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第2話 高嶺の花な生徒会長には関わりたくないのに、魔法少女候補ってどういうことなの。

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 お母さん曰く、
『ハートブルームを集めると、願いが叶うの。だから、魔法少女に勧誘する時は”魔法少女になれ。さすれば願い叶えられん”って言うのよ?』
 なんて、アニメかゲームの設定みたいなことを語っていた。またなんの影響を受けているのやら。
 とはいえ、魔法少女になる特典があるのは朗報だった。今時メリットもなしに魔法少女をやりたい女の子なんているはずもない。法治国家で魔法少女の勧誘とか厳しすぎる。

 私の体を元に戻せるのも、このハートブルームの願い事によるものらしい。万能だね。

 そんなわけで、私は今、いつも通っている花ノ宮女学園に来ていた。
 妖精騒ぎが今朝方。遅刻確定で、本当は休むつもりだったけど、一日でも早く使い魔になるヘンテコな体を治したい。
 なので、その候補となる魔法少女探しに登校しているのだ。

 ある意味で、通ってる学校が女子校だったのは運が良かった。総生徒数は1,000人以上。それだけいれば、魔法少女候補の一人や二人見つけるのも容易かろう。多分、きっと。そうだといいなぁ。

 で、肝心の魔法少女の探し方だけど、お母さんが言うには『強い感情を持つ人』が良いらしい。
『魔法少女には誰もがなれるけど、やっぱり人によって強い弱いはあるから。
 好き嫌い喜怒哀楽、種類はなんでもいいから強い感情を持つ子ほど、魔法少女として高い素質を持っているわ。
 頑張って、SSR魔法少女引き当ててね!』
『うるさい』
 言葉の節々に混ざるソシャゲ要素はなんなのか。母の課金額が心配になる。そして、暗に私は感受性の低いコモンって言われてるようで腹立つ。今度、デコピンしてやろう。

 つーか、強い願いってどうやって探せばいいのよ。
 その当然の疑問が、私が使い魔にさせられた理由であるらしい。
『使い魔は、なんとなく感覚で相手の感情の種類や強弱を読み取れるから。
 こればっかりはやってみないとわからないから、
 レッツチャレンジ!』
 という流れで、今に至る。

(でも、確かに感情は読み取れてるのよね)
 楽しいとか、不快とか、眠いとか。
 心の声が聞こえるわけじゃないけど、なんとなく感覚として伝わってくる。妖精の使い魔状態じゃなくても使える能力なのは助かった。流石に、見るからに妖精ですって姿で校内を飛び回るわけにはいかない。

 今は丁度昼休み。
 生徒たちを見て回るには丁度良く、校内を練り歩いているのだけど……疲れた。
 強い感情と言われても、誰もかれも平々凡々という印象。そもそも強い感情ってなんだよって、今更ながらに思う。殺したいほど愛してるとかそういうの? ……そんなヤンデレ魔法少女やだなぁ。

 それに、人の感情が伝わってくるのは疲れる。
 最初こそちょっと楽しかったけど、喋ってることと思ってることの落差とか、そもそも不快な感情が伝わってくるのは気分が悪い。オンオフができないものか。帰ったらお母さんに相談しよう。

 今はともかく魔法少女探し……と言いたいところだけど、頭痛い。保健室行こう。
 そんなわけで、保健室に向かおうと足の向きを変えた所で、
「わぷっ!?」
「おっと」
 誰かにぶつかってしまう。顔面を襲うやや固めの感触。
「ごめんなさい!」
 相手の顔も見ず、咄嗟に頭を下げて謝罪する。
 うぅ、失敗。完全な不注意だ。

「気にしないでください。ユミルさん」
 明るく、穏やかな声が私の名前を呼ぶ。それは、聞き覚えのある声だった。
 まさか、という思いで顔を上げると、陽光を浴びる花のような笑顔に迎えられる。
「せ、生徒会長さん」
 花ノ宮女学園の生徒会長、鏡花院きょうかいんリユさん。
 名家の出身で、名のある令嬢ばかりが通う花ノ宮女学園女学園の中でも才媛として敬われている。

