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第七章 決戦
第60話 破天の疾雷
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志季に向けたままの両手。そこに冬夜が思い切り力を込めると、志季のピアスはさらに強い光を放つ。
これまでよりもずっと痛みを感じるような冷気が辺りに立ち込め、吐く息はさらに白くなった。
容赦なく肌を痛めつけてくる冷気に、冬夜は思わず力を抜いてしまいそうになるが、必死に堪えて力を送り続ける。
古鬼が薙刀を振り下ろすのと、志季のピアスが輝きをより一層増したのはほぼ同時だった。
自分めがけて下ろされた薙刀を弾き返そうと、志季が大きく踏み込んで、蒼月を一息に薙ぐ。
「――蒼穹の一閃!」
凛とした声音と共に、青白い軌跡が横一文字に煌めく。
それは、これまでに見たことがないくらい、美しい輝きだった。
金属同士がぶつかり合う、甲高い音が響く。
直後、古鬼の持っていた薙刀が激しい音を立てて、傍の床に落ちた。
思わず耳を覆いたくなるその音の方へと冬夜が目を向ける。そこには、刀身から柄の途中までの部分が硬い氷に覆われた薙刀が転がっていた。
「な……」
古鬼はまさかの出来事に、まともに言葉を発することもできないようだった。縫いとめられたように、その場から動かない。
だが、今のはあくまでも古鬼の攻撃を弾いただけであって、倒したわけではなかった。まだ安心してはいけない。
志季は自身の力だけでなく、冬夜から受け取った力をもすべて乗せて、全力で蒼月を振るったのだろう。
その結果、今の蒼月からはこれまで纏っていた冷気が消えて、どこにでもある一振りの刀の姿に戻っていた。
体育館内の空気からも、もう寒さは感じない。
そこで、志季が冬夜に向けて声を張り上げる。
「冬夜、今だ!」
その声に冬夜は我に返ると、すぐさま退魔術の準備を始めた。
自分に中にある大きな力の流れを感じ取ると、不思議と頭の中に詠唱の言葉が浮かんでくる。
「――我、今この時、この瞬間に雷神の力をすべて解き放つ。天空を裂く雷を行使し、大邪を祓わん――」
それを無意識に口にすると、体育館の天井付近に大きな雷雲が発生した。
冬夜の内側で力が大きく膨れ上がった次の瞬間、冬夜は両手を掲げ、それから勢いよく一気に振り下ろす。
「――破天の疾雷!」
鋭く言い放つと、これまで使ってきた疾雷の時とはまるで違う大きさの雷光が、巨大な剣のようになって古鬼の脳天へとまっすぐに落ちた。
あまりにも眩しすぎる閃光に、冬夜は思わず目をきつく閉じて、さらに腕で顔を覆う。きっと志季も同じだっただろう。
それから少ししてもまだ瞼を上げられずにいると、古鬼のかすかな呻きのようなものが聞こえてきた。
「……アア、あ……、おぼえ、て、オケ……、イツ、か……、かならズ……」
眩しさが徐々に収まっていくのと同時に、その声も聞こえなくなっていく。
ようやく目を開けた時、冬夜たちの瞳に映ったのは、床に座り込んで呆けている利苑の姿だった。
傍にあったはずの薙刀の姿が消えているところから見ても、今目の前にいるのは古鬼ではなく利苑の方だろう。
人間である利苑ならば、破天の疾雷の影響を受けていないのも理解できる。
そう判断して、冬夜は少し離れたところにいる利苑に声を掛けた。
「利苑、大丈夫?」
すると利苑は冬夜の方へと顔を向け、狐につままれたような表情で首を傾げたのである。
※※※
「……えっと、僕はどうしてこんなところにいるんでしょうか?」
志季に支えられた利苑が、冬夜とコハクのところまでやってきて、改めて首を捻る。
「やっぱ記憶はないみてーだな」
「うん、そうみたいだね」
志季の言葉に、冬夜が同意して頷いた。
