上 下
1 / 4

念願の私の青春どこへやら

しおりを挟む
家のリビングで、うっすらと聞こえる天気キャスターの声。

キャスター「寒い冬が過ぎ、気温が上がり始めた季節となりました。朝晩はまだ肌寒さが残りますが、日中は次第に暖かくなる予定です。」
(もう、春なんだぁ……)

なんて呑気に考えていると、不意に私の部屋の扉をノックする音が聞こえた。

(起きるの、遅かったかな…お母さんに怒られるかも。)
結月「桃萌?早く起きないとそろそろヤバイよ、時間。」

聞こえてきたのは母の怒声ではなく、私の親友の森結月の声だった。

桃萌「結月…?なんで結月がいるの…?」
結月「そりゃいるでしょ。だって、今日入学式だよ?」
(入学式…?)

結月のその一言で、私は飛び起きた。

桃萌「ヤバくない!?時間大丈夫!?」

慌てて制服に着替え始めた私とは違って、結月は余裕そうにベッドに腰掛ける。

結月「頑張れ~。」
桃萌「髪の毛は…もういいや!走りながら縛る!」
結月「器用だね。」
桃萌「よし、いける…結月行くよ!」
結月「遅れてるの桃萌だからね。」
桃萌「はい!ごめんなさい!」

結月の腕を引っ張りながら勢いよく階段を駆け下りた。

お母さん「桃萌、やっと起きたの?ご飯は食べる?」
桃萌「食べない!」
お母さん「そう、じゃあ気をつけて行ってらっしゃいね。」
桃萌「ありがとう!行ってきます!」
お母さん「結月ちゃんも、行ってらっしゃい。」
結月「はい、行ってきます。」
(ついに花の高校生活か……部活も精一杯楽しんで、青春を謳歌してやろう!!)

高校生活初日、私はそう意気込んでいた。これから始まる新しい生活と、これから出来るであろう新しい友達に期待して。玄関を開けたら、眩しい太陽の光と共にいつもの光景が………光景が…ない。

桃萌「え…?」
結月「え?何、ここ……白い…くらいしか情報がないけど。」

辺りを見渡しても白、白、白。待ち望んでいた太陽の光も、いつもの光景も無い。

桃萌「いや…洒落になんないって……私の高校生活初日、大遅刻なんて最悪すぎる!」
結月「まずここから出るとこからでしょ。」
ピオニー「申し訳ないのですが、それは出来ません。」

突然声がして振り返ると、私達よりも遥かに背の高い女の人が立っていた。

桃萌「えっと…貴女は……?」
ピオニー「初めまして、私の名はピオニー。貴方方を此処に呼び寄せた者です。」
桃萌「ピオニーさんですね……あの、ここは一体何処なんですか?」
ピオニー「…ここはお2人がいらっしゃった世界ではありません。ここは全くの別世界なのです。」
結月「別世界……。」
ピオニー「お2人共、急に呼び寄せてしまって本当にすみません。ですが、こちらも少々問題が発生しておりまして……。」

ピオニーさんの話し方からして本当に急いでいる…というか、焦っているのが読み取れる。
私達は高校の事も半ば忘れて、ピオニーさんの話を聞くことにした。

桃萌「そのお話、詳しく聞かせてもらえますか。」
ピオニー「はい…。先程も申し上げました様に、ここは所謂異世界。魔法も、人族ではない種族もおります。大凡、お2人がお読みになられていた異世界の漫画や小説などの世界とさほど変わりはありません。ですが、この世界は回復魔法というものがないのです。」
(王道スキルの回復が無い!?)
ピオニー「その為我々の世界では回復魔法の代わりにポーションを使います。しかし、そのポーションを作成できるが少なくなってしまって……。」

普段初対面の人と積極的に話さない結月も、ピオニーさんの話に興味を持った様で質問を投げかけた。

結月「…何故、少なく?」
ピオニー「希少になりつつある薬師を襲う事件が多発していることなのですが…薬師は本来ポーションを作る職業で戦闘向きではないので奪おうとする輩に抵抗するすべなく………と言うのが現状です。」
桃萌「薬師が希少に………。」
ピオニー「偽物のポーションを売買する輩も多く、本来助かるべき命が消えてゆくのです…。世界を統制する精霊の1人として、そのようなことを見逃すことは出来ません。ですからお2人を呼び寄せさせていただきました。どうか、私にお力をお貸しいただけませんでしょうか。」

精霊は私達の言う神と同等の存在だと、今の話でなんとなく察した私達は深々と頭を下げたピオニーさんを見て事の重大さを実感したのだ。

(いくら手助けが必要だとしても、唯の高校生なりたての私達でどうにか出来る問題?私は本当にこの人の力になれるの…?)

