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6章 ライゼン・獣人連合編
294話 ハクロウ・中編
ライゼンの衛星都市『ハクロウ』から少し離れた場所にて、三〇〇〇を超える兵の戦列を組み直しているドウマ軍。それを南側から大きく迂回しながら追い越してゆく集団がある。百騎ほどの騎兵で、雪の積もった平原を苦も無く駆け抜けてゆく。
集団には『コウエン』の軍隊を表す旗が掲げられており、先ほど両軍に対して報告のあった『オウカ』経由で早参した軍の一部であることが伺えた。
ハクロウもドウマも、要請、あるいは策によって、互いにそれを自軍への援軍だと認識しており、その行動を「先に撤退した騎兵部隊の追撃」あるいは、「先行する騎兵と合流し、追撃用に橋を下ろした西門を正面から堂々と侵入」する為と判断、放任する。
「──うん?」
そんな中、彼らの存在にどこか違和感を覚えたのか、ドウマ軍の司令官は、その騎馬の集団を遠目に眺めた。
馬を駆る彼らは漏れなくその手に槍を持っており、槍騎兵である事が伺える。また、一様にみな大柄で、馬が小さく見えるほどだ。
着ける防具は胸と腹を守る短甲のようで、槍の取り回しを優先した形になっている。肩はむき出しなものの、腕には腕甲のようなモノを着け、最低限の防御はしているようだ。
「誰も弓を背負っていないのは、妙だと言えばまあそうだが……気にするほどでは無いか」
ここにいる三〇〇〇の兵が、まるで見えないかのように駆け抜ける集団を見送ると、司令官の男は再編成を終えた軍に号令をかけ、『ハクロウ』からゆっくりと離脱する。
対して、堅牢と謳われた南門を外壁ごと破壊され、未だ混乱の続くハクロウの守備隊ではあったが、ドウマ軍の動きを見て、急いで本部に追撃の要請を申し入れた。
目下のところ、被害はハクロウ側の方が一方的に、それも圧倒的に多い。そこへもって、碌な反撃もしないままに侵略者がのうのうと国元へ帰るなど、到底彼らに納得できようはずが無い。
加えて現在は、ドウマ軍と同規模の軍勢が『コウエン』より援軍として派遣され、すぐそこまで来ている。野戦にて彼らと共に戦えば、連中にかなりの被害を与える事も可能だ。
本部の動きは速かった。
直ちに追撃部隊が選抜され、一〇〇〇人と、敵軍に対して少数ではあったが、挟撃には十分な数の兵が西門より躍り出る。
冬の寒さか、それとも怒りか高揚か、彼らの顔は赤みを帯びていた──。
──────────────
──────────────
──クソッ、どうしてこうなった!?
「重装兵、隊列を右翼に延ばして敵兵の前に割り込め! 歩兵と槍兵は部隊を右回りに展開、戦場を左に移動させろ!!」
そう馬上から何度同じ命令を下しただろうか、兵士達は思うように動いてくれない。
当然だ、戦端は開かれ、戦況はすでに混戦の様相を呈している。この状況で陣形を組み替えるなど、至難という言葉すら生温い。そもそも目の前の敵が許してくれる訳がない。
だが、それでもやらねばならない!
「矢の尽きた弓兵は負傷者を担いで下がれ! いいか、右翼を攻める連中は『コウエン』の兵どもだ、まともに打ち合うな。左の『ハクロウ』の連中を崩して撤退の隙を作るんだ!!」
「「応っ!!」」
劣勢の中、なお俺の声に忠実に従う兵士達の声が痛ましい。
どこで、いや何時からだ? いつから連中に筒抜けだった?
