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グリーン王国へ
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しおりを挟むティーサ女王が、ぐるりと俺たちを見渡した。そして、アマナを見たのが分かった。
とても悲しそうな顔で、ティーサ女王は、エミルさんを見た。
「ブルー王国特別騎士団団長さん、あなたは、体の不自由な、それも女の子を騎士団に入れたのですか?エリノア姫、そのことに対して、あなたは賛成なのですか?」
悲しそうに、ティーサ女王が言った。
俺は、少しだけむっとした。確かにアマナの足は動かないけれど、後ろで支えてくれる人間でアマナ以上の人間はいないのだから。だけれど、ティーサ女王は心配して言ったんだろうから、俺は表情を変えずエミルさんを見た。
エミルさんは、笑っていた。そしていつもエミルさんを……アマナを見ていたから分かる。これは、二人に共通している笑顔。相手を挑発するときの笑顔だ。
「えぇ。アマナを騎士団に迎え入れたのは、間違いなく私です。勧誘しに行ったのも、私です。この子が、一番に私の後継者になると考えていますから」
エミルさんが笑顔を崩さずに言った。
「まぁ……体の不自由な女の子を戦場の中に迎え入れるなんて……。エリノア姫、ブルー王国はいつからそんな国になってしまったのですか?」
「騎士団に関しては、全てエミルさんに一任しています。ですが、この子はとても優秀です。馬車の中で少し話しただけでも、それがはっきりと分かりましたわ」
エリノア姫も、変わらない優しい笑顔で言った。
俺は、ティーサ女王の言葉に何故かまた引っかかったけれど、これは心配して言っているんだと、自分を納得させた。
ティーサ女王は、悲しそうに首を振ると、また優しい笑顔に戻った。
「今日の平和交渉については、文で届けた通りです。騎士団に怪我人を出さない為には、防御を強くする必要があります。いくら戦争をしているとはいえ、騎士団員達を傷つけるわけにはいかないのは、どちらの国も同じでしょう?」
何故だろう……さっきから、何故かティーサ女王の言葉が引っかかる。
「その通りだと思います。だからこそ、これは、ブルー王国にだけ、ヒーラーへ届ける為の魔力供給を増やし、盾を作る素材の物流を流して欲しいですね」
エミルさんは、挑発的な笑顔のままだ。何故だろう。それに、エミルさんがこんなに偏ったことを言うなんて。
俺は少し驚いたけれど、エミルさんが、一瞬俺を見て、優しく笑ったのが分かった。エミルさんは、間違いなく何かの意図があってこの発言をしている。
「その発言は聞き捨てならない。そちらの国は、もう十分魔力供給がグリーン王国から行われているはずだ。魔獣の森は、グリーン王国で使われることは少ない。我がレッド王国が使った方が、良いに決まっているだろう」
タツさんが、エミルさんを睨みながら言った。
戦場で、タツさんはこんな怖い顔をしていない。それに、エミルさんとは……。
その時、タツさんが一瞬、ラオンに何か合図をするように、エミルさんが俺にしたように、一瞬笑ったのが分かった。
ティーサ女王は、目をつぶって聞いている。だから、二人の俺たちへの合図は見えていないはずだ。エミルさんとタツさんは、わざと交渉を決裂させるようなことを言っているのか……?何故なんだ……?
「交渉は決裂と考えて良いかしら?」
エミルさんが怖い声で言った。
「そちらが引かないのなら、そうなのだろう」
タツさんも、怖い声で返す。
ティーサ女王が、ハッと目を開いた。そしてすぐに、護衛を周りにつかせた。
エミルさんとタツさんが立ち上がった。
同時にエリノア姫も立ち上がり、エミルさんの後ろに回った。ユウト王子も、タツさんの後ろに回っている。
二人は、小さな、もう一つの覚悟の魔法を作り、その場でぶつけ合った。小さな魔方陣でも、凄い威力なのが分かる。この内容を知らなかったら……この二人が攻撃し合っていると間違いなく思うだろう。
エリノア姫が、エミルさんの背中に触れて、悲しそうな顔でユウト王子を見つめている。ユウト王子を見ると、ユウト王子もタツさんの背中に触れていて、エリノア姫を見つめていた。
シルクさんが、俺たちを背中に庇ってくれた。
「もう一つの覚悟の魔法は、使っている者に触れていたら、同じ効果があるのよ」
こっそりと、アマナが耳元で教えてくれた。つまり、エリノア姫とユウト王子が、今こっそりとやり取りをしているということだ。タツさんとエミルさんを介して。もちろん、エミルさんとタツさんもやり取りをしているのだろう。
俺は、この前この魔法を使った時のことを思い出して、とても辛くなった。そしてついラオンを見た。ラオンも俺を見ていた。戦場とは違う、どこかとても苦しそうな目で。
「おやめなさい。ここで暴力的な行為をすることは、この愛の女王ティーサが許しませんよ。私の意志は変わりません。騎士団の皆の為に、どちらにも文の通り貿易を行います」
ティーサ女王が悲しそうな声で叫ぶように言った。
魔法をやめる、エミルさんとタツさん。
「全く……あなた方は毎回毎回……。平和交渉をなんだと思っているのでしょう。これは平和の為の、戦争をなくす為の交渉なのですよ」
ティーサ女王がそう言いながら立ち上がった。
「ならば、何故、国王の二人を呼ばないのですかね」
エミルさんが、挑発的に笑って言った。
ティーサ女王が、エミルさんを悲しそうな目で見つめた。
「弟たちは苦しんでいます。家族が争い合っているのですから。ブルー王国特別騎士団団長さん、あなたは本当に、愛を知らない方ですね」
俺は、ティーサ女王が言っていることに怒りを感じた。エミルさんは、とても愛に溢れている人だ。それに……エミルさんとタツさんが俺たちに合図をした時の顔で、俺の中で何かが繋がった気がした。
だけど、俺は何か言える立場ではないし、今日は見ていろと言われた。
そして、そのままティーサ女王の提案の通りに内容は進み、グリーン王国での平和交渉は終わったのだった。
馬車でブルー王国に戻ってきた俺たちは、エリノア姫にお辞儀をしながら、エリノア姫がお城に入るまで見送って、四人で騎士団の敷地内に帰ってきた。
「明日からまた戦場だ。今日は早く休んでな」
シルクさんが、俺とアマナを気遣うように言ってくれた。
エミルさんは、不機嫌そうな顔をしている。話しかけられる雰囲気じゃない。
俺たちは、二人にお辞儀をすると、自分たちの寮へと戻ったのだった。
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