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第二章 バスク子爵領

第五十八話 新しい訓練

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「ああ、新しい朝を迎えられた……」
「お兄ちゃん、何泣いているの?」
「俺も泣きたい時があるんだよ」
「? よくわからないや」

 地獄の採寸の後、俺はよく寝ることが出来たよ。
 もうあれは勘弁です。思い出したくもないや。

 そのまま着替えて朝の訓練に向かう。
 今日から新しい訓練だというが、どんな訓練だろう?

「主の刀の柄を魔法剣の柄に変えるぞ。オリガとガルフが出来るから、刀と魔法剣の柄を出すんだぞ」
「分かった、オリガさん、ガルフさん、宜しくお願いします」
「サトー様、お預かりしますね。あの、目の下のクマが凄いですが、大丈夫ですか?」
「ダイジョウブダイジョウブ」
「明らかに大丈夫ではなさそうですが」

 シルから魔法剣の柄に刀をつけると言われたので、一式をガルフさんに渡したけど、流石に目の下のクマは隠せてなかった。
 ガルフさんもオリガさんから色々聞いているのか、気を使ってくれた。

「サトーさん、その、昨日はお母様がすみませんでした」
「いえいえ、何とか生きております」
「……本当に申し訳ありません」

 リンさんが謝ってくれるけど、こればかりはもうどうしようもない。
 後は平穏な日々が続くことを願う。

「女性に囲まれて、喜んでいたのではないかえ?」
「ですよねー」

 ビアンカ殿下にマリリさん、うるさいですよ。
 他の女性陣も、思わず苦笑しているよ。

「はいはーい、そろそろ練習はじめるよー。サトーのハーレムは置いておくよー」

 おいリーフ、さらりとハーレムにするな!

「サトーの抗議は放置だよー。これからは新しい訓練だよー。前衛陣は魔法障壁の訓練、後衛は魔法の並行稼働の訓練だよー」

 成程、前衛も魔法障壁使えたら防御力アップだ。オリガさんとガルフさんのタンク組は、特に守備力が上がりそうだ。
 それに魔法使い組も並行稼働出来たら、同時に別の魔法が使用可能かもしれない。
 例えば攻撃しながら回復とか。

「今いない従魔には、ホワイトとかタコヤキが色々教えてねー」

 普段頼られることが少ないホワイトは、他の従魔に教えるのが嬉しいのか、小さな手で握りこぶしを作っていた。
 俺から見てもとっても可愛いし、特にエステル殿下はホワイトの仕草にメロメロだ。

「そして前衛陣が作った魔法障壁に、後衛陣が魔法放つのー。耐久力ないと意味ないからねー」

 やっぱりそんなもんだと思ったよ。みんなも予想していて、特に不満の声は無かった。
 特に魔法障壁は、実戦で使えないと意味ないし。

「後は主に特別訓練だぞ。空間断裂剣をマスターするんだぞ」
「シル、何だその必殺技みたいなのは」
「文字通り必殺技だぞ。空間魔法で直接空間を切るから、マスターすれば魔法も何でも切れるんだぞ」

 何それ、とても恐ろしい必殺技になりそう。
 物理や魔法関係なしに切れるのは、とても凄い技だ。

「お兄ちゃんだけ必殺技覚えるのはずるいよ。ミケも必殺技覚えたい!」
「ミケは先ずは格闘術を使えるようになってからだぞ。そのうちに爆炎拳とか教えるのだぞ」
「おお、カッコいい必殺技! ミケ頑張って格闘術覚えるよ!」

 シルよ、ミケに覚えさせるのは程々の必殺技にしなさい。
 ミケもガッツポーズしているから、この先不安だ。

 さて、新しい練習を開始するが、魔法障壁という新しい魔法をおぼえるので、そう簡単にはうまく行かない。

「おー、出来た! 必殺ネコネコバリア!」
「ミケはやっぱり魔力操作が上手ねー。強度も問題ないねー。魔法障壁を丸くしたり、自分を囲んでみたりと、色々練習してねー」
「おー! ミケ、ネコネコバリアを極めるよ」

 他の人は苦戦しているから、きっと俺も大丈夫と信じよう。
 自分を丸く包み込む様に……おや、もしや出来ている?

