黒猫上司

まつも☆きらら

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第10話

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ソファーに俺と並んで座る悦。
向い側の1人掛けのソファーに礼司さん。
悦の元彼、白石礼司。
あ、でも礼司さんは別れたつもりないらしいから、元彼っていうのもおかしいか?

「・・・・何でお前ら、そんなにくっついてすわんの」

礼司さんが顔を顰める。
俺は隣に座る悦をちらりと見た。
たしかに。
悦は俺に寄り添うように、ぴったりと腕を密着させて座っていた。

「だって・・・・・礼くん怖いんだもん」
「お前な・・・・」

礼司さんの眉間にしわが寄る。

「怖い顔、してるもん」
「お前がそういうことするからだろうが。前から言おうと思ってたけど・・・・そうやって誰かれ構わずくっつくのやめろよ」
「誰かれ構わずじゃないもん。彰だからだもん」
「だから、お前のそういうとこが・・・」

言いながら、礼司さんが頭を抱えがっくりと肩を落とす。
あー、なんか、今ちょっとだけ礼司さんの気持ちがわかる。
悦のこういう甘えてくるとこが可愛いって思うけど、自分にだけじゃないってわかるとがっかりっていうか・・・
悦が無自覚にそういうことするから余計に気持ちは複雑で。
まぁ、俺は悦に惚れてるわけじゃないけど、それでもそう思うんだから・・・

「・・・あの目黒にも、そうやって甘えてるんだ?」

礼司さんが再び顔を上げ、悦を真剣に見つめた。
俺のシャツの袖を掴んでいた悦の手に、微かに力が入った気がした。

「あいつと・・・・付き合ってるのか?」
「・・・・・」
「悦。俺は、お前と真剣に付き合ってきたつもりだ。結婚はできなくても、ずっとお前と一緒に―――」
「でも、礼くんは奥さんのところへ帰っちゃうでしょ?」
「それは―――!」
「どんなに好きでも・・・・・どんなに待ってても・・・・礼くんが帰るのは、奥さんの待ってる家で・・・・俺のとこじゃないじゃん」

悦の瞳から、大粒の涙が零れた。

「悦・・・・俺は、お前を愛してるんだ・・・・」

礼司さんの絞り出すような声に、悦は俯き首を振った。

「やめてよ・・・・もう決めたんだ。礼くんとは・・・別れるって」
「勝手に・・・・勝手に決めんなよ!」

礼司さんが突然立ち上がり、間にあるテーブル越しに悦の腕を掴んだ。

「俺は、お前と別れる気なんか―――!」
「礼く・・・・離して・・・・!」

そのまま悦の腕を引っ張ろうとした礼司さん。

「はい、そこまで」

俺はそんな礼司さんの手を掴み、2人の間に立った。

「・・・彰」
「ダメだよ、礼司さん。力づくで欲しいものは手に入らない」
「!!」

礼司さんは険しい表情で腕を振り払った。

「・・・悦も。自分の気持ちにけじめをつけたいなら・・・正直にその気持ちを話さないと」
「・・・・・」
「俺に言ってくれたじゃん。本当に礼くんが好きだったって。だからこそ―――傍にいるのが辛くなったって」
「悦・・・・・」
「・・・・ごめんなさい、礼くん。もう・・・・礼くんの傍にはいられない」
「悦・・・・もし俺が・・・・俺が妻とは別れるって言ったら・・・・?」

