ヘタレ退魔師・玖堂冬夜のあやかし奇譚

市瀬瑛理

文字の大きさ
6 / 61
第一章 『ヘタレ』と呼ばれる青年

第6話 コハクの友達

しおりを挟む
 日もだいぶ落ちてきた頃、川のそばに集まった冬夜たち三人の前には、小さな男の子が座り込んでいた。

 先ほど、志季が冬夜の背後に見つけたのはこの男の子である。
 その正体は、冬夜の足を掴んだ幽霊だった。おそらく小学校低学年くらいだろう。

「ちびっこにしてはずいぶんと力があったな」
「俺もびっくりだよ。すごい力強かったからね」
「まあ、幽霊だから歳は関係ねーか」

 志季と冬夜は揃ってあぐらをかきながら、それぞれそんなことを話す。

 二人のやり取りを隣で眺めていた猫姿のコハクが顔を戻し、今度は男の子を見上げた。

「どうして、みんなを川に引きずり込もうとしてたんですか?」

 そう言って小首を傾げるコハクに、男の子はゆっくり口を開く。

「……さびしかったから。ともだちがほしかった」
「そうだったんですね」
「……うん」
「冬夜さま、志季さん、この子を助けてあげられますか?」

 コハクが冬夜と志季の顔をじっと見つめる。
 冬夜はコハクの頭を撫でてやりながら、静かに言った。

「もちろんそのつもりだよ」
「このまま放っておくわけにもいかねーし、まずはちゃんと状況を把握するべきだな」

 冬夜の隣にいる志季も、そう続けて頷く。
 二人の答えに、コハクの表情が明るくなった。

「君はどうして自分がここにいるのかわかる?」

 冬夜が男の子の顔を覗き込んで、問い掛ける。

「……」

 しかし男の子は黙って、ふるふると首を左右に振るだけだった。

「そっか。じゃあちょっと失礼して、亡くなった時の様子を見せてもらうね」

 冬夜は優しく微笑んでみせると、男の子の額に自身の手のひらをかざし、そっと目を閉じた。

 こうすることで、亡くなった時の状況や記憶を読み取ることができるのだ。もちろん志季も含め、大抵の退魔師は同じようなことができる。

(どれどれ……)

 しばらく手をかざしていた冬夜だったが、ある程度を読み取ったところでまぶたを上げた。

「冬夜、どうだった?」
「うん、ちゃんとわかったよ」

 志季の言葉に、冬夜がしっかりと頷く。次には額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら、男の子にまっすぐ視線を向けた。
 そして、不思議そうに首を傾げる男の子に言い聞かせる。

「死因は、足を滑らせてこの川に落ちたことによる溺死できし。亡くなった時期までは読まなかったけど、どうやら夕方に一人でいた時だったみたい。で、幽霊として目覚めたのが最近ってとこだね」
「最近になって、しかも夕方に事件が起きてたのはそういうことか。ちょうどこの時間帯に未練が残ってたってとこだな」

 なるほど、と志季が納得したように腕を組む。

 冬夜は志季と一緒になってぐるりと辺りを見回すが、花などが供えられていないところから、かなり前に亡くなったのだと推察できた。

 亡くなった時期も読み取ろうと思えばできるが、今回はそこまでする必要はない。術や武器の使用だけでなく、読み取りも意外と精神力を使うのである。

「だからその時の記憶はなくても、寂しくて、友達が欲しかったんですね」

 悲しげな表情でしょんぼりとうつむくコハクは、今にも泣き出してしまいそうに見えた。

 きっと、『まだ小さいのに亡くなってしまってかわいそう。ちゃんと成仏してほしい』などと思っているのだろう。

「そうなんだろうな」

 志季の同意の言葉に、コハクが顔を上げ、さらに続ける。

「ボクも溺れたことがあります。その時、冬夜さまに助けてもらいました。今、ここにいられるのは冬夜さまのおかげです。でも、この子は助けてくれる人がいなかったんですね」
「うん、だから俺たちがこれから助けてあげるんだよ」

 冬夜がもう一度コハクの頭を撫でてから立ち上がると、正面に座ったままの男の子はその様子を目で追った。

「……もう、さびしくなくなるの?」
「そうだよ。もう寂しくないから、ゆっくりおやすみ」

 冬夜がまた微笑みを浮かべながら改めてしゃがみ込み、男の子の左胸に自身の手を当てる。
 すると、男の子は心底嬉しそうに笑って、それから静かに目を閉じた。

「うん、おやすみなさい」

 男の子の胸に当てた冬夜の左手、その手首についている腕時計から淡い光が溢れ出してきて、男の子の全身を徐々に包んでいく。

 コハクは、二人の様子をただ黙ってまっすぐに見つめていた。

 しばらくして光がすっかり収まった頃には、男の子の姿も同様に消えていた。

「……ちゃんと成仏できましたよね?」

 コハクは冬夜の足元に寄ってくると、丸っこくて可愛らしい前足をその足の甲に乗せる。
 うつむいていて表情はうかがえないが、泣くのを必死に我慢しているようだった。

「大丈夫だよ。それに、コハクはもうあの子の友達でしょ」

 冬夜はそんなコハクをゆっくり抱き上げて、ポンポンと背中を優しく叩いてやる。
 その言葉と手の温かさにコハクはようやく安心したのか、

「はい、あの子はボクの友達です。……ありがとうございました」

 小さくそれだけを紡いで、息を吐き出した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

処理中です...