ヘタレ退魔師・玖堂冬夜のあやかし奇譚

市瀬瑛理

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第三章 邂逅する者たち

第19話 少女の幽霊が持ち込んだ情報・2

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 人に害をなすはずの幻妖と話す人間に、不吉なイメージの『鬼』という言葉。

 当然のことながら、それらの情報に冬夜たちはあまりいい予感はしていなかった。

「その人の顔は見た?」

 やや前のめりになった冬夜が、少女からさらに詳しい話を聞こうとする。
 しかし、目の前の少女は申し訳なさそうに、ただ首を左右に振るだけだった。

「すみません。夜だったのと、遠くから見ただけだったんで顔までは見えなかったんです」
「そっか、それは仕方ないよね」
「そもそも、幻妖と接触してるってことは、夕方以降しか考えられないからな」

 志季がそう言いながらグラスを手にして、中身を一口飲み込む。

 幻妖とは基本的に夕方以降に現れるものだ。
 今回の場合も夜なので、顔が見えないのも仕方がない。遠くからならなおさらである。

「それでわざわざ相談しに、ここまで来てくれたの?」

 冬夜の優しい言葉に、少女は真剣な表情を浮かべた。

「はい。狂暴になり始めた時期と被りますし、このままじゃあたしたちも困りますから。みんなで相談して、ここに来ればいいんじゃないかって話になったんです」
「幽霊仲間で相談したってことか」

 再度グラスに口をつけた志季に、少女がしっかりと首を縦に振る。

「この辺りで起こってることなら、一応はこの事務所の管轄ってことにもなるよね。もし退魔師協会からの依頼だったとしても、多分ここに来るんじゃないかな。一番近いんだろうし」

 冬夜も納得したように腕を組んだ。

 そこで、志季が途端に険しい表情を浮かべて、少女に向き直る。

「ところで、ここに来たってことは、当然オレらに除霊や浄霊される覚悟もあるんだよな?」

 ここがどこだかわかってるよな、そう言いながら、すごむように睨みつけた。

 確かに、この事務所に来るということは、状況次第では除霊や浄霊になっても何らおかしくはないのである。

「志季さん、それは酷いです!」

 これまで黙ってやり取りを聞いていたコハクが、すぐさま立ち上がり大声で抗議した。

「オレらは除霊しようと思えば、今すぐにでもできるしな」
「まさか本気なんですか!?」

 両サイドを志季とコハクに挟まれた冬夜が、両耳を手で塞いで「また始まったかぁ」と苦笑を浮かべる。
 それから呆れたように一つ溜息を落とすと、志季の方に向き直った。

「ちょっと志季、この子はまだ何もしてないと思うよ」
「さあ、どうだかな」

 志季はグラスをテーブルに戻すと、偉そうな態度でソファーにふんぞり返る。
 その様子に、冬夜がまたも小さく嘆息して、今度は少女に視線を向けた。

「君はこれまでに何か悪いこと、した?」
「いいえ、してません。ただ大切な人たちを見守ってるだけです。それは断言します。だから除霊とかはされないと思って、代表としてここに来ました」

 冬夜に問われた少女は、思い切り首を横に振ると、凛とした口調でそう答える。

「ほらね。だからまだ除霊対象にはならないよ。まあ、志季もわざと言ったんだろうけど」
「ちっ、つまんねー」

 可笑おかしそうに笑い出した冬夜に、志季が「やっぱバレてたか」と舌打ちをする。

「志季さん、性格悪いです」
だまされるコハくんが甘いんだよ」

 ふてくされたように頬を膨らませたコハクは、静かに座り直しながら、志季をきつく睨みつけた。

「とにかく、これは俺たちも気になる話だし、時間のある時に調べてみるよ。とはいっても、依頼が来ないとこの事務所は暇だからねぇ」

 明日からでも調べられると思うよ、そう言った冬夜の笑みが、次にはまた苦笑に変わる。

「調べるなら早い方がいいもんな。暇なのは否定しない」
「そうだね。幻妖のいた場所のことを考えても、他の事務所よりは俺たちの方が適任だよね」
「他のとこはそれなりに忙しいだろうし、逆にオレらはすぐに動けるんだからちょうどいいだろ」

 冬夜と志季が頷き合うのを見て、

「ありがとうございます。よろしくお願いします!」

 少女はロングヘアを振り乱すくらいの勢いで、深々と頭を下げた。

「うん、ちゃんと調べるから任せといて。あと、くれぐれも悪いことはしないようにね。除霊対象になっちゃうから」

 冬夜は少女に向けて微笑みながらも、しっかり釘を刺しておいたのだった。

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