北と東の二方向から接近する軍に対し、それぞれを迎える為に△の陣形を組んだ。左翼は敵を正面から受け止める為に重装歩兵を並べ、右翼は合流する部隊の邪魔にならぬよう、槍兵を並べて。
そうして『ハクロウ』の突撃を右へ受け流しながら『コウエン』、いや『オウカ』の援軍と共に飲み込み包囲する。しかし、そんな予定は初手から崩れた。
『オウカ』の部隊がこちらと合流する前に突然分離、槍兵を主体とした部隊が五、六〇〇ほど『ハクロウ』に向かって突進する。
数の不足を補う。そう装っての側面への強襲か? ──などという予想は裏切られると、合流した奴らは重装歩兵で固めた我が軍の左翼に、その無数の槍を突き入れた!
予想外の展開、こと裏切りというものは、やはり心理的な負担が強い。罠にかけたつもりが土壇場で覆されたとあっては尚のこと。
とっさに反応が遅れ、相手の先制を許した我が軍は、その後も後手後手に回っていた。
それというのも
「そうらよっ!」
「オイオイ、歯応えがねえぞテメエら! もっと腰に力入れてかかって来やがれ!」
『オウカ』いや『コウエン』からやって来た『ハクロウ』への援軍は、右翼に突撃するやいなや、獲物に食らいついた獣の如く、その牙を深く食い込ませる。
イズナバール湖を取り囲むように存在する四国家の内、東に領土を持つライゼン。その中において最も武勇を誇る『コウエン』の最強集団、それがコウエンの『剣士隊』だ。
ヤツらに出張って貰っては困る。その為に練った策であり、オウカへの離間工作であったはずなのに! それが、蓋を開ければ我らの前に現れたのはオウカではなくコウエン、しかも『剣士隊』とは考え得る中で最悪の事態だ!!
……いや、所詮は作戦立案時の「最悪」など都合良く考えられた代物でしか無い。本当の最悪とは想像だに出来ないのだと思い知らされる。
その証拠に
「がーっはっは、吹っ飛べやー!! いやぁ、シンに貸して貰ったこれ『ドラゴンテイル』つったか? いつも振り回してる斧よか取り回しにコツがいるが、威力はとんでもねえな!」
「ったく、相変わらず馬鹿力を見せつけやがって。あいにく、そんなゴツイ長物を自在に振り回せるのはガリュウ、テメエくらいのもんだろうさ」
「んだよ、言ってくれんじゃねえかオルバ。そっちこそ、その野蛮な獲物を振り回してるせいか、言葉遣いが悪りぃぞ」
「ぬかせ!」
なぜ『コウエン』の軍に亜人どもが従軍しているのか!?
こちらの右翼を攻める『剣士隊』に混じり、最前線で武器を振るうのは、彼らよりも一回りも二回りも大きな体の獣人。おそらく熊と獅子だろうか。
体の大きな獣人が振るう二振りの、逆に反った鉈のような剣は、兵が持つ槍の柄を断ち切り、革鎧を易々と切り裂く。
そしてもっと体の大きな獣人は、四メートルはありそうなふざけた大きさの狼牙棒を振り回し、まるで大鎌で麦を刈り取るかのような気安さで、我が軍の兵を薙ぎ払い吹き飛ばす。
「くそっ、どういう事だ? 獣人連合まで出てくるなど、一体何がどうなっているのだ!?」
罠を張ったつもりが、こちらが罠にはまったというのか。だが何時だ?
『ハクロウ』には密偵を忍ばせており、連中が魔導具で外と連絡をとれば、即座にこちらにも伝わるようになっている。『コウエン』が今回の事を画策していたとして、それを知らせる術は無かったはずだ。
通信兵を介さずに連絡を取ったとして、『ハクロウ』を封鎖する前からそこまで綿密に連携していたとは考えにくい。では封鎖後か? それこそ不可能だ。
仮に、昔ながらの方法を使ったとして、雪が降る中や夜には伝書鳩は使えぬ。日中であれば我らや都市内の密偵が気づいただろう。
ならば夜、誰かが空を飛んで来たとでも? バカな、それこそありえん話だ!
