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梅干しと、父の思い

50 父さんの梅干し

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 次の日曜日…。
日曜日は弟子の来る日。今日も二人揃って元気な顔を見せました。
 すっかり我が家の一員となり、庭先で寝そべっていた送り犬二匹。レイラをチラッと一瞥しますが、特に威嚇したりもしません。
今の状況のキッカケを作ってくれた人物だと、悪くも思っていない様子。聞き分けの良い子達で助かります。

 あ、因みに、送り犬たちに名前を付けました。
 長野で犬といえば有名なのは、駒ケ根市の霊犬『早太郎はやたろう様』。
怪物を退治したとして、今も神様の様に崇められているお犬様です。
 で、その御尊名を拝借しまして、雄の方は早の音読みでソウ。
同じく、早くという意味の古語「く」から、メスはトクという名にしました。
…早太郎の別名は「しっぺい太郎」。これは、「疾風太郎」がなまったものとも言いますからね。(諸説あり)
 二匹とも、名前を気に入ってくれているみたいです。
今ではすっかり、我が家の忠実な番犬となってます。
 尤も、私以外のヒトには見えませんけどね~。


 で、弟子の方ですが。今日は二人だけではありませんでした。
助けてもらったお礼にと言って、レイラが職人集団を引き連れて来ています。
レイラのところの関係の造園会社の人たちです。
我が家の隣の草叢を、畑に戻してくれると…。

 八年ホッタラカシで、草どころか小さな木まで生えているところ。とても私たちの手には負えないと話していた場所です。
 ですが、プロ集団にかかれば、あっと言う間。
草刈りの機械で綺麗に除草。そして大型車で運んできたトラクターで、全て耕してくれました。
 数日おいてから石灰を播いて、あと何回か耕せば、良い畑に戻るとのこと。
そこまで全部してくれるんだそうです。
 あ、石垣際の芹だけは残してもらいましたよ。勿体無いですからね。

 その上さらにです。
畑の奥には、梅林というほどでもないですが梅の木が十数本植わっています。
これも我が家の所有なんですが、畑同様、当然の如く放置状態。
その下草刈りまでしてもらって、綺麗スッキリとなりました。
もう少しすれば、よい梅がたくさんなるとのこと。

 梅か…。梅酒でも漬けようかな…。
でも、これだけあると、凄くたくさん生るよね。

 そんな所へ通りかかったのが、一人の御老人。
スーパータカイの小父さん(御隠居さん)です。

「お~、凄いね。畑と梅の木、綺麗にしたんだ。
あんたんとこの梅干しは最高だったからね。また食べたいね」

「え?梅干し?」

「あれ?知らない? あんたのお父さんに、毎年漬けてもらっていたんだよ。
ウチの大人気商品だったんだがね」

 え…。知らない……。

 あ、いや、そう言えば、小さい頃に、梅干しが干してあるのは見たことがあるような…。
言われるまで、気にもしていなかったけど…。

 確かに、最近買う梅干しって美味しくないなと思っていました。
前はもっと美味しかったと思っていたんですが…。
 あの美味しい梅干しって、父さんが漬けた物だったんだ。

 そうか、掃除した時に炊事場に大量にあった樽。
あれ、梅干しを漬けていた樽だ。

「ねえ、小父さん! お父さんの梅干しって、もう残って無いの?」

 お父さんの美味しい梅干し、食べたい!
梅干しは保存食。古い梅干しが高値で売られているってのも聞いたことあります。
掃除をしたとき、家の炊事場には、梅干しは無かった。
でも、こだわりの店タカイなら…。

 残念ながら、小父さんからの回答は…。

「いや~、人気商品だったから、毎年あっと言う間に売れちゃってね。もう無いよね…。
再現できるものなら、再現したくてね。儂も色々試したけど、再現できないんだよね」

 そうなんだ……。
梅干漬けるのって難しいのかな……。

 小父さんは続けます。

「材料の塩は、ウチで用意してたから、同じものが手に入るよ。
梅は、ここの梅だよね。
後はシソくらいで、余計な物は使っていないはずだけどね…。
どうやって漬けてたんだろうね…」

 お父さんの味か…。
梅は有る…。でも、タカイの小父さんに無理なんだもん、全くの素人の私になんか、無理ね…。

 その後、小父さんから、大まかな梅干しの作り方は聞きました。
梅を塩で漬け、塩もみしたシソを加え、夏の土用の頃に干すのだそうです。
塩は天日塩。お父さんは『赤穂の塩』を使っていたそうです。


 部屋へ戻り、今は二人の弟子との三人だけ。
あ、いや、ビンちゃんもいますが、二人にはビンちゃんは見えていないですしね。

 レイラが、スマホで梅干し漬けについて詳しく調べてくれました。
最近の梅干しは減塩って言うことで、塩10%くらいで漬けるみたい…。
でも塩は防腐剤の役目も有り、少ないと腐敗してしまいます。
昔の梅干しは20%くらいで漬けたことも有った。…が、おそらく、それでは塩辛いとのこと。この間で、どのくらいにするかってことが難しいみたいって…。

 そんなこと調べて、どうするのよって言ったら、レイラってば目を剥いて、速攻の返し。

「え? 師匠、漬けないんですか?!
ここは当然、お父様の味再現に挑戦って流れじゃないですか!」

「え、ええ~。難しそうよ。無理よ…」

「はああ? 何でですか。やってみましょうよ。手伝いますよ!
折角、梅があるんですから!」

 あらあら、祐奈まで…。

「そうですよ。絶対やるべきですよ!」

 レイラもそんなに…。

 ま、まあ、ちょっとだけなら…。
 試してみても良いかな……。


 グイグイと迫ってくる二人の勢いに押され、梅干し造りに挑戦することになってしまいました。
 まあ、私も興味ないってことではありません。
おそらく、「やっぱり無理だった」って結論になるんでしょうけど、買う必要があるのは塩とシソくらい。そんな大きな出費でもありません。
 父さんがしていたのと同じことをしてみるってもの、悪くはないかも…。
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