Angel tears

まつも☆きらら

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第36話

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「さぁ・・・・お前たち2人についてだが」

そう言って、神はムウとリロイを見比べた。

リロイは再び頭を垂れ、ムウは不安げに俺の手をぎゅっと握ってきたので、俺もその手を握り返した。

―――大丈夫だから。

そう、少しでもムウが安心するように・・・。

「―――お前たちは確かに罪を犯したが、両親が傍にいない状況で、2人寄り添って生きてきたことを考えれば、ただそれを責めることはできない。さっきも言ったように、責任の一端はこちらにもあるのだからな。さらに言えば、リロイは3ヶ月もの間檻に入れられるという罰をすでに受けてきた。ムウ、お前も記憶を消されるという罰を。これ以上、お前たちに罰を与える必要はないだろう」

「では・・・!」

リロイが、顔を上げた。

「しかし、今後は2人きりで暮らすことを許すわけにはいかない。もちろん会うなとは言わん。2人きりの兄弟だ。だが―――また過ちを犯さないとは限らないのではないか?リロイよ」

神が、リロイをじっと見つめた。

リロイは、そんな神をじっと見返し、ゆっくりと口を開いた。

「―――確かに、わたしは弟であるムウを愛し・・・・過ちを犯しました。そのせいで罰を受け、ムウにも辛い思いをさせてしまいました。全ては、わたしの間違った愛情表現のせいだと、反省しております。今も―――わたしは、ムウを愛しています。しかし・・・」

リロイが、ムウの方を見た。

ムウを見て、優しく微笑むリロイの表情は穏やかだった。

「ムウは今、本当に愛する相手を見つけ、幸せになろうとしています。ムウの兄である私が、その邪魔をするなど―――決してあってはならないこと。私はもう、過ちを犯しません。ムウの幸せが、わたしの幸せなのですから」

「ふむ・・・・さすがに、ミカエルが幼少のころから一目置いていただけのことはあるな。リロイ・・・・お前に、頼みがある」

「え・・・・わたしに、ですか?」

「そうだ。ミカエルがあのようなことになった今、代わりの長が必要だ。私はその役目を、お前たちの父であるラファエルに任せようと思う」

神がムウたちの父親―――ラファエルを見ると、ラファエルが一歩前に出た。

そこで初めて聞いた父親の名前に、俺はまた驚いていた。

―――この人が、ラファエルだったんか!

神話でしか知らなかった名前に、ぽかんと口を開けていることしかできない。

「・・・そして、リロイはその補佐役をして欲しい。今までよりもさらに踏み込んで、父を支えてやってはくれないか」

神の言葉に、リロイは戸惑いながらラファエルを見上げた。

「俺が・・・・父さんの・・・・?」

今まで、親子としての触れ合いがなかった2人だけに、リロイが戸惑うのも当然のように思えた。

「リロイ。頼む。私にとっても初めての大役だ。お前に手伝ってもらえたら、心強い」

「父さん・・・・・」

リロイの頬が紅潮した。

初めて見る、リロイの少し子供らしさが見える表情だった。

「俺で・・・・いいのなら・・・・手伝わせてください」

そう言って、リロイは頭を下げた。

その姿に、ラファエルはとても嬉しそうに微笑んだのだった・・・・・。




「―――ムウ」

神がムウに向き直ると、ムウはその体をびくりと震わせた。

「は・・・・い・・・・」

「お前は・・・・その人間を愛しているのだな」

そう言って、神が俺を見る。

「僕も、愛してます」

俺は、躊躇なくそう言った。

ムウが、俺を見る。

「そのようだな。ムウよ・・・・その者の傍にいたいか?」

神の言葉に、ムウは大きく頷いた。

「いたい、です。アキと一緒に―――」

「・・・・では、人間になるか?」

「―――!!」

ムウが大きく目を見開く。

俺も、予想もしていなかったその言葉に呆気に取られていた。

「お前の力は貴重だ。できれば天使としてその力を使い、この世に役立ててほしいと、そう思っていたのだ。だが―――ミカエルがいたずらにお前たちを引き合わせたことで、お前たちの運命は大きく変わってしまった。お互いに記憶をなくしても、またその魂が呼び合ってしまうほど・・・・・。そんなお前たちを、またこちらの勝手な都合で引き離すことは・・・・あまりにも無慈悲だろう」

「神様・・・・」

「だが、人間になるということは、限りある命を生きなければいけないということ。天使の能力もなくなり、もちろん天国へ戻ることもできなくなる。兄と―――リロイと、二度と会えなくなるかもしれない。それでも良ければ、お前を人間にしてやろう。だが、天使でいることを選ぶのなら―――天使と人間が結ばれることは、許されない。生きる時間が違うのだ。それだけは―――この神が、許すわけにはいかない」

ムウが、リロイを見た。

リロイも、ムウを見つめる。

「―――お前たちに、時間を与えよう。1日、この天国で考えるといい。明日、この時間にまたここへ来る。その時までに、結論を出しておきなさい」






「ここでいつも泣いてたんだな」

俺はムウと一緒に、あの森のムウの涙の水晶で埋め尽くされた木の根元に来ていた。

俺の言葉に、ムウはちょっと口を尖らせた。

「いつも泣いてたわけじゃないし。ここが、好きだったんだよ。誰にも邪魔されないから―――。1人で、いろんなことを考えるのが好きだった。・・・・・いやなことがあった時には、泣いたりもしたけど」