「司令!!」
思考の渦に飲み込まれそうになる俺を、部下の声が現実に引き戻す。
「どうした?」
「後方から雪煙が! 騎兵部隊かと思われます!!」
後方から!? どういう事だ、彼らは迂回して西門を攻める予定──いいや、後を追った奴らは敵なのだから当然、向こうで交戦したはずだ。冬場、しかも雪も積もっている事もあり、追撃部隊はせいぜい一〇〇騎程度だった。こちらもそれほど従軍させてはいなかったが、それでも二〇〇騎は揃えている。不意を突かれたとして、それでも負ける事などないだろう。という事は、あれは味方か? だったら──
「よし、急ぎ伝令を出せ! 戦場をそのまま突撃の後離脱、速やかに撤退と──なぁっ!?」
ドスドスドス!!
「がふっ!」
「ぐああっ!!」
突如として悲鳴が上がると、後方に下がっていた弓兵や負傷兵の身体からは、長細い物体が生えていた。
「投擲槍! ということは、あれは敵の追撃部隊? 二倍の兵力差を覆したというのか……いや待て、仮にそうだとしても、奴らはまだ一〇〇メートル以上離れているんだぞ!?」
そんな遠くから革鎧ごと人間を貫通させる威力で槍を投げるなど……もしかして?
弓術スキル”遠目”を使って、雪煙を巻き上げる騎兵部隊を注視する。そして気づいた。
──短甲からはみ出す肉体を、内と外に色分けするようなコントラストと、軍馬の大きさを錯覚させるほどの、一様に大きな体躯の持ち主。腕甲のように攻撃から腕を守るのは、その身から生える硬質の鱗。
「蜥蜴人かっ!? ちいっ、奴らは敵だ、槍兵隊! 急いで密集隊形になって迎え撃て!」
くそっ! あの時もっと慎重になっておけば!
とはいえ一体誰が予想できる、今も雪の降り続ける雪原を蜥蜴人が騎馬で駆けるなど?
そうだ、何もかもがおかしいのだ。この寒さの中で亜人が動き回る事自体。
何か理由があるはずなのだ……。
「司令!」
「ええい、今度はどうした!?」
「敵の騎兵部隊が!!」
副官の声に視線を移すと、蜥蜴人は全員馬から飛び降り、腰の短剣を抜いて槍兵部隊に突撃をかけるのが見えた。まずい!
密集隊形から突き出され、その動きに自由度の少ない槍は、穂先を剣ではじかれ柄を掴まれる。そしてそのまま槍を断ち切られるか、または槍ごと兵士を引きずり出され、切り伏せられてゆく。
ダメだ、身体能力で奴らには勝てん、加えて策でも上をいかれた我らにもう勝ち目は無い。
やむを得ん……
「総員撤退! 陣形などかまわん、とにかくここから逃げろ!!」
俺の発した号令に、敵も味方も一瞬動きが止まるが、自軍の兵の方が動き出すのは早かった。
「「「「おおおおおお!!」」」」
「ぬ? なんだこりゃ……んがっ!」
「ちっ、まさか『死兵』か?」
死兵、その名の如く死を受け入れた兵だが、我らの死兵は少し違う。「生きる為」に死を受け入れるのだ。
剣士は防御を捨てて力の限り剣を振るい、槍兵は前へ前へと槍を突き出す。味方に当たる危険を忘れて弓兵は矢を放ち魔道士は魔法を打ち込む。
「な、くそ……ぎゃああ!!」
「コイツら、味方……ごと」
そうして戦場に混乱を巻き起こして敵がひるんだ一瞬を突き、兵士達は三々五々、戦場から離脱する。
無論、全てが上手くいくはずは無い。すぐに我らの後を追う敵兵も出るが、彼らは負傷して逃げられなくなった兵士によって足止めを食らう。
もつれるように倒れ込みながら剣を突き立てる者、武器も無く、絶命するまで敵兵に抱きつき続ける者。捕虜になる事を拒否した兵達の最後のあがきによって、およそ六割が包囲から抜け出す事が出来た。
「被害が四割、いや、この様子ではトマクの率いた連隊はもう……『ハクロウ』の南門破壊では割に合わぬな……この借りは必ず返すぞ、ライゼン!」
満身創痍の兵を率いて撤退する司令官の目には、悔恨と、次の戦への闘志が漲っていた。
