ヘタレ退魔師・玖堂冬夜のあやかし奇譚

市瀬瑛理

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第七章 決戦

第55話 利苑と古鬼の関係

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 冬夜の突然放った言葉に、利苑りおんは一瞬だけ大きく目を見開いた。

「利苑ならここにいるだろう。私が宗像むなかた利苑だ」
「いいや、違う。本物は自分のことを『僕』って言ってた。『私』なんて言わない」

 冬夜がきっぱり断言すると、利苑は少し考える素振りをみせてから、静かに口元を緩ませる。

「……意外と鋭いな。よく気づいた。今、この身体の持ち主の利苑は眠っている」
「つまり、利苑の身体を都合よく利用してたってことか。利苑はお前のやってることを知ってるのか?」

 志季が大げさに溜息をついて、質問を重ねる。
 すると、利苑は意外にもあっさりと答えをよこした。

「いや、私が表に出ている間は中でずっと眠っているから知らないはずだ」

 きっと話したところで問題はないと判断したのだろう。

「そもそも、どうして利苑を利用したの?」

 冬夜が利苑をまっすぐに見つめながら訊く。

「利苑、いや宗像の一族が古鬼こきの血を引いているからだ」
「古鬼の血を?」

 今度は冬夜たちが目を見張る番だった。

「古鬼は全部、玖堂くどう家の先祖が退魔したって話だったろ。それなのに何で……」

 志季はそう言って、怪訝けげんな表情を浮かべる。

「そうだ、玖堂が我々古鬼の一族をすべて滅ぼした。だが、私だけがかろうじて生き残ったのだ」
「お前が生き残り!?」

 利苑が冷徹な声で告げる事実に、冬夜は「そんなまさか」と呟いて瞠目どうもくする。

「私は子孫を残して死んだ後、幻妖となってこの世界に生き続けることにした。幻妖に落ちぶれたくはなかったが、復讐のためだ」
「復讐のためだけに、古鬼が幻妖になったっていうの……?」

 冬夜のコハクを抱く両腕に力がこもった。

「それの何が悪い。それから私は子孫である宗像の一族を常に見張っていたが、こいつがたまたま事故に遭った。その時、都合のいいことに一時的に意識を失っていたのだ。眠っている時と違って、意識を失っている場合の方が憑依ひょういしやすい。うつわにちょうどよかった」
「つまりその時に利苑に憑依したってことか。利苑の人格が入れ替わるってそういうことだったんだ」

 冬夜がコハクの言っていたことに納得して、頷く。

 今は利苑の身体の中に利苑本人と古鬼の二人が存在していて、おそらく交互に表に出てきているのだろう。
 そして現在、表に出てきているのが、幻妖になった古鬼というわけだ。

「だから今は幻妖の気配がしてるんだ。でも、利苑に初めて会った時は幻妖の気配や匂いはしなかったはずだよ」
「ああ、あの時はお前たちに気づいてすぐに利苑の中に潜ったからな」
「それでも少しくらいは匂うはず……。あ、香水! そうだ、あの時の利苑は香水をつけてたけど、本物の利苑は確か香水はつけないって言ってた!」

 利苑の言葉に首を傾げた冬夜だが、すぐにはっとして声を上げる。
 以前、利苑がどこかの雑誌のインタビュー記事で「香水はつけない」と答えていたのを思い出したのだ。

「幻妖の匂いを消すために、わざわざ香水をつけてたってことか」

 確かにあの時は香水の匂いがしてたな、と志季も思い返しながら同意する。

「さすがに幻妖が香水なんて使うとは思わないし、すっかりそっちの匂いに気を取られてたもんね。盲点だったよ」

 冬夜が利苑を睨みつけると、そこで利苑は改めて口を開いた。

「お前、冬夜と言ったな」
「それが何?」
「お前の力は危険だ。初めて会った時、その腕時計から強い力を感じた」

 冬夜の腕時計を指差した利苑が、忌々いまいましげにそう言う。

「まさか、あの時睨まれたのって……」

 冬夜は利苑に初めて会った時、ほんの一瞬睨まれたことを思い出した。
 あの瞬間だけは古鬼が顔を出していたのだろう。

 だが、その時の冬夜は「きっと気のせいだ」とあまり気にしていなかった。短すぎる時間だったせいで、幻妖の気配にも気づけなかったのである。
 また、腕時計のことに感づかれていたとは、まるで思いもしなかった。

 冬夜が驚いていると、

「そうだ。お前は放っておくと復讐の邪魔になると思ったんだ。だから一番最初に消すことにした。どうせ遅かれ早かれいつかは消すんだからな」

 そんな冬夜の顔をまっすぐに見ながら、利苑は淡々と残酷な言葉を投げつける。

「……それで真っ先に俺たちを狙ったのか」

 ようやく自分たちが狙われた理由を知った冬夜は声を低め、顔をしかめた。


  ※※※


「事情はわかったし、利苑が何も知らないのは好都合だと思うけど、お前がやってきたことは許されない」
「大したことはしていないと思うが?」

 冬夜が利苑――古鬼を見据えてはっきり言い切ると、古鬼は不思議そうな表情を浮かべた。

「十分大したことだと思うけど。最近、この辺で幻妖と話してたっていう男性は利苑、いや古鬼、お前じゃないの? 幻妖絡みの神隠しや殺人事件の裏にいたのはお前だよね? 古鬼は幻妖を従えることができるんだもんね」

 お前が幻妖に変わってもそれは変わらないんでしょ、冬夜は冷静な声音でそう続ける。

「ああ、そうだ。あれは退魔師を少しずつおびき寄せて消し、最終的には玖堂の人間も消すための準備だった」
「なるほど。幻妖を従えられるってことは話も通じるってことか。まったく食えねーやつだな」

 正直に話す古鬼の姿に、これまで話を聞いていた志季が大げさに肩をすくめてみせた。

「途中からは計画を少し変更して、お前たちを先に消すことにしたがな」

 志季の言葉を意に介す様子もなく、古鬼はそう答えながら目を細める。

 そこで冬夜が顔を上げ、きっぱりと言い放った。

「そう。さっきも言った通り、お前が退魔師を巻き込みながら玖堂家に復讐しようとする理由はわかった」
「それならいい」

 古鬼が腕を組んで満足げに頷くと、冬夜はさらに確認をする。

「でも、いくら古鬼の血を引いてるっていっても、利苑は無関係だよね? 利苑本人の意思じゃないんだもんね?」
「これは私の意思だ」
「じゃあ利苑は返してもらうよ」

 古鬼の答えに、冬夜は途端に険しい顔つきになると、そのまま古鬼を睨みつけたのだった。

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