上 下
19 / 25
1章 青髪剣士と腐れ大学生

ナギサ君とシューマ様とカエデちゃん

しおりを挟む
 スプレッド・バレット、一角銃、それら全ての攻撃が一つの束となってアーメスの構えた盾へと一直線に向かう。いかに防御を上げようと残りの体力でこれらの攻撃を一度に喰らえばひとたまりも無いだろう。シューマは勝利を確信した。

 シャルディもスキル発動後の代償として硬直時間に入りながらも主人と同じく勝利を確信して口角を上げる。2人は油断しまくっていた。

『“シールド・ブーメラン”』
「アレをやるんだな!いくぜ!」

 だから。
 攻撃を誘導している最中の盾がいきなりこちらに向かって飛んできても、即座に反応出来なかった。

「――ほぇ?」

 突然飛んできた盾とそれを目指して軌道を変えた自分の攻撃に対してシャルディは素っ頓狂な声を上げた。
 圧倒的な破壊力を持った光線がアーメスの盾へと向かう中、その盾はアーメスの左腕から外され、シャルディの方へと回転しながら投げられたのである。

 “アイアース・シールド”は周囲の攻撃を引き受ける技だ。引き受けた攻撃は全て盾へと向かう。つまりその盾が相手へと向かえば。
 当然その攻撃の束も相手へと向かうわけで――。

『――ッ!避けろシャルディ!』
「わ、わかってますわ!」

 慌てて回避行動をとろうとするシャルディ。だが1秒間の硬直時間が解けた時にはもう遅かった。速度を増しつつある盾と、それを追う自分の攻撃の束が真っ直ぐに迫り、そして――。

「あっ、これ無――」
『チィッ!――――』

 轟音が響き渡る。
 シャルディが放った全ての攻撃を収束させた力の束が、彼女に命中した盾へと更に命中。シューマとシャルディの視界が光で包まれ、そして爆発した。

『“アイアース・シールド”が単なる防御技だと思った?甘いよ』

 爆発が収まり、全身に大ダメージを負って力なく大地に伏したシャルディと、彼女とリンクしているシューマを見下ろすようにしてカエデが言った。
 そして視界に『YOU WIN!』の表示を確認すると、勝ち誇ったように続ける。

『スキルカードはこうして組み合わせて使うことも出来るんだ。お勉強になったかな?後輩クン』

 ――俺が最後にスキルで攻めるのはお見通しだったってことか……!

 そんなカエデに対して完全に敗北を期したシューマは、心の中で悔しがるばかりで、何も言えなかったのだった。




  ◆




 戦いが終わり、カエデとシューマ、そしてその戦いを離れて見物していたナギサとソウハは元居た場所……喫茶店の外から少し離れた場所へと戻っていた。アーメスとシャルディはそれぞれギアの中に戻っている。

 負けた悔しさからか、それとも己の不甲斐なさを嘆いているのか、両膝と両手を大地に付き首を垂れたシューマと勝ち誇ったようにそれを見下すカエデの姿があった。

 ナギサはそんな友人の姿を見て、「おお、綺麗な“orz”の形だ」とかそんなことを思う。

「それにしてもあの戦い方の真似は、ちょっと私達には難しすぎますね」

 同じ剣装備のデーヴァとして何か今後の戦い方のチャンスになるのではと思っていたソウハだったが、アーメスの防御特化の戦い方と最後の攻撃誘導効果を活かした疑似的な反射攻撃はとてもじゃないが真似出来そうになかった。
 ちょっとガッカリしていそうなソウハに対してナギサが答える。

「まあステータス自体がガッツリ違うみたいだしね。でも複数のスキルカードを組み合わせたコンボ攻撃みたいなのは面白かったな。僕達も色々探してみよう」
「らじゃー、です」

 ナギサの解答に対して敬礼で答えるソウハ。
 そんな2人の視界の先で、シューマが顔を地面へと向けたまま叫んだ。

「……また!また負けたァ!」

 悔しさと少しの怒りが混ざったような叫びが地面へとぶつかる。
 “また”とはダイブ初日に自分に負けたことも含めて言っているのだろう。あのこと、そんなに気にしてたのか……とナギサは思った。

