鼓動のDriving

まとらまじゅつ

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本編

ACT.プロローグ 遊間和人

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注意事項

 本作はフィクションです。実際の出来事や人物とは関係ありません。作中の18歳未満の子どもが運転するシーンや、公道でのレースは犯罪行為を助長する意図はありません。現実では違法かつ危険な行為ですので、絶対に真似しないでください。



 2010年、交通網の発達と事故多発を理由に、全国の峠道は次々と封鎖され、実質的に廃道となった。
 さらに、政府は免許取得年齢を18歳から16歳、車検費用を大幅に削減するなどの改革を実施。これにより、若者の車離れは解消され、「自動車天国時代」と呼ばれる新たな時代が到来した。

 16歳で免許を取得できる日本。僕も高校在学中に免許を取り、初めての車をローンで購入した。名前は遊間和人。アニメ『戦姫絶唱シンフォギア』を愛する大学生だ。家族は両親と妹。高校に入学と同時に独立し、一人暮らしを始めた。



 学生時代、サッカー部に所属していたが、レギュラーにはなれず、相手の浮気が原因で彼女には振られた。以来、自分に自信がなくなり、人に優しくする余裕も消えた。気づけば、妹にまで必要以上に厳しく当たっていた。そんな僕が購入したのは、91年式K11型マーチ。シルバーのその車は、通学やアニメグッズの買い物に重宝していた。しかし、最近はトラブル続きだった。
 ある日、群馬県の繁華街でシンフォギアのグッズを買った帰り、車が動かなくなった。

「動け……頼むから動いてくれ……!」

 セルモーターの乾いた回転音がむなしく響く。
 シルバーのマーチは、まるで意地でも動かないと言わんばかりに沈黙していた。
 街の喧騒が遠く聞こえるほど、車内は重かった。

「くそ!」

 20年以上前の車だから、故障も仕方ないとはいえ、最近は頻繁に起こるようになった。次の車は新車のZVW30型プリウスだ。燃費も良く、生活費の節約には最適だ。親に頼ってでも買い替えたい。

 三度目の挑戦でようやくエンジンがかかり、動き出した。しかし、すぐにスマホが鳴る。

「もしもし、なぁ遊間」

 友人の永井からだった。

「……今やっと動いたとこだぞ。なんでこのタイミングで電話してくんだよ、お前。」

 ちょうど解放されたところで電話がかかってきて、少しイラっとする。

「お前、まだあのポンコツマーチ乗ってるのか?早く買い換えろよ」

「新車のプリウス狙ってるよ。燃費が良いしね」

「俺のインサイトとお揃いだな」

「お前に合わせるわけじゃないけどな」
速い車には興味がない。僕が求めているのは、維持費の安さだ。

 永井は、突然何かを提案してきた。

「今夜、赤城に行かないか?面白いものが見られるぞ」

「いや、クルマの調子が悪いし、行きたくない」
それでも、永井は続けて言った。

「クルマは俺のインサイトで行くから、準備しなくていい」

 それなら問題ない。

「わかった、行くよ」

 こうして、僕は自宅へと向かった。この選択が、後に大きな転機となるとは、まだ知る由もなかった。

 時間は過ぎて、夜10時。
 僕は、アメリカから来た親友のフランソワと一緒に、永井の2代目インサイトに乗り込み、赤城山へ向かっていた。
 ふと疑問がよぎる。
――これ、本当に面白いのか?



「もし退屈だったら、ただじゃおかないからね」

 僕がぼやくと、永井はハンドルを握りながらニヤリと笑った。

「まあ、絶対面白いから見とけって。もしかしたら、大番狂わせがあるかもしれないぜ?」

「ワタシ、レース大好きだから楽しみ!」

 フランソワは窓の外を見ながら続けた。

「アメリカにも峠はあるけど……日本ほど“文化”になってない。
 ここは……なんか、空気が違うね。スリルがある」

「お前、怖くないのか?」

「怖いよ。でも、怖いのって“生きてる感じ”するでしょ?」

 軽く笑うフランソワに、僕は肩をすくめた。

「……相変わらずだな、お前は。」

 やがて、インサイトは赤城山のヒルクライムのスタート地点に到着する。
 僕たちの観戦スポットは、ここだ。

「さぁ、楽しい時間の始まりだ。」

 バトルするのは、赤城最速と呼ばれる雨原芽来夜のその青いRX-7と、挑戦者・大崎翔子の赤い180SX。
 誰もが雨原の勝利を疑わなかった。しかし、僕は違った。根拠はない。けれど、直感が「勝つのは赤いクルマだ」と告げていた。
 レースがスタートする。先行は赤い180SX。
 しばらくすると、トランシーバーから情報が入る。

