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沙織

31 亜希子の秘密2

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 権兵衛は、このまま、亜希子のところへ入院する。

 沙織は、祥子にしっかりと見てもらったところ、淫気はもう全く漏れ出ていないとのこと。尾張賀茂神社へお世話になることになっていたが、そちらはキャンセルすることにし、丁重に詫びの電話を入れた。
 実のところ、またあの石段を上らないといけないのかと思うと、沙織は少し憂鬱だったのだが、この点ではホッとした。
 しかし、その代わりに、更に大きな憂鬱を抱えることになってしまった。
 あの優子が待つであろう自宅へ帰らないといけないのだ……。

 杏奈・環奈と共に、重い足取りで三人そろって帰宅した。


 優子はその日、部屋に閉じこもって出てこなかった。
 家事に関しては家政婦がいるので、問題は無い。
 翌朝も、三人は優子に顔を合わせることなく、一緒に研究所へ出て来た。何も妨害されること無く…。
 やはり亜希子の言う通り、優子も実の父親を見殺しには出来なかったということだ。

 権兵衛の治療は二週間の予定。
 治療と言っても、手術するでなく、放射線治療もなく、単に、『薬』を飲むだけ。
 ただ、『薬』を飲んだ本人は、すぐに効果を実感したようだ。痛みが消えて、気分も良くなったという。ドロッとしていて、生臭くて、味は最悪ということであるが、薬なのだから不味まずくても仕方がないと納得させている。
 もっとも、この薬の正体を知ったら、卒倒するかもしれない…。
 そう、この薬・・・。
 正体は、早紀の『聖液』その物なのだから。

―――――
 ゴミ箱お花満開事件の際、スミレから『聖液』で癌が治ったという話を聴いた亜希子と徹。早速、癌に対する効果の確認実験の準備に入った。が、提供者として期待した早紀からの、頑強な抵抗にあった。
 まあ、毎回フィンガーアタックで搾り取られては、堪ったものでは無い。抵抗も無理からぬもの・・・。
 だが、その後、結婚式を挙げ、早紀と美雪も、慎也宅で目出度く同居と相なった。
 その晩、二人とも嬉し恥ずかしの初夜・初体験を済ませた(もちろん舞衣と祥子とも同室で)のだが、その際に、ある『事故』が起きてしまった。
 美雪に続いての、早紀の初交合…。早紀の『初めて』は、正常位で。
 念願適い、慎也と一つになって、絶頂に達した早紀…。その早紀のアレからは大量の聖液が勢いよく噴出し、見事慎也の顔面を直撃!さらに、その下になっていた早紀の顔にもベットリ降り注いだのだ。
 この聖液は、病気を治してしまうという貴重なモノ。勿体無もったいないと言って、二人の顔は、他の妻たちに残らずめとられたのだが、それは良いとして(誰がどっちを舐めたかも含め)・・・、翌日からは、早紀のアレにはしっかりとゴムが被せられ、防御されることになったのだ。
 以後毎晩、ゴムに早紀の聖液が放出される。これの提供を受けて、実験が行われ、癌への多大な効果が確認された。
 慎也宅には専用のクーラーボックスが設置され、毎晩ここに入れられる早紀の聖液は、翌朝に徹が回収。冷凍処理して、薬として保管・利用されている。

 因みに、結婚式後、スミレも慎也宅の水屋で暮らしている。
 彼女の旦那の総司は春から名古屋に転勤が決まっていて、その準備で家を空ける機会が多くなる。スミレは妊婦でもあり、元アイドルでもある。一人にしておくのは心配ということで、慎也宅に一時居候となったのだ。
 総司も時々泊まりには来るが、普段スミレは夜を独りで過ごすことになってしまった。妊娠中とはいえ、まだまだ、若い女がである。
 さらには、同じ家で毎晩激しい営みが行われている。スミレも体がうずいてしまう。
 かといって、自分もその仲間になどということは論外。断じてあり得ない。
 結果、一人で体を慰めることになる。
 すると、早紀と同じで、聖液が・・・。
 『娘』が頑張っているのだから、『母親』も提供するという名目で、恥ずかし気に舞衣へのスミレからの申し出。スミレが居る間は、二人分の聖液が生産されるということになっていた。
―――――