礼司さんの言葉に悦の顔が悲しげに歪む。

「無理だよ・・・・そんなこと、できないくせに・・・・」
「でもそうしたら、俺とは別れない?その・・・・目黒とはもう会わないでくれるか?」

悦が、きゅっと唇を噛んだ。

「礼くん・・・・俺、礼くんを忘れるためにメグと付き合ってるわけじゃないよ」
「・・・・好きなのか?本気で」
「・・・・好きだよ」

しばらくの間、沈黙が流れた。
じっと悦を見つめる礼司さん。
悦は俯いたままじっと動かない。

「―――もう、俺とやり直す気は・・・・ないんだな」
「・・・・・・・・うん」




「悦、大丈夫?」

礼司さんのマンションを出て駅に向かう途中。
真っ青な顔をしていた悦が一瞬よろけた。

「だいじょぶ・・・ごめん、彰・・・・」
「俺はいいけど・・・・。なぁ、タクシー捕まえよう。家まで送るから」
「ん・・・・」

大通りへ出てタクシーを捕まえ、後部座席に並んで乗り込む。
ぐったりと座席にもたれ目を瞑る悦は辛そうで、思わずその肩を叩いた。

「悦、大丈夫?」
「ん・・・・平気。彰、遅くまでありがとうね」
「んにゃ。俺で役に立てるなら何でもするけどさ。でも、あれでよかったのか?悦、本当はまだ・・・・」
「彰」
「・・・・・」
「メグの家に、行きたい・・・・」
「・・・・わかった」

運転手に行き先を伝える。


―――本当は、まだ礼司さんのことが好きなんじゃないのか?





「え・・・・何事?なんで河野さんと―――」
「メグ」

メグが玄関の扉を開けた瞬間、悦がメグの胸に飛びこみ、抱きついた。

「え・・・・悦くん?どうしたの?」

戸惑いながらも悦の背中に腕を回すメグ。
俺は軽く溜息をつくとメグの腕を軽く叩いた。

「じゃ、あとは頼んだ」
「頼んだって・・・・河野さん?なにがあったの?」
「明日話す。今日はもう疲れたし」
「ええ?」
「悦、また明日ね」
「ん。ありがと、彰」
「ゆっくり休みな」



メグが好きって気持ちも、きっと本当なんだろう。
だけど結婚していても別れられないほど好きだった人を、そう簡単に忘れられるわけはない。
今悦は、きっと必死に自分と戦ってる。
流されないように。
真剣に、メグと向き合えるように。
俺は、そんな悦の背中を支えてあげることしかできないけど・・・・・。




「・・・悦くん?いつまでこうしてればいい?」

玄関で悦くんに抱きつかれ、ぴったりとくっつく悦くんを支えながらもう10分は経っただろうか。

「ふふ・・・・メグ、やわらくて気持ちイイ」
「・・・・若干重いんだけど」
「ふは、なんだよぉ、いいじゃん、甘えさせてよぉ」
「・・・・いいけど」

ぎゅうっと抱きつき俺に甘えてくれる悦くんはとってもかわいいけどさ。
でもやっぱり、気になるじゃない。

「河野さんと、何してたの?」
「んー?」
「今までどこにいたの?」
「んー?」
「会社終わってから、ずっと一緒だったの?」
「ん」
「・・・・なんで?」
「・・・・・・・」

俺は溜息をついた。
時間はすでに夜中の0時近く。
そんな時間まで河野さんと一緒にいたっていうのが、衝撃なんだけど。
だってなんにも聞いてないし。
2人で、俺の知らない間に何してたんだか、気になってしょうがない。

「・・・メグ」
「ん?」
「メグぅ」
「なに?」
「・・・好きだよ」

うわぁ、悦くんずるいよ。
そんなこと言われたらもう、河野さんのことなんてどうでもよくなっちゃうじゃん。

「・・・俺も、好きだよ」
「ちゅーしたい」
「・・・俺は、ちゅー以上のこともしたくなっちゃうけど」
「ふ・・・いいよ」
「いいの?明日仕事あるけど」
「うん」
「止められないけど」
「うん・・・・・ちゅー、しよ」

抱き合ったまま、唇を重ねる。
徐々に深くなり、キスに夢中になって
耳をくすぐる悦くんの甘い吐息に、意識が持って行かれる。

「ん・・・ッ、ぁ・・・・・」
「・・・・部屋、いこ・・・・」

そのままもつれ込むように部屋へ行き、ベッドに2人で倒れ込む。
そのまま悦くんに夢中になる。
時間も、何もかも忘れてしまうくらい・・・・・・


この時の俺は、何も知らなかった。
悦くんの決意も、礼司さんの思惑も・・・・・
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