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6章 ライゼン・獣人連合編
292話 尋問
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あれからどれくらい時間が経っただろう……
オウカ、いや、ライゼンの姦計に嵌まり、ろくに抵抗も出来ず捕らえられた私は今、目隠しをされ椅子か何かに縛り付けられている。
一度意識を失っている為、どれだけの時間が経っているのかも分からない。ここがどこかも分からない。そしてご丁寧に、固定された素足は水の張られた桶か何かに差し込まれ、体温を奪うと同時に冷水で冷やされた血液を全身に行き渡らせ、眠る事も、思考を放棄する事も許してくれない。
………………………………。
ギィ──
一、ニ……合計四……イヤ、五つか。扉が開く音を近くで捉えると、ドタドタと床を蹴る幾つもの足音が周囲に響く。
音の反響や大きさから、どうやら私が居るこの場所は、さほど広いと言う訳では無さそうだ。
肌を刺す冷気にカビ臭さも感じない事から地下とも倉庫とも考えにくい。となれば、城や軍施設とも違う、どこかの民家に隔離と考えるべきか……しかしナゼ?
ガガ……ドスン。
何かを引きずる音ともう一つの大きな音。おそらく、椅子を移動させて腰をかけたのだろう……私の正面に。
その雑音の主は、後ろ手に縛られたままの私に向かって声をかけてくる。
「いやあ、お待たせしてスミマセンでしたねえ。事後処理に戦支度、こちらも色々と立て込んでおりまして。イヤ、誰のせいだとは言いませんよ?」
「……………………」
「ダンマリですか……困りましたねえ。そう脅えられては困るのですが」
クイ──
声の主──おそらくは若い男──は、項垂れる姿勢をとり続ける私の顎元に指を差し入れると、頑なにその姿勢を保とうと力を入れる私を無視し、そのまま力ずくで正面に向き直らせた。
そして、無防備になった喉仏を別の指で軽くトントンと叩く。生殺与奪の権利はこちらに有り、とでも言いたいのだろう。じつにイヤらしい。
好きにすればいい、勝者が敗者をどのように扱おうと、それは当然の権利だ。
そんな諦めと、多少の意地悪のつもりで首に込めた力を一瞬で緩めた──のだが、驚く事に行き場をなくした力が男の手を跳ね上げる事も、私の頭を仰け反らせる事も無く、手と頭はその場で留まったままでいる。
つまりこの男は、私の顔を正面に向かせるために手をその場に置いているだけで、そこに何の力みも存在しない、そんなものは必要ない。そう言われている様だった。
フン、勝手にするがいい。
「……何が、目的だ?」
「物分りが良くて助かりますよ、バカの相手は時間と手間の浪費でしかありませんからねえ。それでは遠慮なく……」
男の質問は、私の予想を超えるものではなかった。いや、むしろ生温いと言ってもいい。
所属に身分、「ハクロウ」へ侵攻中の軍の規模、編成、作戦内容。そして、通信手段と符丁、定時連絡の有無と連絡事項……。
時間と手間の浪費と言いながら、私がそれを素直に話すと思っているのか? 思っているなら愚かとしか言えず、思っていないというのであれば質問の意図が読めない。
まあいいだろう、あえて乗ってやろう
「……。これで全て話したが、尋問は終わりか?」
「ええ、ありがとうございます。おかげで助かりましたよ」
「──!! ちょ、ちょっと待て、シン! この男の言葉を鵜呑みにする気か!?」
私を囲むように立っていた内の一人が思わず口をはさむ。そうか、この男はシンと言う名か。そして同時に、言葉を発したであろう者、野太い男性のものでありながら、我らとは違い、どこか特徴的な重低音……なるほど、マニエル湿原の獣人か。
……いや待て、今のやり取りがブラフである可能性も考慮するべきか。
「ちょ! ……ええ、問題ありませんよ」
フン、やはりブラフか。
シンと呼ばれた男の声音には欠片も動揺が見られない。恐らく、私に交渉カードを一枚手に入れたと思わせる事で、交渉時に油断を誘うつもりなのだろうが、そうはいくものか!