「さっきまで部屋にいたはずなんですけど……」
座り込んだ利苑は懸命に記憶を辿っているようだが、どうやら途中からの記憶がないらしい。
「そうなんだ。もしかしたら寝ぼけてたのかもしれないよ? もう深夜だし」
「夢遊病の可能性もあるかもな」
真実は話さない方がいいだろう、と冬夜と志季は互いに目配せして、利苑にそんなことを言い聞かせる。
すると、幸いというべきか、それを簡単に信じた利苑は、
「じゃあすぐにでも病院に行かないといけませんね!」
そう言うなり、勢いよく立ち上がった。
「あ、ちょっと待って! 外までは送るから!」
外といってもすぐそこだが、一応様子を見ておいた方がいいだろう。
コハクのことは少しだけ志季に見てもらい、入ってきた時のドアまで冬夜が見送りに行くと、普段はなかなか見かけないような高級車が停まっていた。いつからあったのかはわからないが、おそらく宗像家の車だろう。
壊れたドアから外に出た利苑が、冬夜を振り返る。
「……あなたたちには前に会ったことがありましたよね。何だかよくわかりませんが、ありがとうございました」
そう言って丁寧に頭を下げる利苑に、
「うん、一度会ったね。俺たちは大したことはしてないからお礼なんていいよ」
冬夜は両手を振って、困ったように笑ってみせた。
そんな冬夜に利苑は気品のある微笑みを返すと、もう一度頭を下げて、そのまま去っていく。
「これで一安心かな……。利苑も混乱してたせいか、ここで何があったかまでは聞かなかったし」
利苑を乗せた車が夜の闇に消えていくのを見送りながら、冬夜が安堵の息を漏らした。それから、コハクの血で汚れている自身のシャツを見下ろした時である。
(あ、やばい……っ)
冬夜の両膝から一気に力が抜けた。咄嗟に傍の壁に手をついて、しゃがみ込む。
原因はすぐに思い当たった。
きっと慣れない力を使いすぎたせいだ。安心した今になってその反動がきたのだろう。
冬夜はだんだんと輪郭を失ってぼやけていく意識に抗うことができず、ゆっくりと崩れ落ちたのだった。
これまでよりもずっと痛みを感じるような冷気が辺りに立ち込め、吐く息はさらに白くなった。
容赦なく肌を痛めつけてくる冷気に、冬夜は思わず力を抜いてしまいそうになるが、必死に堪えて力を送り続ける。
古鬼が薙刀を振り下ろすのと、志季のピアスが輝きをより一層増したのはほぼ同時だった。
自分めがけて下ろされた薙刀を弾き返そうと、志季が大きく踏み込んで、蒼月を一息に薙ぐ。
「――蒼穹の一閃!」
凛とした声音と共に、青白い軌跡が横一文字に煌めく。
それは、これまでに見たことがないくらい、美しい輝きだった。
金属同士がぶつかり合う、甲高い音が響く。
直後、古鬼の持っていた薙刀が激しい音を立てて、傍の床に落ちた。
思わず耳を覆いたくなるその音の方へと冬夜が目を向ける。そこには、刀身から柄の途中までの部分が硬い氷に覆われた薙刀が転がっていた。
「な……」
古鬼はまさかの出来事に、まともに言葉を発することもできないようだった。縫いとめられたように、その場から動かない。
だが、今のはあくまでも古鬼の攻撃を弾いただけであって、倒したわけではなかった。まだ安心してはいけない。
志季は自身の力だけでなく、冬夜から受け取った力をもすべて乗せて、全力で蒼月を振るったのだろう。
その結果、今の蒼月からはこれまで纏っていた冷気が消えて、どこにでもある一振りの刀の姿に戻っていた。
体育館内の空気からも、もう寒さは感じない。
そこで、志季が冬夜に向けて声を張り上げる。
「冬夜、今だ!」
その声に冬夜は我に返ると、すぐさま退魔術の準備を始めた。
自分に中にある大きな力の流れを感じ取ると、不思議と頭の中に詠唱の言葉が浮かんでくる。
「――我、今この時、この瞬間に雷神の力をすべて解き放つ。天空を裂く雷を行使し、大邪を祓わん――」
