月の影に隠れしモノは

しんいち

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帰還、そして出産

77 流れた神子2

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 慎也たちが自宅に戻ると、心配そうな顔をした沙織が出迎えた。

「美月さんは、どう?」

 ……。皆、悲壮な顔をする。

「そう。元気なはず無いよね。ごめんなさい…。お父様の話では、あの三人は隅田川乙女組の元メンバーの指示で動いていたみたい。そっちも手を打つって言ってた」

「やっぱりね~。 あ、また地震」

 少し揺れる。今朝から変だ。富士山の噴煙はどうなったのか…。
 スマートフォンの着信音が鳴る。恵美の物だ。

「母様。どうしました?  えっ?」


 恵美によって、皆に集合号令がかかった。恵美はシリアスモードになっている。

「今、母から連絡がありましたが、今朝からの地震は、美月さんの神子かんこが流れたことが原因のようです。このまま放置しますと、大変なことになります。神子の霊を仙界へ送る儀式をしなければなりません。
 私の祖母の指示で、神事の準備が進められています。その神事を、今日の午後、結界中央の奈来早神社で行って頂きます。必要な物は、私の母が持って参ります。すぐ支度したくをしてください」



 拝殿では準備が進められている。
 神饌…神様へのお供え…が並べられ、美月の流れた胎児の遺体が、木の箱に入れられて拝殿中央の机に置かれた。
 舞衣以下、美月以外の『神子の巫女』も白衣白袴姿で拝殿隅に並び、坐って参列する。
 挨拶もそこそこに準備している恵美の母親=尾賀真奈美は、白衣に緋袴姿である。

 準備が整い、神事が始められた。
 修祓…お祓い…に続き、祝詞奏上。慎也の読み上げる祝詞が朗々と響き渡る。
 続いて真奈美による、神事舞。この舞は、尾賀家に代々伝わるものだ。

 尾賀家の女は、小さい頃から、この舞をしっかりと叩きこまれる。
 実は真奈美は、これが苦手。よって、恵美は母からでなく祖母に舞を習っていた。真奈美は宝珠を使う能力も弱く、そのために年老いた恵美の祖母がいつまでも現役でいるのである。対して恵美は能力が高く、真奈美は自分を飛ばして恵美に次を継がせたがっていたのだ。
 今回の舞も恵美がした方が完璧に出来るのだろうが、恵美は『神子の巫女』として参列しなければならなかった。祖母は足を悪くしていて、もう舞えない。仕方なく、真奈美が舞の役を受け持ったのである。

(あ、母様、違う!)

 舞の途中、恵美は、真奈美が足運びを間違えたのに気が付いた。間違えたといっても、些細なこと。左右の順番が、数歩入れ替わってしまっただけ。すぐに帳尻が合わされた。

上手うまく送られなければ、もう一度神事をやり直せばいいか…)

 神事が上手くゆけば、流れた胎児は仙界に送られて消えるという。途中で指摘して神事を止めるのもどうかと思い、恵美はスルーした。
 舞が終わり、玉串を奉っての拝礼。慎也に続いて、神子の巫女たちが順番に拝礼した。
 そして、昇神の儀。胎児の入った箱の前で慎也が昇神詞を微音奏上し、警蹕けいひつを唱える。

「オー…」

 響き渡る警蹕に合わせ、箱が白い光に包まれた。

 そして、消えた。

 胎児は異界に送られていった…。


 皆、無事終わったと安堵したところで、
「母様~。舞を間違えたでしょ~」

 恵美は、神事中に出来なかった指摘をした。

「そう? でも上手く仙界へ送ることができたからいいじゃない」

「そーですけど~。全く、へっぽこなんだから~」

 非難された真奈美は、膨れっ面を見せる。が、特に反論はしない。自分が「へっぽこ」という自覚は十分にあるのだ。

 ここにいる皆、神事は上手くいったと思っていた。胎児の箱が消えたから…。
 しかし、神事舞の足運びは、非常に重要だった。反閇へんばいと呼ばれる、陰陽道の呪法の一種だったのだ。
 胎児の箱は、仙界には送られていなかった…。
 別のところへ行ってしまっていたことを、ここにいる誰も知らなかった。



 富士山の噴煙が収まったとのニュース速報。地震も落ち着いてきたようだ。美月は心配だが、取り敢えずは、皆、ホッとする。
 この日は、真奈美も泊まっていくことになった。
 真奈美は、祥子の料理に大層驚く。毎日、こんな美味しいものを食べているのかと、散々恵美をうらやましがった。
 夜の生活のことに関しては、真奈美は特に指摘してこない。娘たちがどういう立場になっているのか十分理解して、その上で、それを許しているのだ。
 といっても、恵美の母親がいるのに、いつものような交合をするわけにはゆかない。おまけに、美月の件があったばかりだ。今日の交合は、休止である。
 恵美と真奈美は奥の水屋一階で、他の女性陣はいつもの座敷で、慎也は離れで、それぞれ就寝した。
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