「……っざ……あっ、入った! 青いの……前……だぞ!」

 トランシーバー越しの声と、山の奥から響くロータリーの咆哮が重なる。
 ギャラリーのざわめきが一気に熱を帯びた。

「あのワンエイティ、抜かれたぜ。ここから厳しくなるな。」

(まだ勝負は終わらない……)

 永井が呟くが、僕の目には180SXの粘りが見えていた。
 彼女の走りには何かがある――そう確信した。

 レースは大沼に突入。180SXは依然として喰らいついている。
 やがてコースは下りに入り、RX-7が先行したまま距離を保つ。

「このまま決まるのか……?」

 そんな空気が漂う中、2台が最終コーナーへ突入する。

「来たぞ!」

 光が見えた。先に飛び込んできたのは――赤い180SXだった!

「ワンエイティが追い抜いたぞ!」

「ついに赤城最速が陥落してしまった!?」

 衝撃の結末。大番狂わせ。
 挑戦者・大崎翔子が勝利を手にした。

「すごい……こんな勝負、久しぶりに興奮した。」

 身体が震える。鳥肌が立つ。
 これほど熱くなるレースを見たのはいつぶりだろう。

 走り終えた2台の余熱が、夜の空気を揺らしていた。
 鼓動が早い。呼吸が浅い。
 ただの観客のはずだったのに、胸の奥が熱で満たされていく。

(走りたい……。ただ速さじゃない。彼女が見ている“世界の深さ”を、僕も知りたい……。)

 プリウスじゃ届かない。
 燃費でも安さでもない、もっと原始的な「何か」を求めている――
 そんな衝動を、僕は初めて知った。
 求めるクルマが、変わった。
 永井が話しかけてきた。

「今日のイベント、どうだった?」

「最高だったよ。こんなに熱くなるなんて思わなかった。……僕も、あの世界に入りたい。」

 そう言うと、永井の表情が変わった。驚きと興奮が混ざった目で僕を見つめる。

「マジか!?」

「覚悟はできてる。僕も走るよ。」

「でも、プリウスじゃ無理だろ?」

 僕は小さく笑った。もう迷いはない。

「中古のスポーツカーを買うよ。ローンで、な。」

 こうして人生を変えた夜は終わった。
 あの興奮は収まらない。
 バトルを制した少女と戦ってみたいと考えた。

 翌朝、僕は寝不足のまま中古車販売店へ向かった。
 昨夜のレースの余韻が、まだ胸の奥で熱を立てている。



 敷地に足を踏み入れた瞬間、独特の“中古車の匂い”が鼻をくすぐった。少し焦げた油の匂いと古いエアコンの空気が混ざった、あの独特の匂いだ。
 展示車の金属が、昼の光を受けて鈍く輝いている。

「いらっしゃいませ!何かお探しですか?」

 店員さんの明るい声が響きだす。
 僕は目の前の車たちを見渡し、ゆっくりと息を吸った。
 目当てのクルマを選んだ。

 店の敷地に入った瞬間、独特の“中古車の匂い”が鼻をくすぐった。
 少し油の焦げたような臭い。古いエアコンのにおい。
 展示車の金属が昼の陽を受け、まぶしく光っている。

 最初に目に入ったのは、ピカピカに磨かれた白いクラウン。
 隣には、年季の入った180SXが無造作に置かれている。
 その奥には、ロールバー入りのS13、タイヤだけが妙に新品のGDB、よく見ると補修跡だらけのZ32……。

(ここ……“本物の走り屋”しか辿り着かない領域だな)

