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恵美と河童
47 神鏡
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翌日、慎也は亜希子の研究所へ赤ちゃんを連れて行った。
亜希子に事情を話すと彼女も困惑顔で頭を掻いていたが、出生届の方は引き受けてくれた。
名前は尾賀美月。母親は尾賀恵美で、父親不明の非嫡出子。
誕生日が不明だが、この人界に来たのは昨日であるから、昨日、十月十四日に生まれたことにする。
慎也は、その後、沙織と一緒に尾張賀茂神社へ向かった。勿論、赤ちゃんも連れて…。
恵美の子ということは、恵美の母親真奈美にとって孫、大物忌の梅にとっては、曾孫になる。そして、将来の尾賀家の後継者だ。
事情を話すと、真奈美と梅から平謝りに謝られ、慎也は恐縮しきりだった。
恵美は、慎也の正式な結婚相手ではない。だから、恵美が他所で子を儲けても特段問題は無く、このように謝られることでもないのだ。
逆に慎也の方こそ、恵美を妾にしているという、申し訳ない立場なのである。
慎也がここに来たのは、恵美の子を恵美の家族に会わせるため。だが、慎也はこの子を、ここに置いて行くつもりは無かった。
恵美からの手紙には「この子をよろしく」と書かれていた。
慎也は、それを自分に宛てたモノだと思っている。だから、暫くは自分のところで育てるつもりだった。
勿論、尾賀家の後継者としての教育も必要であろうから、いつまでもとは行かない。しかし、来て翌日に厄介払いの様に追い出してしまうというのは、違うと思う。
これに関しては、真奈美も梅も理解してくれた。
そして、ここへ来た理由は、このことだけでは無かった。
恵美を救出するヒントを得られないかと思ってのことだ。
神子と鬼のことで何か資料等があるとすれば、ここしか思いつかなかったのだ。
真由美も梅も、赤子を育ててくれる上に『不倫』した娘を助けようとしてくれるのかと、土下座しだしそうな勢いだが、何とかそれを押し留めた。
自宅の方に居る舞衣と美雪は相変わらず「絶対に許さない」と怒っているが、慎也は冷静になってきている。
何しろ、あの悪戯っ子のすることだ。そして、彼女が特別な理由も無しに裏切ったりしないと…。
しかし、慎也の期待したことに関しては、虚しい結果となった。
真奈美も梅も、異界の門に関しては何も知らなかったのだ。
沈痛な面持ちになった四人。恵美を連れ戻す為の手掛かりが、何も無い…。
溜息しか出ない。
ところが、ふと、沙織が思いついたように発言した。
「あ、あの・・・。異界の門を開く鏡は、一枚だけじゃないのですよね」
隣に坐っている慎也に、赤ちゃんを抱きながら言う沙織。
慎也も、横の沙織を見て答える。
「うん、妖界には三面あるって、前にテルさんが言っていたね。
一面は村長さん、一面は大婆さんが管理していて、あと一面は神社に安置してあるって」
「妖界には三枚もあって、こちらには一枚も無いのでしょうか…」
「え? そ、そういえば・・・。でも、あっちは鬼たちの隠れ里であって、人間に来られると困るだろうから、こっちには置いて無いんじゃないのかな…」
梅が、ハッとしたような表情で訊き直す。
「い、今、一面は神社に安置とおっしゃいましたか?」
「はい、そう聞いていますが。 ・・・あ~!!」
いきなり大声を上げた慎也に、沙織と真奈美がギョッとした。
「鏡と言えば、御神体!」
続いた言葉に、梅も頷いた。
沙織は抱いていた赤ちゃんが泣き出さないかと慌てて確認したが、スヤスヤ眠っている。
流石は恵美の子、肝が据わっている。一旦寝ると、少々の事では起きない…。
梅の指示で、真奈美が装束を付け、本殿へ上がった。
御錠を解き、鍵穴に御鑰を刺し込んで枢を外す。「オー」との警蹕を唱えながら、開扉…。
御簾を上げ、更に、中にあるもう一つの内陣扉も解錠し、開く。
内陣奥に安置されているのは、御神体の入った唐櫃。真奈美は両手で捧げるように唐櫃を捧げ持ち、本殿から出した。
御神体・・・。本来なら開けてはいけないモノ・・・。
机に置かれた唐櫃を真奈美が慎重に開けると、更に柳筥という箱。それを開けると…。御神体の鏡だ。
慎也は白手袋をはめ、鏡を受け取った。
・・・間違いない。
アマが使っていた鏡と同じ模様で同じ大きさ…。同一の鏡だ。
異界の門を開く鏡である!
