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第三章 ブルーノ侯爵領

第七十九話 招待状

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「実は元々本日夜に、コマドリ亭に奥様の介護で伺う予定でおりました。その際に色々話をさせて頂ければかと」
「それは都合が良いですね。奥さんもルキアさんの治療の甲斐があって、だいぶ調子が良くなりました」
「お嬢様は優秀な治療士でも有られるのですね」

 ケリーさんが夜にコマドリ亭にくるので、その際に俺達の他のメンバーの紹介と今後の打ち合わせを行う事になった。
 場合によっては、街の人とも協力をすることにもなるだろう。
 みなさんこの後仕事があるというので、ここの場は解散となった。

「お嬢様が生きていてくれて、希望が湧いてきました」
「私もです。じいやとばあやにまた会えてよかった」
「今後の事は、私が窓口となりましょう」
「監視の目も増やすようにしよう。これから忙しくなるのが嬉しいです」

 ルキアさんと三人はお互いに軽く言葉を交わし、それぞれ動いていった。
 先ずは今夜コマドリ亭にケリーさんがきてからだな。
 仕事があるトルマさんを部屋に残し、俺はビアンカ殿下とルキアさんと一階に降りた。
 すると、店頭からミケの元気な声が聞こえてきた。

「いらっしゃい! いらっしゃい!」
「今日は元気な嬢ちゃんが店員か」
「可愛いお嬢ちゃんね」
「昨日の美人店員もいいけど、小さなメイドさんもいいな」
「今日は美人店員さんはいないの?」
「お姉ちゃんは奥で別のお仕事をしているんだ。だからミケがその分頑張るんだ」
「えらいわね。お姉ちゃんの分も頑張るなんて」

 ミケが店頭で声かけをしていて、沢山のお客さんに囲まれていた。
 その成果もあってか、店内は昨日よりも混雑していた。

「ほお、ミケもすごいのう」
「とても可愛いですから。それがあんなに元気に声掛けすれば、お客さんもつい寄ってきますよ」

 ビアンカ殿下とルキアさんも、ミケの接客ぶりに感心していた。
 あの笑顔で声かけられたら、そりゃ効果抜群だな。

「さて、妾達も情報収集をおこなうかのう」
「そうですね、私たちも頑張らないと」

 ビアンカ殿下とルキアさんも店を出て街に繰り出していった。
 特にルキアさんは知り合いが生きていた事で、やる気になっている。
 俺も頑張って仕事を始めるとしようか。
 
「ミケ、お待たせ」
「あ、お姉ちゃんお帰り」
「後から見ていたけど、頑張っていたね」
「うん、ミケ頑張っていたよ」

 ミケにねぎらいの言葉をかけて頭を撫でてやると、ミケはニコッと笑い返してきた。

「お、お姉ちゃんのお帰りだ」
「やっぱりあの店員さんは美人だよね」
「姉が美人だと、妹も美人だよね」
「美人姉妹は目の保養になるよ」

 嗚呼、もう俺も含めて美人扱いなんだね。

 ズドーン、ゴロゴロ。

 何かが吹き飛ばされる音がしたと思ったら、またならずものが馬に吹き飛ばされていた。
 人数が三十人になっているが、全く意味はないだろう。
 馬はもう起き上がる事なく、地面に伏せて寝たまま視線を動かしているだけだ。
 時折あくびしているが、どうもそれが余計にならずものに火をつけた。
 馬にばかにされていると思ったらしいが、実際にばかにされているから問題はないだろう。
 再度集団で馬に向かっていくが、関係なく吹き飛ばされる。
 何かを馬に向かって投げつけるが、それも魔法障壁で跳ね返される。
 馬は丁寧に、投げたものを風魔法で返してあげていた。
 ただし、ワース商会の壁に突き刺さる形ではあるが。
 正直もうコントになりつつあるので、通行人もまたかよって目で見ていた。
 俺も気にしないで接客を始めよう。

「お、姉ちゃん戻りかい?」
「はい、奥で少し作業をしていました」
「そうかいそうかい。昨日もきたけど今日も嬢ちゃんの顔を見たくてきちまったよ」
「それはありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」
「おう」

 景気の良いおっちゃんから話しかけられたけど、こうやって常連さんと話をするのは楽しいな。
 前世のコンビニのバイトの時も、時折常連さんと話をしていたし。
 ただし、女装している俺に会いにくるのは複雑な心境だけどね。
 