「いらっしゃいませ!車、見に来られたんですか?」

 店内から出てきたのは、三十代くらいの店員だった。
 明るくて話しやすい雰囲気だが、目は妙に鋭い。
 おそらく、何百台も車を見てきた人間の目だ。

「えっと……スポーツカーが欲しくて」

「おっ、若いのにスポーツカー?いいねぇ。で、どんなの探してるの?」

「はっきり決まってないんですけど……FRで、できれば2000年代ぐらいの……」

 店員の目が少しだけ細くなった。

「“峠”か?」

「……まぁ、はい」

 ほんの少し迷ったが、昨夜の興奮を思い出し、正直に答えた。
 そして店員は、意味ありげに笑った。

「なら、こっち来いよ。“若いやつが本当に欲しいやつ”を見せてやる」

 奥のスペースに案内される。
 そこは、表の展示よりも車が濃かった。
 半分以上が改造車だ。

「これがS15。エンジンはSR20、MT。前のオーナーがね……相当走ってたよ。ほら、このロアアームの傷。走行会で縁石踏んだ跡だな」

 店員はしゃがみ込んで、手で指しながら説明する。
 僕もつられて覗き込む。

(うわ……本当に走ってた車なんだ)

「ただしこの車、悪い意味じゃないが“素直じゃない”。雑に扱うと一気にスピンする。FRはごまかしが効かない。それでも……“ハマる”と最高だ」

 店員の声に、昨夜180SXが最終コーナーで見せた軌跡が重なる。

「これがS15。エンジンはSR20、MT。前のオーナーがね……相当走ってたよ。ほら、このロアアームの傷。走行会で縁石踏んだ跡だな」

 店員はしゃがんだまま、少し笑った。

「まあ……昔の俺も同じ傷をつけてたけどな」

「え?店長さんも走ってたんですか?」

「店長じゃねぇ。ただの“生き残り”だよ。二十代の頃は毎週赤城に通ってた。……今は腰が言うこと聞かなくてな」

 軽く笑った顔の奥に、ふと影が差す。

「仲間はみんな降りた。家庭持ったり、事故ったり……いろいろだ」

 その声音には、妙な重みがあった。

「だがな。若い奴が“本気で走りたい”って顔してるのを見ると……悪くねぇって思うんだよ。あの頃の俺らを思い出すからさ」

 店員はS15の屋根を軽く叩いた。

「この車を手なずけられる若いのは……もう滅多にいねぇ。だからこそ、選ぶなら覚悟しろ。これは“相棒”って呼ばれるタイプだ」

「試乗……できますか?」

「もちろん。ただし助手席な。うちの敷地の外の道、ちょっと路面悪いけど……その方が“素性”がわかる」

 店員が運転席に乗り込み、僕は助手席へ。

 キーを捻ると、SR20特有の“ザラッとした”振動が車体を揺らした。
 プリウスの静かな始動音とは違う、まるで心臓が跳ねるような鼓動。

「行くよ」

 S15が動き出す。
 店員はクラッチを丁寧に繋ぎ、スッと加速する。

 路面のわずかな凹凸でも、車体が素直に反応する。
 僕の体がシートに預けられた。

「……すごい……。運転って、こんなに“生き物”みたいなんだ……」

「マーチとは世界が違うよ。この手の車は“運転させられる”んじゃなくて、“運転する側が合わせる”んだ。それがうまくいったとき……気持ちいいぞ?」

 わずかにアクセルを踏み直すと、
 ターボが息を吸い込むように“ヒュウッ”と鳴った。

(これが……スポーツカー……)

 駐車場に戻ると、店員は真剣な顔で言った。

「若いうちにこういう車を買うのは、覚悟がいる。けど……“好き”があるなら、止めはしない。過去、何人もの若い走り屋がここで車を買っていった。みんな、顔つきが変わるんだ」

 店員は僕の目を見て、言葉を続ける。

「君も……その顔してるよ」

 心臓が高鳴る。
 昨夜の赤城の空気、赤い180SXの軌跡、
 あのテールランプの余韻が蘇る。

「……これにします」

 自分でも驚くほど迷いがなかった。

 店員はにやりと笑い、鍵を差し出した。

「いい選択だ。さぁ――走り屋たちの世界へようこそ」

(青いFDには勝てない。でも――この車なら、あの世界の入口までは行ける。そう、直感じゃない。“理解”だ。僕はこれを選ぶ理由を手に入れた。)



 キーを渡され、僕はS15の運転席に座った。
 ハンドルの細い革巻き、スカスカでないクラッチの重さ、
 マーチとは別世界だった。

「……よし」

 左足でクラッチを踏み込み、慎重にミートポイントを探す。
 繋いだ瞬間、車体が前へ“グッ”と押し出した。

「うわ……こんなダイレクトなんだ……!」

 コンビニの駐車場を抜け、ゆっくりと一般道へ出る。
 ほんの少しアクセルを踏むだけで、車体が生き物みたいに反応する。

 2速、3000回転。
 ターボが小さく“ヒュッ”と息を吸う。
 背中がわずかに押される。

「やば……これ……気持ちよすぎる……」

 交差点で信号待ちの間、ハンドル越しに車体の微振動が伝わる。
 エンジンが「走れ」とせがんでいるようだった。

(こんなの……一度味わったら戻れないじゃないか……)