 権兵衛の治療には、慎也たちが当たるということになっているので、権兵衛に使用されているのは早紀の聖液。
 スミレは、戸籍上、早紀の母親になっているので、スミレのを使用しても問題は無いし、正体も秘密の薬である。どちらのでもよいのだが、まあ、何となく……。
 前日夜に生産された、早紀の新鮮な生聖液を権兵衛に提供していた。

 早紀は、自分の放出したモノが毎日飲まれていると思うと、羞恥で権兵衛に顔を向けられなかった。よって、初日以降は全く研究所に顔を出さない。
 しかし、一応、皆で協力して権兵衛の治療をするということになっているので、他の面々は、可能な限り毎日権兵衛の病室を訪れた。
 特に沙織は、付きっきりで権兵衛の世話をした。

 権兵衛としては、いつまで経っても、薬と称されるモノを飲まされるだけで、他の治療は一切無い。
 首を傾げるが、実際に体調が良くなってきているのであるから文句は無い。あの『薬』を皆で協力して作っているのだろうと考えていた。

 これは実際、半分正解だ。
 あの『薬』は、慎也が早紀から放出させるのであるが、その際は他の妻も同室でそれを見守っているのだから。
 …但し、沙織・杏奈・環奈は、無念ながらその時間は自宅待機だが…


 一週間もすると、権兵衛の癌は綺麗に消えてしまった。これは、美雪の透視による確認。あと一週間は、視認できない小さな癌細胞が残っているかもしれないということで、念の為に飲み続けてもらった。
 予定通りの二週間で権兵衛の治療は完了。無事、退院の日を迎えた。

 この間、沙織姉妹は、実家から通い続けていた。
 母親からは、特に引き留められたりはしなかったようだ。だが、顔を合わせても、殆ど会話も無い冷戦状態だという……。

 この日の朝も、沙織たちは姉妹三人で亜希子の研究所へ来ていた。
 杏奈・環奈は、いつも研究所へ一旦顔を出した後は学校に通っていたが、今日は権兵衛の退院の日なのでサボタージュを決め込んでいる。
 父親の康市も東京から帰って来ていて、退院の時間には康市が迎えに来てくれることになっていた。

 そして、当の本人、権兵衛は、もう元気が有り余っている状態だ。
 ずっと我慢していた痛みは治療開始二日ほどで完全に消えた。気力活力が満ち溢れているのは、傍目はために見ても良く分かる。
 入院中の昼食・夕食は祥子が作る弁当であった。自分も何か協力出来ないかと祥子が考え、自ら申し出たことだ。…が、これがまた美味過ぎて、明日からもう食べられないとなると、残念至極だと権兵衛は言っていた。
 『弁当』とは言うものの、前総理が食べるということで、祥子もかなり気合を入れていたのだ。さらにそれを、可愛い孫娘たちと一緒に賑やかに食べていた…。こんな幸せなことは無かったであろう。

 駐車場に入ってきた車を窓から見ていた杏奈が、ポツリとつぶやいた。

「あ、母様・・・」

 沙織と環奈も、窓へ寄って確認する。康市と一緒に、彼女らの母親、優子も来ていた。
 それを聞いて、慎也たちは緊張しながら、そろって権兵衛の病室で待った。

 康市と優子が入室してくる。康市は慎也たちに向かって丁寧に頭を下げたが、優子は目も合わせない。
 亜希子が、その優子に声を掛けた。

「姉さん。お父様は無事完治しましたよ。もう大丈夫。この皆さんが治してくださったのよ」

 優子は亜希子をジッと見詰める。突き刺すような視線だ。

「だから?」

 亜希子に一言、優子が発した。

「亜希ちゃん。だから、何?」

 再度、亜希子に向かって言う。

「だから何って、姉さん・・・」

 亜希子は渋い顔をした。その亜希子に代わり、権兵衛が前に進み出る。

「優子。お前には、まだ話してなかったが…。
沙織が新年会の際に襲われたのはニュースになったから知っているな。だが、あれだけで無いのだ。沙織は、たて続けに次々と男に襲われておるのだ。
その原因。それは、沙織の持っている異能の力の暴走だ。沙織は慎也君を恋い慕うあまり、淫気を放出してしまって居る。その淫気に引かれ、男が襲ってくるのだ。
本人に自覚が無いのだから、止めようがない。これを防ぐには、力を暴走させないように、慎也君の近くに置いておくしかない。
だから、康市君とも相談して、地元秘書にしようとした。たまにでも逢わせてやれば、暴走が収まるだろうとな」