「店員さん、ちょっといい?」
「はあい、お待ちください」

 さて、今度はおばちゃんから呼ばれたぞ。
 急いでいかないと。

 しかしながら今日もお客さんの入りがいいなあ。次々に品物が売れていくよ。
 補充をしてもどんどん売れていくから、店内と倉庫を行ったり来たりしている。
 夕方になってもその流れは続いていた。
 そして俺が倉庫に行っている間に、事件が起きてしまった。

「キャー!」
「ミケちゃん大丈夫?」

 店の奥で品物の補充をしている時に、店頭で悲鳴が上がった。
 ミケが品物を倒してしまったのかと思ったが、どうも様子が違う。
 慌てて店頭に向かうと、ミケがなぜかびしょ濡れで呆然と立ち尽くしていた。
 そしてミケの後ろには、空のバケツを手にしたガラの悪い男。
 あれって、初日に宿屋の旦那さんと娘さんにちょっかいを出していた三バカの一人では?

「一体何があったのですか?」
「そこの男が、突然ミケちゃんにバケツの水を頭からかけてきて」
「はあ?」

 近くにいた昨日もいた大阪のおばちゃん風の人に様子を聞いたところ、バカがいきなり水をかけて来たという。
 取り急ぎミケを生活魔法で綺麗にしてやり、声をかけてあげた。

「ミケ、大丈夫? 怖かったね」
「お姉ちゃん。怖かったよ、うわーん」

 ミケは俺に飛びついてきて大泣きだ。
 よっぽど怖い目にあったのだろう。
 ミケの事を抱きしめてあやしながら、バカの方を睨みつけた。
 バカは既に他の客に取り押さえられていた。
 俺の中の怒りのメーターが、久々に振り切った。

「おい、ミケに何をするんだこの馬鹿野郎が」
「おお、美人は怒ってもいいねえ」
「うるさい。なんでこんな小さい子に水をかぶせる事をした」
「商売の邪魔をしたからだよ」
「何だって?」
「だから商売の邪魔をしたからだよ。こんなに客を集めやがって、ワース商会の売上が落ちてしまったじゃないか」

 どうもこのバカは、昨日今日とオース商会に客を取られた報復にミケを狙ったらしい。
 店頭で元気な声をあげているミケの事が、こいつらにとって目障りだったのだろう。
 俺も怒りが上がってきたのだが、周りのお客さんの殺気も一気に上昇してきた。

「それで、こんな小さな子どもを狙うって? 冗談じゃない」
「昔からワース商会は横暴だったけど、ここ最近は異常だね」
「手段を選ばなくなってきたね。こんな可愛い子がかわいそうだよ」

 お客によって両腕を抑え込まれているバカに対して、周りの客から辛辣な言葉が次々と出てきた。
 お客さんもワース商会に対して、相当な鬱憤が溜まっているようだ。

「くそ!」

 バカは強引に拘束されていた腕を振り解き、急いで離れていった。

「ワース商会に喧嘩を売ってただで、ブヘラ!」

 バカは、こちらを指差し何かを言おうとしたところで突然吹き飛んだ。
 馬によって物理的に。
 馬は魔法障壁を展開した状態で、バカに突っ込んでいった。
 そして飛ばされて地面に転がっているバカの元に近づいて、バカを後ろ足で蹴り飛ばした。
 バカは一直線にワース商会に向かって飛んでいき、入り口から中に飛び込んでいった。
 おお、ワース商会の中から何かが割れる音が派手に聞こえたぞ。
 
「こらー、何をする……ヒィ」

 ワース商会から誰か出てきたが、あたりから発する殺気によって座り込んでしまった。
 周囲の人々からの殺気に、店の中に飛び込んできたバカが何かやらかしたのに気が付いたらしい。
 急いで立ち上がり、店の中に逃げ帰った。

「はあ、これはちょっと警戒レベルをあげないとな」
 
 バカがまた何かをしてくるとは限らないので、馬の内一頭をオース商会の護衛として店の前に立たせるようにした。
 強さはさっき見てもらったとおりなので、全く問題はない。
 馬も任せろって言った感じで、ヤル気まんまん。
 お客さんも、馬に向かって何か話をしていた。
 後はまだ俺に抱きついてグズっているミケのケアだな。
 仕方ない、宿に連れて行こう。

「ネルさん、すみませんがミケを宿に連れていきます」
「こちらのことは心配しないでください。ミケちゃんを宜しくね」

 ネルさんに断りをいれて、ミケを抱っこしたまま宿まで連れて行く。
 こういう時に、宿が近いと本当に助かるよ。
 宿に入ると、食堂でリーフがぶどうを食べていて、シルは床でぐーたらしていた。