異界の門を開く鏡は、人界にもあった。これで、この鏡が上手く効力を発揮すれば、恵美を連れ戻すことが出来る。
だが、妖界の鏡が効力を失った理由が分からない。恵美が帰れなくなったということは、恐らく妖界の鏡は三面とも効力を失っているのだろう。
同じように、この鏡も効力を失っている可能性もある。
どうなのかは試してみなければ分からないが、試せるのは月が出る夜だ。
この鏡は神社の大切な御神体であるので、他所へ持ち出せない。夜に関係者を神社に集めて試すことにした。
それから、御神体の鏡の下から、古文書が出て来た。
かなり古いモノで、何が書いてあるか分からない。
黒く変色してしまって、文字がほとんど見えないところもあるが、もしかすると、鏡に関して重要なことが書かれているかもしれない。
沙織は直ぐにスマホを取って電話をした。
架けた相手は母親の優子…。彼女は大学教授であり、古文書解読のエキスパートだ。
『はい、山本です』
「お母様!沙織です!」
『お母様?私に娘はありませんが?』
一応、優子は沙織たちと親子の縁を切ったことになっている…。勿論、口先だけのこと。本気ではない。
「まだ、そんなこと言っているんですか? それどころじゃないんです。今日中に、急いで尾張賀茂神社まで来てください。大変なことになっているんです。お願いしますよ!」
沙織は理由も話さずに即座に電話を切った。ぐだぐだ押し問答していても始まらないのだ。この方が、訳が分からないながらも優子は急いで来てくれるだろう。
慎也と沙織は、そのまま尾張賀茂神社で夜まで待機。
他の妻たちは、夜までに亜希子が車で送ってきてくれるということだ。
優子は二時間程して、自分の車で慌ててやって来た。
「お母様! よかった。早く!」
沙織が手を引いて、玄関から社務所内へ連れてくる。
「あ、あなたね~。もう、知らない子って言ってるでしょうに。気軽に呼び付けないでくれる?講義を休講にして来たのよ!」
「そんな場合じゃないの!急ぎ、解読して欲しい古文書があるの!」
「は、はあ~!? そんなことで呼んだの?」
部屋に引っ張り込まれると、そこには慎也。
優子は渋い顔をして、軽く頭を下げながら皮肉を言う。
「まあまあ。いつも、お仲が、およろしくて、ご結構なことで・・・」
慎也も、申し訳なさそうに頭を下げた。申し訳ないというのは沙織たちを妾にしていることと、急遽来てもらったこと両方だ。
直ぐに沙織が古文書を見せる。
優子は渋い顔のまま、それを見たが。
「あ、あら、これ・・・」
優子の反応に、慎也と沙織は不審の目を向けた。
「これさあ、前に勘治さんから解読依頼受けた古文書と同じものね…」
「え!!」
慎也と沙織は、同時に声を上げた。
勘治・・・。ということは、二年程前に勘治が慎也に預けていった、鬼と河童と人魚の事の書かれた古文書だ。
であれば、慎也も沙織も内容は知っている。特に目新しいモノでは無いということになる。
・・・が、
「あ、ちょっと待って・・・。 これ、別の写本ね。あ、いや、こっちの方が元かも。この黒くなっている部分。勘治さんの持ってきたモノには無かったところよ。『中略』ってなってた。
読めなくって、この部分は省略して写してあったのね。だから、こっちが原本なのよ」
内容が飛んでいたのは鬼に関しての所だ。鏡の使い方の記述の後の部分が抜けていた…。
つまり、この黒い部分に何が書かれているか分かれば、鏡の秘密が解明出来るかもしれない。
「お母様!なんとか、その黒い部分を解読して!」
「無理言わないでよう。真っ黒で読めない物を解読できるはず無いでしょうに…。
でも、なんで、こんなに黒くなってるんだろう。墨じゃ無いわよね。何かの汁がついて、紙が変色したみたい…。
う~ん、かろうじて読めるのは、この部分の「石」っていう字かな…」
