月の影に隠れしモノは ~人魚と河童の事件編~

しんいち

文字の大きさ
27 / 80
沙織

26 沙織、暴走する4

しおりを挟む

「私と康市君は良いのだ。だがな、優子がな・・・」

 優子…。
 山本優子。沙織の母親である。
 そして、権兵衛の実の娘……。

 優子は、慎也のことをゴキブリの如く、いや、糞便に湧くうじ虫の如く忌み嫌っていた。彼女は、絶対に許さないだろう…。

 大学教授をしている優子は、自分の信念を曲げない、真面目一方の超堅物。公安トップの康市といえども頭が上がらない、かなり強烈な女性だ。
 妹の亜希子と非常に仲の良い姉妹であるのだが、性格は、少々異なる。
 どちらかというと大雑把な亜希子と対照的に、細かなところにも気が付き、些細な不正も絶対許さない正義感の塊といったところ。
 意外なことに、いじめられっ子的存在だった亜希子を、一人で身を挺してかばって来たという女傑でもある。
 そんな彼女だから、「自分の娘が妾に」なんてことを許せるはずがない。
 五年前、娘たちが慎也の元へ行ってしまった時は、もう、発狂せんばかりの大騒ぎだったのだ。

 権兵衛も康市も、あの時は何とか鎮めるのに多大な、多大な、苦労を強いられた。
 そして、五年限定ということで、何とか、何とか、収めていたのだ。
 なのに、また娘が慎也のところへ戻るとなったら、どうなってしまうか分からない。
 沙織の淫気のことを話したところで、到底納得するとは思えない。
 もしかすると、自分の元に沙織を一生監禁してしまうことも考えられた。

 沙織も自分の母親のことだ。当然、その気性はよく分かっている。
 しょんぼりするあわれな孫に、権兵衛から一つ妥協策が提示された。
 それは、沙織を、権兵衛の地元秘書に配置換えするという案だった。

 権兵衛の地元は、愛知県小牧市だ。ここには、権兵衛が熱烈に信仰する尾張賀茂神社があり、権兵衛は、かなり頻繁ひんぱんに帰っていた。
 尾張賀茂神社は、沙織の親友、尾賀恵美の実家でもある。だから、沙織の主な仕事は、尾張賀茂神社との連絡係ということにする。
 この神社は「神子かんこ」の件で慎也の奈来早神社とも繋がりがある。
 よって、仕事名目で、慎也とたまに会うことも出来るようにする。
 そうすれば、沙織の力の暴走も和らぐはずだ。
 これで時間を稼ぎ、それでも沙織の想いが変わらないのであれば、優子の方の説得も試みて・・・。

 つまるところ、この案は、暴走させない程度に沙織の淫気を和らげておいての、問題先送りだ。
 「優子の説得を試みる」などと言っても、権兵衛には、説得を成功させる自信など皆無である。
 だが、それでも沙織にとっては、希望の光の見えた気がする有難い案であった。

 丁度、権兵衛は明日、帰郷する予定になっている。
 当初、沙織は同行しない予定だったが、沙織も一緒に連れてゆき、そのまま地元に留め置くことに決まった。
 今の沙織には一刻の猶予も無いのだ。放置すれば放置するだけ、「犠牲者」が増えてしまう。
 他人事でなく、自分たちもその「犠牲者」になりかねないという明らかな自覚と多大な危機感もあって、迅速に決まったのだった。


 涙を流しながら礼を言って退室していった沙織を見送り(…危険だから、あまり長く近くに置いておけない)、康市は、久しぶりに顔を合わせた義父、権兵衛を改めて注視した。

「だいぶ、お痩せになられたようですね…」

 遠慮がちにいてみる。顔色も良くないように見えるのだ。
 娘の沙織のことで心労を重ねさせてしまったのかと思うと、申し訳無い事この上ない。

「う~ん。私も、もう八十だ。何時お迎えが来てもおかしくない歳になった。どこも悪くないとは、行かぬようだ」

 康市は驚いた。
 元気が取柄の義父の口から、こんな弱気な発言を聞いたのは初めてだった。

「どこか、お悪いんですか?」

「うむ、皆には言うなよ。最近ちょっと、腹痛がしてな」

「医者には?」

「わしが医者嫌いなことは、知っているだろう」

「いや、でもそれは・・・。
 帰郷されるんでしたら、亜希子さんに診てもらったらどうでしょう?
 最近、名医と評判になっていますよ」

「亜希子か・・・。そうじゃな…。そうするかな」

 権兵衛は小声で答えた。複雑な顔をして。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...