ようこそあやかし屋敷

まぁ

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「あ、あれ?何で動かないの……?」
 グッと足に力を入れてみるが、全く動かない。
「ねぇ知ってる?夏菜ちゃんの住む時代にはこの川はないよね」
「私の住む時代……」
「川一つとっても、そこにある事には何かしらの意味があるんだよ。この川はそうだな。山神から人間へと授けられた川なんだよ。それを人間は開発と称して潰したんだ」
 清は何を言っているのだろうかと思った。だが夏菜の住む時代を知っているということは、清はあやかしという事になる。
「もしかして……あやかし?」
「そうだよ。あやかしだったって言った方がいいかな?」
「だった……?」
「そう。この土地神は風代神社にいる狐さんだけど、この川の主は僕なんだ」
 川に住むあやかしがどうしてあやかしではないと言うのか。それは夏菜の住む時代で住処を失われたからなのだろう。つまりは悪鬼羅刹の類なのか、それになろうとしているのか。
「あなたの目的は何?」
「僕の目的?そんなもの一つだよ。この地に住まう人間の死を望む。まぁ、それを望む時代はここより先の時代なんだけどね」
「じゃ、じゃあ……ここにいるのはどうして?」
「ここが住みよいからだよ。だからよくここに来てる」
 平穏な夏菜達の時代。だが物事一つで全てが崩れ去ろうとしていたのだ。まだ川が存在したこの時代にいれば、清の気持ちも落ち着くのだろう。だが夏菜の住む時代ではそうもいかない。
「幸い夏菜ちゃんの住む時代には土地神はいても、神主もいなければ信仰も薄い。壊すには丁度いいんだよ」
「そ、そんな事しちゃ駄目だよ!」
「どうして?人間に壊されたちゃったんだよ。なら僕だって壊してもいいよね?」
「そんな事をしたら絶対駄目!あの地区は私の住んでる場所だよ!家族だって、友達だっている!」
 そう刹那に訴えてみるが、清は「僕は何もかも奪われた」と小さな声で呟いた。川が消えた背景は昔の事なので知らない。だが人口の増加と共に開発しなくてはいけない理由もあったのだろう。だがそれは全て人間側の都合で、清にとっては住処も、そこに住んでいた全ての生き物も奪われたのだ。もしそれが自分ならと考えると、清の気持ちもわからなくもない。
「人間が憎いのはわかるわ……けどそんな事は絶対しちゃいけない。したらあなたが後悔するわ」
「後悔?後悔なんてしないよ。何十年と悲しい思いの方が強くて他の感情なんて忘れちゃったし……」
「だからって……」
「知ってる?この辺の磁場が緩んでいるのを?」
「えっ?」
「あの双子の狐が安易に時代をまたげたのも、夏菜ちゃんがこの時代に来れたのも、全て磁場が緩んでいるからなんだよ」
 磁場の歪み。それがこれまでのイレギュラーを生んでいたのだ。だとするとこれは夏菜がどうにかする事など不可能だ。仁や京のようなあやかしにしかどうにも出来ない。そんな事を考えていると、清は表情を曇らせた。
「どうやら邪魔者が現れたようだね」
 そう言うと夏菜の足元に一匹の黒猫が現れた。黒猫はにゃーと鳴きながら清を威嚇しているようにも見えた。
「それじゃあ近いうちにまた会おうね。夏菜ちゃん」
 スッとその場から消えた清。その瞬間体が軽くなり、動く事が出来た。
「た、助かった……」
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