「石ですか? 鏡で石・・・ 八咫鏡を鋳造した石凝姥命でしょうか?」
「う~ん、どうかな・・・。前後の字は読めないわね。あとは、この部分は「麻」かな?」
「麻・・・。神事で使う木綿の事かも…。とすると、やっぱり、天の岩戸隠れの神話のことが書かれているのかな・・・」
天の岩戸隠れの神話。
太陽神である天照大御神が弟神スサノオの乱暴狼藉に怒って岩戸に隠れてしまう話である。
太陽神が隠れてしまい、この世は真っ暗になってしまった。
困った神々は天の安河原で相談し、策を練る。
石凝姥命が大きな鏡を作り、それを岩戸の前に掛けた。
天鈿女命は桶を伏せた上に乗り、乳房も陰部も出しての踊り…つまりストリップ…をする。
神々は大笑いし、大騒ぎ。
自分が隠れて真っ暗になり、困っているはずの神々が大笑いしているのを訝った天照大御神。岩戸をそっと開けると、見えたのは鏡に写った自分の姿。
この輝く神は誰かと、更に少し岩戸を開けたところで力持ちの天手力男命が扉をこじ開け、天照大御神を外へ連れ出したという話だ。
二代続けて宮司が『龍の祝部』になった奈来早神社の御祭神も、天照大御神。読めない部分には、この神話に関することが書かれているのかもしれない…。
夜になり、皆、尾張賀茂神社境内に集まった。優子も沙織から詳しい事情を聴き、そのまま留まっていた。
妻たち皆で、改めて御神体の鏡を確認する。
アマたちの使っていた神鏡には、独特の文様が刻まれていた。一時期、慎也宅で預かっていたこともあり、美雪と早紀も含めて、皆、間近でよく観察していた。その文様といい、大きさといい、間違いなく同じ物だ。
夜空には、輝く十六夜の月。
慎也がその月光を鏡に受け、五芒星を描くも・・・。
異界の門は、出現しなかった・・・。
亜希子に事情を話すと彼女も困惑顔で頭を掻いていたが、出生届の方は引き受けてくれた。
名前は尾賀美月。母親は尾賀恵美で、父親不明の非嫡出子。
誕生日が不明だが、この人界に来たのは昨日であるから、昨日、十月十四日に生まれたことにする。
慎也は、その後、沙織と一緒に尾張賀茂神社へ向かった。勿論、赤ちゃんも連れて…。
恵美の子ということは、恵美の母親真奈美にとって孫、大物忌の梅にとっては、曾孫になる。そして、将来の尾賀家の後継者だ。
事情を話すと、真奈美と梅から平謝りに謝られ、慎也は恐縮しきりだった。
恵美は、慎也の正式な結婚相手ではない。だから、恵美が他所で子を儲けても特段問題は無く、このように謝られることでもないのだ。
逆に慎也の方こそ、恵美を妾にしているという、申し訳ない立場なのである。
慎也がここに来たのは、恵美の子を恵美の家族に会わせるため。だが、慎也はこの子を、ここに置いて行くつもりは無かった。
恵美からの手紙には「この子をよろしく」と書かれていた。
慎也は、それを自分に宛てたモノだと思っている。だから、暫くは自分のところで育てるつもりだった。
勿論、尾賀家の後継者としての教育も必要であろうから、いつまでもとは行かない。しかし、来て翌日に厄介払いの様に追い出してしまうというのは、違うと思う。
これに関しては、真奈美も梅も理解してくれた。
そして、ここへ来た理由は、このことだけでは無かった。
恵美を救出するヒントを得られないかと思ってのことだ。
神子と鬼のことで何か資料等があるとすれば、ここしか思いつかなかったのだ。
真由美も梅も、赤子を育ててくれる上に『不倫』した娘を助けようとしてくれるのかと、土下座しだしそうな勢いだが、何とかそれを押し留めた。
自宅の方に居る舞衣と美雪は相変わらず「絶対に許さない」と怒っているが、慎也は冷静になってきている。
何しろ、あの悪戯っ子のすることだ。そして、彼女が特別な理由も無しに裏切ったりしないと…。
しかし、慎也の期待したことに関しては、虚しい結果となった。
真奈美も梅も、異界の門に関しては何も知らなかったのだ。