周囲に気づかれない様、私は心の中で気を引き締める。
だが、そんな私の決意は、シンの言葉によって早々に打ち砕かれた。
「彼、トマクさんの言葉に少しでも嘘があれば、ドウマを滅ぼすだけの話ですから」
「「なっっっ!?」」
私と獣人の言葉が重なると、未だ言葉を発しない残りの三人からも同様にも似た気配が発せられる。
滅ぼす? ドウマを? この男、一体……。
「シン、穏やかじゃねえな。確かに拷問もしねえで聞き出した情報なんかに信用が置けないのは確かだがよ。そんなちっぽけな脅し文句で素直になると思ってんのか?」
別の男がシンに向かって質問する。全くだ、こんな稚拙な脅しがあってたまるか。思わず声が出てしまったではないか! それにしてもこの声、どこかで……。
「脅しな訳が無いじゃありませんか、ゲンマさん。いたって本気ですよ」
────!!
ゲンマ! そう、この声はまさしくライゼンの筆頭剣士、ゲンマのものだ! なぜあの男がこんな場所で尋問に参加している?
「本気って……」
「考えても見てください。私達はこれから準備が出来次第、ハクロウに援軍として参じるんです。冬でも行軍可能な獣人連合の精鋭部隊と合流してね」
「なんだとっ!?」
待て、そんなバカな! 冬でも、だと?
くそっ、獣人連合がそんな隠し玉を持っているどころか、こんな早期に投入できるなど、完全に情報不足だった。
ただでさえ苦戦必至の戦、その為に練った作戦がことごとく潰えるばかりか、このままでは──
「ご想像の通りですよ、トマクさん。あなたが明かした情報に誤り、それどころか『現状のような事態に陥った場合の為に予め用意されていた』ものだと知られた場合、果たしてどんな将来が待っているか。冷水で冷えた血液のおかげでスッキリとしたその頭なら、理解できますよね?」
クッ……そもそもオウカへの侵攻、コウエンへの奇襲、援軍を装ったハクロウへの内部突入、全てが失敗した今とれる手は、一刻も早くこの事を本隊へ伝え、撤退する事だ。
しかしそうなった場合、当然ハクロウ軍、及びオウカの残存兵と無傷のコウエンが追撃、最悪、この男が言った様にドウマへ逆侵攻をやもしれぬ。
おまけに、ライゼンだけでも面倒なのに今回は獣人連合の、恐らくは切り札まで投入される。そうなれば、今回の作戦で一方的な被害を被った獣人連合側が、ドウマに対してどのような報復行動に出るか……。
ドウマ滅亡──ありえない話では無い。しかし、あまりにも現実離れしていると言えなくも無い。
ドタドタ──バタン!
「おーいニールセン。捕らえたはずの敵指揮官の姿が消えちまったんだが、どうせお前の仕業──これはゲンマ殿! とんだ失礼を!」
「────────!!」
ニールセン、だと? まさか、そんな……。
あの、カドモスを滅ぼした、邪道士ニールセンだと言うのか!?
「あ……あ……あ……」
「ん? どうかしましたか、トマクさん? 喉が渇いたのなら美味しいお茶でも用意しますよ?」
────────!
そんなもの、飲んでたまるか!!
「それにしてもガインさん、彼がいない事によく気づきましたね? 地下牢の一番奥に隔離していたはずですが」
「……隔離っつうてもよ、捕虜は全員解放しちまったじゃねえか。そいつ以外は」
何だと? 捕虜を解放?
「どういう事だ!? それにニールセン?」
「……ダメじゃないですか、名前がばれちゃいましたよ? ええと、部下なら全員装備を取り上げ、最低限の糧食だけを渡してドウマに戻るよう言い含めましたよ。大人しく国元に帰れば、戦が終わった後、アナタを解放するとの条件でね」
「……本当に、それだけか?」
「本当にそれだけですよ。ただまあ、夜は冷え込みますからねえ。一応、寒さを凌ぐために古い毛布をくれてやったんですけど……」
……?
