ヘタレ退魔師・玖堂冬夜のあやかし奇譚

市瀬瑛理

文字の大きさ
34 / 61
第四章 連続殺人事件を追え

第34話 運ばれてきた手紙

しおりを挟む
 窓を開けて外を見ると、手元の窓枠のところに鳩が一羽止まっていた。

「鳩……だよね?」
「鳩以外の生き物には見えねーな」

 冬夜と志季がそんなことを話していると、コハクが何かに気づいたらしく「あっ」と声を上げる。

「足に何かついてませんか? 伝書鳩ってやつですかね」

 言いながら鳩の足を指差すコハクに、冬夜と志季も一緒になって目を落とした。

 確かに、足に小さな筒のようなものがついている。

「ああ、これは通信筒つうしんとうってやつじゃないかな」

 初めて見るけど、と冬夜が答えると、志季は興味深そうに鳩とその足についた筒を眺めた。

「へえ、オレも名前は聞いたことあるけどこれがそうか。てことは中に何か入ってるのか?」
「あ、そうかもしれないね。じゃあこれを届けにきたのかな? よし、ちょっとおとなしくしててね」

 すぐさま冬夜が鳩に手を伸ばすが、鳩は冬夜の言葉がわかっているのか、ただその場でじっとしている。

 足についていた筒から中身を取り出すと、鳩は役目を終えたらしく、そのまま黙って帰っていった。

 冬夜の手元には、小さな紙の塊が一つ残る。

「やっぱり入ってたのか。紙ってことは手紙か?」

 冬夜の手の中にあるものを見て、志季が首を傾げる。

「昔は協会からの依頼に伝書鳩を使ってたこともあるんでしたっけ?」
「さすがに今は電話もメールもあるから使ってないと思うけどね。でも何で伝書鳩がうちに来たのかな……」

 志季と同じように首を捻るコハクに、冬夜は「何かの間違いかなぁ」などと言って、小さく畳まれている紙を広げた。

 どうやら志季の言った通り、手紙のようだ。

「ここに来たんだから、きっとうちの事務所宛てだろ。読んでもいいんじゃねーの」
「そうだよね。もしかしたら会長がお遊びでやったのかもしれないもんね。あの人ならやりかねないし」

 志季に背中を押されるような形で、冬夜は笑みを浮かべながら手紙に視線を落とす。志季とコハクも一緒になって覗き込んだ。

 そして三人で読み始めたのだが、ざっと見たその内容に全員が揃って瞠目どうもくしたのである。


  ※※※


 小さな便せん一枚分の大きさに広がった真っ白な紙には、パソコンで書かれた文字が規則正しく並んでいる。

 宛名は『玖堂くどう心霊調査事務所』だったが、差出人の名前はなかった。
 パソコンの文字だったため筆跡が一切なく、目の前にある文字だけでは差出人がわからない。

「え、ちょ、待って待って。何これ、何か怖い言葉ばっかり書いてあるんだけど」
「恨むとか、殺すとかそんなんばっかだな」

 慌てふためく冬夜とは対照的に、志季は手紙を見つめながら冷静に返す。

「これって、うち宛てなのは間違ってないけど……」
「内容が不穏すぎるな。それにうち宛てってか、どっちかといえば冬夜宛てに近くないか?」
「いや、俺よりも俺の実家でしょ」

 志季が腕を組んで溜息をつくと、冬夜は怪訝けげんそうに眉を寄せた。

 志季の言う通り、ざっくり読んだ感じでは、事務所というよりは冬夜に宛てたもののようだった。いや、もっと正確に言えば、玖堂家に宛てられたものと思われる。

 しかし、その内容は正直気分のいいものではなかった。

 簡単に言ってしまえば、玖堂家に対しての恨みつらみなどが小さな文字で長々と書かれているのである。

「玖堂家、一体どんだけヘイト溜めてんだよ」

 志季が呆れたように言うと、冬夜は顎に手を添えて、首を捻った。

「うちってそんなに恨まれるようなことしてたかな……? ただの退魔師一家だと思うんだけど」
「知らないうちに何かしてたんじゃねーの?」
「俺は何も知らないよ。コハクも知らないよね?」

 冬夜が首を大きく左右に振って、次にはコハクに顔を向けた。

 コハクはもともと冬夜と一緒に、冬夜の実家に住んでいた。なので、何かあればコハクだって知っているはずだと思って聞いたのだが、

「はい、ボクも知らないです」

 コハクも冬夜と同様にそう言って頷く。

「まあ、幻妖を退魔したりしてる時点で普通の家とは違うしな」

 オレんちもそうだけど、と志季が腕を組んだままで天井を見上げる。

 そこで冬夜が、自身の手に持った手紙のある部分を指差した。『古鬼』と書かれているところだ。この部分以外にも何度も同じ単語が繰り返し出てくる。

「でも、これってなんだろうね。『ふるおに』って読むのかな? それとも『こき』? とにかく読み方すらわかんない言葉が書かれてても困るし。志季、これ読める?」
「オレに聞かれてもなぁ……。だいたい、玖堂家に宛てたものっぽいんだから実家に行って聞けば何かわかるんじゃねーの?」
「まあ、そうだよねぇ」

 志季の言葉に、冬夜が苦笑を漏らした。

 そのまま、「そういえばしばらく実家に帰ってないなぁ」などと考えていると、志季が不愉快そうに顔をしかめる。

「けどさ、『鬼』って言葉は気に入らねーな」
「もしかして、一昨日の幽霊の子が話してた『鬼』と何か関係あるんじゃ……」
「あ、何か嫌な予感してきたわ……。この予感は外れて欲しいやつだな」
「もし志季さんの予感が当たったら、何だか怖い話になってきますよね……」

 コハクが小さく震えると、冬夜はその頭を優しく撫でた。

「きっと大丈夫だよ。じゃあ明日、みんなで俺の家に行って話を聞いてみようか。それでいいよね?」
「オレはいいけど、協会には連絡しなくていいのか?」
「これは俺たち、というか玖堂家に来たものだからね。協会宛てじゃないし、やっぱり巻き込むわけにはいかないでしょ」

 俺たちの問題だよ、そう言って冬夜は真剣な表情で手紙を畳み、テーブルに置いたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

神木さんちのお兄ちゃん!

雪桜
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます! 神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。 美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者! だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。 幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?! そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。 だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった! これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。 果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか? これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。 *** イラストは、全て自作です。 カクヨムにて、先行連載中。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

処理中です...