お供え物は、プロテイン

Emi 松原

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事故現場の女性

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 そんな女性に、虎之助が、無造作に、カップを差し出した。静かだと思ったら、カップの中身を作っていたようだ。
 その場の空気が、一瞬止まる。
 混乱していた女性でさえ、一瞬止まって、そのカップを見つめた。
「飲め。ホットミルクで割った、バニラ味のプロテインだ。甘くて女性でも飲みやすいぞ」
「いや、私は……」
 虎之助の無言の圧に負けたのか、女性は、恐る恐る、プロテインを手に取った。そして、口に運ぶ。
「今回は、筋トレの方かな」
 安明が、少し安心した顔をする。陽一も、どこか安心したように、安明の隣に来た。
「……あたたかいですね」
「うむ。飲んだ後は、筋トレだ」
「へっ……!?」
 理解できず、その場で固まる女性をよそに、虎之助は、その場でまた、スクワットをはじめた。
「良いから、一緒にやれ。筋トレすると、迷いなんかなくなる」
「い、いや、私はちょっと……」
 女性がドン引きしているのが、誰の目にも分かった。虎之助以外には。それでも、虎之助は筋トレをやめないし、安明と陽一も、黙ってその姿を見守っている。
「解決しないことで悩むのなら、プロテインを飲んで、筋トレをして、筋肉をつけろ」
 筋トレをしながら言った虎之助の言葉に、女性は、何かを考え込むように、安明の方を向いた。
「あの、私、これ……どうしたら良いですか……?」
 女性の言葉に、安明が苦笑する。
「すみません。彼なりの、励ましなんです」
 安明の言葉に、女性が、悲しそうに安明を見た。
「この人には、分かっているんですか? 私が忘れたことを……いえ、忘れたふりをしていることを」
「どうでしょう。聞いても、きっと答えてくれませんから。でも、彼が、あなたを元気づけようとしているのは分かります。幼なじみですから」
 女性は、虎之助を見た。虎之助は、ただひらすらに、スクワットを続けている。

「私の家は……もう、あそこにはありません。あそこにあるのは《元》私の……私たちの家。もう何年も前に、あそこにある家は、売ったのです」
 ぽつり、ぽつりと話し始めた女性の頬を、涙が伝った。
「きっかけは、彼が、知人の保証人になってしまったことでした。人の優しい人でしたから、私も、強く止めなかったんです。だけれど、結局、騙されて、逃げられた形になってしまいました。私と彼は家を売り、ここから離れたアパートに移り住んだんですが、彼から、一緒に死のうと言われて、一緒に死ぬことにしたんです」
「……なるほど。心中したのですね」
 安明が、静かに言った言葉に、女性も静かに頷いた。
「それなのに、何故か、彼が側にいないんです。だから、私、探して……」
「心中した場所を、覚えていらっしゃいますか?」
「はい。引っ越し先の、○○市にある小さなアパートです。でも、あそこは、私たちの家じゃないから……」
 筋トレを続ける虎之助をチラリと見ながらも、安明は、陽一に、手で合図を出した。
 陽一が、すぐにスマホを取り出し、調べはじめる。
「あっ……あった。これかも……」
 陽一が、安明を見た。そして、目で合図をする。
《この事実を伝えてしまって、大丈夫だろうか》の意味を込めて。
 安明は、女性を見た。女性は、静かに、そこに立っている。結界も張ってある。大丈夫。そう判断して、安明は、陽一に向かって、しっかりと頷いた。
「あの、これ……。多分、探している方だと思います。写真に写っているのも、ジーパンは見えませんが、茶色いTシャツです……」
「えっ!! 彼は、何処にいるんですか!?」
 女性が、前のめりになりながら、陽一に聞いた。陽一は、目を伏せる。
「ここの記事に書いてあるのは、このアパートで、殺人事件があったということです。被害者は、佐々木 桜さん。……写真もついてます。捕まったのは、夫の、佐々木 宏明さん。保険金目当ての殺人ということで……佐々木 宏明さんも、それに同意しています」
「そんなことありません!! 彼は、一緒に死のうって……!!」
 陽一は、申し訳なさそうに目を伏せながら、スマホの画面を女性……佐々木 桜に見せた。それを、桜は、食い入るように見つめる。
「そんな……そんな……」
「そやつの気持ちなど、わからぬ。今お前がするべきことは、筋トレだ」
 虎之助の言葉に、桜は黙って、虎之助を見つめた。虎之助は、それ以外に何か言うわけでもなく、ただひたすら筋トレを続けている。
「あなたは、私にプロテインを渡して、ずっと動いていますけど、何をしているんですか?」
「何って、筋トレだ。筋トレとは、己を鍛えること。筋肉とは、己しか鍛えることができない。誰のせいにもできない。だから俺は、筋トレをする」
「誰のせいにもできない……。それは正しいと思います。でも、恨んじゃいますよ。私は、あの家が大好きだったんです。彼のことを、愛していたんです。だから、一緒に死ぬことだって、承諾したんです」
「このまま、恨み続けますか? 裏切った方や、宏明さんのこと」
 安明の言葉に、桜は、考えるように下を向いた。
 しばらく、雨の音だけが響き渡っていた。
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