「主よ、おかえりなのだ」
「サトーおかえり。あれ、ミケはどうしたのー」
「ちょっとしたトラブルがあってね。リーフとシルも戻りがはやいな」
「あんまり収穫がなかったから早く帰ってきて、さっきまでスラタロウと一緒に奥で奥さんの治療していたの」

 そうか、早く帰ってきても宿の奥にいたから、表の騒ぎに気が付かなかったのか。
 俺は抱きついてグズッているミケの頭を撫でながら、椅子に腰掛けた。
 
「実はこういうことがあったんだよ」

 シルとリーフに簡単にさっきの出来事を話すと、二人ともどう猛な目に変わってきた。

「ワース商会許すまじ」
「リーフが制裁をしてやるのー」

 おい、二人とも物騒なセリフを発しているぞ。怒ってメラメラと燃えている。
 だか、その気持ちは俺もよく分かる。
 馬がバカを吹き飛ばさなければ、俺がやってやろうと思ったほどだ。

「すう、すう」
「あー、ミケ寝ちゃったよー」
「泣きつかれたんだね、ベットに寝かせておこう」

 泣きつかれて寝てしまったミケを抱き直して、二階の客室のベットに寝かせる。
 しばらくはこのまま寝かせておこう。

「あとは私が見ているから、サトーは仕事に戻っていいよー」
「うむ、我に任せるのだぞ」
「すまないが、宜しくね」

 リーフとシルがミケのことを見てくれるというので、後ろ髪を引かれる思いではあるがお願いして仕事に戻った。

「あっ、サトーさん。おかえりなさい」
「遅くなり申し訳ないです」
「いえいえ、ちょっとお客さんも少なかったし大丈夫ですよ。ミケちゃんは大丈夫ですか?」
「泣きつかれて寝てしまったので、寝かせてきました」
「そう、あんな小さいのが泣きつかれるまでなんて、よっぽどショックだったんですね」

 ネルさんが店番をしてくれていたので、ミケの状況を説明していたところ、奥にいたトルマさんから声がかかった。

「サトーさん、すみませんが話がございます。二階に来ていただけますか」
「はい、すぐに向かいます」

 ミケのことが、もしくはならずもののことか。
 いずれにせよ、トルマさんに迷惑をかけてしまったな。
 二階にあがり、トルマさんの執務室に通された。

「サトー様、お座りください」
「その前に、ミケのことでご迷惑をおかけしました」
「ご迷惑なんてとんでもない。逆にミケ様に申し訳ないです。臨時とはいえうちの従業員ですから」
「そう言って頂きありがとうございます」
「今回の件はうちには非がなく、一方的にされましたから。目撃者も多く、相手はならずものだから気にすることはありません」
「そう言って頂きありがとうございます」
「ただ、また狙われる可能性がありますので、暫くは手伝いは控えて頂けると」
「分かりました。明日以降は私のみでお手伝いいたします」
「無理なお願いを聞いて頂き、感謝します」

 正直ミケが悪いわけではないけど、こればかりは仕方がない。
 せっかく良い経験になっていたのに残念だ。

「さて、サトー様にお越し頂いたのは、先ほどワース商会よりこのような物が届けられたからになります」
「これは、招待?」

 トルマさんから手渡されたのは、一枚の招待状だった。
 中を開けてみると、領主邸で行われるパーティーの招待状だった。
 何々、次期領主の誕生パーティーか。
 何でこれをワース商会が持ってきたんだ?

「明々後日の夕方に、次期領主とされる領主夫人のお子さまの誕生会が開かれ、それをワース商会が取り仕切っております」
「もしかして、ミケの事をこれで流せと言うことですか?」
「恐らくは。普段会えないとされる領主夫人と会えることで、手を打つ積もりです」
「ふーん、中々厄介な物だな。オース商会は参加しますか?」
「ほぼ強制参加ですね。高い参加料も払います」
「うわあ、ワース商会の力を見せつける為ですね」
「左様でございます」

 商人同士の力関係というか、難しい話だ。
 もしかしたら参加料で黒字になるかもな。
 うん? これはもしかしたら。

「トルマさん、この誕生パーティーって他にも参加する人はいますか?」
「はい、ほぼ有力な方は出てまいります。恐らくギルドや教会の方も」

 トルマさんは、俺が聞きたい意図を分かってくれた様だ。
 そしてこのパーティーには主要な人物がくる。
 このタイミングを使うか検討しよう。

「トルマさん、このパーティーに参加します」
「サトー様ならそう仰るかと思いました。当日は従者をつける事が出来ますので、皆様をお連れすることも可能でございます」
「ワース商会は何か動く可能性もありますので、戦力は分けるつもりです」

 この辺は話し合って決めていこう。
 アルス王子とかとタイミングを合わせないとな。
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