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第五章 明かされる秘密
第39話 幸せなこと
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庭にある池を覗き込むようにしながら、冬夜が膝を抱えてしゃがんでいる。
ぼんやりした様子のその背中に声を掛けてきたのは志季だった。
「冬夜、大丈夫か?」
「……ああ、志季か。コハクは?」
「恵子さんに捕まってる。オレたちが話してる間にいっぱいお菓子作ったんだってさ。コハくんはこっちに来たそうだったけど、そのまま置いてきた」
冬夜がのろのろと振り返ると、志季はあえて笑みを含んだ声音で言いながら、冬夜の横に回る。一緒になってしゃがみ込むと、まっすぐに水面を見つめた。
ややあって、志季が改めて口を開く。
「やっぱり複雑か?」
「そりゃあもちろん複雑だし、ショックだよ? これまで信じてきたものがまったく違ったんだからさ」
冬夜はわざとらしく頬を膨らませながらそう答えた後、今度は苦笑を漏らした。
それから、立て続けに聞かされた自分についての話を振り返る。
自身の出生と、力の封印。それと、事務所について。
後半はそれなりに平静を保っていたが、前半は信じられない話ばかりだった。
今、志季が来るまでの間に色々と考えてはいたが、心の中がすっきりすることはなく、まだモヤモヤしたままなのである。
「そうだよな」
志季はぽつりと同意の言葉を落とすだけで、後は冬夜が話し出すのを待っているようだった。
少しして、冬夜がゆっくり唇を動かし始める。
「……今まで、ずっとこの家の人間だと思ってて、父さんたちが育ての親だなんて考えたこともなかった。疑いもしなかったんだよ」
「でも、まったく血が繋がってないわけじゃないだろ。アンタは分家とはいっても玖堂の人間であることには変わんねーんだから」
「そうだね。親戚ではあるから、まったくの他人じゃなかったことにはちょっとだけ安心したかな」
正確には、冬夜にとって征一郎は伯父にあたる。
そのことについてはひとまずほっとしているが、やはり冬夜の心中は複雑だ。
「今までずっとこの家で育ってきたっていう事実も変わんねーだろ。それとも他に何か不満でもあるのか?」
志季に訊かれ、冬夜がまたも困ったように苦笑いを浮かべる。
「……いや。両親と姉さんは俺を本当の家族としてここまで育ててくれた。そのことにはすごく感謝してる。ただ、両親がもう一人ずついるっていうのが何だか不思議な気分でさ」
その言葉に、志季が顔を空に向けて、何かを考えるように目を閉じた。冬夜はそれを視線だけで追う。
おそらく、自分が同じ立場だったら、などと想像しているのだろう。
冬夜はそんな志季の邪魔をしないように、ただ黙って前を向いていた。
少しして瞼を上げた志季は、水面の方に顔を戻し、頷く。
「まあ、そうなんだろうな。でも考え方によっては、親がたくさんいて幸せって言えなくもないだろ。元気に生んでくれた親と、こんなヘタレを大人になるまでちゃんと育ててくれた親」
「何で志季はそこでヘタレって言うかなぁ」
冬夜は微苦笑を浮かべるが、すぐに唇を尖らせた。
「アンタが今までヘタレだったのは、力が封印されてたからだろ」
「そういうことみたいだけどさ」
志季の言葉に、冬夜は池を眺めながら素直に頷く。
池の中ではたくさんの鯉が冬夜の心中を知ることなく、元気に泳ぎ回っていた。
志季は、冬夜と同じようにまっすぐ前を見つめたままで続ける。
「じゃあ封印さえ解ければ、もうヘタレじゃなくなるだろ。封印されたのにも事情があったんだし、逆に封印してくれたおかげでここまで生きてこられたのかもしれないだろ?」
「えー? 封印されてなければもっと楽に生きられてたかもしれないよ?」
冬夜の不満そうな声に、志季は水面から視線を外すことなく、すかさず反論した。
「いや、力が強すぎて制御できなくなるってのは漫画とかでよくあるだろ。もしそうだったら、今頃は力が暴走してとっくに死んでたかもしれないんだぞ?」
「ええ、それは嫌だなぁ……。でもそうだね。確かに志季の言う通り、力を封印されてなかったら今ここにいなかったかもしれないもんね」
志季やコハクにも出会ってなかったかもしれないんだよね、と冬夜が小さく呟く。
「だろ?」
「それに、生んでくれた親だけでなく、ここまで育ててくれた親もいるってやっぱり幸せなことなんだろうね」
ようやく冬夜の方に顔を向けた志季が口元を緩めると、その表情を見やった冬夜も返事をするように、柔らかな笑みを返した。
そう、志季が言った通り、両親が二人いるということはきっととても幸せなことなのだ。生んでくれた両親はもういないけれど、育ててくれた両親や姉がいる。
その事実はずっと変わらない。
志季と話したおかげで、すっきりした。
こういう時は相棒の存在が本当にありがたいと思う。
どうにか現実を受け止め、自身を納得させることのできた冬夜が、清々しい表情で立ち上がる。