「彼らがオウカを出た後で思い出しましたよ。あの毛布、ついこの前まで伝染病患者が使ってた廃棄予定のものだったって♪」
「なっ!! き……キサマあ!!」
「いやまったく、このうっかりさんめ」
「嘘つけ、顔が笑ってるじゃねえかよ」
シン、いやニールセンの言葉に怒りを覚えるものの、拘束された体をどんなに暴れさせても、足元の水がバチャバチャと跳ねるだけで、縛り付けている椅子すら動かす事は叶わない。
その後、目隠しをされたままあらん限りの罵倒を目の前に立つ男に向かって言い放つも、ヘラヘラと、逆にこちらを挑発するような態度を崩そうとしない。
──どれくらい時間が経ったろう。ひとしきり暴言を吐いたせいか、次第に落ち着きを取り戻した頃、ニールセンが優しく声をかけてくる。
「まあ、ついうっかり、なんて事は人間よくある事ですから、殊更責めるべきではないと思うのですよ」
……ああ、確かにそうだ。そんな事は誰にだってある。
「そういえばトマクさん、もしかしてアナタもうっかりしている事があるんじゃありません?」
……俺が?
「ええ、例えば──ハクロウ攻めの友軍へ連絡する時の符丁や連絡内容、なんてモノですが」
「あ、ああ。そうだ……そういえば、間違った連絡方法を教えてたかもしれない」
「ああ、やっぱりですか。もしかしたら……なんて思ってたんですよ。ああイヤイヤ、お気になさらずに、ここはおあいこという事で」
そう言うとシン、いやニールセンは、俺にあらためて連絡手段を問うてくる。
だが、果たして教えていいものだろうか……これを教えてしまえば、ハクロウで戦っている仲間達は。しかし、言わなければドウマという国自体が……。
「教えてくれるのでしたら、件の伝染病の特効薬とその製法を教えて差し上げてもよいのですが……何より、戦は勝者は敗者に対して相応の報いを求めるもの。こちらの被害が少なければその分、後々のドウマにとっても益があると思うのですけどねえ」
……苦戦するようならその分の報復が大きくなる。国土を蹂躙されるならまだしも、先の言葉通り、滅びの道もあり得る、そういう事か。
「……頼む」
「ん? 何がですか?」
「どうか、犠牲は侵攻軍だけで抑えてはくれまいか……」
「それは、アナタ次第ですよ?」
……そして、俺の心は折れた。
彼に全てを話す間、なぜか周囲には、花の香りのような心地好い空気が漂っていた──
オウカ、いや、ライゼンの姦計に嵌まり、ろくに抵抗も出来ず捕らえられた私は今、目隠しをされ椅子か何かに縛り付けられている。
一度意識を失っている為、どれだけの時間が経っているのかも分からない。ここがどこかも分からない。そしてご丁寧に、固定された素足は水の張られた桶か何かに差し込まれ、体温を奪うと同時に冷水で冷やされた血液を全身に行き渡らせ、眠る事も、思考を放棄する事も許してくれない。
………………………………。
ギィ──
一、ニ……合計四……イヤ、五つか。扉が開く音を近くで捉えると、ドタドタと床を蹴る幾つもの足音が周囲に響く。
音の反響や大きさから、どうやら私が居るこの場所は、さほど広いと言う訳では無さそうだ。
肌を刺す冷気にカビ臭さも感じない事から地下とも倉庫とも考えにくい。となれば、城や軍施設とも違う、どこかの民家に隔離と考えるべきか……しかしナゼ?