「さぁ、ボクの勝ちだ!約束通り今後ボクのことは“カエデちゃん”と呼んでもらおう!」

 そんなシューマの姿を眺めながら勝ち誇った顔のままでカエデが言う。そういえばそんな約束をしていた。
 それを聞き、くっ……!と唸り声をあげるシューマ。

「最近の俺はずっと不甲斐ないままだ……!すまないイマ……。俺は、お前に恥じない強い俺でいなきゃいけないのに……!!」
「こんな時までイマちゃんかお前は」

 他ゲームでの戦いにまでプリステの担当アイドルの名前を持ち出す友の姿にナギサは呆れた。

「イマちゃん?」

 初めて出てきた人物の名前に興味を示したカエデがナギサの方へと顔を向ける。シューマは「ぐぅぅ……!」と唸るばかりだ。

「“アイドルハート!プリズムステージ“ってゲーム知ってます?それのキャラクターなんです。こいつ、イマちゃんのことを崇拝しているレベルで好きなんですよ」

 ちょっと病的なまでに好きで怖いんですよねー、と笑いながらナギサは答える。
 するとその答えにカエデが興味を示したような顔で言った。

「えっ、プリステのファンなの?ボクもあれ好きだよ。参加声優の一部が本当に豪華だよねぇ」
「そうなんですか?いやー、僕もなんですよ。須藤あずみさんが特に推しで」
「あずみん?いいよねぇ!あの凄く綺麗な大人って感じのビジュアルなのに性格はうっかり屋の天然さんってギャップが尊いよね!」
「分かります!?うわー、やっとあずみさんの良さが分かる人間に出会えた。嬉しいなぁ……!こいつ、自分の担当以外は興味無からあずみさんの良いところ語っても全然聞いてくれないんですよ」
「えー、そりゃ酷いなぁ」
「でしょでしょ!?」

 思わぬところで同じコンテンツのファンに出会ったのが嬉しいナギサとカエデはそのままプリステトークに花を咲かせた。

 放っておかれているようで退屈なソウハは相も変わらず膝をついた姿勢のままのシューマのもとへと駆け寄ってしゃがみ込むと、彼を慰めるように肩をポンポン、と叩く。

「そうか、シューマ君ってイマちゃんが好きなのか。確かにあの娘可愛いし人気あるよね。担当声優さんもゲーム実況者として人気の若手だし…………あっ、そうだ。今朝プリステのガチャポンをやったらイマちゃんのキーホルダー当たったから大学で会ったら渡そうかな――」

 ピクリ、とシューマの肩が震える。
 そして身体に元気が戻ったのか、ゆらり、とシューマが立ち上がった。「おっと」、と近くにいたソウハがよろける。
 そしてカエデの方へと向き直り口を開いた。

「――これまでの無礼、お詫び申し上げます。

 先ほどまでの人を舐め腐った態度から一転。明るい顔と丁寧な口調になったシューマの姿にカエデは何事かと困惑する。そんな彼女を気にせずシューマは続けた。

「良かったらイマのキーホルダーをいただけませんか?あのガチャ、昨日回したけど全然当たらなかったんです」
「どうしたの急に!?」
「……こいつ、面倒臭い奴なんです。……というか今日のお前がイライラしてた原因ってもしかしてそれ?」
「よく分かったな。その通りだ」
「マジかよ……」

 カエデの驚愕の声とナギサの失笑、そしてシューマの品の良い声が仮想世界アリュビオンの荒野に響く。
 そんな人間3人を見ながら、ソウハがクスクスと小さく笑った。

「新しいお友達が出来て良かったですねナギサ君、シューマさん」

 ようやくお互い以外に現実でも話し合える友人を見つけた2人を嬉しく思ったのか、ソウハはその日一日ずっと笑顔だった。




  ◆




 私立桜川大学の講義棟、5番館の入り口付近に備え付けられているベンチに座ったナギサは時間を潰すようにスマホを触っていた。

 「明日のお昼は一緒にどう?安くて良いお店知ってるよん」と昨日のANOの帰りにカエデが言ったため、今日は3人で昼食をとることになっていた。2限終了後の昼休みにここで待ち合わせ、だとカエデは言っていたのだが。