沈痛な面持ちになった四人。恵美を連れ戻す為の手掛かりが、何も無い…。
溜息しか出ない。
ところが、ふと、沙織が思いついたように発言した。
「あ、あの・・・。異界の門を開く鏡は、一枚だけじゃないのですよね」
隣に坐っている慎也に、赤ちゃんを抱きながら言う沙織。
慎也も、横の沙織を見て答える。
「うん、妖界には三面あるって、前にテルさんが言っていたね。
一面は村長さん、一面は大婆さんが管理していて、あと一面は神社に安置してあるって」
「妖界には三枚もあって、こちらには一枚も無いのでしょうか…」
「え? そ、そういえば・・・。でも、あっちは鬼たちの隠れ里であって、人間に来られると困るだろうから、こっちには置いて無いんじゃないのかな…」
梅が、ハッとしたような表情で訊き直す。
「い、今、一面は神社に安置とおっしゃいましたか?」
「はい、そう聞いていますが。 ・・・あ~!!」
いきなり大声を上げた慎也に、沙織と真奈美がギョッとした。
「鏡と言えば、御神体!」
続いた言葉に、梅も頷いた。
沙織は抱いていた赤ちゃんが泣き出さないかと慌てて確認したが、スヤスヤ眠っている。
流石は恵美の子、肝が据わっている。一旦寝ると、少々の事では起きない…。
梅の指示で、真奈美が装束を付け、本殿へ上がった。
御錠を解き、鍵穴に御鑰を刺し込んで枢を外す。「オー」との警蹕を唱えながら、開扉…。
御簾を上げ、更に、中にあるもう一つの内陣扉も解錠し、開く。
内陣奥に安置されているのは、御神体の入った唐櫃。真奈美は両手で捧げるように唐櫃を捧げ持ち、本殿から出した。
御神体・・・。本来なら開けてはいけないモノ・・・。
机に置かれた唐櫃を真奈美が慎重に開けると、更に柳筥という箱。それを開けると…。御神体の鏡だ。
慎也は白手袋をはめ、鏡を受け取った。
・・・間違いない。
アマが使っていた鏡と同じ模様で同じ大きさ…。同一の鏡だ。
異界の門を開く鏡である!
異界の門を開く鏡は、人界にもあった。これで、この鏡が上手く効力を発揮すれば、恵美を連れ戻すことが出来る。
だが、妖界の鏡が効力を失った理由が分からない。恵美が帰れなくなったということは、恐らく妖界の鏡は三面とも効力を失っているのだろう。
同じように、この鏡も効力を失っている可能性もある。
どうなのかは試してみなければ分からないが、試せるのは月が出る夜だ。
この鏡は神社の大切な御神体であるので、他所へ持ち出せない。夜に関係者を神社に集めて試すことにした。
それから、御神体の鏡の下から、古文書が出て来た。
かなり古いモノで、何が書いてあるか分からない。
黒く変色してしまって、文字がほとんど見えないところもあるが、もしかすると、鏡に関して重要なことが書かれているかもしれない。
沙織は直ぐにスマホを取って電話をした。
架けた相手は母親の優子…。彼女は大学教授であり、古文書解読のエキスパートだ。
『はい、山本です』
「お母様!沙織です!」
『お母様?私に娘はありませんが?』
一応、優子は沙織たちと親子の縁を切ったことになっている…。勿論、口先だけのこと。本気ではない。
「まだ、そんなこと言っているんですか? それどころじゃないんです。今日中に、急いで尾張賀茂神社まで来てください。大変なことになっているんです。お願いしますよ!」
沙織は理由も話さずに即座に電話を切った。ぐだぐだ押し問答していても始まらないのだ。この方が、訳が分からないながらも優子は急いで来てくれるだろう。
慎也と沙織は、そのまま尾張賀茂神社で夜まで待機。
他の妻たちは、夜までに亜希子が車で送ってきてくれるということだ。
優子は二時間程して、自分の車で慌ててやって来た。
「お母様! よかった。早く!」
沙織が手を引いて、玄関から社務所内へ連れてくる。