きっと結月も同じ事を考えているんだ…凄く悩んでいる顔をしてるから。でも、そうなら尚更答えは私と同じなはず。

桃萌・結月「勿論です。」
ピオニー「本当にありがとうございます…!では、早急に取り掛からせていただきますね。お2人共、少々目を瞑っていて下さい。」
桃萌「はい…。」

ピオニーさんに言われた通り目を瞑ると徐々に光が増してきたが、それが落ち着く頃には単なる光とは違う暖かさが肌に感じられる。

ピオニー「もう目を開けて良いですよ。」

その暖かさを太陽だと認識した時、目を開けるとそこは先程の白い空間ではなくて一面美しい緑に囲まれた森だった。

桃萌「……ねぇ、結月。」
結月「何?」
桃萌「こんなのさ、想像できるわけ無いよね。」
結月「…そうだね。」
桃萌「唯の一般JKが…こんな……。」
ピオニー「お2人が住まわれる家はこちらになります。」

ピオニーさんに案内された家はまるで昔の御所の様な建物で、綺麗な枝垂れ桜の咲き誇る広々とした日本庭園もついている。

桃萌「いや、凄い古風。」
結月「日本だ…。」
ピオニー「こちらの建物は以前に呼び寄せた日本の方がお作りになられました。」
桃萌「えっ、別の日本人がここに?」
ピオニー「はい。しかし、現在はもういらっしゃいませんが……。」
結月「…亡くなった、か。」
桃萌「そう、なんだ…。」
ピオニー「ここを更に開拓なさるかこのままか、それは自由にしていただいて構いません。もうこの周辺土地は全てお2人のものですから。」
結月「ここが………。」
桃萌「私達の家…。」
ピオニー「また、お2人がこの世界で生活しやすくするために翻訳のスキルと解読のスキルのレベルを少々高めに設定いたしましたので、会話や買い物などは問題ないかと。それと、ここら周辺は魔物が湧かないようになっておりますが、ある程度の領域を離れてしまうと魔物は襲ってきます。ですからお気をつけ下さい。」
桃萌「ありがとうございます……。」
結月「あの…。」
ピオニー「どうかなさいましたか、ユヅキ様。」
結月「私達はどの様な能力を…?」
ピオニー「ユヅキ様はユヅキ様、トモエ様はトモエ様でご自身をしてみて下さい。魔法などを使う際には、言葉で発するか心のなかで唱えれば使えますよ。」

(そういうことろは王道だな……”鑑定”)

所謂ステータスには私の下の名前と性別が書かれていて、職業の欄は空白だった。

桃萌「職業がない…?」
結月「桃萌も?」

どうやら、まだ私達には職業がないらしい。

ピオニー「職業はお2人に選んでいただきたいのです。私が決めることも出来るのですが、私はお2人に協力をお願いしている身。そこまで決めてしまうのも野暮かと思いまして。」
結月「だってさ、桃萌。どうする?」
桃萌「職業かぁ……。」

種類を見てみると、王道な職業の剣士や魔法師の他に鞭術士や棒術士なんてものもあって中々面白い。

結月「私は武士にするよ。日本刀みたいなもの、使ってみたかったんだよね。」
桃萌「武士かぁ…。」

正直、私は俊敏に動ける自信がない。運動は嫌いじゃないけど得意でもないから、そういう動く職業はいまいちピンとこなかった。だから、私はピオニーさんの言っていた問題を解決するために、一番やりやすい職業を選ぶことにする。

桃萌「私、にする。」
結月「希少なんっだっけ、薬師。」
桃萌「私運動得意じゃないから、戦うのは結月に任せるからね?」
結月「私も動けるわけじゃないけど…まぁ、頑張るよ。」
ピオニー「お2人とも、職業が決定致しましたのでこちらをお受け取り下さい。」

ピオニーさんが何もない空間に手を突っ込み、そのまま日本刀らしきものとからの瓶を数本手にすると私達に渡してくれた。

ピオニー「こちらは職業選択後に与えられる初期の武器です。薬師の場合、武器と言うものがないのでこれから使う瓶をお渡しいたしますね。」
桃萌「ありがとうございます…。」
結月「どうも。」
ピオニー「私に直接出来ることは残念ながらここまでですが、この世界についていくつかお伝えしておきますね。この世界には商業ギルドと冒険者ギルドの2つがあり、どちらも王都に設置してあります。この森を抜けると王都がございますので、是非そちらに足を運んでみて下さい。」
桃萌「あの…ポーションってどうやって作れば良いんですか?」
ピオニー「薬師は錬金のスキルを使ってポーションの素材を作り出します。近辺の薬草などを鑑定するとポーションに使えるものかどうかが表示されますので、そういったものを錬金によって混ぜ合わせるとポーションが作れますよ。」
桃萌「成程……。」
ピオニー「こちらの本には魔法やその他の情報が記載されております。何か迷うことがあれば、この本をお読み下さい。………では、そろそろ。」
結月「色々、ありがとうございました。」
桃萌「ピオニーさんが言っていた問題、頑張って解決しますから!」
ピオニー「ありがとうございます……お2人共、御武運を。」

ピオニーさんは軽く会釈をすると一瞬にしてその場から消えてしまった。

結月「取り敢えず、魔法の練習でもしてみる?」
桃萌「そうだね………って、あ!」
結月「何?」
桃萌「あぁ…しまった………。」
結月「だから、何が…。」
桃萌「私の青春、ここじゃ出来ない!!!」

私の青春、異世界の問題解決にもみ消されてしまいました。
しおりを挟む

処理中です...