ガガ……ドスン。
何かを引きずる音ともう一つの大きな音。おそらく、椅子を移動させて腰をかけたのだろう……私の正面に。
その雑音の主は、後ろ手に縛られたままの私に向かって声をかけてくる。
「いやあ、お待たせしてスミマセンでしたねえ。事後処理に戦支度、こちらも色々と立て込んでおりまして。イヤ、誰のせいだとは言いませんよ?」
「……………………」
「ダンマリですか……困りましたねえ。そう脅えられては困るのですが」
クイ──
声の主──おそらくは若い男──は、項垂れる姿勢をとり続ける私の顎元に指を差し入れると、頑なにその姿勢を保とうと力を入れる私を無視し、そのまま力ずくで正面に向き直らせた。
そして、無防備になった喉仏を別の指で軽くトントンと叩く。生殺与奪の権利はこちらに有り、とでも言いたいのだろう。じつにイヤらしい。
好きにすればいい、勝者が敗者をどのように扱おうと、それは当然の権利だ。
そんな諦めと、多少の意地悪のつもりで首に込めた力を一瞬で緩めた──のだが、驚く事に行き場をなくした力が男の手を跳ね上げる事も、私の頭を仰け反らせる事も無く、手と頭はその場で留まったままでいる。
つまりこの男は、私の顔を正面に向かせるために手をその場に置いているだけで、そこに何の力みも存在しない、そんなものは必要ない。そう言われている様だった。
フン、勝手にするがいい。
「……何が、目的だ?」
「物分りが良くて助かりますよ、バカの相手は時間と手間の浪費でしかありませんからねえ。それでは遠慮なく……」
男の質問は、私の予想を超えるものではなかった。いや、むしろ生温いと言ってもいい。
所属に身分、「ハクロウ」へ侵攻中の軍の規模、編成、作戦内容。そして、通信手段と符丁、定時連絡の有無と連絡事項……。
時間と手間の浪費と言いながら、私がそれを素直に話すと思っているのか? 思っているなら愚かとしか言えず、思っていないというのであれば質問の意図が読めない。
まあいいだろう、あえて乗ってやろう
「……。これで全て話したが、尋問は終わりか?」
「ええ、ありがとうございます。おかげで助かりましたよ」
「──!! ちょ、ちょっと待て、シン! この男の言葉を鵜呑みにする気か!?」
私を囲むように立っていた内の一人が思わず口をはさむ。そうか、この男はシンと言う名か。そして同時に、言葉を発したであろう者、野太い男性のものでありながら、我らとは違い、どこか特徴的な重低音……なるほど、マニエル湿原の獣人か。
……いや待て、今のやり取りがブラフである可能性も考慮するべきか。
「ちょ! ……ええ、問題ありませんよ」
フン、やはりブラフか。
シンと呼ばれた男の声音には欠片も動揺が見られない。恐らく、私に交渉カードを一枚手に入れたと思わせる事で、交渉時に油断を誘うつもりなのだろうが、そうはいくものか!
周囲に気づかれない様、私は心の中で気を引き締める。
だが、そんな私の決意は、シンの言葉によって早々に打ち砕かれた。
「彼、トマクさんの言葉に少しでも嘘があれば、ドウマを滅ぼすだけの話ですから」
「「なっっっ!?」」
私と獣人の言葉が重なると、未だ言葉を発しない残りの三人からも同様にも似た気配が発せられる。
滅ぼす? ドウマを? この男、一体……。
「シン、穏やかじゃねえな。確かに拷問もしねえで聞き出した情報なんかに信用が置けないのは確かだがよ。そんなちっぽけな脅し文句で素直になると思ってんのか?」
別の男がシンに向かって質問する。全くだ、こんな稚拙な脅しがあってたまるか。思わず声が出てしまったではないか! それにしてもこの声、どこかで……。
「脅しな訳が無いじゃありませんか、ゲンマさん。いたって本気ですよ」
────!!
ゲンマ! そう、この声はまさしくライゼンの筆頭剣士、ゲンマのものだ! なぜあの男がこんな場所で尋問に参加している?
「本気って……」
「考えても見てください。私達はこれから準備が出来次第、ハクロウに援軍として参じるんです。冬でも行軍可能な獣人連合の精鋭部隊と合流してね」
「なんだとっ!?」
待て、そんなバカな! 冬でも、だと?
くそっ、獣人連合がそんな隠し玉を持っているどころか、こんな早期に投入できるなど、完全に情報不足だった。
ただでさえ苦戦必至の戦、その為に練った作戦がことごとく潰えるばかりか、このままでは──
「ご想像の通りですよ、トマクさん。あなたが明かした情報に誤り、それどころか『現状のような事態に陥った場合の為に予め用意されていた』ものだと知られた場合、果たしてどんな将来が待っているか。冷水で冷えた血液のおかげでスッキリとしたその頭なら、理解できますよね?」
クッ……そもそもオウカへの侵攻、コウエンへの奇襲、援軍を装ったハクロウへの内部突入、全てが失敗した今とれる手は、一刻も早くこの事を本隊へ伝え、撤退する事だ。
しかしそうなった場合、当然ハクロウ軍、及びオウカの残存兵と無傷のコウエンが追撃、最悪、この男が言った様にドウマへ逆侵攻をやもしれぬ。
おまけに、ライゼンだけでも面倒なのに今回は獣人連合の、恐らくは切り札まで投入される。そうなれば、今回の作戦で一方的な被害を被った獣人連合側が、ドウマに対してどのような報復行動に出るか……。
ドウマ滅亡──ありえない話では無い。しかし、あまりにも現実離れしていると言えなくも無い。
ドタドタ──バタン!
