月の影に隠れしモノは ~人魚と河童の事件編~

しんいち

文字の大きさ
48 / 80
恵美と河童

47 神鏡

しおりを挟む
 翌日、慎也は亜希子の研究所へ赤ちゃんを連れて行った。
 亜希子に事情を話すと彼女も困惑顔で頭を掻いていたが、出生届の方は引き受けてくれた。
 名前は尾賀美月。母親は尾賀恵美で、父親不明の非嫡出子。
 誕生日が不明だが、この人界に来たのは昨日であるから、昨日、十月十四日に生まれたことにする。

 慎也は、その後、沙織と一緒に尾張賀茂神社へ向かった。勿論もちろん、赤ちゃんも連れて…。
 恵美の子ということは、恵美の母親真奈美にとって孫、大物忌の梅にとっては、曾孫ひまごになる。そして、将来の尾賀家の後継者だ。
 事情を話すと、真奈美と梅から平謝りに謝られ、慎也は恐縮しきりだった。
 恵美は、慎也の正式な結婚相手ではない。だから、恵美が他所で子を儲けても特段問題は無く、このように謝られることでもないのだ。
 逆に慎也の方こそ、恵美を妾にしているという、申し訳ない立場なのである。

 慎也がここに来たのは、恵美の子を恵美の家族に会わせるため。だが、慎也はこの子を、ここに置いて行くつもりは無かった。
 恵美からの手紙には「この子をよろしく」と書かれていた。
 慎也は、それを自分に宛てたモノだと思っている。だから、しばらくは自分のところで育てるつもりだった。
 勿論、尾賀家の後継者としての教育も必要であろうから、いつまでもとは行かない。しかし、来て翌日に厄介払いの様に追い出してしまうというのは、違うと思う。
 これに関しては、真奈美も梅も理解してくれた。

 そして、ここへ来た理由は、このことだけでは無かった。
 恵美を救出するヒントを得られないかと思ってのことだ。
 神子かんこと鬼のことで何か資料等があるとすれば、ここしか思いつかなかったのだ。

 真由美も梅も、赤子を育ててくれる上に『不倫』した娘を助けようとしてくれるのかと、土下座しだしそうな勢いだが、何とかそれを押し留めた。
 自宅の方に居る舞衣と美雪は相変わらず「絶対に許さない」と怒っているが、慎也は冷静になってきている。
 何しろ、あの悪戯っ子のすることだ。そして、彼女が特別な理由も無しに裏切ったりしないと…。

 しかし、慎也の期待したことに関しては、虚しい結果となった。
 真奈美も梅も、異界の門に関しては何も知らなかったのだ。

 沈痛な面持ちになった四人。恵美を連れ戻す為の手掛かりが、何も無い…。
 溜息しか出ない。

 ところが、ふと、沙織が思いついたように発言した。

「あ、あの・・・。異界の門を開く鏡は、一枚だけじゃないのですよね」

 隣に坐っている慎也に、赤ちゃんを抱きながら言う沙織。
 慎也も、横の沙織を見て答える。

「うん、妖界には三面あるって、前にテルさんが言っていたね。
 一面は村長むらおささん、一面は大婆さんが管理していて、あと一面は神社に安置してあるって」

「妖界には三枚もあって、こちらには一枚も無いのでしょうか…」

「え? そ、そういえば・・・。でも、あっちは鬼たちの隠れ里であって、人間に来られると困るだろうから、こっちには置いて無いんじゃないのかな…」

 梅が、ハッとしたような表情で訊き直す。

「い、今、一面は神社に安置とおっしゃいましたか?」

「はい、そう聞いていますが。 ・・・あ~!!」

 いきなり大声を上げた慎也に、沙織と真奈美がギョッとした。

「鏡と言えば、御神体!」

 続いた言葉に、梅も頷いた。
 沙織は抱いていた赤ちゃんが泣き出さないかと慌てて確認したが、スヤスヤ眠っている。
 流石は恵美の子、肝が据わっている。一旦寝ると、少々の事では起きない…。

 梅の指示で、真奈美が装束を付け、本殿へ上がった。
 御錠みじょうを解き、鍵穴に御鑰みかぎを刺し込んでくるるを外す。「オー」との警蹕けいひつを唱えながら、開扉…。
 御簾みすを上げ、更に、中にあるもう一つの内陣扉も解錠し、開く。

 内陣奥に安置されているのは、御神体の入った唐櫃からひつ。真奈美は両手で捧げるように唐櫃を捧げ持ち、本殿から出した。

 御神体・・・。本来なら開けてはいけないモノ・・・。

 机に置かれた唐櫃を真奈美が慎重に開けると、更に柳筥という箱。それを開けると…。御神体の鏡だ。
 慎也は白手袋をはめ、鏡を受け取った。
 ・・・間違いない。
 アマが使っていた鏡と同じ模様で同じ大きさ…。同一の鏡だ。
 異界の門を開く鏡である!