(……来ない)

 待ち合わせの時間から10分が経過している。シューマの方はともかく待ち合わせの時間を設定した本人まで来ていないのは流石にどうなのだとナギサは思った。
 講義が長引いているのだろうか?ANOのフレンド登録だけでなく無料通話アプリの連絡先も聞いておけば良かった。
 ちなみにシューマに対しては5分前に「今どこ?」と連絡を飛ばしたが既読すらつかなかった。

 そんなことを思いながらスマホでフリマアプリを眺めながら時間を潰す。
 ――あぁ、くそっ。“須藤あずみ チャイナドレスver.”のスケールフィギュア新品未開封が定価より安い値段で売られていたのに今日の午前5時の段階で売れている。昨日の夜にでも気付いていれば買ったのに。
 お、こっちには昨年のプリステのライブ会場で販売されていた缶バッジが……、2000円だと!?定価800円なのに……。

「待たせたな」

 頭上からシューマの声がした。ああ、やっと来たかとナギサが顔を上げると、シューマの隣にカエデも立っていた。

「やっほー、遅れてごめんね。実は好きな作家さんの新刊が出てたからちょっとアニメショップに言行ってて――」

 猫がプリントされたパーカーを着ているが、その猫の顔は彼女の胸に引っ張られるように少し横に伸びていた。
 うーん、やっぱこの人結構大きいな……とナギサは一瞬失礼なことを考え、そして脳から一瞬でその思考を消した。

「今日の俺は2限を入れてないからな。暇潰しにアニメショップに行ったらカエデちゃんと出くわして、色々話をしながら同人誌を漁っていたら少し時間が長引いてしまった。……ちょっと前に連絡入れてたんだな。気付かなくてすまない」
「…………」

 すっかりカエデさんと仲良しだな、とか、カエデちゃん呼びはしっかりと続けてるのか、とか、スマホの通知に気付かないことってあるよな、とかそんな気の利いたことを言おうとしたのだが、ナギサは固まってしまい口を動かすことが出来なかった。

 それは友人の着ている衣服が原因だった。Tシャツの中央には煌びやかな衣装を着て眩い笑顔でほほ笑むポニーテールの少女――若林イマが大きくプリントされており……。

「……フルグラTシャツを日常生活で着てる奴初めて見た!」

 そう、前面にキャラクターのイラストがプリントされた、所謂“フルグラフィックTシャツ”だったのである。
 アニメやゲームのイベント会場に着てくる人は多いイメージだが、まさか何でもない日常生活にそれを着てくる人間がいるとは思わず、ナギサは驚きの声を上げた。

 そんな彼のことなど知ったことではないと言った様子で、

「可愛いだろう!この前注文したのが昨日届いたんだ!」

 とシューマが高らかに笑う。
 行きかう学生達がシューマ達の方をチラチラと見ていた。みんな口にこそ出さないものの、「なんだあのシャツ」と少し引いた目で見られていることに、彼だけが気が付いていない。

 気が付いていないというよりは気にしていないというべきか。“俺以下の人間にどう思われようが関係無い”とか言い出す奴である。
 そして彼の腰のベルトにはラバー製のイマちゃんのキーホルダーがぶら下がっていた。おそらくカエデに貰ったものだろう。

 その横でカエデが苦い顔で「ボクも最初見た時はビックリしたよ……」と笑った。

「というかそれ、お高いんでしょう?普段から使ってると汚れちゃわないか心配じゃないの?」
「確かにあまり汚したくはないが、普段使う用と観賞用に2枚買ってあるからな」
「もう1枚あるのかよ」