「もう大丈夫そうだな」
そんな冬夜を見上げた志季は安心したように息を吐いて、笑みを深めた。
ぼんやりした様子のその背中に声を掛けてきたのは志季だった。
「冬夜、大丈夫か?」
「……ああ、志季か。コハクは?」
「恵子さんに捕まってる。オレたちが話してる間にいっぱいお菓子作ったんだってさ。コハくんはこっちに来たそうだったけど、そのまま置いてきた」
冬夜がのろのろと振り返ると、志季はあえて笑みを含んだ声音で言いながら、冬夜の横に回る。一緒になってしゃがみ込むと、まっすぐに水面を見つめた。
ややあって、志季が改めて口を開く。
「やっぱり複雑か?」
「そりゃあもちろん複雑だし、ショックだよ? これまで信じてきたものがまったく違ったんだからさ」
冬夜はわざとらしく頬を膨らませながらそう答えた後、今度は苦笑を漏らした。
それから、立て続けに聞かされた自分についての話を振り返る。
自身の出生と、力の封印。それと、事務所について。
後半はそれなりに平静を保っていたが、前半は信じられない話ばかりだった。
今、志季が来るまでの間に色々と考えてはいたが、心の中がすっきりすることはなく、まだモヤモヤしたままなのである。
「そうだよな」
志季はぽつりと同意の言葉を落とすだけで、後は冬夜が話し出すのを待っているようだった。
少しして、冬夜がゆっくり唇を動かし始める。
「……今まで、ずっとこの家の人間だと思ってて、父さんたちが育ての親だなんて考えたこともなかった。疑いもしなかったんだよ」
「でも、まったく血が繋がってないわけじゃないだろ。アンタは分家とはいっても玖堂の人間であることには変わんねーんだから」
「そうだね。親戚ではあるから、まったくの他人じゃなかったことにはちょっとだけ安心したかな」
正確には、冬夜にとって征一郎は伯父にあたる。
そのことについてはひとまずほっとしているが、やはり冬夜の心中は複雑だ。
「今までずっとこの家で育ってきたっていう事実も変わんねーだろ。それとも他に何か不満でもあるのか?」
志季に訊かれ、冬夜がまたも困ったように苦笑いを浮かべる。
「……いや。両親と姉さんは俺を本当の家族としてここまで育ててくれた。そのことにはすごく感謝してる。ただ、両親がもう一人ずついるっていうのが何だか不思議な気分でさ」
その言葉に、志季が顔を空に向けて、何かを考えるように目を閉じた。冬夜はそれを視線だけで追う。
おそらく、自分が同じ立場だったら、などと想像しているのだろう。
冬夜はそんな志季の邪魔をしないように、ただ黙って前を向いていた。
少しして瞼を上げた志季は、水面の方に顔を戻し、頷く。
「まあ、そうなんだろうな。でも考え方によっては、親がたくさんいて幸せって言えなくもないだろ。元気に生んでくれた親と、こんなヘタレを大人になるまでちゃんと育ててくれた親」
「何で志季はそこでヘタレって言うかなぁ」
冬夜は微苦笑を浮かべるが、すぐに唇を尖らせた。
「アンタが今までヘタレだったのは、力が封印されてたからだろ」
「そういうことみたいだけどさ」
志季の言葉に、冬夜は池を眺めながら素直に頷く。
池の中ではたくさんの鯉が冬夜の心中を知ることなく、元気に泳ぎ回っていた。
志季は、冬夜と同じようにまっすぐ前を見つめたままで続ける。
「じゃあ封印さえ解ければ、もうヘタレじゃなくなるだろ。封印されたのにも事情があったんだし、逆に封印してくれたおかげでここまで生きてこられたのかもしれないだろ?」
「えー? 封印されてなければもっと楽に生きられてたかもしれないよ?」
冬夜の不満そうな声に、志季は水面から視線を外すことなく、すかさず反論した。
「いや、力が強すぎて制御できなくなるってのは漫画とかでよくあるだろ。もしそうだったら、今頃は力が暴走してとっくに死んでたかもしれないんだぞ?」
「ええ、それは嫌だなぁ……。でもそうだね。確かに志季の言う通り、力を封印されてなかったら今ここにいなかったかもしれないもんね」
志季やコハクにも出会ってなかったかもしれないんだよね、と冬夜が小さく呟く。
「だろ?」
「それに、生んでくれた親だけでなく、ここまで育ててくれた親もいるってやっぱり幸せなことなんだろうね」
ようやく冬夜の方に顔を向けた志季が口元を緩めると、その表情を見やった冬夜も返事をするように、柔らかな笑みを返した。
そう、志季が言った通り、両親が二人いるということはきっととても幸せなことなのだ。生んでくれた両親はもういないけれど、育ててくれた両親や姉がいる。
その事実はずっと変わらない。
志季と話したおかげで、すっきりした。
こういう時は相棒の存在が本当にありがたいと思う。
どうにか現実を受け止め、自身を納得させることのできた冬夜が、清々しい表情で立ち上がる。
「もう大丈夫そうだな」
そんな冬夜を見上げた志季は安心したように息を吐いて、笑みを深めた。
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