 異界の門を開く鏡は、人界にもあった。これで、この鏡が上手く効力を発揮すれば、恵美を連れ戻すことが出来る。
 だが、妖界の鏡が効力を失った理由が分からない。恵美が帰れなくなったということは、恐らく妖界の鏡は三面とも効力を失っているのだろう。
 同じように、この鏡も効力を失っている可能性もある。
 どうなのかは試してみなければ分からないが、試せるのは月が出る夜だ。
 この鏡は神社の大切な御神体であるので、他所へ持ち出せない。夜に関係者を神社に集めて試すことにした。

 それから、御神体の鏡の下から、古文書が出て来た。
 かなり古いモノで、何が書いてあるか分からない。
 黒く変色してしまって、文字がほとんど見えないところもあるが、もしかすると、鏡に関して重要なことが書かれているかもしれない。

 沙織は直ぐにスマホを取って電話をした。
 架けた相手は母親の優子…。彼女は大学教授であり、古文書解読のエキスパートだ。

『はい、山本です』

「お母様!沙織です!」

『お母様?私に娘はありませんが?』

 一応、優子は沙織たちと親子の縁を切ったことになっている…。勿論、口先だけのこと。本気ではない。

「まだ、そんなこと言っているんですか? それどころじゃないんです。今日中に、急いで尾張賀茂神社まで来てください。大変なことになっているんです。お願いしますよ!」

 沙織は理由も話さずに即座に電話を切った。ぐだぐだ押し問答していても始まらないのだ。この方が、訳が分からないながらも優子は急いで来てくれるだろう。
 慎也と沙織は、そのまま尾張賀茂神社で夜まで待機。
 他の妻たちは、夜までに亜希子が車で送ってきてくれるということだ。

 優子は二時間程して、自分の車で慌ててやって来た。

「お母様! よかった。早く!」

 沙織が手を引いて、玄関から社務所内へ連れてくる。

「あ、あなたね~。もう、知らない子って言ってるでしょうに。気軽に呼び付けないでくれる?講義を休講にして来たのよ!」

「そんな場合じゃないの!急ぎ、解読して欲しい古文書があるの!」

「は、はあ~!? そんなことで呼んだの?」

 部屋に引っ張り込まれると、そこには慎也。
 優子は渋い顔をして、軽く頭を下げながら皮肉を言う。

「まあまあ。いつも、お仲が、およろしくて、ご結構なことで・・・」

 慎也も、申し訳なさそうに頭を下げた。申し訳ないというのは沙織たちを妾にしていることと、急遽来てもらったこと両方だ。
 直ぐに沙織が古文書を見せる。
 優子は渋い顔のまま、それを見たが。

「あ、あら、これ・・・」

 優子の反応に、慎也と沙織は不審の目を向けた。

「これさあ、前に勘治さんから解読依頼受けた古文書と同じものね…」

「え!!」

 慎也と沙織は、同時に声を上げた。
 勘治・・・。ということは、二年程前に勘治が慎也に預けていった、鬼と河童と人魚の事の書かれた古文書だ。
 であれば、慎也も沙織も内容は知っている。特に目新しいモノでは無いということになる。
 ・・・が、

「あ、ちょっと待って・・・。 これ、別の写本ね。あ、いや、こっちの方が元かも。この黒くなっている部分。勘治さんの持ってきたモノには無かったところよ。『中略』ってなってた。
 読めなくって、この部分は省略して写してあったのね。だから、こっちが原本なのよ」

 内容が飛んでいたのは鬼に関しての所だ。鏡の使い方の記述の後の部分が抜けていた…。
 つまり、この黒い部分に何が書かれているか分かれば、鏡の秘密が解明出来るかもしれない。

「お母様!なんとか、その黒い部分を解読して!」

「無理言わないでよう。真っ黒で読めない物を解読できるはず無いでしょうに…。
 でも、なんで、こんなに黒くなってるんだろう。墨じゃ無いわよね。何かの汁がついて、紙が変色したみたい…。
 う~ん、かろうじて読めるのは、この部分の「石」っていう字かな…」

「石ですか? 鏡で石・・・ 八咫鏡やたのかがみを鋳造した石凝姥命いしこりどめのみことでしょうか?」

「う~ん、どうかな・・・。前後の字は読めないわね。あとは、この部分は「麻」かな?」

「麻・・・。神事で使う木綿ゆうの事かも…。とすると、やっぱり、天の岩戸隠れの神話のことが書かれているのかな・・・」

 天の岩戸隠れの神話。
 太陽神である天照大御神が弟神スサノオの乱暴狼藉に怒って岩戸に隠れてしまう話である。

 太陽神が隠れてしまい、この世は真っ暗になってしまった。
 困った神々は天の安河原で相談し、策を練る。
 石凝姥命が大きな鏡を作り、それを岩戸の前に掛けた。
 天鈿女命あめのうずめのみことは桶を伏せた上に乗り、乳房も陰部も出しての踊り…つまりストリップ…をする。
 神々は大笑いし、大騒ぎ。
 自分が隠れて真っ暗になり、困っているはずの神々が大笑いしているのをいぶかった天照大御神。岩戸をそっと開けると、見えたのは鏡に写った自分の姿。
 この輝く神は誰かと、更に少し岩戸を開けたところで力持ちの天手力男命あめのたぢからおのみことが扉をこじ開け、天照大御神を外へ連れ出したという話だ。

 二代続けて宮司が『龍の祝部』になった奈来早神社の御祭神も、天照大御神。読めない部分には、この神話に関することが書かれているのかもしれない…。


 夜になり、皆、尾張賀茂神社境内に集まった。優子も沙織から詳しい事情を聴き、そのまま留まっていた。
 妻たち皆で、改めて御神体の鏡を確認する。
 アマたちの使っていた神鏡には、独特の文様が刻まれていた。一時期、慎也宅で預かっていたこともあり、美雪と早紀も含めて、皆、間近でよく観察していた。その文様といい、大きさといい、間違いなく同じ物だ。

 夜空には、輝く十六夜いざよいの月。
 慎也がその月光を鏡に受け、五芒星を描くも・・・。

 異界の門は、出現しなかった・・・。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...