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 会社生活六年。第二営業でつつがなくやってきたはずなのに、ここに来てアレンCEOが日本滞在中のみに発動される秘書課に配属。わけがわからない……
 伊澄曰く、この秘書課は、元々日本海運商事の秘書課内でも精鋭の最低人数で回しているそうだ。もちろん精鋭なので個々人の肩書や過去もまた凄い。一般的社員にはそんな特別編性部署が存在する事など知る由もなかったのだが。
「あの……無理です」
「無理は承知ですよ。どうせあなたに残されたのは辞表か、そのまま居心地の悪い職場で働くかしかないのですから」
「うぅ……そうなんですが……」
 そもそもその原因を作ったのはアレンではないか。何故巻き込み事故で職を追われる目に合わねばならないのか。理不尽とはまさにこのことだ。
「もちろん非はアレン様にありますが、言っても意味がないのはおわかりでしょう?」
「そ、そうですね……」
 出来る秘書はどうやらCEO相手にも容赦ないらしい。
「まぁ、今回はせめてものお詫びとして部署変えを提案したまでです。このご時世、そう違う職を探すのも楽ではないのではないでしょうか?」
「そ、それもそうですね。けど秘書って何をすれば?」
「そうですね。まずアレン様の身の周りの世話からですかね?」
「せ、世話……?」
「はい。聞けばこことは別に山下さんの住むマンションを購入したそうで、そちらで寝起きすると言って聞かないので、朝の出勤からお世話してもらいましょうか?」
 有能秘書。どこまで事情を知っているのだろうか。だがあの様子ではここは仕事するだけと言いかねない。おそらく何カ月単位で借りているのだろうが、その資金を考えると恐ろしい。しかも特別編成秘書課の職場もこのホテルの一室を借りているらしい。
「とりあえず身の周りの世話とは言っても、秘書課の皆さんを知らないわけにはいかないでしょうから、こちらへいらして下さい」
 案内されるまま、陽菜はアレンが借りている部屋の一階下に移動した。ちなみに借りている部屋はワンフロア一室だけだ。秘書課専用で借りている部屋もまたワンフロア二部屋構造で、この二部屋を秘書課が占拠している。ホテル側からしたらいいお客なのだろう。
「皆さん手を止めていただけますか?」
 部屋に入ると、広い部屋に五人の男女がいた。伊澄の声で五人は手を止めると顔を上げる。
(美男美女揃い……)
 さすがは秘書課。顔もまたいいのばかりだ。
「今日からこちらへ配属になります山下陽菜さんです。前職は第二営業でしたので、こちらの業務は全くわかっていません。澤永さん」
「はい」
 スッと立ち上がったのは肩より下の髪をゆるくウェーブした美人。嫌味のない赤いルージュが大人の色気を醸し出している。
「山下さんの指導をお願いしてもよろしいですか?」
「畏まりました。まずは何からお教えしたらよろしいでしょうか?」
「そうですね。秘書課業務と今後必要なスキル等の説明、CEOと繋がりのある顧客説明などでしょうか?」
「承知しました」
「それでは山下さん。澤永さんの言う事を聞いて頑張って下さいね」
 頑張れと言われ、頑張れるかは謎だ。この美女はきっと中身もすごいスペックなのがわかる。怖気づいていると、澤永は「よろしくね」と言った。
「こ、こちらこそ……よろしくお願いします……」
 さて、これから前途多難な会社生活が始まろうとしていた。
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