借景 -profiles of a life -

黒井羊太

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親友B

親友B②

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 夕方になって、ようやく目的の学校へ到着した。夕日に照らされた我が学舎を見て、僕は、げんなりしていた事も相まって、特に何の感銘も湧かなかった。別に来たくて来たわけではない。ただ、ニュースを見たときのあの気がかりを知りに来ただけだ。
 田舎の学校にしては珍しく、校舎は木造三階建てだった。校門から入って、校舎に入って、靴のまま廊下に上がる。どうせ解体するので靴のままで、という事ではあったが、言いしれぬ背徳感が気持ち悪く、心地よかった。
 先輩のマシンガントークとの合間に紛れて、ギシリ、ギシリと廊下が軋む音が聞こえる。鼻先をくすぐる、木造校舎独特の匂い。物が無くなって、がらんどうになった廊下。実際校舎の中を歩くと、思い返す事など余り多くはないが、それでも何か心の琴線に触れる物があるものだ。何となく、そう、何となく……寂しい。
 先輩はちょっと職員室に寄るといって、勝手に行ってしまった。本当に元気な人である。が、僕としてはようやく騒音から解放されて、一人ゆっくり、自分のペースで歩く事が出来るので大変助かる。
 一階の教室は、机も椅子も無く、廊下以上にがらんどうであった。何せ解体は数日後。中身など一つ残らず搬出してあるのだ。教室の床を叩く僕の靴音だけが、寂しげに聞こえる。
 静かだ。異様なまでに静かな空間。元々人が少なかったから、僕の在校中から割合静かな方だったが、そういう意味じゃない。人の気配、息づかいを感じないと言う事はこういう事かと改めて感じる。一瞬寒気を覚える程、ハッと息を飲む程恐ろしい空間、そして時間がそこにある。
 まあ実際には遠くで喋る先輩の声がうるさい事この上ないのだが。職員室から漏れ聞こえる声は、空っぽの校舎内に反響して更に拡散していた。
 僕はこの灰色で静かな校舎が、そしてこの町が嫌いだった。

 二階に上がっても景色は変わらず、しんとした空洞がそこにあるだけである。
 まだ胸の内はもやもやとしている。刺さった棘は抜けそうにもない。
 果たして僕は、一体何が見たくてここへ来たのだったろうか。これでは無かった気がする……
 パァ……
 突然、音が聞こえた。吹奏楽器特有の音だ。ぎくりとした。ざわりとした。
 続けてパパパァと音出しが始まる。
 そうだ、僕はあのときの事を確かめに来たかったんだ。でもまさか……
 ~~~♪
 ! 
 全身の血が逆流する!髪の毛が逆立つのを感じる!
 僕は廊下を走り出した。音の出る方へ。
 聞き違えるものか。この主旋律は、聞き違えるものか。これは、あの時の……!
 通り慣れた廊下を駆け抜け、ダダダッと階段を一息で駆け上がり、迷うことなく三階の音楽室へ。音は一人で出しているらしい。他の人間の気配は感じ取れない。
 バンッと扉を開け、奏でている奴がこちらを振り向く。その顔を確認して、僕はそいつに向かって走り出し……
「てめぇこの野郎!」
 ガッ!
 思い切り殴りつけてやるつもりだったが、結果的に見事なまでのクロスカウンターとなった。
 それからお互いに怒鳴りながら殴る、蹴る。数発やり合った所で、僕の足音を聞いて追いかけてきた先輩が止めに入る。

 そうだ、全部思い出した。こいつは僕を裏切った奴だ。殴って当たり前だ。僕に殴られて当たり前の事をしたんだ。
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