 容姿端麗。才色兼備。起伏は少ないが、無駄のないスラリとした体は中性的な魅力があり、学園中の女生徒からお姉様と慕われている。生徒たちによって非公式に行われたお姉様にしたい学園性映えある第1位である。ちなみに、私はランキング圏外。なぜか妹にしたいランキングは3位だったけど。

 そんな、誰にも分けへだてなく接する、令嬢の鏡みたいな生徒会長が、私はちょっと苦手だったりする。
「もう」
 生徒会長さんは人差し指を立てると、軽く私の額を小突いた。
「前も言ったでしょう? リユって、呼んでくださいって」
「いやぁ、そんな。恐れ多くって」
「ダメ、ですか?」
 瞳を潤ませ、小首を傾げる。清楚なキレイ系なのに、ちょっとあざとい態度もよく似合う。
 愛想笑いを浮かべ、どうにか視線から逃げようと試みるけど、期待に満ちたキラキラの眼差しが追いかけてくる。
「……リユさん」
「さんもいらないんだけどなー」
 これ以上は本当に勘弁してほしい。
 とはいえ、私が名前を呼んだことで満足したのか、よく出来ましたと頭を撫でてくる。
 そして、集まるやっかみの視線。今日に限っては、嫌悪の感情まで感じとってしまい辟易してしまう。

 私が生徒会長を苦手な理由はこれ。
 私は1年。リユさんは3年。帰宅部の私が他学年の生徒に関わる機会なんてほとんどないのだけれど、リユさんは見かける度にやたら親しげに声をかけてくる。
 令嬢の多い学校で、私は由緒正しい庶民出身。(最近、魔法少女の家系と判明したが)
 庶民かつ特待生で入学していて悪目立ちしている私を気にかけてくれているのだろう。

 ただ、そのせいで周囲の妬みを買ってしまっている。
「リユ様。お仕事がまだ残っておりますので、そろそろ」
「せっかくユミルさんに会えたのに、残念ですね」
 本当に残念そうに、眉尻を下げる。
 そんな表情を見ると、ちょっとばかり申し訳なくなってしまう。私、なにも悪くないのに。

「それじゃぁ、またね、ユミルさん。今度はランチをご一緒しましょう」
「き、機会があれば」
 バイバイと手を振るリユさんに、返答を濁して小さく手を振り返す。
 針のむしろの状態から抜け出し、ようやく肩の力を抜いていると、
「……リユ様はお優しいだけ。調子に乗るんじゃないわよ」
 ぼそり、と先程リユさんを仕事に促していた女生徒が不機嫌そうに耳打ちして去っていった。
 こ、こわぁ。

 完全に目をつけられた気がする。
 リユさんは嫌いじゃないけど、これがあるからあまり関わりたくなかった。
「……けど、関わらないわけにもいかなくなったなぁ」
 嘆息。
 生徒会長が現れた時から伝わってくる強い感情。熱く迸るような、強い熱情が肌を焼くようにひりついていた。
「まさか、魔法少女候補が生徒会長だったなんて……」
 前途多難過ぎる。
 重苦しいため息が、私の口から再び溢れ落ちた。


 ■■

 気が乗らないまま授業を受けていたら、いつの間にか放課後になっていた。
 授業内容は記憶にない。頭の中はリユさんにどう接するかで一杯だった。

 素直に魔法少女になってくださいってお願いする? ……哀れみの目を向けられそうだ。
 一人きりの教室で、出口のない迷路を彷徨うように、答えの出ない難題に挑む。
 けれど、どれだけ考えても答えは出ず、ぶっつけ本番で当たって砕けることにした。いや、砕けちゃダメなんだけど。