 1枚でも結構な値段がするフルグラTシャツだが、シューマはそれを2枚買っているのだという。
 お金の使い方の思い切りが良すぎて、いっそ気持ちいいなこいつ。

「あ、そうだ。ナギサ君とは連絡まだ交換してないんだった。これ、ボクのIDね」

 そう言ってカエデは自分のスマホを操作して無料通話アプリのIDを表示させる。あ、どうも、と一言言ってからナギサはそれを自分のアプリに入力させた。

 IDを入力し終えると『轟 楓トドロキ カエデ』という名前と猫のイラストのアイコンのユーザーが画面に表示される。トドロキという苗字だったのか。苗字と名前が一文字ずつってちょっとカッコいいな。
 お互いにアプリの友達登録が完了したのを確認するとカエデに対してナギサが口を開く。

「轟さんって言うんですね。カッコいい」
「えへへ、ありがとう。自分では苗字に負けてるかなとか思っちゃってるんだけど……。というか、別に苗字で呼ばななくても向こうと同じでカエデでいいよ。ボクも鳴海君じゃなくてナギサ君って呼ぶからさ」
「でも……」

 女性をいきなり下の名前で呼ぶのは少し恥ずかしい。ANOの中でならプレイヤーネームということであまり抵抗は無かったのだが、現実世界で女性の下の名前を呼んだ経験など皆無に等しいナギサにとって少し抵抗があった。しかもあちらは自分よりも一つ年上である。
 どもるナギサに対してカエデは少し考えてから「じゃあこれならどうだ」と言った。

「先輩命令ってことで、ボクのことは下の名前で呼ぶように!これは命令だからね!破ったら怖いよー?」
「ははは……。えーっと、それじゃあ……か、カエデ、さん……」
「はっはっは。それでよし」

 ……この人、やっぱり僕達が年下と分かった途端によく喋るなぁ。最初に会った時の態度が嘘みたいだ。
 フルグラTシャツ野郎が「そろそろ行かないか?俺は3限があるので早めに済ませたい」と、言うので3人は目的の飲食店を目指して歩き出す。

「学割で安く定食が食べられるうどん屋を知ってるんだよね」
「お、大学入ったばかりでまだその辺の情報疎いので助かります先輩」
「学食もいいけどやっぱりたまには外で安く食べるご飯もいいものだよ後輩。……まだちょっと硬いね?タメ口でもいいのに」
「あはは……流石にそれはちょっと……」

 一つ年上の先輩に対していきなりタメ口が聞けるほどナギサは陽気な人間でも無かった。下の名前で呼ぶことだけでも気を使ったのに、タメ口なんて叩いたら申し訳なさで爆発してしまう。

「でもシューマ君は相変わらずタメ口で絡んでくるよ?」
「“タメ口かんげー”と言っていたのはカエデちゃんの方だろう?嫌なら敬語で喋るが?」
「……いや、いいや。君の敬語はなんだか気持ち悪そう」
「そもそもこいつ高校の教師と店の店員以外にまともな敬語使ったとこを見たとこないから、昨日はビビりましたよ」
「俺は基本的に立場が上の人間以外に敬語は使わん」
「やっぱり凄い性格だなぁ君……」

 そう言いながら正門を出る3人。

「そういえばカエデちゃんは良い奴だな。俺の顔を見てもわーきゃー騒がないんだから」
「えっ?あー……、そういうの自分から言っちゃう人なんだキミ。まあ綺麗な顔だとは思ってるけど。
ANOで美男美女を見慣れ過ぎてるから美的感覚がマヒしてるのかなぁ。ほら、あの世界って基本的に平凡以下の顔のデーヴァっていないじゃん」
「まあ、自分からブサイクなキャラをメイクする人っていませんしねぇ」

 笑い声交じりでワイワイ喋りながら歩く姿はまさに気の合う友人そのものといった様子で、各々はちょっとだけ楽しかった。
 お互い以外に友人を知らないナギサとシューマ、そもそも友人がいなかったカエデ。こうしてボッチ共は3人集まってグループとなった。昼の太陽が3人を明るく照らしていた。
しおりを挟む

処理中です...