「お、サトーも出来ているよー。今日は出来ないと思ったから意外だよー」

 リーフさんや、出来たとき位褒めても罰はあたらないよ。
 周りを見渡すと、前衛陣はみんな出来ていた。
 良かった……また一人落第を逃れて。

「じゃあ、魔法を受け止める訓練ねー、集中力と魔力を切らさないようにねー」

 リーフの声に従って、前衛陣は一列に並ぶ。
 十メートル位離れて後衛陣とホワイトとスラタロウとタコヤキが並ぶ。

「じゃあ始めるよー!」

 リーフの声を合図に、魔法が一斉に放たれた。
 うお、すごい衝撃。魔力循環と集中力を切らしたら、一瞬で蜂の巣になる。これも結構エゲツない訓練だぞ。

「はい、終わりー。お疲れ様だよー」
「はあはあ」
「これは結構キツイのう」
「こんな訓練、近衛でもないよー」

 みんなヘロヘロになっているよ。
 なんか、訓練初日思い出すなあ。

「もう終わりなの? ミケつまんなーい」

 ミケさんは相変わらずですね。

「おお、主もいい訓練出来たようだぞ」
「そういえば、シルはどこ行っていたのだ?」
「タラとかフランソワのところだぞ。特に怪しい動きはなかったのだぞ」

 シルさんありがとうございます。
 採寸の件もあって、すっかり記憶から消え去っていた。

「因みに明日の訓練から、前衛陣に馬も参加するぞ」
「わーい、お馬さんと頑張るよ!」

 何故に馬も参加?
 しかも馬が前衛陣って、なんでやねん。
 もう決定済みっぽいので、何も言いません。

 朝食を取って、冒険者ギルドで手続きを終えて、ブルーノ侯爵領に向かう街道に。
 わお、今日も森からいっぱい視線を感じる。
 今日はリンさん達が森の中に入って、俺達が馬車の周囲につく予定だ。
 因みにリーフはタラちゃんとかの対応でお屋敷でお留守番。

「主も森の中に入って戦闘だぞ」
「え? シル何で?」
「魔法剣の練習も兼ねてだぞ」

 嗚呼、今日は馬車側でゆっくり出来ると思ったのに……
 因みにマルクさんが馬車側につく模様。

「主よ、常に刀に一定の魔力を流して戦うんだぞ」
「それ、かなり難しくない?」
「出来れば無意識で出来るまでやるんだぞ」

 魔法剣なんて、まだ練習して日が浅いのにうまく出来るかな?
 実戦で試してみよう。

「リンさん、準備は良いですか?」
「はい、いつでも大丈夫です」
「それじゃ行きますか。ルキアさん、ビアンカ殿下、エステル殿下、後はお願いします」
「サトー様も怪我しないで下さいね」

 リンさんと一緒に森の中に入る。
 早速オオカミの群れがお出迎えだ。

「早速来ましたね、これから暫く忙しくなりますよ」
「うーん、あのオオカミはブルーノ侯爵領の森にいるはず。やはり生態系がおかしい」
「マリリさん、本当ですの?」
「間違いない、向こうに見える熊もそう。ブルーノ侯爵領からこちらに流れてきている可能性が高いかも」

 成程、マリリさんの予測はブルーノ侯爵領の魔物がここまで流れてきて来ていると。
 じゃあ、この森にいた魔物や動物はどこに行ったのか?

「サトーさん、取り敢えず目の前の魔物に集中しましょう」
「そうだね。考えるのは後でも出来るし」

 俺たちは向かってくるオオカミと交錯した。

 一方、街道にいる方も戦闘が始まっていた。

「ふう。昨日も思ったのだが、数が多いのう」
「だね、ビアンカちゃん。さっきも熊さんの集団だったし」
「あ、今度はオオカミの群れがくるよ」
「昨日もいましたが、この辺のオオカミではないですね」
「ルキアちゃんが言うからには間違いないんでしょうね」
「恐らくブルーノ侯爵領かランドルフ伯爵領から流れているかと」
「今は目の前の魔物を倒すのが先決じゃ」

 街道に出てくる魔物を倒しながら、サトー達と同じ考えに至っていた。

 討伐を始めてから二時間ほど、一旦馬車の方に合流して昼食にする。
 料理長のスラタロウが、昨日購入した味噌を使って何かを作るらしい。
 さっきからとても良い匂いがしてくる。
 
「うむ、サトーの所も同じ考えじゃったか」
「はい、元の魔物がどこに行ったか分かりませんでした」
「その辺も含めて調査継続じゃな」

 ビアンカ殿下と意見をすり合わせて、魔物討伐に生態系の調査を平行で行うことに。
 でも、何で元いた魔物に遭遇しないのだろうか。

「お兄ちゃん、スラタロウが料理出来たって」
「今行くよ」

 先ずは腹ごしらえだ。
 今日の料理は、オーク肉を薄切りにして味噌をぬり、それを焼いたのをパンで挟んだもの。
 野菜も入っていて、栄養価は抜群だ。

「これ美味しい!」
「いやー、本当にスラタロウは凄いね。近衛師団にも欲しい逸材だよ」
「お兄様も同じ事を言っておったぞ。魔法もそうだが、この料理が素晴らしい」

 今日もスラタロウの料理は絶品だった。
 こういう手軽な料理も美味しいとは恐れ入ったよ。 

 カサカサカサ。

「あれ、あそこの繁みが揺れてますね。臭いにつられた魔物かな?」
「主よ、悪い臭いはしないぞ」
「何だろう、魔物じゃない? いずれにせよ、みんな警戒してくれ」

 カサカサカサ。
 茂みから現れたのは、小さなオオカミだった。
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