 ブレーキを踏んだ瞬間、ABSの震えが足裏を刺す。

「……くそ、怖ぇ……でも……!」

 恐怖と興奮が、同じ速度で血管を駆け上がった。


 さらに1ヶ月が経ち、6月21日の日曜日、午後3時になった。
 僕は海のような青いS15型の日産シルビアを運転した。D-MAX製のエアロパーツにカーボンのボンネット、3D方式のGTウイング付き。前のオーナーがかなり手を入れていたようだ。
 そして今、そのクルマは赤城道路の下りを駆けている。助手席に永井を乗せた。
 目の前にいるのは白いFD3S型RX-7。



 前方のFD3S――その白いボディには無駄な動きが一切ない。
 しなやかに姿勢を変え、鋭くラインに吸い付いていく。

(……運転してるのって、DUSTWAYではない女性ドライバーなんだよな)

 永井が小声で言った。

「霧山麗華。赤城じゃ“氷のレイカ”で通ってる。感情を一切見せない走りだってよ」

「へぇ……そんな呼び名が……」

「俺も一回だけ見たことあるけど……あれはヤバい。速さじゃなくて、精度で勝負してくるタイプだ」

 彼女のFDはまるで機械のように正確だった。
 コーナー進入の角度も、荷重移動も、迷いが一切ない。

 対照的に、僕の手は汗で濡れていた。

「……行くぞ。」

 ハンドルを握る手に汗が浮く。
 鼓動が速い。
 それでもアクセルは、自然と奥まで沈んでいった。
 赤城下り。タイトなヘアピンが連続するこのテクニカルコースは、軽量なS15の得意分野だ。僕はコーナリング性能を活かし、少しずつリードを広げていく。

「このセクションなら……いける、はずだ!」

 フロントタイヤの限界まで攻め、スムーズな立ち上がりで加速する。パワー差を感じさせない走りで、僕は必死にFDを追いかける。
 しかし――相手は動じない。

「確かに速い。でも、ここからは私のステージよ。」

 彼女は静かにシフトアップし、アクセルを踏み込む。
 第2高速区間に入ると、FDのターボが牙を剥いた。音が轟き、まるで獣が咆哮しているようだ。 

「うわ……なんだよこれ、アクセル踏んでるのに……!」

 FDの後ろ姿が、闇に溶けるように消えていく。
 ターボの咆哮だけが耳に残り、S15のアクセルを踏む右足がわずかに震えた。

(これが……“パワーの壁”……? こういう絶望感なのかよ……)

 S15では歯が立たない加速。FDは一気に前に出ていく。僕はコーナーで食らいつくが、彼女はギリギリまでブレーキングを遅らせ、さらに速い進入速度で抜けていく。

「そろそろ決めるわよ。」

 次のコーナーで彼女はインを突き、一瞬で差を広げた。

「やばい…!」

 気づいた時には、もうFDのテールランプが遠ざかっている。

「…離された。」

 必死に追うものの、FDの加速力には追いつけない。そのまま最終コーナーを抜け、ゴールラインを越えたのは彼女だった。
 彼女のFDは、機械では再現できない“人間の正確さ”を持っていた。
 ブレーキの入り方、荷重の移動、ラインの角度――どれも迷いがない。
 それは「速さ」ではなく「精度」で相手を殺す走りだった。
 “氷のレイカ”――その呼び名が、ただの噂じゃないと直感した。

 僕はFDのテールランプが消えていくのを見つめながら、ハンドルを叩いた。

「……完敗だ。こんなに悔しいの、いつ以来だよ……。」

 唇が勝手に震える。
 悔しいのか、嬉しいのか、自分でもよくわからなかった。
 ただ、あのテールランプが消えた先に――
 “追うべき背中”が確かに見えた。
 赤城山――ここは走り屋たちの魔境。そして彼らはモンスター。
 僕が彼らと肩を並べる未来なんて、まだ想像すらできない。

TheNextLap
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