55 / 61
第七章 決戦
第55話 利苑と古鬼の関係
しおりを挟む
冬夜の突然放った言葉に、利苑は一瞬だけ大きく目を見開いた。
「利苑ならここにいるだろう。私が宗像利苑だ」
「いいや、違う。本物は自分のことを『僕』って言ってた。『私』なんて言わない」
冬夜がきっぱり断言すると、利苑は少し考える素振りをみせてから、静かに口元を緩ませる。
「……意外と鋭いな。よく気づいた。今、この身体の持ち主の利苑は眠っている」
「つまり、利苑の身体を都合よく利用してたってことか。利苑はお前のやってることを知ってるのか?」
志季が大げさに溜息をついて、質問を重ねる。
すると、利苑は意外にもあっさりと答えをよこした。
「いや、私が表に出ている間は中でずっと眠っているから知らないはずだ」
きっと話したところで問題はないと判断したのだろう。
「そもそも、どうして利苑を利用したの?」
冬夜が利苑をまっすぐに見つめながら訊く。
「利苑、いや宗像の一族が古鬼の血を引いているからだ」
「古鬼の血を?」
今度は冬夜たちが目を見張る番だった。
「古鬼は全部、玖堂家の先祖が退魔したって話だったろ。それなのに何で……」
志季はそう言って、怪訝な表情を浮かべる。
「そうだ、玖堂が我々古鬼の一族をすべて滅ぼした。だが、私だけがかろうじて生き残ったのだ」
「お前が生き残り!?」
利苑が冷徹な声で告げる事実に、冬夜は「そんなまさか」と呟いて瞠目する。
「私は子孫を残して死んだ後、幻妖となってこの世界に生き続けることにした。幻妖に落ちぶれたくはなかったが、復讐のためだ」
「復讐のためだけに、古鬼が幻妖になったっていうの……?」
冬夜のコハクを抱く両腕に力がこもった。
「それの何が悪い。それから私は子孫である宗像の一族を常に見張っていたが、こいつがたまたま事故に遭った。その時、都合のいいことに一時的に意識を失っていたのだ。眠っている時と違って、意識を失っている場合の方が憑依しやすい。器にちょうどよかった」
「つまりその時に利苑に憑依したってことか。利苑の人格が入れ替わるってそういうことだったんだ」
冬夜がコハクの言っていたことに納得して、頷く。
今は利苑の身体の中に利苑本人と古鬼の二人が存在していて、おそらく交互に表に出てきているのだろう。
そして現在、表に出てきているのが、幻妖になった古鬼というわけだ。
「だから今は幻妖の気配がしてるんだ。でも、利苑に初めて会った時は幻妖の気配や匂いはしなかったはずだよ」
「ああ、あの時はお前たちに気づいてすぐに利苑の中に潜ったからな」
「それでも少しくらいは匂うはず……。あ、香水! そうだ、あの時の利苑は香水をつけてたけど、本物の利苑は確か香水はつけないって言ってた!」
利苑の言葉に首を傾げた冬夜だが、すぐにはっとして声を上げる。
以前、利苑がどこかの雑誌のインタビュー記事で「香水はつけない」と答えていたのを思い出したのだ。
「幻妖の匂いを消すために、わざわざ香水をつけてたってことか」
確かにあの時は香水の匂いがしてたな、と志季も思い返しながら同意する。
「さすがに幻妖が香水なんて使うとは思わないし、すっかりそっちの匂いに気を取られてたもんね。盲点だったよ」
冬夜が利苑を睨みつけると、そこで利苑は改めて口を開いた。
「お前、冬夜と言ったな」
「それが何?」
「お前の力は危険だ。初めて会った時、その腕時計から強い力を感じた」
冬夜の腕時計を指差した利苑が、忌々しげにそう言う。
「まさか、あの時睨まれたのって……」
冬夜は利苑に初めて会った時、ほんの一瞬睨まれたことを思い出した。
あの瞬間だけは古鬼が顔を出していたのだろう。
だが、その時の冬夜は「きっと気のせいだ」とあまり気にしていなかった。短すぎる時間だったせいで、幻妖の気配にも気づけなかったのである。
また、腕時計のことに感づかれていたとは、まるで思いもしなかった。
冬夜が驚いていると、
「そうだ。お前は放っておくと復讐の邪魔になると思ったんだ。だから一番最初に消すことにした。どうせ遅かれ早かれいつかは消すんだからな」
そんな冬夜の顔をまっすぐに見ながら、利苑は淡々と残酷な言葉を投げつける。
「……それで真っ先に俺たちを狙ったのか」
ようやく自分たちが狙われた理由を知った冬夜は声を低め、顔をしかめた。
※※※
「事情はわかったし、利苑が何も知らないのは好都合だと思うけど、お前がやってきたことは許されない」
「大したことはしていないと思うが?」
冬夜が利苑――古鬼を見据えてはっきり言い切ると、古鬼は不思議そうな表情を浮かべた。