……今回の戦がまだ終わっていない事にも気づかずに。
集団には『コウエン』の軍隊を表す旗が掲げられており、先ほど両軍に対して報告のあった『オウカ』経由で早参した軍の一部であることが伺えた。
ハクロウもドウマも、要請、あるいは策によって、互いにそれを自軍への援軍だと認識しており、その行動を「先に撤退した騎兵部隊の追撃」あるいは、「先行する騎兵と合流し、追撃用に橋を下ろした西門を正面から堂々と侵入」する為と判断、放任する。
「──うん?」
そんな中、彼らの存在にどこか違和感を覚えたのか、ドウマ軍の司令官は、その騎馬の集団を遠目に眺めた。
馬を駆る彼らは漏れなくその手に槍を持っており、槍騎兵である事が伺える。また、一様にみな大柄で、馬が小さく見えるほどだ。
着ける防具は胸と腹を守る短甲のようで、槍の取り回しを優先した形になっている。肩はむき出しなものの、腕には腕甲のようなモノを着け、最低限の防御はしているようだ。
「誰も弓を背負っていないのは、妙だと言えばまあそうだが……気にするほどでは無いか」
ここにいる三〇〇〇の兵が、まるで見えないかのように駆け抜ける集団を見送ると、司令官の男は再編成を終えた軍に号令をかけ、『ハクロウ』からゆっくりと離脱する。
対して、堅牢と謳われた南門を外壁ごと破壊され、未だ混乱の続くハクロウの守備隊ではあったが、ドウマ軍の動きを見て、急いで本部に追撃の要請を申し入れた。
目下のところ、被害はハクロウ側の方が一方的に、それも圧倒的に多い。そこへもって、碌な反撃もしないままに侵略者がのうのうと国元へ帰るなど、到底彼らに納得できようはずが無い。
加えて現在は、ドウマ軍と同規模の軍勢が『コウエン』より援軍として派遣され、すぐそこまで来ている。野戦にて彼らと共に戦えば、連中にかなりの被害を与える事も可能だ。
本部の動きは速かった。
直ちに追撃部隊が選抜され、一〇〇〇人と、敵軍に対して少数ではあったが、挟撃には十分な数の兵が西門より躍り出る。
冬の寒さか、それとも怒りか高揚か、彼らの顔は赤みを帯びていた──。
──────────────
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──クソッ、どうしてこうなった!?
「重装兵、隊列を右翼に延ばして敵兵の前に割り込め! 歩兵と槍兵は部隊を右回りに展開、戦場を左に移動させろ!!」
そう馬上から何度同じ命令を下しただろうか、兵士達は思うように動いてくれない。
当然だ、戦端は開かれ、戦況はすでに混戦の様相を呈している。この状況で陣形を組み替えるなど、至難という言葉すら生温い。そもそも目の前の敵が許してくれる訳がない。
だが、それでもやらねばならない!
「矢の尽きた弓兵は負傷者を担いで下がれ! いいか、右翼を攻める連中は『コウエン』の兵どもだ、まともに打ち合うな。左の『ハクロウ』の連中を崩して撤退の隙を作るんだ!!」
「「応っ!!」」
劣勢の中、なお俺の声に忠実に従う兵士達の声が痛ましい。
どこで、いや何時からだ? いつから連中に筒抜けだった?
北と東の二方向から接近する軍に対し、それぞれを迎える為に△の陣形を組んだ。左翼は敵を正面から受け止める為に重装歩兵を並べ、右翼は合流する部隊の邪魔にならぬよう、槍兵を並べて。
そうして『ハクロウ』の突撃を右へ受け流しながら『コウエン』、いや『オウカ』の援軍と共に飲み込み包囲する。しかし、そんな予定は初手から崩れた。
『オウカ』の部隊がこちらと合流する前に突然分離、槍兵を主体とした部隊が五、六〇〇ほど『ハクロウ』に向かって突進する。
数の不足を補う。そう装っての側面への強襲か? ──などという予想は裏切られると、合流した奴らは重装歩兵で固めた我が軍の左翼に、その無数の槍を突き入れた!
