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二人の弟子

37 祐奈の株投資

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 次の日曜日…。
 一週間ぶりに弟子二人が顔を見せました。
 この二人が来ると、それはそれで楽しいのですが、元々一人で居る方が多かった私としては疲れます。
 ですので、やはり週一のこれくらいのペースがイイ感じです。

 でも、あれれ? いつも元気な祐奈が変ですね…。
何だか、しょぼくれています。
 どうしたのか訊いてみますと……。
微妙な表情をしている祐奈に替わって、隣のレイラが…。

「株で失敗したんですって…」

 か、株ってかっ……。
流石、金持ち。やることが違うね。
私、そんなのしたことないモンね。

 レイラ情報によると、祐奈は数カ月前から株を始めたんですって。
この失敗までは、順調に資金を増やして、ウハウハだったみたい。
つまり、初めての大失敗ってとこですかね。
 
 祐奈も、やっと口を開きます。

「師匠! 酷いんですよ! 持ってた株が大幅に下がってしまって、損切りしたんです」

 損切りってナニ? と思っていたら、それを察してレイラが教えてくれました。
値が下がり更に下がることが予想される場合、それ以上傷を広げないように、損を承知で売ることだって…。

「そうしたら、まるで私のそれを待っていたかのように、グーンと上がってきてしまって!
あの時に売ってなければ、購入価格より上がっていたのに!!」

 そう言って、再度祐奈は項垂れてしまいました。

 ありゃ、まあ。これは、これは、御災難なことでございます。
 でもさあ。株って、そういうこともあるもんでしょ。仕方ないよ。
儲かることがあれば、損することもある。博打みたいなもんだよね。
 って思っていたら、祐奈の口から痛~い一言……。

「富山では、財布無くすしな…。私、この頃、金運全く無い……」

 い、いや~、それを言われると、ちょっと後ろめたいのよね。
犯人はビンちゃんだからね。

 でも、この間20万ポンと出してヒスイ買った金持ちが、何を言っているんだか…。
あ、そうよ。あのヒスイがあるじゃない。

「お金が要るんだったら、私から買ったヒスイでも転売すればどうなの?」

「え~、別にお金が要る訳じゃないですよ。
それに、あれはもう手元に無いですから」

 え……。もう既に売っていたか……。
と思ったら、隣のレイラから意外な事実が…。

「それ、私が貰っちゃいました。誕生日プレゼントだって…」

 お~っと、友達に20万の誕生日プレゼントってか。なんと豪気な!
やっぱ、金持ちは凄いわ。

「元々、富山にヒスイ探しに行ったのも、レイラに持たせるためだったんですよ。魔除けとして。
 彼女、霊感があって、憑かれやすいですからね」

 あら、あら、そういうことだったんですね。
となると、20万貰ってしまった私。師匠として、ちょっと気まずい……。

 あ、否待て!
祐奈の、この金運最悪な状態って……。

 右下に疑惑の視線を放つと、ビンちゃん大慌てで首をビュンビュン左右に振ります。

「知らんぞ、私は何もしていないぞ!」

 それでも疑いの視線を向けると……。

「や、やめよ、そんな目で見るのは!
そうだな、買ったヒスイを親友にやってしまったというのは好ましい。
それに、あの餅、凄く美味かったな。
褒美に、少~し儲けさせてやろう」

 ええっ!? 儲けさせる?
貧乏神のビンちゃんが?

 そんなこと可能なの?!

 でも、ビンちゃんは、私にウソを言ったことはありません。
 信じて…いいのよね……。

 逆に大損させておいて、後で「ざまーみろ!ハーハッハッハ」と大爆笑高笑い…
なんて、凶悪なことしませんよね……。

 うん、ビンちゃんは、そんな悪い子じゃない。
 大丈夫……の、はず……。

 ビンちゃんの姿は目の前の二人には見えていません。声も聞こえません。
 私は特段口を開いておりませんが、さっきから横を向いて百面相状態。
弟子二人は怪訝なお顔をなさっておいでです。
 これ以上ビンちゃんと表情だけで話していても、気が振れたかと思われるだけ。
ビンちゃんの言うとおりにするしか、仕方ありません。

 まず、電子機器か何かで、この場で株の売買可能かとビンちゃんに問われます。
ビンちゃん、電子機器なんて言葉知っているのね…。
ちょっとお硬い言い回しだけどね。

 で、それをあたかも私自身の言葉の様に祐奈に伝えると、彼女の回答は、今日は買えないとのこと。
何故なら今日は日曜日。証券市場はお休みなのです。
 ただ、注文を入れておくのは可能と言って、車に戻って、タブレットを出してきました。
 上場されている企業名を表示させます。
それを三人と一柱で覗き込む…。

 ビンちゃんが指さした会社。ここを買えということです。
 それを伝えると…。

「え~!! だって、これ、私が大損こいた会社ですよ……」

 あらまあ、ここの株で損していたのね。
 それは、買いにくいよね……。

 でも、ビンちゃんは頑として譲りません。
「絶対、これ。今すぐ、全力で買え」との仰せ…。

「この株を、今すぐ買えというのが神様のお告げです。
まあ、信じるかどうかは、あなた次第だけどね。
ちょっとだけでも、買ってみたら?」

「か、神様のお告げっすか~?!」

 私の言葉を聞いて祐奈はビックリ暁天。
当り前です。こんなこと信じる方がどうかしている。

「……わ、分っかりました。師匠の仰せです。
全力で、買わせて頂きます!」

 おやおや……。
そして、え、え~と……、です。

 私、ビンちゃんが言った「全力で」っていう言葉、わざわざ省いたんですよ!
なのに、何でその言葉が復活してしまっているのですか?!
 友達に20万の誕生日プレゼントあげる金持ちが全力でって、どんだけになるの?
損しても、私、責任持てないよ……。

 祐奈はタブレットをチョイチョイと操作してから、私の方を真っ直ぐ向きます。

「成行価格注文しました。証券会社に購買用として預けてある全資金で、今の状況からみて買えるだけメイッパイです。師匠、信じてますよ!」

 成行価格って、ナニ? 株やらない私には分かんない……。
 いやそれよりも、「全資金で買えるだけメイッパイ」って、いったい、いくらなの?
 超、怖いんですけど!!

「え、えっと…。株に大きな動きが有ったら連絡してね」

 ビンちゃんの言葉を伝えはしましたが、多分、今の私の顔、完全に引き攣ってますよね。
 レイラが、すっごく心配そうな顔してる……。

 その日はその後に三人で何の話をしたのか、私は覚えていません。
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