 権兵衛は沙織の横に立ち、優子に向かって語り掛けた。そして、沙織の肩に手を掛けながら、続ける。

「まあ、まさか自分がこんなことになるとは思ってもいなかったが、結果的に沙織は慎也君に会え、淫気の暴走も収まっているようだ。
それにな、今回こんなことで、私は慎也君たち皆さんのお世話になって知った。皆、とっても良い人たちだ。
一人の夫に複数の妻。はたから見れば変な関係かもしれん。舞衣さん以外は、ハッキリ言って妾だ。しかし、皆、互いを認め合い、協力し合い、仲良く楽しく一つ屋根の下で五年も暮らしていたのだ。
私には、沙織が泣く程戻りたいと思って居った気持ちもよ~く理解できた。
本人が戻りたいというんだ。叶えてやらんか?」

「冗談じゃないわよ。なぜ? なぜ、こんな変なのがいいの?
女として、一人の愛すべき男性と結ばれて、普通の幸せをつかめば良いじゃない!」

 優子は権兵衛に食って掛かる。
 困惑顔になる権兵衛に代わり、亜希子が一歩前へ出た。

「姉さん…。普通の幸せですって? 普通? 何よその、普通って…。幸せなんて、人それぞれでしょうに。他人と違うことは、いけない事なの? なんで、『普通』じゃなきゃ許せないの? バッカみたい…。
そもそも、沙織さんに、そんなの無理よ…。これ見て!」

 亜希子が出して優子横の机にパンと置き、優子に見せたのは、首の切断された状態の鬼の写真。クイの写真だ。
 クイの検死・解剖は亜希子が担当した。その際に撮影した遺体写真…。当然気持ち良いモノではなく、優子は顔をしかめた。

「前に、女鬼の写真を見せたわよね。こっちは、更にガタイの良い、力の強い男の鬼。この鬼を討ち取ったのは、沙織さんよ。それも、一人で!
彼女の異能力で動けなくしておいて、生きた状態の首を、一人でザックリ切り落としたの! 噴き出す返り血で真っ赤になりながらね」

「えっ!!」

 優子はギョッとして、遺体写真から沙織へ視線を移した。優子ばかりか、権兵衛と康市も驚愕していた。鬼退治の件は知っていたが、今聞いたことは初耳だ。
 このか弱い娘が、鬼の首を切り取った……。鬼を、あの手で殺した……。
 余りのことに、三人とも言葉も出ない。

「沙織さんはとっくに、そんな普通なんてモノは超越しているの。
こんなゴツイ鬼の首を一人で切断してしまう女が、そこいらの軟弱男なんかと『普通の幸せ』ですって? チャンチャラおかしいわ!
今更、彼女に普通なんてものを求めるのは不可能よ。」

 それはちょっと言い過ぎだろうとも思うが、亜希子は別に沙織を批判しているのではない。皆、そんなことは分かっているから、口は挟まない。

「で、でも・・・。だからと言って、妾は無いでしょう! 妾なんてダメよ!」

「姉さん…。私に、それを言うの? 私は妾の子よ・・・」

 慎也は、驚いて亜希子を見た。
 …亜希子が妾の子?
 そういえば、亜希子の旧姓は桜井…。内藤では無かった。
 初めて自己紹介された時、慎也は疑問に思っていたのだ。あの時、沙織は複雑だから触れるなと言っていた。あれは、こういうことだったのだ。
 舞衣と祥子も、そのことに気付いた。驚いたような納得したような顔をして亜希子を見ていた。

 優子が、亜希子に向かい、訴えかける。

「だって、亜希ちゃん! あなたも、散々つらい思いしてきたでしょうに!」

 亜希子は、ゆっくりと歩きだした。優子の目前へ・・・。
 歩きながら、口を開く。

「姉さんは、私と私の母さんのことを考えてくれているのね。確かに母さんは妾として、寂しくみじめだった。惨めに事故で死んじゃった……」

―――――
 亜希子の母は、物静かで、妾としての分をわきまえた人だった。
 小さな妾宅が与えられていたが、そこに隠れるように、亜希子と二人でつつましく暮らしていた。
 亜希子も小さい時から、よく母に言い聞かされていた。

「あなたには内藤家の財産を継ぐ資格はない。絶対にそれを求めてはいけない。あなたは、結婚するまで桜井でいなさい」

 亜希子は言いつけを守り、後に、権兵衛から内藤の籍に入れると言われた時も断ったのだ。
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