予想外の展開、こと裏切りというものは、やはり心理的な負担が強い。罠にかけたつもりが土壇場で覆されたとあっては尚のこと。
とっさに反応が遅れ、相手の先制を許した我が軍は、その後も後手後手に回っていた。
それというのも
「そうらよっ!」
「オイオイ、歯応えがねえぞテメエら! もっと腰に力入れてかかって来やがれ!」
『オウカ』いや『コウエン』からやって来た『ハクロウ』への援軍は、右翼に突撃するやいなや、獲物に食らいついた獣の如く、その牙を深く食い込ませる。
イズナバール湖を取り囲むように存在する四国家の内、東に領土を持つライゼン。その中において最も武勇を誇る『コウエン』の最強集団、それがコウエンの『剣士隊』だ。
ヤツらに出張って貰っては困る。その為に練った策であり、オウカへの離間工作であったはずなのに! それが、蓋を開ければ我らの前に現れたのはオウカではなくコウエン、しかも『剣士隊』とは考え得る中で最悪の事態だ!!
……いや、所詮は作戦立案時の「最悪」など都合良く考えられた代物でしか無い。本当の最悪とは想像だに出来ないのだと思い知らされる。
その証拠に
「がーっはっは、吹っ飛べやー!! いやぁ、シンに貸して貰ったこれ『ドラゴンテイル』つったか? いつも振り回してる斧よか取り回しにコツがいるが、威力はとんでもねえな!」
「ったく、相変わらず馬鹿力を見せつけやがって。あいにく、そんなゴツイ長物を自在に振り回せるのはガリュウ、テメエくらいのもんだろうさ」
「んだよ、言ってくれんじゃねえかオルバ。そっちこそ、その野蛮な獲物を振り回してるせいか、言葉遣いが悪りぃぞ」
「ぬかせ!」
なぜ『コウエン』の軍に亜人どもが従軍しているのか!?
こちらの右翼を攻める『剣士隊』に混じり、最前線で武器を振るうのは、彼らよりも一回りも二回りも大きな体の獣人。おそらく熊と獅子だろうか。
体の大きな獣人が振るう二振りの、逆に反った鉈のような剣は、兵が持つ槍の柄を断ち切り、革鎧を易々と切り裂く。
そしてもっと体の大きな獣人は、四メートルはありそうなふざけた大きさの狼牙棒を振り回し、まるで大鎌で麦を刈り取るかのような気安さで、我が軍の兵を薙ぎ払い吹き飛ばす。
「くそっ、どういう事だ? 獣人連合まで出てくるなど、一体何がどうなっているのだ!?」
罠を張ったつもりが、こちらが罠にはまったというのか。だが何時だ?
『ハクロウ』には密偵を忍ばせており、連中が魔導具で外と連絡をとれば、即座にこちらにも伝わるようになっている。『コウエン』が今回の事を画策していたとして、それを知らせる術は無かったはずだ。
通信兵を介さずに連絡を取ったとして、『ハクロウ』を封鎖する前からそこまで綿密に連携していたとは考えにくい。では封鎖後か? それこそ不可能だ。
仮に、昔ながらの方法を使ったとして、雪が降る中や夜には伝書鳩は使えぬ。日中であれば我らや都市内の密偵が気づいただろう。
ならば夜、誰かが空を飛んで来たとでも? バカな、それこそありえん話だ!
「司令!!」
思考の渦に飲み込まれそうになる俺を、部下の声が現実に引き戻す。
「どうした?」
「後方から雪煙が! 騎兵部隊かと思われます!!」
後方から!? どういう事だ、彼らは迂回して西門を攻める予定──いいや、後を追った奴らは敵なのだから当然、向こうで交戦したはずだ。冬場、しかも雪も積もっている事もあり、追撃部隊はせいぜい一〇〇騎程度だった。こちらもそれほど従軍させてはいなかったが、それでも二〇〇騎は揃えている。不意を突かれたとして、それでも負ける事などないだろう。という事は、あれは味方か? だったら──
「よし、急ぎ伝令を出せ! 戦場をそのまま突撃の後離脱、速やかに撤退と──なぁっ!?」
ドスドスドス!!