「十分大したことだと思うけど。最近、この辺で幻妖と話してたっていう男性は利苑、いや古鬼、お前じゃないの? 幻妖絡みの神隠しや殺人事件の裏にいたのはお前だよね? 古鬼は幻妖を従えることができるんだもんね」
お前が幻妖に変わってもそれは変わらないんでしょ、冬夜は冷静な声音でそう続ける。
「ああ、そうだ。あれは退魔師を少しずつおびき寄せて消し、最終的には玖堂の人間も消すための準備だった」
「なるほど。幻妖を従えられるってことは話も通じるってことか。まったく食えねーやつだな」
正直に話す古鬼の姿に、これまで話を聞いていた志季が大げさに肩を竦めてみせた。
「途中からは計画を少し変更して、お前たちを先に消すことにしたがな」
志季の言葉を意に介す様子もなく、古鬼はそう答えながら目を細める。
そこで冬夜が顔を上げ、きっぱりと言い放った。
「そう。さっきも言った通り、お前が退魔師を巻き込みながら玖堂家に復讐しようとする理由はわかった」
「それならいい」
古鬼が腕を組んで満足げに頷くと、冬夜はさらに確認をする。
「でも、いくら古鬼の血を引いてるっていっても、利苑は無関係だよね? 利苑本人の意思じゃないんだもんね?」
「これは私の意思だ」
「じゃあ利苑は返してもらうよ」
古鬼の答えに、冬夜は途端に険しい顔つきになると、そのまま古鬼を睨みつけたのだった。
「利苑ならここにいるだろう。私が宗像利苑だ」
「いいや、違う。本物は自分のことを『僕』って言ってた。『私』なんて言わない」
冬夜がきっぱり断言すると、利苑は少し考える素振りをみせてから、静かに口元を緩ませる。
「……意外と鋭いな。よく気づいた。今、この身体の持ち主の利苑は眠っている」
「つまり、利苑の身体を都合よく利用してたってことか。利苑はお前のやってることを知ってるのか?」
志季が大げさに溜息をついて、質問を重ねる。
すると、利苑は意外にもあっさりと答えをよこした。
「いや、私が表に出ている間は中でずっと眠っているから知らないはずだ」
きっと話したところで問題はないと判断したのだろう。
「そもそも、どうして利苑を利用したの?」
冬夜が利苑をまっすぐに見つめながら訊く。
「利苑、いや宗像の一族が古鬼の血を引いているからだ」
「古鬼の血を?」
今度は冬夜たちが目を見張る番だった。
「古鬼は全部、玖堂家の先祖が退魔したって話だったろ。それなのに何で……」
志季はそう言って、怪訝な表情を浮かべる。
「そうだ、玖堂が我々古鬼の一族をすべて滅ぼした。だが、私だけがかろうじて生き残ったのだ」
「お前が生き残り!?」
利苑が冷徹な声で告げる事実に、冬夜は「そんなまさか」と呟いて瞠目する。
「私は子孫を残して死んだ後、幻妖となってこの世界に生き続けることにした。幻妖に落ちぶれたくはなかったが、復讐のためだ」
「復讐のためだけに、古鬼が幻妖になったっていうの……?」
冬夜のコハクを抱く両腕に力がこもった。
「それの何が悪い。それから私は子孫である宗像の一族を常に見張っていたが、こいつがたまたま事故に遭った。その時、都合のいいことに一時的に意識を失っていたのだ。眠っている時と違って、意識を失っている場合の方が憑依しやすい。器にちょうどよかった」
「つまりその時に利苑に憑依したってことか。利苑の人格が入れ替わるってそういうことだったんだ」
冬夜がコハクの言っていたことに納得して、頷く。
今は利苑の身体の中に利苑本人と古鬼の二人が存在していて、おそらく交互に表に出てきているのだろう。
そして現在、表に出てきているのが、幻妖になった古鬼というわけだ。
「だから今は幻妖の気配がしてるんだ。でも、利苑に初めて会った時は幻妖の気配や匂いはしなかったはずだよ」
「ああ、あの時はお前たちに気づいてすぐに利苑の中に潜ったからな」
「それでも少しくらいは匂うはず……。あ、香水! そうだ、あの時の利苑は香水をつけてたけど、本物の利苑は確か香水はつけないって言ってた!」
利苑の言葉に首を傾げた冬夜だが、すぐにはっとして声を上げる。
以前、利苑がどこかの雑誌のインタビュー記事で「香水はつけない」と答えていたのを思い出したのだ。
「幻妖の匂いを消すために、わざわざ香水をつけてたってことか」
確かにあの時は香水の匂いがしてたな、と志季も思い返しながら同意する。
「さすがに幻妖が香水なんて使うとは思わないし、すっかりそっちの匂いに気を取られてたもんね。盲点だったよ」
冬夜が利苑を睨みつけると、そこで利苑は改めて口を開いた。
「お前、冬夜と言ったな」
「それが何?」
