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第六章
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それからの手筈は素早かった。
「後宮入りについて、喜んでお受けいたします」
そう紀清達に告げたのは約束の三日後。若干複雑な表情を浮かべながらも、「莉春ちゃんが決めた事だ」と言って莉春を全面的支援する事にした。
莉春が後宮入りするにあたって紀清達と交わした契約は、まず品性や芸事を女官採用試験の時にお世話になった花街妓楼の揚羽から習う事となる。そして後宮のしきたりなどは、この国にまだ住むという紀清統治時代の側室、斎楊佳という人物から教わる。そして一番大切な事を紀清からは言われた。
「いいかい莉春ちゃん。君が後宮に入るまで、君は冠耀に会う事をしてはいけない。これは約束じゃない。命令だよ」
「それは構わないけど、どうしてなの?」
「そりゃこの一年で磨きをかけた莉春ちゃんを見て驚かせる。っていうのが本音半分だけど、もう半分は莉春ちゃんが後宮に入る事で冠耀が浮かれても仕方ない。そんな浮かれた姿を妃嬪達に悟られたら莉春ちゃんは刺客によって暗殺されるだろうね」
「そ、そこまでするの?」
「そこまでするさ。それが後宮に住む女達の寵愛合戦だ。邪魔と思えばとことんやる」
なんだかそこまで聞くと、若干早まったかなとも思ったが、それも仕方ない。莉春には自分を守る為のものは何一つない。紀清や丞黄の名を出したところでそれらは何の意味をも成さないのだ。それに紀清の言葉はまるで見てきた者にしかわからない事なのだろうと理解出来た。
こうして莉春は一年。女官の仕事をしつつ色々な芸事などを習う事となった。もちろん紀清は莉春の家族の安全をも保障してくれた。村には紀清の放った兵がいるらしい。だが普段は普通の村人のように暮らしているので、誰も兵士とは気が付かないだろう。
もう一つの収穫は側室だった耀佳の事だろう。
「主上……いえ今は上紀皇帝ですわね。あの方からわたくしに文が届いたのは何年ぶりでしょう。しかも貴女の面倒を見てくれとは……」
楊佳は四十をいくつか超えた女性で、少々冷たい眼差しながらも面倒見も良く、側室の中でも紀清が信用していた人物らしい。出自は薬士達を多く輩出している国の令嬢で、この国の者ではない。薬士の国との繋がりを持つために嫁がされた事もあり、そこにいるだけで意味を持つ家である。本人も寵愛に興味がないのか、大半の妃嬪達は絵師に描かせる自画像を美人画に仕立てるが、楊佳はそんな事もしない。それが逆に紀清の目に留まったようだ。
そして楊佳は盈月の母の事も話してくれた。
「徐栄香の事も知っています。あの方は心底上紀皇帝を愛していらしたわ。故に寵愛を自分だけに向けたかった。後宮にいる者は誰だって寵愛を自分だけに向けたい。けどそれは絶対に叶わない。誰もがそれを知っているのよ」
「ど、どうしてですか?」
「一人に固執すればするほど、国は傾く。寵愛は程よくまんべんに。それが後宮の密かな合言葉なのよ」
その昔、この国の皇帝の性が劉でない頃、一人の女に執着した皇帝がこの国を滅ぼしかけたらしい。政務には顔を出さず、昼夜女を愛でた。嘆いた官吏達が皇帝を殺し、女も殺された。それがこの国に残る伝説の一つなのだ。
「後宮入りについて、喜んでお受けいたします」
そう紀清達に告げたのは約束の三日後。若干複雑な表情を浮かべながらも、「莉春ちゃんが決めた事だ」と言って莉春を全面的支援する事にした。
莉春が後宮入りするにあたって紀清達と交わした契約は、まず品性や芸事を女官採用試験の時にお世話になった花街妓楼の揚羽から習う事となる。そして後宮のしきたりなどは、この国にまだ住むという紀清統治時代の側室、斎楊佳という人物から教わる。そして一番大切な事を紀清からは言われた。
「いいかい莉春ちゃん。君が後宮に入るまで、君は冠耀に会う事をしてはいけない。これは約束じゃない。命令だよ」
「それは構わないけど、どうしてなの?」
「そりゃこの一年で磨きをかけた莉春ちゃんを見て驚かせる。っていうのが本音半分だけど、もう半分は莉春ちゃんが後宮に入る事で冠耀が浮かれても仕方ない。そんな浮かれた姿を妃嬪達に悟られたら莉春ちゃんは刺客によって暗殺されるだろうね」
「そ、そこまでするの?」
「そこまでするさ。それが後宮に住む女達の寵愛合戦だ。邪魔と思えばとことんやる」
なんだかそこまで聞くと、若干早まったかなとも思ったが、それも仕方ない。莉春には自分を守る為のものは何一つない。紀清や丞黄の名を出したところでそれらは何の意味をも成さないのだ。それに紀清の言葉はまるで見てきた者にしかわからない事なのだろうと理解出来た。
こうして莉春は一年。女官の仕事をしつつ色々な芸事などを習う事となった。もちろん紀清は莉春の家族の安全をも保障してくれた。村には紀清の放った兵がいるらしい。だが普段は普通の村人のように暮らしているので、誰も兵士とは気が付かないだろう。
もう一つの収穫は側室だった耀佳の事だろう。
「主上……いえ今は上紀皇帝ですわね。あの方からわたくしに文が届いたのは何年ぶりでしょう。しかも貴女の面倒を見てくれとは……」
楊佳は四十をいくつか超えた女性で、少々冷たい眼差しながらも面倒見も良く、側室の中でも紀清が信用していた人物らしい。出自は薬士達を多く輩出している国の令嬢で、この国の者ではない。薬士の国との繋がりを持つために嫁がされた事もあり、そこにいるだけで意味を持つ家である。本人も寵愛に興味がないのか、大半の妃嬪達は絵師に描かせる自画像を美人画に仕立てるが、楊佳はそんな事もしない。それが逆に紀清の目に留まったようだ。
そして楊佳は盈月の母の事も話してくれた。
「徐栄香の事も知っています。あの方は心底上紀皇帝を愛していらしたわ。故に寵愛を自分だけに向けたかった。後宮にいる者は誰だって寵愛を自分だけに向けたい。けどそれは絶対に叶わない。誰もがそれを知っているのよ」
「ど、どうしてですか?」
「一人に固執すればするほど、国は傾く。寵愛は程よくまんべんに。それが後宮の密かな合言葉なのよ」
その昔、この国の皇帝の性が劉でない頃、一人の女に執着した皇帝がこの国を滅ぼしかけたらしい。政務には顔を出さず、昼夜女を愛でた。嘆いた官吏達が皇帝を殺し、女も殺された。それがこの国に残る伝説の一つなのだ。
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