 赤い輝きを放つ、花びらの形をした宝石が付いたペンダントを外す。すると、蝶の羽を羽ばたかせる、小さな妖精に姿が変わっていた。
 このペンダント……妖精になると、なんで一緒に小さくなるんだろう。いや、持ち歩きやすくて便利だからいいんだけど。
 ほんと、摩訶不思議なことばかりだ。

 蝶の羽を羽ばたかせ、向かうのは生徒会室。
 ちょっと怖かったけど、隣の教室の窓から飛び出し、生徒会室の外側から窓を覗き込む。飛べるとわかっていても、地上まで4階分の高さがあるから恐怖心はひとしおだ。妖精姿で感じる高さは人の姿の時よりも高く感じて、絶壁から下を覗き込むような心地。
 この状態で人の姿に戻ったら……ごくり。

 肝を冷やしつつ、こっそりと生徒会室を覗き込む。
 居た。室内には、リユさんと他数名の生徒会役員。慌ただしく仕事をしている。
 うーん。流石に、リユさん以外にいる時には姿を見せられないなぁ。
 なので、リユさんが一人になるのを見計らう。

 気付けば太陽が地平線に沈みかけ、校舎を茜色に染め上げていた。
『それでは、お先に失礼いたします。生徒会長も早めに上がってください』
『ありがとう。あなたも気をつけて帰ってね』
 最後の女性役員が生徒会室を退室する。
 しばらく待ったが、戻ってくる気配はない。生徒会室にはリユさん一人となった。

 よし、今だ。
 これ幸いと飛び込もうとして、窓に手をかけ――開かない。
 妖精の姿では力が足りないのかな。そう思ったが、よくよく見ると窓に鍵がかかっていた。仕方がない。隣の教室に戻って、入り口側から回り込もうとすると、
「まったく、窓ぐらい閉めて帰れないのか」
 用務員さんと思われるおばさんの声が聞こえて慌てて身を隠す。両手で口を押さえてドキドキしていると、カチャンッと錠のかかる音が小さく耳を打った。

 まさか……?
 血の気が引く。恐る恐る確認すると、隣の教室の窓にも鍵がかけられてしまった。しかも、用務員さんが点検して回っているということは、他の教室も同様だろう。
 どうしよう。地上まで降りて回り込もうか。けど、その間にリユさんが帰っちゃうかもしれないし。

 うおーっと窓枠に座り、頭を抱える。今日は諦めるかなぁ……でもなぁ。
 悶々としていると、突然背もたれにしていた窓が開く。
「うひゃぁっ!?」
 悲鳴を上げて部屋に転げ落ちると、ぽすんっとなにか柔らかいモノに受け止められる。
「うぅっ……なに急に」
 目を回して、頭を押さえる。
 頭を振って視界を安定させると、不思議そうな女性の声がしてビクリと体が跳ねた。
「蝶の……妖精さん?」
 冷や汗を流して振り返れば、リユさんが私を興味深そうに私を見下ろしていた。そして、私が座り込んでいるのは、彼女の両手。

「えーと、えーと」
 予期せぬ事態に頭が回らない。どうしよう、どうしようと熱が出るほど頭を働かせて――ガバッと立ち上がる。
 そして、両手の人差し指を頬に当て、きゃるんと効果音が出そうな可愛い笑顔。
「私は妖精のルミアちゃん!
 魔法少女を探して旅をしているの!」
 ……めっちゃ恥ずかしい。
 頬が火傷しそうなぐらい熱い。窓から吹き込む黄昏時のそよ風が、私の心をすっと通り抜ける。

 もうやだ帰りたい。
 わなわなと震えて涙目になっていると、「ふふ」とリユさんが微かに笑みを零す。
「そう、魔法少女を。それはとっても素敵ですね。
 少し、お話を訊かせてもらってもいい?」
「あ……はい」
 なにやら笑われているが、結果的に良き方向に話が進んだ。
 素直に頷くと、彼女の両手に乗せられたまま、生徒会室に招かれることになった。
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