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第六章

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 彼女は背が高く、スタイルも良く、容姿も整っているために男子生徒から人気があり、性格はさっぱりしていて温厚ゆえに、女子生徒にも好かれている。
 東中の全生徒からは好意的に見られている、ということだ。
 だから愛称「ののちゃん」なのだが、本人はあまり気に入っていないようだ。
「おい」と素早く富沢が釘を刺してくる。『杏参り』についての口封じだ。 
 当たり前だが、学校の怪談について教師は快く思っていない。
 大人になったら誰も、子供の夢に満ちあふれた世界に付き合ってくれないのだ。 
 本郷先生もきっといい顔しないだろう、目に見えている。
 抑えつけられるように黙る僕達の視線を受けながら、本郷先生は教卓に近寄ると体を横にして中を調べる。
「先生、何しているんですか?」
 誰もの疑問を指摘してくれたのは、クラス一成績の良い真柴さなえだった。
 小作りな顔立ちながら円らな瞳の可愛らしい優等生に質問された本郷先生は、「ああ、えっと、忘れ物を……」と要領得ない答えしか返さない。
 ややあって「あった」と本郷先生の顔が輝く。
 手には小さな巾着袋がぶら下がっていた。
「なんですか? それ」
 真柴さんは頭が良いだけあって質問が鋭い、グッジョブだ。
 興味を引かれた僕が見ていると、本郷先生はやや照れたように鼻を掻く。
「え? えーと、これは、そう! お守り……お守りよ」
 袋を素早く上着のポケットにしまった本郷先生は、「それじゃあ下校時刻、守りなさいね」と微笑んで教室から出て行った。
 完全に話の腰を折られた僕らは、ぽかんとしてしまう。
 だが、まあいい流れだ。
 このまま『杏参り』が自然に流れてくれたら、余計な面倒が消える。
 なのに、だが、しかし。
 本郷先生の登場によってどんな劇的化学変化が起きたのか、倉本は力強く僕を見帰してきた。
「よし! んじゃあ御崎、『杏参り』行こう!」
「ええ!」
 愕然、愕然としか表現できない。何がどうしてそうなった?
「よっしゃっ」とガッツポーズする富沢らの横で、倉本はやや俯いた。
「実は俺、今日のテスト、あまり自信ないんだ……だから『杏様』に祈ってみる」
 祈って成績が上がるなら坊主はみんな東大出だろっ。
 かはー、となった僕が異論を挟む前に、富沢は最後の一人に目を向けた。
「……うん、行く」
 まるで感情がないように、小塚さんは容易く頷いた。
 て、あっさり決まってしまった。
 学校の怪談たる『杏参り』のチャレンジに。 
 後悔って、絶対に先に出来ないモノなんだよ。

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