一輪の白百合をあなたへ

まぁ

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第二章

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 翌朝、いつもと同じ時刻じかんに目を覚ました莉春は、水場で顔を洗う。
 桜はとうの昔に散り、今は緑が茂っている。日の上りも早くなったので周囲は明るい。だがまだ水は少し冷たい。こうして日々も季節も過ぎていくのだなと感じた。
「女官採用試験かぁ……足りないものを補うにはどうしたものだか?」
 朝の朝礼を終え水を汲みに井戸までやって来た莉春は、これからの事について考える。すると茂みの方から音がした。
「おっ、いた!」
「盈月?」
 約一月ぶりの再会。盈月は飄々とした態度で莉春に手を振りながら近く。
「随分久しぶりだが元気にしていたか?」
「おかげさまで。毎日変わらないわよ。あぁ、でも毎日水汲みしてるからかしら?腕は太くなったかも」
「そうか。莉春はまだまだ子供だからな。しっかり食べて大きくなるんだぞ」
「子供って……とっくに大人の仲間入りしてるわよ」
 たしかに成人ではあるが、莉春は小柄だ。まだまだあどけなさもあって子供と間違われても仕方ない。
「そうむくれるな。今日はそなたにいいものをあげようた思ってな」
「いいもの?」
「手を出せ」
 なんだろうと思いながら手を出すと、盈月は手の平に乗る大きさの巾着袋を莉春に渡す。
「何これ?」
 中からはかさかさという音がする。
「開けてみよ」
 そう言われ袋の中を覗くと、小さな突起を帯びた粒がいくつも入っていた。それらは色とりどりで、莉春には見た事もないものだ。
「何?この可愛らしいもの?」
「金平糖だ。知らぬか?」
「知らない。初めて見た」
「そうか。なら一粒食べてみるといい」
 これは食べ物なのか。盈月に言われ一粒つまみ口の中に入れてみる。すると口の中が甘さ一杯になり莉春は目を見開いて驚いた。
「美味しい!こんな食べ物初めて食べたわ!」
「なら莉春にあげて正解だったな。旅商人が異郷の国の銘菓と言って私に売ってきたのでな。家の者は誰も食べなかったので持ってきたのだ」
「家の人って……奥さんとか子供?」
「あぁ。最近は忙しくて顔も見てないが、これだけを渡すよう言うと、向こうから丁重に拒絶されたよ」
 笑いながら話す盈月に莉春は大きなため息を漏らしながら「呆れた」と言った。
「そりゃ顔も見せない旦那じゃなくて、顔を見せてその手で渡して欲しかったって意味じゃない」
「そうなのか?」
「そうよ!私の兄嫁なんか兄がそんな事したら平手打ちよ」
 それを聞いて盈月はさらに笑う。仕事が忙しいと言っていたが、ここの用心棒はそれほど忙しいものなのかと莉春は首を傾げた。
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