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 その頃、アレンは一人陽菜の実家を徘徊する。
 陽菜の家は平屋建てで居間や客間、陽菜達の部屋を入れた6DKほどある。おそらく都内で見れば敷地面積も広いが、田舎ではこれくらい普通なのだろう。
 元々農作業もしているので、畑も持っている。大層立派なとまではいかないが、これがこの辺りでは一般的な作りなのだろう。
 どの家も田畑を持っているのを見ると、この地域は農家が多いのだとわかる。
「ふむふむ。まだまだ僕の知らない日本が多い」
 普段は東京にある高級マンションやホテルでしか生活していないのもあり、都心から離れた日本を見ると新鮮に感じる。
 農業は担い手や収入などの面で何かと大変だと聞いた事もある。こういうものを何かビジネスに活かせたらと、ついつい仕事モードで考えていた時だ。とある一室に勝手に入ってしまったが、そこには仏壇があり、置かれた写真からは老女が微笑んでいた。
「もしかしてヒナのグランドマザー?」
 日本の神仏そのものを初めて見たし、勝手がわからないアレンだが、何故か仏壇の前で座って写真を見ていた。すると……
「貴様!何を勝手に入って来とるんじゃ!」
 まるで雷が落ちたかのような怒声にアレンは目を丸くした。
「Oh!ここはトラキチの部屋だったの?ソーリー」
「わけのわからん言葉で話すな!さっさと出て行け!」
 フンっと息を荒く、部屋の中に入る寅吉に、アレンは訪ねてみた。
「この女性はトラキチの奥さん?」
「そうじゃ……」
「すごく綺麗で、とても幸せな人生を送った人なんだろうね」
「ふん!貴様に何がわかる」
「わかるよ。写真からも幸せそうなのが伝わってくる。だからヒナもいい人達に囲まれて育ったんだなってわかる。それはすごくいいことで、とても羨ましい事だよ」
 気になる言葉だったのか、寅吉は振り返ってアレンを見た。
「僕の家は仲は悪くないけど、小さい頃からいつかはヒースルー家の跡を継ぐ者として教育されてきたから、小さい頃に自由があるって羨ましいなと思った」
「何を言う。お前さんも今は自由なんじゃろ?」
「今はね。けど子供の頃の自由と、大人の自由は意味が違う。大人になって、ある程度の自由が出来ても、結局背負っているものが大きいから無邪気な感じにはできないんだよ」
 アレンの下には何千という社員や会社に一族だったり、背負うものが成長と共に多くなっていった。本当は自由であって自由ではない。
 そう簡単に倒れる事も、押し潰されることもないが、全く不安がないかといえば別だし、頂点にいる者として弱い姿を見せるわけにはいかない。
「だからなか?ヒナといると息が出来るんだ。肩を張らず、自然の僕でいられるのはヒナだけなんだ」
 初めは可愛いなと思った程度で、今まで付き合った女性と違うとは思いながらも一目で気になった。それが始まりであり、今では大切な存在となったのだ。
「おい、お前は酒に強いのか?」
「弱い方ではないよ」
「なら付き合え」
 寅吉の手には日本酒の瓶がある。そして陽菜の母親にお猪口や熱燗を頼んだりして、縁側にて二人で呑むことになった。
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