「おーいニールセン。捕らえたはずの敵指揮官の姿が消えちまったんだが、どうせお前の仕業──これはゲンマ殿! とんだ失礼を!」
「────────!!」
ニールセン、だと? まさか、そんな……。
あの、カドモスを滅ぼした、邪道士ニールセンだと言うのか!?
「あ……あ……あ……」
「ん? どうかしましたか、トマクさん? 喉が渇いたのなら美味しいお茶でも用意しますよ?」
────────!
そんなもの、飲んでたまるか!!
「それにしてもガインさん、彼がいない事によく気づきましたね? 地下牢の一番奥に隔離していたはずですが」
「……隔離っつうてもよ、捕虜は全員解放しちまったじゃねえか。そいつ以外は」
何だと? 捕虜を解放?
「どういう事だ!? それにニールセン?」
「……ダメじゃないですか、名前がばれちゃいましたよ? ええと、部下なら全員装備を取り上げ、最低限の糧食だけを渡してドウマに戻るよう言い含めましたよ。大人しく国元に帰れば、戦が終わった後、アナタを解放するとの条件でね」
「……本当に、それだけか?」
「本当にそれだけですよ。ただまあ、夜は冷え込みますからねえ。一応、寒さを凌ぐために古い毛布をくれてやったんですけど……」
……?
「彼らがオウカを出た後で思い出しましたよ。あの毛布、ついこの前まで伝染病患者が使ってた廃棄予定のものだったって♪」
「なっ!! き……キサマあ!!」
「いやまったく、このうっかりさんめ」
「嘘つけ、顔が笑ってるじゃねえかよ」
シン、いやニールセンの言葉に怒りを覚えるものの、拘束された体をどんなに暴れさせても、足元の水がバチャバチャと跳ねるだけで、縛り付けている椅子すら動かす事は叶わない。
その後、目隠しをされたままあらん限りの罵倒を目の前に立つ男に向かって言い放つも、ヘラヘラと、逆にこちらを挑発するような態度を崩そうとしない。
──どれくらい時間が経ったろう。ひとしきり暴言を吐いたせいか、次第に落ち着きを取り戻した頃、ニールセンが優しく声をかけてくる。
「まあ、ついうっかり、なんて事は人間よくある事ですから、殊更責めるべきではないと思うのですよ」
……ああ、確かにそうだ。そんな事は誰にだってある。
「そういえばトマクさん、もしかしてアナタもうっかりしている事があるんじゃありません?」
……俺が?
「ええ、例えば──ハクロウ攻めの友軍へ連絡する時の符丁や連絡内容、なんてモノですが」
「あ、ああ。そうだ……そういえば、間違った連絡方法を教えてたかもしれない」
「ああ、やっぱりですか。もしかしたら……なんて思ってたんですよ。ああイヤイヤ、お気になさらずに、ここはおあいこという事で」
そう言うとシン、いやニールセンは、俺にあらためて連絡手段を問うてくる。
だが、果たして教えていいものだろうか……これを教えてしまえば、ハクロウで戦っている仲間達は。しかし、言わなければドウマという国自体が……。
「教えてくれるのでしたら、件の伝染病の特効薬とその製法を教えて差し上げてもよいのですが……何より、戦は勝者は敗者に対して相応の報いを求めるもの。こちらの被害が少なければその分、後々のドウマにとっても益があると思うのですけどねえ」
……苦戦するようならその分の報復が大きくなる。国土を蹂躙されるならまだしも、先の言葉通り、滅びの道もあり得る、そういう事か。
「……頼む」
「ん? 何がですか?」
「どうか、犠牲は侵攻軍だけで抑えてはくれまいか……」
「それは、アナタ次第ですよ?」
……そして、俺の心は折れた。
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