水晶の絨毯に目を落とし、ムウはふと、懐かしむように笑った。

「・・・・俺はきっと、ずっとここで生きていくんだろうって思ってた。ここで泣いて、笑って、考えて・・・・そしていつか命が尽きるまで。・・・・・リロイ以外の人を、好きになることができるなんて・・・・思ってなかった・・・・けど・・・・」

ムウの瞳から、水晶の涙が零れ落ちて、足元の水晶に当たり硬質な音をたてた。

「ムウ・・・・?」

「俺・・・・自分にそんな能力があるなんて・・・・知らなかった・・・・・」

初めて知った、ムウの天使としての能力とは、『愛』だった。

選ばれた者だけが持つと言われる『愛』の力。

それを知ったリロイは、とても嬉しそうだったけれど、ムウは―――

「ムウは、嬉しくないの?天使の能力を持ってるってわかって・・・・」

「・・・・よく、わかんない。だって・・・・・」

ムウは、ぐっと拳を握りしめた。

「俺・・・・そんな力・・・・使ったこと、ない。使い方も、知らない。でも、もし・・・・もし、無意識に使ってたら・・・・」

ムウが、その潤んだ瞳を俺に向けた。

「俺が・・・・アキを好きになって、アキに愛されたいって、そう願ったから・・・・・」

「ムウ」

「俺の力のせいで・・・・アキは・・・・・」

「ムウ、違うよ」

俺は、ムウの頬に手を添えた。

ムウの瞳からは、水晶がいくつも零れ落ちていた。

「アキ、俺・・・・」

「ムウ、好きだよ」

俺はムウの体を引き寄せ、口付けた。

ムウの唇は冷たく、微かに震えていた。

「・・・・俺がムウを好きになったのは、ムウの力のせいなんかじゃない」

「でも・・・・」

「神様も言ってたじゃん。今まで、ムウの力が使われた事はないって」

「でも・・・・!」

「それに、俺の方が先だから」

「え・・・・?」

俺はムウの頬を両手で挟むようにして、その目をまっすぐに見つめて笑った。

「ムウが俺を好きになるよりも、俺の方が先にムウに惚れてた。だから、俺がムウを好きになったのは力のせいなんかじゃないよ」

「・・・・だって・・・・・」

「それに、その力のせいだったとしたら・・・・きっとムウのことを思い出せなかったよ。それに、記憶を失ったムウに会いに天国まで来たりもしない。天使の力のこと、俺にはよくわからないけど・・・・でも、俺はムウのことを本当に愛してるから」

「アキ・・・・・」

「俺のこと、信じて」

「う・・・・アキ・・・・・」

水晶をぼろぼろ流しながら、ムウは俺にしがみつくように抱きついた。

「俺も・・・・俺も愛してる・・・・アキ・・・・」

「うん。知ってるよ。ムウが、俺のためにしてくれたことも全部・・・・」

俺を助けるために、自分の命をミカエルに捧げたムウ。

俺の描いた絵を、記憶を失っても大事にしてくれていたムウ。

万が一それがムウの力のせいだとしたって、その愛は真実のはずだ。

俺は、何があってもムウのことを信じてる。



「・・・・・お取り込み中のところ、悪いね」

リロイの声に、俺とムウははっとして離れた。

「リロイ」

「ムウ、悪いな。邪魔する気はなかったんだが・・・・」

リロイの言葉に、ムウは首を横に振った。

「リロイ、俺・・・・・」

「うん、わかってる。人間に、なりたいんだろう?」

その言葉に、ムウはゆっくりと頷いた。

「・・・・まったく・・・・・ムウがまさか、人間の男を好きになるなんて・・・・考えたこともなかった」

そう言って、ちらりと俺を睨むリロイ。

「だけど・・・・・あのままこの天国にいてもいつかきっと神にも知られることとなり罰を受けることになっただろうし、きっと俺もお前も、本当に幸せになることはできなかっただろう。だから、これでよかったんだろうな」

リロイが、少し寂しそうに、でもすっきりした笑顔で言った。

「・・・・お前が人間になったら、もう天国へは戻ってこれない。だけど・・・・俺が、人間界へ行くことはできる」

「え・・・・」

「リロイ・・・・?」

驚く俺たちに、リロイはいたずらっぽい笑みを向けた。

「ふふ・・・・。この俺が、ムウをただであんたに任せると思ってた?」

「は・・・・?」

思わず顔が引きつる。

「まだ当分は見張ってないと、お前たち人間はなにするかわかんないからな」

「え・・・・ええ?」

「大事な弟が人間になって、この手を離れてしまうんだ。たまに会いに行くくらいは許されるだろう」

―――マジか・・・・・。

「本当に?リロイ、会いに来てくれるの?」

「もちろん。だから、お前が悲しむ必要はない」

「リロイ・・・・!」

ムウが、リロイに抱きつき、そのムウをリロイが愛しそうに抱きしめる。

まぁ・・・・ね・・・・・

このくらいは、しょうがない・・・・・

だって、リロイの一番大事なムウを、俺は連れていくわけだから・・・・・。

2人きりで、寄り添って生きてきた兄弟なんだから・・・・・。



「ムウ・・・・・これが、最後だよ」

「え・・・・・」

リロイの言葉に顔を上げたムウの唇に、リロイが触れるだけのキスをした。

「!」

きょとんとするムウの横で、俺は固まっていた・・・・。

「ずっと・・・・・お前は、俺の大事な弟だよ」

そのリロイの言葉に、ムウの瞳からとてもきれいな水晶の涙が零れ落ちた。



その涙は、天国でムウが流した最後の水晶の涙だった・・・・・・。
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