「お前の力は危険だ。初めて会った時、その腕時計から強い力を感じた」
冬夜の腕時計を指差した利苑が、忌々しげにそう言う。
「まさか、あの時睨まれたのって……」
冬夜は利苑に初めて会った時、ほんの一瞬睨まれたことを思い出した。
あの瞬間だけは古鬼が顔を出していたのだろう。
だが、その時の冬夜は「きっと気のせいだ」とあまり気にしていなかった。短すぎる時間だったせいで、幻妖の気配にも気づけなかったのである。
また、腕時計のことに感づかれていたとは、まるで思いもしなかった。
冬夜が驚いていると、
「そうだ。お前は放っておくと復讐の邪魔になると思ったんだ。だから一番最初に消すことにした。どうせ遅かれ早かれいつかは消すんだからな」
そんな冬夜の顔をまっすぐに見ながら、利苑は淡々と残酷な言葉を投げつける。
「……それで真っ先に俺たちを狙ったのか」
ようやく自分たちが狙われた理由を知った冬夜は声を低め、顔をしかめた。
※※※
「事情はわかったし、利苑が何も知らないのは好都合だと思うけど、お前がやってきたことは許されない」
「大したことはしていないと思うが?」
冬夜が利苑――古鬼を見据えてはっきり言い切ると、古鬼は不思議そうな表情を浮かべた。
「十分大したことだと思うけど。最近、この辺で幻妖と話してたっていう男性は利苑、いや古鬼、お前じゃないの? 幻妖絡みの神隠しや殺人事件の裏にいたのはお前だよね? 古鬼は幻妖を従えることができるんだもんね」
お前が幻妖に変わってもそれは変わらないんでしょ、冬夜は冷静な声音でそう続ける。
「ああ、そうだ。あれは退魔師を少しずつおびき寄せて消し、最終的には玖堂の人間も消すための準備だった」
「なるほど。幻妖を従えられるってことは話も通じるってことか。まったく食えねーやつだな」
正直に話す古鬼の姿に、これまで話を聞いていた志季が大げさに肩を竦めてみせた。
「途中からは計画を少し変更して、お前たちを先に消すことにしたがな」
志季の言葉を意に介す様子もなく、古鬼はそう答えながら目を細める。
そこで冬夜が顔を上げ、きっぱりと言い放った。
「そう。さっきも言った通り、お前が退魔師を巻き込みながら玖堂家に復讐しようとする理由はわかった」
「それならいい」
古鬼が腕を組んで満足げに頷くと、冬夜はさらに確認をする。
「でも、いくら古鬼の血を引いてるっていっても、利苑は無関係だよね? 利苑本人の意思じゃないんだもんね?」
「これは私の意思だ」
「じゃあ利苑は返してもらうよ」
古鬼の答えに、冬夜は途端に険しい顔つきになると、そのまま古鬼を睨みつけたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー
i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆
最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡
バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。
数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)
神木さんちのお兄ちゃん!
雪桜
キャラ文芸
✨ キャラ文芸ランキング週間・月間1位&累計250万pt突破、ありがとうございます!
神木家の双子の妹弟・華と蓮には"絶世の美男子"と言われるほどの金髪碧眼な『兄』がいる。
美人でカッコよくて、その上優しいお兄ちゃんは、常にみんなの人気者!
だけど、そんな兄には、何故か彼女がいなかった。
幼い頃に母を亡くし、いつも母親代わりだったお兄ちゃん。もしかして、お兄ちゃんが彼女が作らないのは自分達のせい?!
そう思った華と蓮は、兄のためにも自立することを決意する。
だけど、このお兄ちゃん。実は、家族しか愛せない超拗らせた兄だった!
これは、モテまくってるくせに家族しか愛せない美人すぎるお兄ちゃんと、兄離れしたいけど、なかなか出来ない双子の妹弟が繰り広げる、甘くて優しくて、ちょっぴり切ない愛と絆のハートフルラブ(家族愛)コメディ。
果たして、家族しか愛せないお兄ちゃんに、恋人ができる日はくるのか?
これは、美人すぎるお兄ちゃんがいる神木一家の、波乱万丈な日々を綴った物語である。
***
イラストは、全て自作です。
カクヨムにて、先行連載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる