真。これも、これも・・・もちろん全部隠し撮り」
梨夢が淡々と答える。
スマホには数えきれないほどの梨夢の画像や動画が保存されていた。
久保田の顔は真っ蒼だ。
周と慎、もちろん俺も久保田を睨みつけた。
「・・・・先生、こんなことしてただで済むと思ってますか?」
「た・・・・頼む、もう二度としないと約束するから、どうかこの件は内密に―――」
さっきまでの強気な姿勢はどこへやら、久保田はすっかり怖気づいていた。
「ふざけんなよ!梨夢くんに触るとか盗撮とか、許されるわけないだろ!?」
周がその声を荒げた。
「ほんの出来心だったんだ!か、かわいくて、つい―――」
「ついじゃないでしょ、この量は」
慎も呆れたように言いながら、久保田が逃げ出さないようにその服をしっかり掴んでいた。
「梨夢、どうする?」
俺は、さっきから久保田のスマホを何やらいじっている梨夢の方を見た。
「ん・・・・撮ったのがあれだけだったら削除しておしまいにしようかと思ってたけど・・・さすがにこれはアウト。これには俺のやつしかないけど、これから他の子が被害受けるかもしれない。から、校長先生に引き渡す」
梨夢の言葉に久保田がぎょっとする。
「あ、有原!頼む、それだけは!俺には妻も子供も―――」
「妻も子供もいるのに、こんなことする方が問題だろうが」
突然更衣室の入口の方で声がして、俺たちは全員そちらの方を向いた。
そこに立っていたのは、高校の制服を着て腕を組んで仁王立ちする護くんだった。
「護くん、早かったね」
もちろん連絡したのは俺。
父親が海外出張で不在の今、俺たちの保護者代わりとなるのは護くんだ。
「ホームルーム抜けてきた。梨夢、大丈夫か?」
護くんの言葉に梨夢がにっこりと笑う。
「うん。来てくれてありがと。―――あ、先生、この動画とか慌てて削除しても無駄だから。このスマホから俺のスマホに全部データ送ったよ。先生のスマホからってちゃんとわかるからね」
かわいらしく首を傾げ、ウィンクしてみせる梨夢。
久保田の顔色はもう蒼白どころではなく―――
「じゃ、行こうか、先生」
慎が久保田の腕を引っ張った。
「ど、どこへ―――」
「校長先生の所に決まってんじゃん。それとも直接警察に行く?」
慎の言葉に、久保田がぶんぶんと首を横に振る。
「なあ、頼む、俺には家庭が―――」
「だから、校長先生の所に行くんでしょ?」
梨夢が冷静に言いながら、冷たい視線を久保田に向けた。
「これから先生をどうするかは学校に任せるから。何か罰があるのか何もなかったことにするかは学校次第。本当なら警察に突き出すところなんだから感謝して」
いつもの梨夢からは想像できないほどその声は低く、怒りを抑えているのがわかった。
「先生の家庭がどうなるかなんて、知らない。家族に同情はするけど―――でも、それは俺らのせいじゃなくて先生の責任だから。大人なんだからちゃんと責任取って」
そう言って、梨夢は久保田のスマホを俺に渡した。
「廉くん、お願い。校長先生に見せたら、これ全部削除させてね」
そう言うと、梨夢は更衣室から出て行った。
「・・・・周、梨夢を頼む。廉くん、慎、校長室にこいつ連れて行こう」
護くんがそう言うと、周はすぐに梨夢の後を追って更衣室を出て行った。
その後、俺たちは梨夢の言う通り久保田を校長室へ連れて行き、スマホに保存されている動画などを見せた後、そのデータをすべてこちらでも保存していることを伝えた上で目の前で削除させ、校長に託してきたのだった。
俺らとしては警察に突き出してやりたかったけど、梨夢がそれで辛い思いをするのは避けたかった。
久保田が本当に反省して、今後改めるのならそれで納得するしかない。
それよりも、今は梨夢のことが心配だった。
更衣室から出て行った時の梨夢は、冷静に見えてとても動揺していたように思えた。
泣いたり取り乱したりしなかったことが余計に気にかかった。
梨夢は、とても繊細なんだ・・・・・
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