それを無意識に口にすると、体育館の天井付近に大きな雷雲が発生した。
冬夜の内側で力が大きく膨れ上がった次の瞬間、冬夜は両手を掲げ、それから勢いよく一気に振り下ろす。
「――破天の疾雷!」
鋭く言い放つと、これまで使ってきた疾雷の時とはまるで違う大きさの雷光が、巨大な剣のようになって古鬼の脳天へとまっすぐに落ちた。
あまりにも眩しすぎる閃光に、冬夜は思わず目をきつく閉じて、さらに腕で顔を覆う。きっと志季も同じだっただろう。
それから少ししてもまだ瞼を上げられずにいると、古鬼のかすかな呻きのようなものが聞こえてきた。
「……アア、あ……、おぼえ、て、オケ……、イツ、か……、かならズ……」
眩しさが徐々に収まっていくのと同時に、その声も聞こえなくなっていく。
ようやく目を開けた時、冬夜たちの瞳に映ったのは、床に座り込んで呆けている利苑の姿だった。
傍にあったはずの薙刀の姿が消えているところから見ても、今目の前にいるのは古鬼ではなく利苑の方だろう。
人間である利苑ならば、破天の疾雷の影響を受けていないのも理解できる。
そう判断して、冬夜は少し離れたところにいる利苑に声を掛けた。
「利苑、大丈夫?」
すると利苑は冬夜の方へと顔を向け、狐につままれたような表情で首を傾げたのである。
※※※
「……えっと、僕はどうしてこんなところにいるんでしょうか?」
志季に支えられた利苑が、冬夜とコハクのところまでやってきて、改めて首を捻る。
「やっぱ記憶はないみてーだな」
「うん、そうみたいだね」
志季の言葉に、冬夜が同意して頷いた。
「さっきまで部屋にいたはずなんですけど……」
座り込んだ利苑は懸命に記憶を辿っているようだが、どうやら途中からの記憶がないらしい。
「そうなんだ。もしかしたら寝ぼけてたのかもしれないよ? もう深夜だし」
「夢遊病の可能性もあるかもな」
真実は話さない方がいいだろう、と冬夜と志季は互いに目配せして、利苑にそんなことを言い聞かせる。
すると、幸いというべきか、それを簡単に信じた利苑は、
「じゃあすぐにでも病院に行かないといけませんね!」
そう言うなり、勢いよく立ち上がった。
「あ、ちょっと待って! 外までは送るから!」
外といってもすぐそこだが、一応様子を見ておいた方がいいだろう。
コハクのことは少しだけ志季に見てもらい、入ってきた時のドアまで冬夜が見送りに行くと、普段はなかなか見かけないような高級車が停まっていた。いつからあったのかはわからないが、おそらく宗像家の車だろう。
壊れたドアから外に出た利苑が、冬夜を振り返る。
「……あなたたちには前に会ったことがありましたよね。何だかよくわかりませんが、ありがとうございました」
そう言って丁寧に頭を下げる利苑に、
「うん、一度会ったね。俺たちは大したことはしてないからお礼なんていいよ」
冬夜は両手を振って、困ったように笑ってみせた。
そんな冬夜に利苑は気品のある微笑みを返すと、もう一度頭を下げて、そのまま去っていく。
「これで一安心かな……。利苑も混乱してたせいか、ここで何があったかまでは聞かなかったし」
利苑を乗せた車が夜の闇に消えていくのを見送りながら、冬夜が安堵の息を漏らした。それから、コハクの血で汚れている自身のシャツを見下ろした時である。
(あ、やばい……っ)
冬夜の両膝から一気に力が抜けた。咄嗟に傍の壁に手をついて、しゃがみ込む。
原因はすぐに思い当たった。
きっと慣れない力を使いすぎたせいだ。安心した今になってその反動がきたのだろう。
冬夜はだんだんと輪郭を失ってぼやけていく意識に抗うことができず、ゆっくりと崩れ落ちたのだった。
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