「がふっ!」
「ぐああっ!!」
突如として悲鳴が上がると、後方に下がっていた弓兵や負傷兵の身体からは、長細い物体が生えていた。
「投擲槍! ということは、あれは敵の追撃部隊? 二倍の兵力差を覆したというのか……いや待て、仮にそうだとしても、奴らはまだ一〇〇メートル以上離れているんだぞ!?」
そんな遠くから革鎧ごと人間を貫通させる威力で槍を投げるなど……もしかして?
弓術スキル”遠目”を使って、雪煙を巻き上げる騎兵部隊を注視する。そして気づいた。
──短甲からはみ出す肉体を、内と外に色分けするようなコントラストと、軍馬の大きさを錯覚させるほどの、一様に大きな体躯の持ち主。腕甲のように攻撃から腕を守るのは、その身から生える硬質の鱗。
「蜥蜴人かっ!? ちいっ、奴らは敵だ、槍兵隊! 急いで密集隊形になって迎え撃て!」
くそっ! あの時もっと慎重になっておけば!
とはいえ一体誰が予想できる、今も雪の降り続ける雪原を蜥蜴人が騎馬で駆けるなど?
そうだ、何もかもがおかしいのだ。この寒さの中で亜人が動き回る事自体。
何か理由があるはずなのだ……。
「司令!」
「ええい、今度はどうした!?」
「敵の騎兵部隊が!!」
副官の声に視線を移すと、蜥蜴人は全員馬から飛び降り、腰の短剣を抜いて槍兵部隊に突撃をかけるのが見えた。まずい!
密集隊形から突き出され、その動きに自由度の少ない槍は、穂先を剣ではじかれ柄を掴まれる。そしてそのまま槍を断ち切られるか、または槍ごと兵士を引きずり出され、切り伏せられてゆく。
ダメだ、身体能力で奴らには勝てん、加えて策でも上をいかれた我らにもう勝ち目は無い。
やむを得ん……
「総員撤退! 陣形などかまわん、とにかくここから逃げろ!!」
俺の発した号令に、敵も味方も一瞬動きが止まるが、自軍の兵の方が動き出すのは早かった。
「「「「おおおおおお!!」」」」
「ぬ? なんだこりゃ……んがっ!」
「ちっ、まさか『死兵』か?」
死兵、その名の如く死を受け入れた兵だが、我らの死兵は少し違う。「生きる為」に死を受け入れるのだ。
剣士は防御を捨てて力の限り剣を振るい、槍兵は前へ前へと槍を突き出す。味方に当たる危険を忘れて弓兵は矢を放ち魔道士は魔法を打ち込む。
「な、くそ……ぎゃああ!!」
「コイツら、味方……ごと」
そうして戦場に混乱を巻き起こして敵がひるんだ一瞬を突き、兵士達は三々五々、戦場から離脱する。
無論、全てが上手くいくはずは無い。すぐに我らの後を追う敵兵も出るが、彼らは負傷して逃げられなくなった兵士によって足止めを食らう。
もつれるように倒れ込みながら剣を突き立てる者、武器も無く、絶命するまで敵兵に抱きつき続ける者。捕虜になる事を拒否した兵達の最後のあがきによって、およそ六割が包囲から抜け出す事が出来た。
「被害が四割、いや、この様子ではトマクの率いた連隊はもう……『ハクロウ』の南門破壊では割に合わぬな……この借りは必ず返すぞ、ライゼン!」
満身創痍の兵を率いて撤退する司令官の目には、悔恨と、次の戦への闘志が漲っていた。
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それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
スリル満点、主人公の魅力も満点
軽快な展開で書籍4冊から続けてのの一気読み。続きをよろしくお願いいたしますm(__)m
拝読しました。
更新再開をお待ちしています。
更新再開待っています‼️