「あ、あなたね~。もう、知らない子って言ってるでしょうに。気軽に呼び付けないでくれる?講義を休講にして来たのよ!」
「そんな場合じゃないの!急ぎ、解読して欲しい古文書があるの!」
「は、はあ~!? そんなことで呼んだの?」
部屋に引っ張り込まれると、そこには慎也。
優子は渋い顔をして、軽く頭を下げながら皮肉を言う。
「まあまあ。いつも、お仲が、およろしくて、ご結構なことで・・・」
慎也も、申し訳なさそうに頭を下げた。申し訳ないというのは沙織たちを妾にしていることと、急遽来てもらったこと両方だ。
直ぐに沙織が古文書を見せる。
優子は渋い顔のまま、それを見たが。
「あ、あら、これ・・・」
優子の反応に、慎也と沙織は不審の目を向けた。
「これさあ、前に勘治さんから解読依頼受けた古文書と同じものね…」
「え!!」
慎也と沙織は、同時に声を上げた。
勘治・・・。ということは、二年程前に勘治が慎也に預けていった、鬼と河童と人魚の事の書かれた古文書だ。
であれば、慎也も沙織も内容は知っている。特に目新しいモノでは無いということになる。
・・・が、
「あ、ちょっと待って・・・。 これ、別の写本ね。あ、いや、こっちの方が元かも。この黒くなっている部分。勘治さんの持ってきたモノには無かったところよ。『中略』ってなってた。
読めなくって、この部分は省略して写してあったのね。だから、こっちが原本なのよ」
内容が飛んでいたのは鬼に関しての所だ。鏡の使い方の記述の後の部分が抜けていた…。
つまり、この黒い部分に何が書かれているか分かれば、鏡の秘密が解明出来るかもしれない。
「お母様!なんとか、その黒い部分を解読して!」
「無理言わないでよう。真っ黒で読めない物を解読できるはず無いでしょうに…。
でも、なんで、こんなに黒くなってるんだろう。墨じゃ無いわよね。何かの汁がついて、紙が変色したみたい…。
う~ん、かろうじて読めるのは、この部分の「石」っていう字かな…」
「石ですか? 鏡で石・・・ 八咫鏡を鋳造した石凝姥命でしょうか?」
「う~ん、どうかな・・・。前後の字は読めないわね。あとは、この部分は「麻」かな?」
「麻・・・。神事で使う木綿の事かも…。とすると、やっぱり、天の岩戸隠れの神話のことが書かれているのかな・・・」
天の岩戸隠れの神話。
太陽神である天照大御神が弟神スサノオの乱暴狼藉に怒って岩戸に隠れてしまう話である。
太陽神が隠れてしまい、この世は真っ暗になってしまった。
困った神々は天の安河原で相談し、策を練る。
石凝姥命が大きな鏡を作り、それを岩戸の前に掛けた。
天鈿女命は桶を伏せた上に乗り、乳房も陰部も出しての踊り…つまりストリップ…をする。
神々は大笑いし、大騒ぎ。
自分が隠れて真っ暗になり、困っているはずの神々が大笑いしているのを訝った天照大御神。岩戸をそっと開けると、見えたのは鏡に写った自分の姿。
この輝く神は誰かと、更に少し岩戸を開けたところで力持ちの天手力男命が扉をこじ開け、天照大御神を外へ連れ出したという話だ。
二代続けて宮司が『龍の祝部』になった奈来早神社の御祭神も、天照大御神。読めない部分には、この神話に関することが書かれているのかもしれない…。
夜になり、皆、尾張賀茂神社境内に集まった。優子も沙織から詳しい事情を聴き、そのまま留まっていた。
妻たち皆で、改めて御神体の鏡を確認する。
アマたちの使っていた神鏡には、独特の文様が刻まれていた。一時期、慎也宅で預かっていたこともあり、美雪と早紀も含めて、皆、間近でよく観察していた。その文様といい、大きさといい、間違いなく同じ物だ。
夜空には、輝く十六夜の月。
慎也がその月光を鏡に受け、五芒星を描くも・・・。
異界の門は、出現しなかった・・・。
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